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5-16.リ・カルン創世神話(1)

 ということで[翻言]を覚えたレギーナたちは、早速めいめい書物を手に取り読み始めた。

 レギーナが最初に手に取ったのは、『王の書(シャー・ナーメ)』と題された分厚い一冊である。


「『王の書』は天地開闢(てんちかいびゃく)からの通史を記した叙事詩になります。ただ成立は比較的近年になってからですので、古代語で書かれているわけではありません」


 ダーナによれば、『王の書』は人類最初の王朝であるピシュダディ朝から、現在のリ・カルンの直接の前身にあたるアリヤーンシャフル朝までの数千年の歴史が記されているという。

 目次を改めると、10を超える王朝名とその歴代王の名がズラリと並ぶのが目に入る。その中で最初の方、ピシュダディ朝第三代の“賢王”イマの名のあとに、僭主ダハーグという王の項目がある。


「その僭主ダハーグが、現在伝わっている蛇王になります」

「……ホントに人の王だったのね」

「はい。残念ながら」


 ダハークの項目を開いて読んでみると、元は大河西岸の小国の王子だったとあり、魔術を習い覚える過程でその師に唆され、父王を謀殺して国を乗っ取ったらしい。

 まあそこまでは、世界の東西を問わずよく(・・)ある(・・)()ではある。ダハークが異なっていたのは、その小国で力を蓄え時期を待ち、大河を挟んだ大国ピシュダディ朝のイマの治世が乱れたのを見逃さず、大河を渡って攻め込んでイマを放逐したことにある。民心が離れていたイマはなす術なく玉座を追われ、遠く東の果てまで逃れたものの結局捕まって、ダハーク自らの手で討ち取られた。


「……『これにより賢王イマの七百年に及ぶ治世は終わりを告げ、僭主の千年にも及ぶ暗黒の時代が始まった』……イマって“賢王”と称されるほどの優れた王で、この大国を七百年も治めていたのよね?」

「その通りです。賢王の時代に人々の生活は大きく向上し、人口が爆発的に増えて人類が世界に満ちたと言われています。ピシュダディ朝の最初の全盛期は、間違いなく賢王の時代ですね」

「……そんな優れた偉大な王が、国が乱れたからといってそんなに簡単に小国に追い落とされるものかしら?」

「その疑問は、賢王の項をご覧になれば解決するかと」


 ダーナにそう言われて、レギーナは賢王の項を開いた。それによると賢王は、人類で最初に拝炎教の最高神と直接言葉を交わした人間だとある。

 最高神はイマの前に姿を顕し、自身の教えとその教義を世界に広める者としてイマを選んだという。だが彼は事もあろうに『私はそんなことのために生まれてきたのではない。私の魂の使命はもっと他にあるはずだ』と拒否したという。


「…………神をも恐れぬ所業ね……」

「現代の解釈では、イマもまた神格を持つ神に近しき者だったから可能だったことだと考えられています」


 自身の提案を拒否されたことに最高神は怒るでもなく、宣教しないのであれば人類を導き繁栄させるよう命じたという。そしてイマもそれならばと受諾し、そうして彼は王位に就いた。最高神は人類を統率する王権の証として、黄金の矢と光輪(フワルナフ)を人類で初めてイマに与え、イマもまたそれらを適切に扱い人類に君臨した。

 こうして天地には光が満ち溢れ、世界は苦しみから解放され地上には楽園が現出した。動植物も人類も繁栄を享受しその数を大きく増やし、それを導いたイマは“賢王”と讃えられた。


「これほどまでに偉大な王が、そんなアッサリと敗れて滅ぼされるものかしら……?」

「もう少し先までお読みになれば」

「書いてあるのね?」

「はい」


 地上に楽園を築き上げた賢王は、だがいつしか神に与えられた光輪(フワルナフ)の加護を自らの力と過信するようになった。彼は臣下イブリースの勧めに従い、天地への祭祀を取りやめて自らを祀るよう世界に命じた。

 それを見た最高神はイマから光輪(フワルナフ)を剥奪すると決めた。光輪は光の鳥となってイマの元から飛び去り、それをもって地上の楽園は終わりを告げた。光の鳥は輝神ミスラがこれを捕らえ、以後は輝神が管理することとなる。


「ちょっと待って!?」

「いかがなさいましたか」

「ミスラって、あの(・・)ミスラ……よね?」

「はい。真竜のひと柱、“輝竜”ミスラです。時代や地域によってミトラースとも、ミフルとも呼ばれますね」


「蛇王って確か、世界の終末の時には“悪竜”に変じるのよね」

「そう言われています。“悪竜”アジ・ダハーカもまた、真竜のひと柱ですね」

「ダハーグ……アジ・ダハーカ……まさか」

「お気づきの通りです。(アジ)・ダハーカ、それこそがダハーグの正体です」


 つまり神格を持つ賢王イマを倒せたのは、ダハーグもまた“神”であったからなのだ。


「そしてこの『臣下イブリース』って」


 レギーナはページをめくり飛ばす。イブリースの名に見覚えがあったのだ。


「……やっぱり!ダハーグの魔術の師匠!」

「はい、同一人物(・・・・)ですね。我が国の神話学においては、イブリースという者は最高神の永遠の敵対者である悪神の化身だとされています」


 つまり悪神に唆された事により賢王は堕落し、小国の王子もまた悪の道に堕ちたのだ。悪をもって堕落を駆逐し、世を混沌へと導く。イブリースの行動からはその悪意が透けて見えるようである。


「……それだったら、このイブリースをこそ倒すべきじゃない?」

「それが残念ながら、最高神と悪神との盟約があるため今は(・・)倒せない(・・・・)のです」


「そこんところは、こっちの本に書いてあるばい」


 ここで、別の書物を読み進めていたミカエラが口を挟んできた。


「ミカエラ様が今お読みになっておられる書物は『炎の書(アータシュ・ナーメ)』ですね。拝炎教の教義をまとめた書物で、教義の元となった神話に関しても詳述されています」


 『炎の書』によれば、この世界を創造した原初の創造神が、善と悪のふたつの概念をもとに最高神と悪神を生み出したという。創造神は善も悪も否定せず、どちらが世界を統べる(ことわり)となるのか、両者で決めるように言い残して世界を去ったのだという。

 以来、善神たちを率いる最高神と悪魔たちを率いる悪神とが、世界を二分する争いを続けているのだという。


「最初の五千年はどちらも総力を挙げて争ったらしいばい。ばってん決着が付かずに、次の五千年は一旦最高神に任せることにしたとげな(んだって)

「その五千年の間、悪神は地下深くの奈落で休眠していると伝わっています。今がその休眠期に当たると言われていますね。そして休眠中で直接出てこれない悪神は、化身たちを地上に放って様々に最高神の妨害活動をしているとされています」

「……その化身のひとりが、このイブリースってことね」

「その通りです。ですから倒したところで、イブリースは悪神の力でいくらでも復活するのです。だからこそ、人の(・・)悪意(・・)()尽きない(・・・・)のだと言われています」


 なんとも壮大な話だが、それを事実と(・・・)仮定(・・)する(・・)のならば確かにイブリースを討つ意義は薄そうである。人の悪意にはキリがないというのは現実的に見ても肯定せざるを得ないし、であれば当初の目的通りに蛇王の討伐のみに注力すべきなのだろう。

 だが根本の悪意はイブリースでありその本体である悪神である。それを放置していていいものだろうか。


「そこの部分は、ユーリもずいぶん思い悩んでいたよ。多分ロイ様や、それ以前の勇者たちも同じだったんじゃないかな」


 別の書物を読んでいるアルベルトも言葉を添えてきた。先代勇者も同じ悩みを得ていたと聞いて、レギーナはバーブラの顔を思い浮かべた。

 バーブラは勇者ロイの前、勇者フィリックスのパーティでも蛇王を討伐している。おそらくは思い悩む若きロイたちを見守る、今のアルベルトのような立ち位置だったのだろう。

 アルベルトやバーブラが、なぜ何も語ろうとしなかったのか。それはおそらく、新たに蛇王討伐に赴いた勇者にそれぞれ個別に経験を積ませ、思考と苦悩を経て自らの考えで結論を出させるためだったのだろう。


「自分たちで一から調べさせるのって、そういう意味があったのね」


 改めて、勇者に課された試練とは何なのか、その一端を垣間見た気分のレギーナであった。


「それはそれとしてこの光輪(フワルナフ)だけど、これ古代語よね?」

「そうですね。記述内容が古代のことなので、平文はともかく具体的な固有名詞はほとんど古代語がそのまま記述されています」

「……現代語だと?」

光輪(クヴァレナ)ですね」


「やっぱり!“宝剣”のひと振りじゃない!」


 世にわずか十振りしかないとされる、神々が鍛えたと伝わる宝剣。そのうちのひと振りがレギーナの持つ“迅剣”ドゥリンダナであり、先代勇者ユーリの持つ“旋剣”カラドボルグである。そして“輝剣”クヴァレナもまた、そのひと振りであった。


「“輝剣”クヴァレナは我が国に伝わる伝説の剣ですね。それが世に伝わる限り、世界の繁栄は約束されると言われています」

「現存してるわよね?今の継承者は国王陛下かしら?」

「今は我が国の諸将の(スパーフベダン・)(スパーフベド)であるロスタム卿が継承しています。初代継承者である英雄王フェリドゥーン以来、我が国で最高の剣士が継承するものとされていますので」


 この国の重臣のひとりであるロスタムという人物が継承しているのなら、そのうちに顔を合わせる機会もあるだろう。というか英雄王フェリドゥーンの愛剣を受け継いだというのであれば、むしろ積極的に会っておかねばならないかも知れない。

 レギーナが直接会ったことのある宝剣の継承者は、先代勇者ユーリ以外だと先々代勇者パーティのザラックだけであり、手合わせしたことがあるのはユーリだけである。もしもロスタム卿に会えたなら一度手合わせを願ってみたいと、ちょっと思ってしまったレギーナである。

 剣技をこよなく愛し、剣の道に生涯を捧げる覚悟をするほどにレギーナは剣で戦うことが大好きである。同じ宝剣の継承者がいるのなら、手合わせしたいと考えるのは自然なことであった。


「…………待って?クヴァレナってちゃんと(・・・・)()なの?」

「今伝わっている宝剣は“剣”ですね。ただ剣士でなかった賢王が所持していたものは文字通り“光の()”だったと伝わっていますし、伝説上の英雄であるサームやロスタムが所持していたものは鎚矛(メイス)だったとされています」

「……時代や人によって、姿を変えているってこと?」

「まあ神から与えられた権能の一種とも考えられますからね。賢王の元から飛び去った時には光の鳥と化したようですし」


 そう言われれば、確かに『王の書』にもそう書いてあった。


「……ま、今が剣の形をしてるならそれでいいわ」


 手合わせの途中で形が変化したりするようなことがなければ、レギーナとしては何も問題ない。いやまあ別に手合わせが決まったわけではないのだが。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は……書き上がり次第です(爆)。

ちなみに「ロスタム」という人名が二ヶ所出てきますが、それぞれ別人です。伝説上の英雄にあやかって同じ名を付ける、というやつですね。



えー、私事ではございますが、本日付で生誕から半世紀が経過してしまいました(爆)。そんな歳で人気も出ない小説ちまちま書いて、何やってんですかねこの人は(汗)。



ところで宝剣の詳細はまだ公開した事がないはずなので、ここで公開しておきます。連載開始時点でちゃんと設定してあるので。



【宝剣】

世界にわずか十振りしか存在しないと伝えられる伝説の剣。現在その所在が明らかなのは六振りだけで、光剣、業剣、壊剣、霸剣の所在は不明のままという。



〖旋剣 カラドボルグ Caladbolg〗現存

先代勇者ユーリの持つ宝剣。十振りの宝剣の中でももっとも強いとも言われているが、見た目は騎兵が突撃(チャージ)に用いる騎上槍(ランス)のような、先の尖った細長い円錐状で剣としては使いにくそうな形状をしている。先端から螺旋状に細く鋭い刃が覆っている。


〖魔剣 ダーインスレイヴ Dáinsleif〗現存

先々代勇者パーティメンバーの魔戦士ザラックが所持する宝剣。ひとたび抜けば狙った獲物の血を吸い尽くすまで鞘に収まらない厄介な剣とされる。そのため、ザラックがこれを抜くことは滅多になかったと伝わる。

かつての勇者であった魔剣聖カイエンが所有していた剣。カイエンの魔王堕ちとともに「聖剣」であったものが「魔剣」に堕ちたのだという。


〖光剣 クラウソラス Claíomh Solais〗未発見

様々な加護を得られるという伝説の剣。だがこれを得るためには数々の難行にチャレンジして全てクリアしなければならないとされており、現在まで全て突破した者はないという。ちなみに難行の最初のひとつは「光剣の在り処を知る者を見つけ出せ」である。


〖輝剣 クヴァレナ Xvarenah〗現存

東方世界、リ・カルン公国の剣士ロスタムの愛剣。初代勇者こと英雄王ファリドゥーンの愛剣と伝わる。

クヴァレナは善なる神々によってもたらされる「栄光」や「素晴らしさ」を意味する概念で、一般的には光の環の形を取っているとされる。拝炎教における最高神の神秘的な力の概念であり、これを与えられた者は神の力(神異)を得るものとして理解されている。

人間で初めてこれを授けられたのは賢王イマであり、イマの元にあった時代には世界は理想郷のごとくであったという。だがイマが悪魔イブリースによって堕落した際に、鳥の姿になり飛び去ったと伝わる。それをミスラが保持していたが、蛇王討伐に際してスラエタオナ(フェリドゥーン)に与えられ牛槌の形を取ったとされる。以来、リ・カルンの守護剣として受け継がれている。

遥かな時を経て蛇王が悪竜と化した際には、復活せし勇者クルサースパへと受け継がれるという。


〖業剣 レーヴァテイン Lævateinn〗未発見

詳細がほぼ伝わっていない謎の剣。西方世界最北部のフェノスカンディア宗主国に伝わる古い伝承によれば、「世界を灼き尽くす災いをもたらす灼熱の剣」であるという。

だが人類史において実物が発見された記録はなく、ただ存在のみが伝わっている。また持ち主についても、「黒き巨人」とも「炎の女神」とも言われていて定かではない。


〖迅剣 ドゥリンダナ Durindana〗現存

刃渡りおよそ3フット(約90cm)にも及ぶ細身の両刃の長剣。人類史上においては比較的新しい由緒を持つ剣で、存在が確認されて以降一度も失われたことがない。元は現在のアナトリアの地にあった都市国家イリオスに神々から与えられた護国の剣だと伝わっており、イリオスがへレーン人(現在のイリシャ人)たちの連合軍に滅ぼされた際、王族のひとりが持ち出して竜脚半島に落ち延びたとされる。それ以降、古代ロマヌム帝国を経てエトルリア連邦の国宝として扱われてきた。

なお名称は南部ラティン語系エトルリア語であり、本来の名称は不明。西部ガロマンス語系ガリオン語では「デュランダーナ」とも呼ばれる。

勇者レギーナの愛剣として有名だが、これはレギーナが勇者であるからというよりもエトルリアの王族であるから継承者に選ばれた側面が強い。他を圧倒する切れ味を誇るが、これは剣の固有スキルによって所有者の敏捷性を倍加させる事により、圧倒的な剣速が出せるからである。


〖壊剣 フラガラッハ Fragarach〗未発見

名前と由来のみ伝わる伝説の剣。海神が鍛え光神に譲ったものというが、光神から誰に継承されたのか神話にさえ残っていないという。


〖鍛剣 マルミアドワーズ Marmyadoise〗現存

イリシャ連邦に伝わる伝説の剣。現在継承者はおらず、王宮の宝物庫の最奥に厳重に保管されているという。


霸剣(はけん) 斬妖(ざんよう)軒轅(けんえん) kenen〗逸失

東方世界、華国に伝わる“霸王の剣”。かつて初めて央華世界を統一した伝説の聖王が携えていたというが、遥かに時代を下り幾度もの戦乱を経た現代ではとうに失われており、今では儀礼用のレプリカがあるのみ。

もしも本物を見つけ出し手にするものが現れれば、その者は再び央華世界を統一すると信じられている。


叢剣(そうけん) 草薙 kusanagi〗現存?

東方世界の最果て、極島に伝わる剣。開国の王・武尊神が所有していたと伝わる。現在は極島を鎮護する社にご神体として厳重に保管されているとされるが、公開されたことがなく誰も見た者がいない。


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