5-11.謁見
「やっと見えてきたね」
御者台からのアルベルトの言葉に、レギーナ以下蒼薔薇騎士団の面々が御者台に次々と顔を出す。
「え、お城……?」
「あれが、そうなん?」
呆気に取られるレギーナと、半信半疑のミカエラが、半ば無意識に呟いた。
それは、一見しただけでは“城”のようには見えなかった。確かに壮麗ではあったが、それは城というよりも宮殿と呼ぶのが相応しいと思われた。
通りの正面にまず見えてきたのは石造りの巨大な門と、壁に囲まれた広大な庭園だ。樹影のほっそりした高く伸びる樹が、門の向こうに続く通りの両側に整然とそびえ立ち、その外側には種類の違う背の低い木々がいくつも壁の上に見えていて、どれも枝葉を伸ばして生命力に満ち溢れている。
そしてその向こうに、いくつもの尖塔に囲まれた丸屋根を戴く大小様々な建物が見えていて、鮮やかな青を基調とした建物の壁面が、西に傾いた陽神の茜色の光を浴びて輝いているようにも見える。市街地を含めて起伏のほとんどない平野部でその建物だけが際立って目立つところを見ると、よほどの高層建築か、あるいはそこだけ丘の上にでも建てられているのか、どちらかだろう。
見る限りでは、“宮殿”は手前に見える庭園よりもずっと広そうな感じである。尖塔の外側左右、つまり南北両側にも丸屋根が見えていて、仮に丘に建てられているとしても、宮殿の総面積のほうが広そうに感じるほどだ。
と、そこへ先導の兵士団から隊長格と思しき騎竜が一騎下がってきた。レギーナたちが御者台に出てきているのに気付いたのだろう。
「ようやく見えて参りました。あれこそが現王宮、“アルドシールの栄光”宮殿でございます。元からある宮殿を改名しただけの簡素な宮殿ではございますが、新王アルドシール1世陛下は内乱で荒廃した都市や民草の生活再建を優先なさって、王城の造営などいつでもできる、と仰せになられまして」
要するに新王は、体裁を整えるより先に国内の慰撫と、民衆や都市の復興を重視したのだろう。その結果として王城の造営にはまだ予算が割り振られていない、ということのようだ。
とはいえ、この威容を「簡素」と言い切ってしまうのは謙遜のし過ぎではないだろうか。
「とはいえ、新王陛下のご登極を慶ぶ周辺従属国の朝貢使もこぞって参りますし、西方の勇者様がたもお見えになるということで、謁見殿や南北の離宮の改装などは速やかに終えております。その他にも朝議殿をはじめ必要な拡張は随時行われておりますゆえ、見かけほど不便はございませぬ」
続けてそう言われてよく見れば、まだ遠いながらも中央手前のひときわ目立つ建物は確かに真新しく見える。改装というからにはそれも元からある建物を改修したのだろうが、もうすでに初めて訪れる者にも充分すぎるインパクトを与えられる、大国リ・カルンに相応しい威容になっている。
「隊長さん」
「は、なんでございましょう」
唖然としたまま口も開かないレギーナたちに代わって、アルベルトが隊長に声をかける。そして隊長の方は御者に過ぎないアルベルトにさえ物腰丁寧に対応してくれる。
「どう見ても、ハグマターナの旧王宮よりも豪勢に見えるんですけどね?」
「おお、旧王宮をご存知でしたか!」
旧王宮のことを持ち出されて、隊長が破顔した。
「あれに見える宮殿は元は“偉大なる帝国の門”宮殿と言いましてな、三代前のシャーブール6世王の造営によるものです。シャーブール王はこの宮殿とこの街をことのほか気に入られまして、造営以来あの宮殿は王家の夏から秋にかけての滞在地となっておったのです」
つまり、この都市は元から副都のひとつであり、王と王族の住居も行政設備も、そして王家の祭祀を執り行う環境さえも揃っていたのだという。
「元々この都市は大軍の集積地と呼ばれておりまして、ハグマターナを守る東の最終防衛線でもあったのです。ですが街の南を流れる豊かなザーヤンデ川の恵みもあり、古来から人の往来の絶えぬ土地でしてな。過去の王朝ではこの街が首都であった事もあるのですよ」
よほどこの街が好きなのか、隊長の口が止まらない。
「新王、アルドシール1世陛下の御即位とともにこの街も晴れて正式に首都に復帰し、おかげで続々と移住者も増えております。国内各地のみならず従邦各国、それに諸外国からも多く集まりまして、今ではトゥーラン人、イェダヤ人、アナトリア人やイリシャ人、ジャジーラト人、華国人などの居住区画も整備されております。いやはや、まさしく“アスパード・ダナは世界の半分”といったところですなあ!」
「いやいや“世界の半分”て」
呆然としていてもツッコミは忘れない、根っからのファガータ人なミカエラさんである。
「残りの半分はどこだっていうのよ」
親友につられて勇者さまもご復活。
「それはもちろん!華国でございますとも!」
そして西方からの客人に向かって、堂々と言い切っちゃった隊長であった。
「…………以前は、“ハグマターナは世界の半分”って言ってたはずなんだけどなあ……」
アルベルトの弱々しいツッコミが、誰にも拾われることなく流れて消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
万国門、とよばれる巨大な門をくぐり抜けると、庭園内は“楽園”と呼ぶに相応しい景色が広がっていた。
奥行きも幅も充分に取られた広い庭園は高い壁に囲まれ、よく手入れされた広場のようである。まばらに植わった木々は一見すると適当に植えたか、あるいは単に自生しているだけのようにしか見えないが、鬱蒼ともせず寂しげにも見えないことから、緻密に計算され管理されていることが見て取れる。個々の木々は自由に枝葉を伸ばして木陰を作り、その合間を遊歩道が伸び、ところどころに花壇や腰掛も設けられている。
おそらく、折々にふれて市民に開放され、人々の憩いの場となっているのだろう。
万国門は高さが25ザルゥ、幅も奥行きも同じサイズの立方体構造をしている。ガリオン王国の有名な凱旋門にも似た構造で扉はなく、左右に巨大な有翼人面の獣の浮彫が彫られ、アーチ状の内壁の壁面にもびっしりと浮彫が刻まれていた。なんのシーンなのか見てもよく分からなかったが、聞けば各国の朝貢使節の姿を彫ってあるらしい。
万国門を抜けると、中央に水路を挟んだ二本の通路が東へ向かって真っ直ぐ伸びていた。左側に案内されたところを見ると一方通行のようだ。
庭園内をしばらく進むと中程で水路が十字になっていて、橋がかけられている。その橋を渡れば、いよいよ遠目からも鮮やかだった青い壁の丸屋根の、巨大な宮殿が目の前に迫る。青壁と見えたものは色鮮やかな陶器のタイルで、青だけでなく様々な色のタイルでモザイク画が描かれていた。
十字の水路で区切られた庭園を四分庭園という。リ・カルンの伝統的な庭園様式で、分かれた4つのエリアは世界の四方、そして4つの季節を表している。要するに庭園という形で“世界”を表現しているわけだ。
宮殿正面の車寄せでレギーナたちはアプローズ号を降りた。アルベルトも東方世界への案内人として雇われているため、ここでは御者でなく本来の案内人の仕事をせねばならない。そのため彼も御者台を降り、王宮の使用人に手綱を渡した。使用人は案の定スズの巨体に恐れをなしていたため、スズによく言って聞かせ、危険はないと使用人にも理解してもらった上で御者台に上がってもらった。
ちなみに先導の兵士隊は万国門までで引き返して行った。彼らは門衛であるため、庭園を含めた宮殿内には基本的に立ち入れないのだそうだ。
なお、アプローズ号を降りたレギーナたちの服装は旅装のままである。本来なら着替えるべきなのだろうが、日暮れも迫っているということで略式の挨拶だけに済ませ、正式な謁見は後日になるためそのままでよいと出迎えの役人に言われたためである。
「まずご案内致しますのは“百柱殿”でございます」
長く広い大階段を登った先にある百柱殿は、無駄とも思えるほどに広大な空間であった。高さ15ザルゥあるという巨大な石造りの柱が4本並び、それが25列にもわたって連なる、東西に長い空間が続く。
両サイドに等間隔で扉が並んでいるのは、控室や休息室があるのだという。案内の役人が説明するには、朝貢や謁見を求めてやってくる国内外の多くの者たちの中で直接の謁見を許されない身分の低い者たちが、待機室として左右の小部屋を宛てがわれるのだそうだ。
役人はレギーナたちを先導したまま、百柱殿を通り抜けた。聞けば西方の勇者一行は国賓の扱いであり、国賓の謁見は百柱殿ではなく、その奥の謁見殿で行われるという。
謁見殿は百柱殿ほどの広さはないものの、柱の高さは20ザルゥにも及ぶそうで天井がさらに高い。柱列も6本が6列並んでいて、横幅と奥行きが等しくなっている。その柱列の真ん中に真っ赤な絨毯が敷き詰められていて、そこを進んで玉座の前まで案内された。
だが、肝心の玉座には誰も座ってはいなかった。
(どういうこと?)
(国王陛下の居んしゃれんやん)
「こちらでございます」
訝しんでいると、謁見殿の玉座に向かって右隅の扉を指し示された。
一行は訝しんだまま、その扉を抜けた。抜けると廊下が続いていて、役人はさらに奥に向かって歩き出す。
「本日のところは非公式にて、“対面殿”にお通しするようにと仰せつかっております」
どうやら最初から、謁見殿ではなくその対面殿とやらで謁見が組まれていたようである。
(……だったら最初から、こっちの廊下に案内したら良かったじゃないの)
(あの豪勢な謁見殿ば見せたかったとやないと?)
レギーナとミカエラがアイコンタクトで意思疎通しているが、実のところ少し違う。正式な国賓はまず謁見殿に通されると決まっており、決められたとおりにレギーナたちは玉座の前まで通されただけである。つまり最初の面会を対面殿で行うことが異例なのであり、謁見殿奥の扉を使えるのは本来はリ・カルン側の人間だけなので、それもまた異例だったりする。
ともあれ一行は、廊下を進んだ先にある控室に案内された。そこは来客用の応接控室で、準備が整うまでしばしお待ちを、と言われてアルベルト以外はソファに腰を落ち着けた。
「あなたも座りなさいよ」
「いやこの場合、俺は雇われの従者だからね」
「あっ……、そ、そうだったわね」
そう言われて、久々に互いの関係性を思い出したレギーナである。最近はすっかり同席するのにも慣れてしまっていたから忘れていた。
侍女が入室してきて、レギーナたちに茶を淹れて供した。西方世界で飲むものとは明らかに違う香りの茶で、色味が白っぽいのは斑牛乳が入っているのだろう。
東方世界に入ってここまでの道程でも幾度も飲んできた、茶である。なおこれも、アルベルトの分は用意されない。
「悪いけれど、彼の分も用意してくれる?」
「畏まりました」
侍女は素直に応じ、すぐにカップが用意されて応接テーブル脇のサイドテーブルに茶が用意された。それでアルベルトもありがたく頂いた。空調の魔道具を効かせているのだろうひんやりした室内で、温かいお茶はより美味しく感じられた。
「準備が整いましたので、ご案内致します」
上級使用人と思しき壮年の男性が入室してきて、レギーナたちは彼の案内で部屋を出た。廊下をさらに進んだ先に、重厚な木材の両開き扉があった。
「西方よりお越しの、勇者様をお連れ致しました」
使用人の声に応じて、扉が内側から開かれた。
対面殿はさほど広くはなく、人が百人も入れば一杯になりそうな程度であった。本来は王家の人間が私的な客人を出迎えるための部屋だそうなので、この程度で充分なのだろう。だが壁や柱の装飾、高い天井から下がる照明、床に敷かれた絨毯など、充分以上に豪奢な作りになっている。
その最奥の階の上に、玉座というにはやや簡素ながらも立派な作りの椅子が据えられていて、そこに座っていた女性が立ち上がった。
「ようこそお越し下さいました。歓迎致します、西方の勇者様」
一見して、古代イリシャ風のドレスだと見えた。ゆったりとしてドレープを多く取った柔らかな白い絹のドレスで、裾は長くつま先まで隠れている。両肩に留め飾りで長めのケープを留めてあり、そちらは肩から腕を包み込んでいた。腰帯は太く、中央に濃い青の大ぶりな宝石をあしらったバックルが付いていて、だが多く取られたドレープに半分隠されている。
ふわりとまとめられた黒髪の上には精緻な意匠の金の小さな王冠が留められていて、黒髪によく映えていた。
彼女は西方式の淑女礼で挨拶すると、先に名乗りを上げた。
「わたくしが天地開闢からの王統、世界全ての神聖なる支配者、神の子、勇者の末裔たる王の、地上をあまねく見渡す目。大地の第二の統治者たる副王・メフルナーズと申します。こたびの勇者様は、女性の方なのですね」
そうして彼女は、にっこりと微笑んだのだった。
情景描写に力入れすぎて長くなった……!(爆)
お読み頂きありがとうございます。
次回更新は……ストック尽きたので書け次第で(爆)。
いやまあ書きますけどね!




