5-10.王都アスパード・ダナ
休載してすみませんでした。
モチーフにしてる現実世界の基礎言語を間違ってる事に気付いて、そうしたら文化圏から民族から何もかも違うってなって、やむを得ず1から全部(地名を除いて)作り直しました(爆)。
正直まだ全部設定し直せてませんが、放っとくといつまでも書けないので見切り発車で(汗)。アルファポリス版ももう五章に入ったし、カクヨム版もマリアの幕裏を更新中なので、いい加減なろう版を書かないと追いつかれる……!(爆)
陽神が西の空にゆっくりと傾き、空が茜色に染まりつつある中、蒼薔薇騎士団とアプローズ号は王都アスパード・ダナの西門へ辿り着いた。
早速入門待機の列に並んだのだが、すぐに門衛の騎士が飛んできた。レギーナは例によって特別扱いを嫌がり順番通りに待つと断ったが、門衛たちに「西方の勇者様を先にお通しするよう命ぜられておりますので」と言われてしまうとそうもいかない。
どうやら王城の方で、すでに歓待の準備が整えられているようである。王都滞在中の起居の世話になることを考え合わせても、今日のうちに王城へ伺候しておくべきだろう。
「なーんか、アンキューラのアレを思い出しちゃうわ」
「あれとは違うと思うけどね。“虹の風”の時も似たような感じだったし」
「……まあ、あなたがそう言うなら信じることにするわ」
というわけで、門衛の連絡を受けて出迎えに来た兵士たちの一団に護衛・先導される形で、蒼薔薇騎士団とアプローズ号は王都の西門を潜った。ちなみに道中の護衛についてくれた街道巡視隊の小隊は、西門に辿り着いたのを見届けた時点で無事にお役御免である。
今の時間からダラームへは戻れないので、彼らは入門待機の列に並んで、今夜は王都で一泊してからダラームへ戻るそうである。彼らの顔が心なしか緩んでいたのは、今夜は王都の繁華街で羽を伸ばすつもりだからだろうか。
アプローズ号が大通りに入っても歓迎の歓呼やパレードなどはなく、先導は単に最短距離を誰にも邪魔されずに、陽が沈みきる前に王城にたどり着かせるための案内役だったようである。事実、大通り沿いはどこも盛況な賑わいで、派手で高級そうなアプローズ号に目をやる人も多くいて、もしも先導なしに走っていれば物売り連中が群がってきて足止めされたことだろう。実際、ここまでのタウリスやジャンザーン、ハグマターナといった大都市ではどこも物売りに囲まれたものだった。
「それにしても、本当に人が多いわね」
並足で歩くスズの曳くアプローズ号の車内でレギーナがポツリと呟いたのが、覗き窓越しに御者台のアルベルトにも聞こえてきた。おそらく車窓から外を眺めているのだろう。
実際、王都はどこも人で溢れ、人のさざめきや笑い声が絶えることがない。これまでのハグマターナやダラームといった大都市と比べても、明らかに人の数が多いように見えた。さすがに大通りを脚竜車が走れないほどごった返しているわけではないが、なんとなしにお祭りでもやっているかのような雰囲気が感じられる。
ああ、なるほどね。とアルベルトが得心したのは、人々の顔がどれも楽しげに輝いていたからだ。
前回ユーリたちとともに訪れた、当時の旧王都ハグマターナも変わらぬ活況を呈していたが、思い返せばあの時、人々はこれほど楽しげに笑っていただろうか。生活は豊かで、戦乱や貧困の不安もなかったはずだが、人々の顔はどこか憂いを帯びて息を潜めていたようだったことを思い出したのだ。
「新王陛下の治世は、上手く回っているみたいだね」
先王の遺児は軍務卿のクーデターに抗い、かろうじて王城そして王都を脱出して、旅芸人一座に身をやつしながらも国内を駆け回り、ひとりずつ諸侯を口説き落として味方を増やし、支持者を増やしてついには王座を奪還したのだという。だがアルベルトの記憶には、この国の王子はひとりしか心当たりがなかった。
(あの臆病そうな、小さな王子がねえ)
最初に到着した時の、王に謁見した際の謁見の間で、王族揃って出迎えてくれた際の一度きりしか、王子には会わなかった。当時まだ5歳くらいだった幼い王子は一番上の姉王女のダーマンの裾を握りしめて、その後ろに隠れるように立っていたのを憶えている。
あの小さな王子が王都を追われ、逃避行を続けながらも心折れずに王座を奪還したのかと思えば、何やら感慨深いものがある。今度はアナトリアの時とは違って、アルベルトも案内役として蒼薔薇騎士団とともに謁見することになるため、逞しく成長したあの時の王子と、つまり現在の新王とも見えることになる。それはちょっと楽しみだ、とアルベルトの頬も緩む。
「それにしても、やっぱり王城までが遠いわねえ」
車内から今度は、ヴィオレの嘆息。
「本当、どこまで行っても市街地ばかりね。これ本当に王城まで辿り着けるのかしら?」
続いてレギーナの呆れ声。
それを聞いてアルベルトも苦笑するほかはない。
「リ・カルンの都市の中で、城砦がある街は西が市街地、東が城って決まってるんだ」
そして竜骨回廊はアスパード・ダナの西に延びている。つまりアプローズ号は西門から入って、東門近くにある王城を目指しているわけで。
百万都市の市街地を横断しようというのだから、そりゃどこまで行っても市街地が続くはずである。
「そうなの?」
「なんか理由のあるとやろか?」
「この国は、伝統的に北東のトゥーラン国と戦ってるからね。それで東側への防御が手厚いんだ」
リ・カルンの主要民族を伝統的にアリヤーン民族という。神話の時代から世界全てを支配する民族と言われ、現在でもこの国の公式見解としてはアリヤーン民族が世界を支配している事になっている。
だが、アリヤーン民族はリ・カルンにだけ居住しているのではない。先祖を同じくする北東のトゥーラン国と、大河を挟んで下流西岸域を支配するシャーム国もまた、アリヤーン民族の国である。だが兄弟国というべきその三国は、神話に語られるある事件が元で互いに相手を滅ぼそうと、もう数千年にも及ぶ不倶戴天の敵対関係を続けているのだそうだ。
「数千年て。そらまたえらい根の深い争いばしよんしゃあね」
「そんなの、普通はどこかのタイミングで統一されてそうなものだけどね」
「もしくは抗争に疲弊して、他の民族と同化するとか滅びるとかするのではないかしらね?」
「そのあたりの事は俺も詳しくは調べてないんだけど、まあ色々とあるみたいだよ」
だがまあ、ひとまず蒼薔薇騎士団にとってはどうでもいい事ではある。
「それはそれとして、なんかずーっと民家ばっかりなんだけど。普通は商会とか、宗教施設みたいなのが点在してるものじゃない?」
レギーナのその疑問もまた、至極もっともなものである。
「それはほら、この国では商業区が決まってるからさ。だから商店とか宿とか、礼拝所や拝火院なんかも決まった場所にしかないんだ」
「そうなんだ」
ここまでの道中に宿泊した都市でも何度か夜市を散策したものだが、彼女たちは毎回アルベルトの案内に従って行き先を決めたため、特に目的も行くあてもなく街ブラするということがなかった。だがよく考えてみれば、確かに市と呼ぶにはどこも広大で、住宅などは見当たらず商店や屋台ばかりの通りを歩いた気がする。
ちなみに礼拝所とは崇偶教の寺院で、拝火院とは拝炎教の寺院を指す。やはり都市の各所に広大な庭園区画が整備されていて、神教の神殿も含めた各種宗教施設はその庭園の周縁部に配置されている。
「ある程度の規模の街ならだいたいどこも同じなんだけど、東西南北に大きな常設市があってね。その他にも小さな市場があちこちにあるんだ。⸺ほら、ちょうど左手に見えてきたよ」
そう言われて車窓から見やれば、確かに一般の住宅とは明らかに違う、二階建ての屋根覆いのある大きな建物が見えてきていた。平屋ばかりの街並みにあって、巨大な立方体のようなそれは見るからに良く目立つ。
「あれがその、バーザール?」
「ハグマターナで歩いたのは屋根のないバーザールだったけど、ここのは屋根が付いてるね」
アルベルトによれば、あの屋根の下にある通りを挟んで大小さまざまな店舗がひしめき合っているという。屋根があるのなら、雨や嵐の日でも安心して買い物ができそうである。
常設市では、商人たちは区画を国(都市)からレンタルし、地料を払って店を出す。最初は屋台から始まり、継続的に商売が可能なレベルで売上を上げていけば店舗に格上げされる。
取り扱う商材によって出店できる区画が決まっているため、商人たちは必然的に特定商品だけを扱う専業商となる。そうした専業商たちによって衣類、日用品、食材、宝飾品、手工芸品、革製品、武器や家畜など、バーザールでは多くのものが日々売買される。ただし塩や砂糖、金銀など特定の品目は国の専売品で、民間の商人は取り扱えないか、取り扱うのに特別な許可を必要とするという。
「でも、あんなに大きいと中に入ったら迷ってしまいそうだわね」
「中は業種ごとに区分けされてるから、買いたいものさえ決まってるなら迷うことはないよ」
「あら、そうなのね。良かったわねレギーナ」
「ちょっと待って!?私が迷うって決めつけないでくれる!?」
「いやー迷うて思うばい?」
「クレアもそう思う」
「ちょっと!信用なさすぎない!?」
声を荒げて抗議しているが、そもそも独りで出歩いたことなどないのだから、もしレギーナ単独で買い物に行けば確定で迷うことだろう。そこらへんはやはり王女様なので、世間慣れしてないレギーナである。
「あ、今度は交易市が見えてきたね」
交易市とは、“竜骨回廊”や“絹の道”などを通して国外からもたらされる様々なものを取引する専用の市場のことである。東西から集められた珍しい品物やリ・カルンの国内では生産されないものなども、交易市で市民が買うことができる。こちらも品目ごとに区画が決まっているが、出店者が隊商たちなので、あまり厳密には定められていないという。
交易市の建物もやはり二階建ての立方体で、外観からは常設市よりも一回り小規模に見える。一階部分が店舗、二階は隊商宿になっていて、隊商たちは出店している間は隊商宿に宿泊し、商売しつつリ・カルン国内の品を仕入れて、あらかた売りつくしたらまた旅立っていくのだという。
「バーザールとは別にあるんだ?」
「こっちは常設じゃないからね。隊商たちがやって来た時に、持ってきた品物だけが売られるんだ」
とはいえ隊商たちは年中行き来しているので、顔を出せば何かしら売られているらしい。
「珍しいものって、例えばどんなのがあるわけ?」
「華国産の絹とか、西方産の家具類とか、あと中央平原で育ててる野羊や山羊、駱駝なんかも売ってるそうだよ」
「……ムフロン?ショトル?」
聞き慣れない動物名に、レギーナの怪訝そうな声がする。
「ムフロンっていうのはこの国の北の方に生息してる野生の羊のことで、中央平原の遊牧民たちが飼って食糧や毛皮として利用してるんだ」
遊牧民たちにとって野羊は大事な家畜であり、その肉を食べ乳を飲んで彼らは育つ。毛を刈って繊維にして衣服を織り、毛皮をなめして防寒具や敷物にし、そして骨は生活道具に、血は薬になるという。山羊も同様である。
ちなみに、西方世界で一般的に飼われている羊は綿羊と言って、羊毛を取るためにムフロンを品種改良して家畜化したものであるらしい。一部地域では肉も食べられるが羊乳を飲むのはごく一部に限られ、骨や血はそもそも利用されず捨てられるだけである。
「ショトルは、ええと⸺あ、あそこにいるね」
「どこよ?」
「あの交易市の脇にある牧畜柵の中、見てごらん」
「…………なにあれ!?」
そこにいたのは、レギーナたちが初めて目にする珍妙な獣だった。
大きさは馬とさほど変わらないが首が長く、肩口から一旦下に伸びたその首を上に持ち上げる形に伸ばしていて、その上に小さな頭が乗っている。毛は薄く、首周りだけがやたらフサフサしていて四肢は細く、胴は太く、細く短く毛の少ない尻尾が揺れている。
だが何より目を引いたのは。
「…………あの背中のコブは何なの?」
そう。背中にある大きなひとつの瘤。どう見ても余計なものにしか見えないが、どの駱駝も背中に立派な瘤があるのだ。
「前回来たときに聞いたんだけど、ショトルはあの瘤に栄養を蓄えていて、それで砂漠を飲まず食わずで横断しても平気なんだって」
正確にはあの瘤は脂肪の塊である。駱駝は普段から大量に餌を摂取するのだが、そうして摂取した栄養を脂肪の形で蓄えておくのだ。そうすることで、餌や水分を摂れない環境に晒されても簡単には死なないのだという。
それだけでなく、脚の蹄の裏は分厚い皮膚と密生した毛で覆われていて、灼熱の砂漠を歩いても熱の影響をさほど受けないという。砂漠で馬や脚竜を歩かせたら熱と飢餓でたちまち死んでしまうため、砂漠を越える隊商には駱駝が欠かせないのだそうだ。
「なるほどねえ。東方ならではの家畜、っちゅうこったいな」
「そうだね。見たことはないけど、瘤がふたつあるショトルもいるらしいよ」
瘤がふたつある駱駝はアレイビア、正しくはアレイビア首長国のあるジャジーラトの地で主に使われている。リ・カルンからは大河を挟んだ南西の方向になる地域だ。
「…………本当に私たち、東方世界までやって来たのね」
しみじみとしたレギーナの言葉に、誰もツッコまなかった。
砂漠がちの黄土色の景色、西方世界では見たことのない独特の都市景観、そして初めて見る生き物。全てが新鮮で、そして異邦であることを彼女たちに強く感じさせていた。
「あとは、食いもんがどうかやね」
「それ…!」
土地が変われば食べ物も変わる。そして食事が合わなければ出せる力も出せないわけで。
東方世界入りしてここまで10日以上経っているのに、今さらそんなの心配する?と思ったアルベルトだが、空気を読んで何も言わなかった。
設定の残りは書きながら組んでいきますが、時々更新を飛ばす……事のないように頑張りますm(_ _)m
とりあえず今回の話以外にストックが1話あるので、次回も予定通りに日曜更新します。次回は12月10日です。




