5-9.旧王都、そして王都へ
すいません6000字超えました(汗)。
けど切りよく王都到着までお届けします!
一行は次の都市ハグマターナに到着して、この街でも有数の老舗宿に投宿した。この街はリ・カルンの長い歴史で幾度となく王都として栄えてきた歴史ある街であり、活気に満ち溢れた大都市である。
「これでまだ王都じゃない、って言われてもねえ」
ヴィオレが嘆息するのも無理はない。ハグマターナの街並みは、西方世界ならばガリオン王国の首都ルテティアやブロイス帝国の帝都ヴェリビリに匹敵するほど広域で、行き交う人も脚竜車も多い。
「前回、“輝ける虹の風”が来た時は、ここが王都だったんだけどね」
「そうなんだ。遷都したってわけね」
「これでも遷都してから随分寂れた方さ。昔はもっと何倍も住民がいたんだがねえ」
「またまた、そげな大袈裟な」
夜歩きに出た市場で、屋台の店主に思わずツッコむミカエラである。
「本当だとも。あのクーデターと内乱さえなきゃあねえ」
そう言ってどこか遠くを見やった店主の視線を何気なく追ってみるが、そこには夜闇の空が広がるばかりで何も見えない。市場の灯りが明るすぎて、夜空は星さえも望めなかった。
「クーデターがあったんだ?」
「ああ、そうさ。前の陛下はとても厳しくてお強いお方でね。暴君というわけではなかったんだが、臣下にもわしら民にも苛烈なお方でねえ……」
先代王は恵まれた体格と天賦の軍才によって英雄視される人物だったのだという。近隣各国との度重なる戦でも負け知らずで、苛烈な性格もあって国内外から恐れられていたらしい。だから、というわけでもないのだろうが、ある時、軍部の腹心とも言うべき軍務卿が叛旗を翻したのだという。
軍務卿は隣国トゥーランと密かに通じ、攻め込んできたトゥーランに対して国王親征すべしと主張した。そうして王が王都を離れている隙に自らが軍を率いて王都を占領したのである。軍務卿はすでに軍をほぼ掌握しており、一部の将校が反抗したものの衆寡敵せず、戦場ではトゥーラン軍と反乱軍との乱戦になって王は討ち取られた。その勢いのままトゥーラン軍は当時の王都ハグマターナまで攻め上がったものの、軍務卿の率いる軍に滅ぼされた。
トゥーラン軍を撃退したことで軍務卿は国内の主要貴族からも支持を取り付け、狙い通りにクーデターを成功させた。そうして彼は先王の第一王女を無理やり妃とした上で即位を宣言した。だが王都からの脱出に辛うじて成功した幼い王子が軍務卿に反抗する勢力を糾合して自らも即位を宣言し、それで数年に渡って全土で内乱状態が続いたのだという。
だが結局、先王の実子にして国家の正統直系でもある王子が支持を集め、軍務卿は王位を僭称したとして最終的に討ち滅ぼされた。旧王宮はその最終決戦の際に炎上し、簒奪者とともに焼け落ちたという。そうして再統一を果たした王子つまり新王は王都をアスパード・ダナに遷都して、それでハグマターナからアスパード・ダナへ移住した者が多くいるのだとか。
新王が市街地や民の生活再建を優先したため、旧王宮はいまだ再建されずにそのままになっているらしい。
今は夜なので見えはしないが、昼間であればレギーナたちの目にも焼け落ちて無残な姿のままの旧王宮が望めたことだろう。見えなくて良かったのか悪かったのかは何とも言えないところである。
「内乱があったのは知ってたけど……そっか、焼け落ちたままなのか、旧王宮……」
どこか懐かしそうな、寂しそうなアルベルトの表情に、彼女たちはそれとなく察することしかできなくて、かける言葉も見当たらなかった。
「まあでも、今の王都のアスパード・ダナはこんなもんじゃないからな。あんたたちも王都まで行くんだろ?楽しみにしとくといいよ」
しんみりした雰囲気を笑い飛ばすように、屋台の店主はそう言ってニカッと笑った。
「ほれ、景気づけに肉ひとつ追加しといたから、これ食べて今夜は楽しんでっとくれ」
「ありがとう。いただくわね」
「なあに。美人にゃあサービスしとかんとな」
などと営業スマイル全開の店主から、焼きたての串焼きをそれぞれ受け取って、一行は再び街歩きを再開した。
「あ、うま」
「んなこっちゃ。こらなかなかイケるばい」
「でもちょっと、あつい…」
「クレア、こぼさないように気をつけなさい」
そうして夜の街を楽しんだ一行は宿に戻って一夜を明かし、何事もなく翌朝になって出発した。その後、ダールアルソルルという街に一泊し、そこから宿場街をひとつ飛ばしてダラームに至った。
ダラームは脚竜車で旅をする者にとっては、王都アスパード・ダナに至る前の最後の宿場街ということになる。
「さすがに国の中心部まで来た、って感じがするわね」
ダラーム市街地の中心部を貫く大通りを移動していると、車内から感心したようなレギーナの声。おそらく窓から外の景色を眺めているのだろう。
ハグマターナといいダラームといい、街は活気に満ち溢れていて、大通りは行き交う多くの人や脚竜車などでごった返していた。人々の顔はどれも明るく、生活の不満や不安があるようには見受けられない。新王の治世が上手く機能しているようで何よりだ。
「ダラームは今の王都のアスパード・ダナの衛星都市のひとつだからね。国軍の駐屯地もあるから治安もいいし、住むにも商売するにもいい街だよ」
ただし王都からは脚竜車でも1日かかる距離があるから、ダラームとアスパード・ダナの経済圏は別個である。ダラームにもアスパード・ダナにも周囲に小さな村や集落がいくつもあり、それぞれの経済圏の中心都市として成り立っているのだ。
「というか、ここも王都だって言われても普通に信じられるのだけれど」
「そやねえ、フローレンティアに負けとらんっちゃないかいな」
ヴィオレの言うとおり、ダラームは西方世界であればそこそこ大きな国の首都と変わらぬほどの賑わいであった。エトルリアの総代表都市フローレンティアは大国の首都にしては人口が少なく、約25万人程度しか住んでいないが、その街を見慣れているミカエラやヴィオレたちの目には、ダラームもフローレンティアに見劣りしない大都市に見える。
「ダラームは、前回俺が来た時は人口30万人とかって聞いたかな」
「うわー負けたばいフローレンティア」
「こないだ泊まったハグマターナは、今の人口は50万人くらいだって聞いたよ」
「マジな!」
栄えある“八裔国”の一角エトルリアの総代表都市より、人口も経済規模も上回る街がいくつもあると知って戦慄する勇者様御一行。旧王都ならまだしも、王都の衛星都市に過ぎない街にまで負けるとは。
「べ、別にいいわよ。フローレンティアはメンシッチ侯の街だもの」
震え声でレギーナが強がった。
エトルリアは連邦国家の体裁を取っているが、イリシャなど他の連邦国家とは異なる独自の、そしてやや特殊な国体を持っている。というのも、通常は連邦国家といえば複数の国家の集まりであるのに対し、エトルリアは複数の都市国家の集合体なのだ。
まあ都市国家と言ってしまうと若干の語弊もあるのだが、要するにエトルリアを構成する12の“代表都市”は、それぞれが個別に国家機能を保持しているのだ。そうして各代表都市を中心に広域経済が発達しているエトルリアは中小規模の都市が多く、人口が分散していて特定の都市に集中せずとも人々の暮らしに支障がないのである。
エトルリアの現王家であるヴィスコット王家は、本来は代表12都市のひとつメディオラの領主であり爵位は侯爵位である。そして12都市の代表つまり総代表都市として位置づけられるフローレンティアは、本来はメンシッチ侯爵の治める都市なのだ。
ヴィスコット家が王位に就くまでは、エトルリアの王位は長いことメンシッチ家が独占していた。だからヴィスコット家が王位に就いた際、メディオラに一から首都機能を構築するよりもフローレンティアをそのまま“首都”として活用する方が安上がりで、混乱も少なかった。それでヴィスコット1世、つまりレギーナの祖父はフローレンティアに居を移して即位したのだ。
それ以来、エトルリア王位にはヴィスコット家の当主が就いていて、その後継者つまり王太子がヴィスコット侯爵としてメディオラを治めることになっている。だからヴィスコット2世、レギーナの父が王位にあった時は現在の3世、2世の弟が王太弟としてヴィスコット侯爵位にあった。その3世が王となった今は、レギーナが勇者にならなければ王太女としてヴィスコット女侯爵としてメディオラを治めていたはずであった。
「そういえば、今のメディオラは誰が領主になっているんだい?」
「今は叔父上が王位と兼務してるわよ。他に誰もいないもの」
ヴィスコット2世にはレギーナ以外に子ができなかった。ヴィスコット1世にはアンドレアとフェデリコの兄弟、つまり2世と3世だけしか子が生まれなかった。そして3世フェデリコの子は、先年にようやく生まれた現在2歳のダニエルただひとりである。
なので爵位は王太弟時代から引き続き3世フェデリコが保持している。そしてメディオラの領主の役目は、2世の王后であったレギーナの母ヴィットーリアが代行している。
ちなみに3世フェデリコは、レギーナが〈賢者の学院〉を卒塔する際に「勇者にならずに侯爵位を継いでメディオラを治めてくれ」と頼んで「絶対に嫌よ!」と断られたことがある。勇者になるのがレギーナの幼い頃からの夢だったことも知っている姪溺愛家のフェデリコは、泣く泣く引き下がるしかなかった。
閑話休題。
ダラームで取った宿はかつてリ・カルンの王族も宿泊したことがあるという最高級の宿で、エトルリア王女として“最高級”をよく知るレギーナにとっても久しくなかったほどの満足感を得られたようである。
「ん、まあ、これくらいの宿ならまた泊まってもいいわね」
相変わらず、素直に褒められないツンデレお姫様である。
見送りに出てきた宿の支配人は表情ひとつ変えなかったが、そのこめかみがピクリとしたのを見逃さなかったミカエラが通訳してやったことにより事なきを得た。ちなみに解説するまでもないとは思うが、レギーナの「また泊まってもいい」は「何度でも泊まりたくなるほど満足した」である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、次はいよいよ王都に着くのよね?」
爽やかに晴れ渡る空に乾いた風の吹く中、アプローズ号とスズは軽やかに走る。気温は高いが湿度がないため、意外にも快適である。
そのアプローズ号の車内から、レギーナが確認するように御者台のアルベルトに声をかけてきた。
「そうだね、次がいよいよアスパード・ダナだよ」
「どんぐらいで着くと?」
「そうだなあ、スズの脚だと特大七くらいかな」
「それでは、王宮に挨拶に出向くのは明日になるわね」
「いや、王宮に逗留することになるから、直接王城に上がることになるね」
「……そうなん?」
「蛇王討伐のために西方から勇者が来るのは、リ・カルンの側でも承知しているからね。だから歴代の勇者はみんな王宮の支援を受けて討伐を成し遂げてきたんだ」
「そう言えば、こっちで現地調査もするのよね?」
「そうだよ。実地調査には王宮が人を出してくれるし、王宮の書物庫も開放してくれるから文献調査もやりやすくてね」
蛇王はかつて、この地を支配していた人の王だったとアルベルトが語ったことがある。それを討ち果たしたのがリ・カルン建国の英雄王だとも。だとするなら、蛇王に関する文献がもっとも揃っているのは王宮の書物庫のはずである。
「それは有り難いわね。本来は見られない文献なども見せてもらえるのかしら?」
「もちろん。もっとも見ても、古語で書かれてるから全然読めないけどね」
「んなら意味ないやん」
「問題ないよ、古語研究が専門の通訳もつけてもらえるし。⸺っと、そろそろ見えてくる頃じゃないかな」
そうアルベルトが言うとすぐに車内から足音が響いて、そして蒼薔薇騎士団の全員が次々と御者台に顔を出してくる。相変わらず物見遊山な娘たちだ。
「やっぱり“最初に見える景色”って大事よね!」
「ハグマターナとかダラームでさえアレやったけんねえ、王都はさぞかし大都会っちゃろ?」
「しばらく滞在することになるものね。しっかり見ておかなくてはね」
要するにただの野次馬である。
「今が最後の峠の頂上だから⸺ほら、見えてきたよ」
その瞬間、不意に、空が開けた。
道が峠を越えて、下り坂に入ったのだ。
そして目の前には、はるか地平線まで果てしなく広がる広大な平野が一気に広がり目に飛び込んでくる。
「「「「…………えっ」」」」
その光景に、思わず絶句する蒼薔薇騎士団一同。
「いやいや、なんこれ嘘やろ」
「待って待って、ねえ待ってこれ」
「…………見間違い、ではないのよね」
「…………す、すごい…!」
彼女たちが驚くのも無理はない。
だって地平線まで広がっているのは森でも畑でも砂漠でもなかった。
そこには見渡す限り一面、市街地が広がっていたのだ。
「やっと着いたね。ここがリ・カルン公国の王都、アスパード・ダナだよ」
「いやいやいや」
「無いわーこげなん有り得んやろ」
「これ、何か幻覚系の魔術でも施されているのではなくて?」
アスパード・ダナだと言っているのに信じない勇者様御一行。アルベルトは苦笑するしかない。
「ダラームの宿で聞いてきた情報なんだけどさ」
「…………情報?」
「アスパード・ダナの人口、今110万人くらいいるんだって」
「「「「………………はぁ!? 」」」」
リ・カルン公国の王都アスパード・ダナ。フェル暦675年現在で居住人口が実に約108万人を数える、超巨大都市である。
ちなみにこれがどれほどの数字かと言えば、西方世界でもっとも人口の多いガリオン王国の首都ルテティアでも約68万人であり、アスパード・ダナのおよそ3分の2ほどしかない。かつてひとつの都市だったイリシャ連邦のビュザンティオンとアナトリア皇国のコンスタンティノスとを合わせても、人口98万人であり100万には届かないのだ。
そう。つまりこのアスパード・ダナこそがこの時代、世界でもっとも人口の多い都市なのだ。だからレギーナたちが唖然として信じようとしない、目の前に広がる地平線まで続く無数の市街地は、決して見間違えでも何でもないのである。
「マジかー……」
「実際にこの目で見ても、まだ信じられないわね」
「そ…………そうね……」
「決めた。わたし、街には出ないから」
いやクレアさんはハグマターナでもダラームでもほとんど街歩きしてませんよね?
こうして、一行はついにアスパード・ダナにたどり着いた。ラグを出発してから実に66日目、フェル暦675年の暑季のはじめのことであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
相変わらずストックはありません(爆)。
次回更新は10月1日……に間に合うといいなあ(汗)。
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