5-8.ついに見えた
巡視隊の護衛がついたことで、その後は襲われる事もなく旅は順調に……ならなかったりする。
というのも、護衛が10名だけなものだから、数にものを言わせた大集団の襲撃があったのである。
その数、実に約150名。
そこまで行くともはや強盗集団とかいうレベルではなく、ほとんど反乱軍と称しても良い有り様である。
…………であったのだが。
ブチ切れたレギーナが本気で威圧を放った事により、賊が全員泡吹いて気絶してしまい一瞬で終わった。というか強盗軍の下っ端十数名がショック死したほか、周囲及び威圧の届いた範囲にいた他の全ての旅人や商人、その護衛たち、さらにアプローズ号を護衛してくれている巡視隊員までほぼ全員が気絶する事態になり、違う意味で被害が甚大になってしまった。
付近に都市や集落がひとつもなかったのが不幸中の幸いであった。もしもそれらが巻き込まれていれば、子供や心臓の弱ったお年寄りを中心にかなりの犠牲者が出ていたはずである。
ちなみに旅行者や隊商には死者はいなかった。何しろ集まってくる150名の大盗賊団を恐れて、それら全てが全力でアプローズ号から逃げている最中で、つまり威圧の範囲の周縁部で逃げ遅れた者たちだけが被害に遭った形だったためである。
なお肝心の巡視隊員まで全員気絶してしまったせいで、ミカエラが賊の全員にひとりで[拘束]をかけるハメになってぶつくさ文句を言っていた。彼女はそれだけでなく巻き添えを食った旅人や隊商たちも全て回って[気付]や[平静]を施し、意識を回復した人々に謝罪と賠償の約束をして回るハメにもなった。まあ西方世界から来ている者たちの大半は相手が勇者パーティと知って、恐縮して辞退しようとしていたが。
ついでに言えば、アルベルトは辛うじて気を失わずに持ちこたえた。スズでさえ怯えて動かなくなってしまったほどだったのに、よくもまあ耐えきったものである。
「ばってんおいちゃん、よう頑張ったねえ」
「いやいや、俺咄嗟に自分に[平静]かけたもの。でなきゃ多分落ちてたよ」
それでも身体硬直、呼吸困難などに陥ってしばらくは息をするのがやっとだったアルベルトである。
ちなみにミカエラはもっとも慣れていて耐性がある方だが、それでも自分で威圧を放って威力を相殺したのだったりする。
「いや、なかなか強烈であった。さすがは西方の勇者どのよな」
もうひとり、比較的楽に耐えきったのは銀麗だ。彼女に言わせれば、母が本気で怒るとあんなものではないらしい。
「朧華さんが本気で怒ったのは、俺も見たことないな……」
「怒らせぬ方がよいぞ。吾は二度と怒らすまいと子供心に誓ったものだ」
いやまあ、この先朧華と会う予定は今のところ無いのだが。というかどこをほっつき歩いているのか英傑母ちゃんは。
「レギーナの本気の威圧なんて本当、正直もう二度と御免だわ」
ヴィオレは過去に一度同じものを食らった経験があり、その分の耐性があったから何とか頑張れた。なお過去に食らった時はバッチリ失神している。
クレアはといえば一見平然としているようにも見えたが、よく確認すると失神していた。
そして犯人はというと。
「ごめんなさい……反省してます……」
セイザして小さくなっていた。
まあ勇者ともあろう者が、大人数の強盗とはいえただの人間相手に本気で怒り狂ったのだから、そしてその結果甚大な被害を招いたのだから、大いに反省してもらわなければならない。すでに東方世界に入っていたからまだいいものの、仮に西方世界でやらかしていれば勇者として致命的な失点になりかねなかった。
いやまあ東方でだってダメに決まっているが。
そもそも勇者条約で定められている勇者の責務、つまり人類全ての守護者というやつだが、実を言うと西方世界に限定していない。だから東方世界であろうとも、勇者は勇者として振る舞わなければならない。そして勇者が守護する“人類”には、エルフやドワーフなどの他種族はもちろん善悪の別も指定されていないのだ。
だからきっちり反省して、二度と起こさぬよう自身を厳しく律してもらわなければならない。でなければ勇者候補の指定を取り消されてしまいかねないのだ。
そしてそもそもの話、相手がただの賊程度なら仮に千人集まろうともレギーナの敵ではないのだ。だから威圧など放たずとも、コルタールを手に面倒臭がらずに殺さぬよう手加減しつつ全員を無力化して回ることだって、レギーナにはできたのだ。
まあこの場合、被害者でもある彼女ひとりにそこまで気遣いつつ戦えというのも、なかなか酷な話ではあるのだが。
「まぁちぃと冷静にやれたやん?」
「ごめんなさい……」
「ウチらさあ、小鬼王の二千の軍勢潰したことだってあるっちゃけんが、盗賊の150人ぐらいやったらなんちゃないやん?」
レギーナとミカエラがパーティを組んで2年目の17歳の時、エトルリアとその西北に位置するヘルバティア共和国との国境付近で発生した“魔王級”小鬼王の率いる二千の軍勢の過半を、ふたりだけで殲滅したことがある。まあその時はさすがに周辺各国も重大な危機と認識して、各国で選りすぐりの冒険者たちを討伐に向かわせていたためレギーナたちだけの功績ではないのだが。
ちなみに小鬼王はゴブリンを率いるゴブリンキングが瘴気によって魔王化した存在である。ただし元がゴブリンなだけに純然たる魔王ほどの強さはなく、それで当時まだ“達人”に上がったばかりのレギーナでも倒すことが可能だった。
レギーナの勇者候補としての主な功績はこの小鬼王の討伐と、トロールチャンピオンを一騎打ちで滅ぼしたこと、その二点である。その意味でもアナトリアで血鬼を倒せたことは大きな加点になっている。
「あ、あれはだって、殺しても良かったから」
「まあそらそうやけどな。今ウチが言いようとは、冷静でおれたらもっとやりようがあったやろ?っちゅう話やけんが」
「うん……返す言葉もないわ……」
「ちゅうことで今夜は姫ちゃん、飯抜きな」
「えっウソやめて!それだけは!」
他のみんながアルベルトの手料理を堪能する中、自分ひとりがそれを味わえずに指をくわえて見ているしかないなんて。そんなのもはや拷問を通り越して死刑に等しい。
「つまらんて。率先してペナルティ貰うとかんと、あんた選定会議からより重いペナルティの来るっちゃけんね?」
「そ、それは…………そうだけど……」
どういう手段を用いているのか、勇者選定会議は勇者が東方にあろうともその動向をかなり詳細に把握しているという。だから今回のこれも、おそらくはバレるはず。それゆえ詳細がバレる前に反省と改心の態度を明らかにしておく必要があった。
そしてそれは、飯抜きだけで済まされるはずもなく。
「ほんでこれ。選定会議に提出する用の反省文な」
「ううう……やっぱり書かなきゃダメよね……」
「ダメやね。それも選定会議に伝わるごと誠心誠意書かなつまらんけん」
「はい…………」
ということで、3日ほどかけて論文みたいな長さの発端、結果、原因究明からの改善点、勇者としての反省点、再発防止策など章立てて細々と書き記した『反省文』を書き上げたレギーナであった。
なお余談であるが、この『反省文』を読んだ選定会議中央委員会メンバーは全員が呆れ返っていたという。特に最年長、89歳の女性委員などは「我を忘れたらやり過ぎるところなんか、学生時代から何も成長しとらんのさねあの子は」などと言って嘆息していたそうである。
もうひとつ余談だが、総勢150名もの大盗賊団は元からひとつの集団だったわけでなく、実は近隣の野盗の一味がいくつも連合して急遽出来上がった即席の集団であった。それをレギーナが文字通り一網打尽にしてしまったため、付近はその後の治安状況が大幅に改善されて、しばらくは平和で安全な環境になったそうである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなで旅は続く。アプローズ号と蒼薔薇騎士団はリ・カルン中部の大都市ジャンザーンに宿泊し、次の大都市ハグマターナまでの未整備区間に差しかかった。
ここまで来ればリ・カルン国内の旅も3分の2を超えたことになる。治安の良い国の中央部に入ったことになり、ようやく安心できるといったところ。
ちなみに、150人もの大盗賊団を殲滅したことはリ・カルン国内であっという間に噂になった。旅人たちを付け狙う賊たちも「ひとりで百人以上倒した鬼のような女騎士のいる豪勢な脚竜車には手を出すな」というのが合言葉になっているようで、旅はすこぶる快適……
「全っ然、快適なんかじゃないわよ!」
居心地の悪い思いをしている人外系勇者さま約1名以外は、すこぶる快適である。
「みんな、ちょっと出てきてもらっていいかな」
ある時、スズを走らせているアルベルトが、御者台の覗き窓越しに車内のレギーナたちを呼んだ。
「……なによ、なにかあったわけ?」
「おいちゃんどげんしたん?」
「走行中に呼び出すなんて、珍しいわね」
呼ばれてゾロゾロ出てくるレギーナたちに、スズを止めることなくアルベルトは助手座のほう、はるか遠方を指差した。
「あの山、見えるかい?」
「山?」
「あー、あの一番高い山のことかいね?」
現在走っている位置は開けた平野部で、遠くにところどころ小さな林が見える他は集落も特にない。未整備区間で付近に大きな街がないから、原野の中を走っているようなものである。
アルベルトが指す先、遠くには山脈の影が黄色くけぶる大気の向こうに連なっていて、そのさらに向こうに山脈よりも明らかに高い山影がひとつ、かすかに見えていた。黒っぽい山体で頂上部が白っぽいところを見ると、どうやら冠雪しているようである。
もう雨季も下月に入っていて暑季も間近だというのに、本当に冠雪しているのであれば相当な高山のはずである。
「あれが、俺たちの目指す“蛇封山”だよ」
「「「「 !! 」」」」
アルベルトの一言に、彼女たちは驚愕に目を見開いて今一度その山体に目を向けた。
「あれが……私たちの目指す蛇封山……」
「今走ってるこの辺りが、竜骨回廊で一番蛇封山に近付く地点なんだ。だから天気次第で見えるんじゃないかなと思ってたんだけど、実際に見えたから君たちにも見ておいてもらおうかと思ってね」
「ずいぶん目立つ山なのね」
「このリ・カルンの最高峰だって聞いてるよ」
その標高は、西方世界全体の最高峰として名高い“竜心山”にも匹敵するほどらしいよとアルベルトが説明する間にも、彼女たちの視線はその山から外れない。特にレギーナは食い入るように見つめて動かない。
「封印の洞窟はどこらへんにあると?」
「中腹より少し登ったところだね。麓に小さな村があって、そこで一泊したあと朝から登山するんだ。前回来た時は道が険しくて徒歩で登ったんだけど、アプローズ号とスズなら多分洞窟の前まで行けるんじゃないかな」
「ばってん、車の通れるごと整備されとらんっちゃない?」
「多少の岩くらいならスズが動かせるだろうし、それに……」
「……む?主、もしや吾を当てにしておるのか?」
「はは、バレちゃったか」
「まあ、主の命とあらば従うだけだが」
屋根の上から声が降ってきて、アルベルトは苦笑するしかない。
銀麗は普段、アプローズ号の車内には入らずに屋根の上に座っていたりする。街で宿を取る時は皆と一緒に部屋を借りて泊まるものの、野営の際は御者台で眠っていることが多い。
彼女が車内に入るのは主に昼食時とトイレだけである。それ以外で車内にいようものならクレアにモフモフされるので、たいていは屋根の上に逃げている。
「あそこに、蛇王がいるのね……」
レギーナはただひとり、まだ蛇封山を見つめていた。ミカエラたちが車内に戻ったあとも、蛇封山が後方に流れて見えなくなるまで彼女はずっと、その山を見続けていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
何とか書き上がりました。
ストックは相変わらずありません(爆)。次は落とすかも( ̄∀ ̄;
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