5-7.勇者の威光
夜闇の中、足音を殺しつつ夜を明かす一台の脚竜車に忍び寄る男たち。その数、10人以上。
男たちが取り囲んでいるのは普段から狙っている大型の荷駄車……ではない。サイズこそ似たサイズだが見たこともない上質のしつらえの、側面に大きな薔薇の彫刻の施された、見るからに高級そうな脚竜車である。
「おおおいアニキィ、何回見てもスゲェ高そうな車だなぁオイィ」
「声上げんじゃねえガビー。見つかるだろうがよ」
アニキと呼ばれたのはこの一味のリーダー格。ガビーと呼ばれたのは下っ端の若い男だ。
彼らはいつものように交易路で獲物を物色していて、偶然この高級車を見つけてしまったのだ。今までに見たこともない豪華な脚竜車で、信じられないことに護衛もつけずに南へ向けて走る車。それを見て、これまでに得られなかったほどの金銀財宝が手に入るかもと欲を出して、彼らはその車を追いかけたのだ。
折しもちょうど宿場町のない場所に差し掛かっていて、例の高級車もどこかで野営するはずである。見つからないよう距離を取り、だが見失わないよう追跡すれば案の定、車は人気のない森の中で野営の準備を始めた。
確認できた乗員は、御者の男がひとりと若い女がふたり、それに長身短髪の美女がひとり。男は冒険者風だから護衛を兼ねているのだろうが、見るからに強くなさそうである。女のほうはいずれもとびきりの美女で、しかもまだ若い。これは楽しめそうだし、高く売れそうだ。
ということで乗員全員を確認できたわけではなかったが、リーダーは夜襲を決行に移したのだ。そうして手下たちで取り囲んで、機先を制する事ができる位置まで忍び寄っている最中である。
だというのに、興奮を抑えきれないのか近くにいる下っ端がしきりに話しかけてくるのだ。
「おおおいアニキィ、」
「うるせぇな、黙ってろガビー」
「けっけどよ、なんかゾクッとしねえか」
そりゃテメエがビビってるだけだろ。
「ビビってるとかじゃなくてよォ、なんかこう、背筋が寒くなるっつうか、生きた心地がしねえっつうかよォ」
それをビビってるって言うんだろ臆病モンが。そんなに怖えんならひとりで逃げてろ。
「やっぱ止めようぜェ。なんかヤバい⸺」
ガビーの声が不意に止まる。ガビーだけでなく、周囲の手下たちもリーダー自身も、一切身動きが取れず口も開けなかった。それどころかリーダーは意識を保つので精一杯だ。
この時リーダーは周りを確認する余裕などなくしていたが、ガビーはすでに気絶しており、他の手下たちも気絶したり小便を漏らしたりして襲撃どころではなくなっていた。
不意に影が被さってきて、リーダーはかろうじて顔を上げた。
「寝込みを襲おうってんなら、もっとちゃんと気配隠しなさいよね」
輝く月の逆光でよく分からないが、それは明るいうちに見かけた乗員の、若い女のひとりだった。なんの根拠もなかったが、シルエットで女が鎧を着て腰に剣を佩いているのを見て取って、リーダーはそう確信した。つまり襲撃はすでにバレていたのだ。
そして逆光で見えてもいないのに、リーダーはその女を月の中の月だと感じた。女はそれほどに美しく、清冽で、悪魔のように恐ろしかった。
そしてリーダーが憶えているのは、そこまでだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「もう!何なのよ次から次へと!」
怒りの冷めやらぬのはレギーナだ。昼間からコソコソと後をつけて来ていた賊の一味が案の定夜襲を仕掛けてきたことで、わざわざ鎧に着替えて外に出るハメになったのだから無理もない。
「この3日で襲撃が6件よ!?どうなってるのこの国は!」
訂正。寝込みを襲われたからご立腹なのではなくて、昼夜問わず賊たちに付け狙われているからキレ散らかしてただけでした。
だがまあレギーナが苛立つのも無理はない。ティフリスを出発してからのこの3日間で、昼と言わず夜と言わず襲撃されればレギーナでなくとも怒り狂うだろう。
「だいたい、私が“勇者”だって知らないの!?身の程知らずにも程があるでしょ!」
いや知らないから襲ってくるんだけどね、と心中ツッコむアルベルトである。
西方世界でアプローズ号を襲ってきたのはラグを出発した直後の、[転移]を使ったあの盗賊団だけだったわけだが、それはアプローズ号が勇者レギーナの車両だという話が広まり、敢えて襲ってくるような命知らずがいなくなったからでもある。
けれどもここはすでに東方世界。東方には勇者のシステムも勇者選定会議もないから、必然的に勇者の威光も鳴り響かない。だって勇者とはあくまでも西方世界の存在であり、それが東方にやって来るのは平均して20年に一度しかないのだから、知名度なんて無いに等しいのだ。
「…………またですか」
「また、って何よ!?私が悪いとでも言うわけ!?」
捕らえた賊たちを引き取りに来た街道巡視隊の隊長が呆れたように本音を漏らし、それにまたレギーナが激高する。
ただまあ隊長が呆れるのも分かるし、レギーナがキレるのも無理はない。何しろこの隊長が賊を引き取りに来たのはもう3度目だし、襲撃された6件の中には宿泊した宿の従業員たちによる犯行すら含まれているのだから。
それはティフリスからふたつ先の宿場町シェキに宿泊した時のことである。
ヴィオレが見つけてきた宿はこの街でも上位に数えられる格式の立派な宿だったのだが、どうもその従業員に素行の悪い者たちと付き合いのある男がいたようだ。その男が従業員の仲間とともに外部からチンピラを引き入れて、レギーナたちが部屋で休んでいる夜中に、スズを外して車庫に安置されていたアプローズ号だけを盗もうとしたのである。
厩舎に繋養されていたスズが怪しい人影に気付いて、噛み付き防止の口輪を自力で壊して吼え声を上げたことで、宿の従業員も客たちも周囲の民家の住人たちも全員が叩き起こされた。賊たちは腰を抜かしたり気絶したりで壊滅状態となり、慌てて外に出てきたレギーナたちが状況を察したことでもれなく全員がお縄となった。
宿の主人は何が起こったか把握した時点でこの世の終わりみたいに顔面蒼白になり、スズが吼えたことにより内密に済ませることもできなくなったと気付いて卒倒した。まあそれはともかく、宿から誠心誠意の謝罪と宿代の返還、および出来うる限りでの賠償を得たことでレギーナも一旦は矛を収めたものの、その後は王都まで宿は二度と使わないなどと言い出してミカエラたちを困らせたものである。
結局、シェキから先は二方向に分かれている竜骨回廊の、宿場町の少ない方を通行するということで、何とかアルベルトもレギーナの了承を得たのだが。
だが、これがいけなかった。
何しろ宿場町が少ないということは、すなわち未整備区間だということでもある。そして宿場町がないからそこを通る者たちは必然的に人気のない場所で野営することとなり、それが野盗たちの絶好の狙い目となったのだ。
だからアプローズ号は、シェキを出たその日の日中に一度、その夜に一度、翌日の日中に二度も襲撃された。無論いずれもレギーナたちの敵ではなかったのだが、これでは気の休まる暇もない。
そんな彼女に、通報を受けて賊を引き取りに来た街道巡視隊の隊長が言ったのだ。
「これだけ高級で目立つ車体ですからなあ。幌を被せて目立たなくしてはいかがです?」
「なんでよ!絶対に嫌よ!」
レギーナが即答で拒否したがために、アプローズ号はその見事な薔薇の車体を晒したままである。レギーナにしてみればお気に入りの車体を何故隠さなくてはならないのかと憤慨しただけだが、それで襲われてるのだということに気付くべきだった。
で、その結果が今夜の6度目の襲撃である。
「……仕方ありませんな」
レギーナが折れないので、隊長のほうが折れた。
「うちの隊から小隊をひとつ、護衛に付けるとしましょう。それでよろしいですね?」
「なんでよ、要らないわよ」
「お願いできますか」
「ちょっ!?あなた何を勝手に」
「護衛が付いてないのも襲われる理由なんだよレギーナさん。人数で守っていれば、それだけでも盗賊避けになるんだ」
その論理はレギーナにも分かる。だからこそ王侯貴族は自身の強さに関係なく多数の親衛隊や護衛騎士に囲まれているのだし、隊商たちも護衛の集団を雇っているのだから。
「レギーナさんがいくら強くても、中に引っ込んでいたら襲撃者たちには伝わらないんだよ。まさか昼夜問わず御者台に出てきて、周囲を威圧して回るわけにもいかないでしょ?」
「それはまあ、そうだけど」
「ここは旅慣れとるおいちゃんの言うこと聞いとこうや姫ちゃん。それで襲われんごとなるとやったら安いモンやん?」
「国家の正規部隊でもある巡視隊が護衛に付いているとなれば、それだけでも抑止力にはなるでしょうね」
ミカエラとヴィオレにもそう言われて、さすがのレギーナも少し考え込む。
「…………じゃあそれでもいいけど、報酬は払わないわよ」
「いやそこは払おうよ」
「もちろん適正な報酬額でお支払いしますけん」
「なんでよ!?」
「そらそうやろ。言うても業務外の特別任務なんやけん、無償っちゅうわけにはいかんやん?」
護衛につくとは言っても、この場だけの話ではないのだ。今後の道中を考えても、王都アスパード・ダナまで護衛を続けなければ意味がない。当然、各地にある巡視隊の支部からその都度護衛の小隊が遣わされてくるわけで、その運用費用だけでも結構な金額になるはずである。
それを無報酬とは、レギーナもなかなか無体なことを言うものである。まあ今の彼女は苛立ちマックスなので、いつもの傍若無人お姫様モードなだけなのだが。
ということでアルベルトとミカエラに言いくるめられ……もとい、説得されたレギーナも報酬支払いに同意し、それで巡視隊から一個小隊10名が護衛につくこととなった。
当然、彼らは食事も宿泊も蒼薔薇騎士団とは別会計である。野営に備えて彼らが寝泊まりする脚竜車も別途用意され、武器や食料、巡視隊の騎竜の餌なども巡視隊の側で準備した。
その準備もあるため、一行は分岐コースの合流地点である大都市タウリスで二泊するハメになった。
「……まぁた微妙に遅れ始めとる……」
「しょうがないよ、必要なことだからね」
「そらそうやばってんが……もう、好かァん」
余分な宿泊費、余分な食費に加えて予定していなかった巡視隊への報酬支払いで、ますます胃が痛くなる経理担当ミカエラさんである。
ガビーくんは愚か者ですが、命の危機には敏感です。きっと彼は幾度の危機を乗り越えて天寿を全うすることでしょう(笑)。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は17日……に上げられるように頑張って書きます(爆)。
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