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5-5.魔力の理と、とある奇縁

 結局、起きてきたレギーナとクレアは胃に優しそうな雑炊を選び、ミカエラとヴィオレは焼きおにぎりを選んだ。猫舌の銀麗(インリー)は熱々の雑炊を食べられないので、当然焼きおにぎりの方である。

 クレアはまだ本調子には程遠い様子だったが、ミカエラと同じくひと眠りしたことでそれなりに持ち直したようである。おそらく、そうして少しずつ身体を慣らしていけば、銀麗の言ったとおりに不調も治まっていくのだろう。


「心配しなくても、ちゃんと全員分の焼きおにぎりを作ってあるからね。胃の調子が戻ったら食べるといいよ」


 雑炊を口に運びつつチラチラと視線を動かすレギーナに、苦笑しつつアルベルトが言う。


「べ、別にそっちも食べたいとか言ってないわよ」


 口で言わずとも、目は口ほどに物を言う。


「ていうか、“おにぎり”?また聞かない料理名ね」

「これは東方の果てにある“極島(きょくとう)”で一般的な携帯食料だよ。炊いた白米(リゾ)の“飯”を手で握って固めるから『握り飯』で、それをちょっと丁寧に『お握り』って呼ぶことが多いんだって」

「携帯食料っちゅうと、軍隊の兵糧にしとったんやろか?」

「元はそうだったって聞いてるよ」


 ちなみに兵糧としての握り飯は、炊いた白米を少量の具を包み込むように丸く握ってカラカラになるまで乾燥させたものである。その状態なら軽量で数日保つため持ち運びに便利で、食べる際は水鍋に入れて沸騰させつつ炊けば簡単に雑炊に早変わりである。


「じゃあこれも、東方(向こう)で習ってきたんだ?」

「そうだね。普通は炒飯だと具材が多くて固まらないから作らないんだけど、その分は焼いて固めたから」


 バーベキューソースをベースにした特製ソースをかけたのは、表面を焼き固めやすくする意味もある。現に出来上がった焼きおにぎりは表面が程よくおこげ状になっていて、手で持ち上げても崩れることがなさそうだ。

 外はカリッと香ばしく、中はもちもちで多彩な具材の豊富な味が楽しめる。そんなん美味しくないわけがない。


「ていうかこっちも美味しいんだけど。雑炊、とか言ったわよね?」

「それも極島の料理でね。有り合わせの具材を雑多に放り込んで水で炊くから『雑炊』っていうんだって」


 具材は特に決まっておらず、大抵はその時にある残り物などを入れるが、もちろん専用に用意してもいい。味のベースになるのは水と一緒に鍋に入れる出汁(だし)によるので、具材が多少変わったところでそう突飛な味になることもない。

 極島では一般的に病人食として供される事が多いという。


「おとうさん、これ…ステラリア入れた?」


 レギーナの横で、スプーンでちまちま掬って雑炊を食べているクレアがポツリと聞いた。


「よく分かったね。魔力(マナ)の異常だって聞いたからステラリア錠剤を砕いて入れてみたんだよ」

「うん、ちょっと回復した感じがする。ありがとう」


「あっそうやん、クレア、西方と東方でなんか魔力(マナ)(ことわり)が違うらしいっちゃけど、あんたなんか知っとう(てる)?」


「魔力の理…?」


 ミカエラにそう問われて、クレアはしばし目線を落として考え込む。思い当たることがあったようで、やがて彼女は顔を上げた。


「そう言えば大地の賢者(おじいちゃん)に聞いたことがあるよ。西方世界は『相剋(そうこく)』だけど、東方世界は『相生(そうしょう)』だ、って」

「…………なんそれ?」

「五色の加護を自然の力に置き換えるの。黒加護は地、青加護は水、赤加護は火、黄加護は風、白加護は(くう)なんだって。

それで、『相剋』は互いに打ち()つ力で、『相生』は互いを生み出す力なんだって」



 西方世界では馴染みの薄い考え方だが、東方の東部つまり華国や極島には“五行(ごぎょう)”という思想がある。それで説明ができるとクレアは言う。


 それで言えば西方世界は『相剋』の並びで魔力(マナ)が構成されている。水は火に()ち、地は水に剋ち、風は地に剋ち、空は風に剋ち、そして火は空に剋つ。つまり水は火を消すことができ、地は水を吸い込んでしまう。風は地を吹き飛ばし、その風は空に溶けて消える。そして火は空を燃料(・・)として燃えるのだ。

 要するに相剋とは、戦い勝つための攻撃的な理、ということになる。一方で『相生』とは、互いを生み出し栄えるための理である。

 火は風を生み、風は空を生み、空は水を生み、水は地を生み、そして地は火を生む。つまり火は風を起こし、風は空になり、空はやがて雲を得て雨となって水になり、水は地を潤し、そして地が生み出す様々なもの、つまり樹木や“黒水”などが火を燃やすのだ。



「要は攻撃的な理と、守備的っちゅうか非攻撃的、生産的な理……ねえ。まるで真逆やんか」

「人の考え方にもそういうのが出てくるんだって。西方世界だと嵐には頑丈な家を作って対抗するし、魔物は討伐して殲滅するし、川の氾濫は堤防で防ごうとするよね」

「まあ当然の考えやね」

「東方だと風で飛ばされないように、家の壁は極力なくすんだって」

「……は?そうなん?」

「うん。魔物も殲滅し尽くすと生態系が変わるから討伐は最低限で、川が氾濫してもいいように高台に家を建てるんだって」


「…………そう言えば(チェン)大人(たいじん)も言ってたなあ。“医食同源”なんだって」

「……医食同源?どういう意味?」

「食べることは回復すること、つまり食材になる獣や草木は薬も同然なんだって。それを育む大地と、大地や草木を潤す雨と、雨を降らす空と、どれも同じくらい“食”には必要なことだから、全てを大切にしろって教わったよ」


 アルベルトまでそう言うということは、実際に東方世界に行けばレギーナやミカエラたちも実感できるレベルで違いを感じられるということだろう。

 いやまあ、もう東方に入っているわけだが。


「アナスタシア様って」

「うん?」


 唐突にクレアがアナスタシアの名を出して、怪訝そうにアルベルトが彼女に目を向ける。


「魔力のコントロールが苦手だった、って言ってたよね」

「……そうだね。元々あまり得意ではなかったから、実家のシルミウム辺境伯家でも高名な魔術師を何人も先生に呼んで学んでたんだけど、なかなか身につかなくてね。冒険者になってからもちょくちょく暴発させて、それで“破壊の魔女”なんて呼ばれたりしてさ」

「ああ、それで……」


 そう言えばアルベルト(この人)は、魔女の墓守とも呼ばれてたんだっけ。破壊の魔女の墓守なんてしてたら、そりゃ確かに色々言われるはずだわと、口にも顔にも出さずに内心で納得するレギーナとミカエラである。


「東方に入ってからは些細な術でも威力を間違えたりして、それまで以上に苦しんでたね」


 アナスタシアは、スラヴィア自治州の都市のひとつであるシルミウムを治める辺境伯の長女として生まれた。シルミウムはスラヴィアでも比較的大きな都市で、かつてのスラヴィア争乱の時代にも大きな戦場にならなかったこともあり、辺境伯家も領内も、比較的裕福な暮らしができていた。

 そんな土地で生まれ育ったアナスタシアは、先祖に持つ高名な魔術師の血も濃く出たのか、家族の誰よりも豊富な霊力をもって生まれてきた。そのせいで幼い頃から魔力過敏症にかかったりと、ずっと苦労してきたのだ。そのことは6歳の頃からともに育ってずっと見てきたアルベルトもよく知っていることだ。


「多分だけど、アナスタシア様は東方世界に入ってからは、“魔力の理”にも馴染めなかったんじゃないかな…」

「ああ、そうか、そういうことだったのか……」


 東方世界に入ってから魔力のコントロールがより難しくなって、人知れず悩み、訓練を重ねて、それでも身につかなくて苦しんでいたアナスタシアの姿を、アルベルトは思い出す。このままではお役目が果たせない、ユーリ様のお役に立てないと泣く彼女を、当時の彼はただ慰める事しかできなかった。それは未だに、アルベルトの中で苦い記憶として残っている。


「ちなみにやけど、アナスタシア様の教師として呼んだっちゅう“高名な先生”てどげな人がおんしゃったか、おいちゃん知っとう?」


 苦い記憶に思いを馳せていると、ミカエラがそんなことを聞いてきた。


「俺は6歳の頃から彼女と一緒に育ったからね。全員の名前とかまでは正確には分からないけど、最後の人はよく憶えてるよ。⸺ロベルト様、って呼んでたね。高名な賢者様の息子さんだとかで、辺境伯様が気に入ってアナスタシア(ナーシャ)の婚約者にしたんだよね」


「…え」

「それって」


 昔を思い出しつつ答えたアルベルトの言葉に、まず反応したのはミカエラではなくクレアだった。そしてほぼ同時に、それまで黙って話を聞いていたレギーナも。


「そ、その先生てどこの人か知っとう?」

「エトルリアからお呼びしたって言ってたね」


「「クレアのお父上じゃない(やんか)!」」


 レギーナとミカエラのツッコミが、東方世界に来てから初めてハモった。



 ロベルト・パスキュール。“悲運の大魔導師”と、人は彼を呼ぶ。

 “大地の賢者”ガルシア・パスキュールの息子として生を得た彼は、幼い頃から才気煥発な少年であり将来を嘱望された。長じてもそれは変わらず、成人後には宮廷魔術師として母国エトルリアのヴィスコット王家に召し抱えられるまでになった。

 だが折しもスラヴィア争乱の時代であり、彼も戦場にしばしば駆り出された。その中のひとつ、エトルリア北東国境の都市ゴリシュカをアウストリー公国の南方辺境伯軍に急襲された防衛戦において、守りきれずにゴリシュカを失陥した責を負って、彼は宮廷を追われた。まだ17歳の若さだった。


 その際に、それまでの婚約者からも捨てられて傷心した彼は、邸に引き籠もって魔術の研鑽を重ねることとなる。そんななかシルミウムから招聘され、周囲の反対を押し切って彼はスラヴィアのシルミウムに向かったのだ。

 そこで出会ったのが、魔力のコントロールに苦しむ少女アナスタシアである。豊富すぎる霊力を持て余す彼女にロベルトは付きっきりになり、人を教え導く行為に没頭するようになる。それを見たシルミウム辺境伯から是非にと乞われて、彼とアナスタシアは婚約を結ぶことになった。

 それがロベルト24歳、アナスタシア14歳の頃の事である。

 ふたりの交際は順調、というより魔術の師弟関係のままだったが、仲は決して悪くなく、そのためアナスタシアの15歳の誕生日に婚姻式を迎えて正式に夫婦になることとなった。アナスタシアには兄がいてシルミウム辺境伯を継ぐことはないため、婚姻後はエトルリアの実家に連れ帰って父ガルシアとも相談の上でじっくり彼女の指導を続けよう。


 そう彼は思っていた。

 婚姻式の前夜に、婚姻を嫌がったアナスタシアがアルベルトと駆け落ちするまでは。


 アルベルトとアナスタシアは追っ手を逃れて、当時すでに“自由都市”の名を勝ち取っていたラグにたどり着き冒険者となった。そうなるとラグと同じくスラヴィアの構成都市で、同じく自由都市化を目指していたシルミウムを治める辺境伯には連れ戻せない。自由を求めてラグに逃れた者を連れ戻したら、シルミウムが“自由都市”を名乗れなくなるのは明白だからだ。

 そうしてアナスタシアは自由を得て、ロベルトには二度も婚約を袖にされた男としての不名誉な瑕疵(きず)だけが残されてしまったのだ。


 それから数年して、彼もようやく結婚に至ることができ、めでたく長女のクレアも生まれた。だが愛娘クレアが1歳にもならぬうちに、当時流行り始めた黒死病に夫婦揃って罹患してしまい、ほどなくして相次いで“どこにもない楽園(イェルゲイル)”に渡ることになってしまったのだ。

 享年34。嘱望された人生には程遠い、挫折に塗れた生涯だった。“悲運の大魔導師”と呼ばれるゆえんである。


「アナスタシア様が、わたしのお母様だったかも知れないなんて…!」


 いや遺伝子が異なるから、ロベルトとアナスタシアの子供がクレアになったとは思えないが。


「そのアナスタシア様が選んだのがおとうさん…ってことは、やっぱりおとうさんは…!」


 それはこじつけにも程があるでしょ。


「それによく考えたら、名前も似てる…!」


 アルベルトとロベルト。確かに後半部分は同じである。あるけども。


「えぇ……」

「確かに、言われてみればそうね」

「まさに奇縁っちゅうやつや」

「人生、どこでどう転ぶか分かったものじゃないわね」

「いやぁ……いい話で終わるのかな、これ……」






アルベルトは本当にクレアのおとうさんだった!(こじつけ)

連載開始前から作ってあった設定がようやく出せて、満足(*´ω`*)



本作のサイドストーリー的な短め中編を公開しています。

『魔力なしの役立たずだとパーティを追放されたんだけど(長いので以下略)』(https://book1.adouzi.eu.org/n5051ij/)です。

微妙に重大な本作の伏線があっちに出てくる(11話)んですけど、それはひとまず置いといて、どちらの作品も単品でお楽しみ頂けます。良かったら覗いてやって下さいませ。





ところでストックがなくなりました(爆)。

頑張れれば次回更新は9月の3日になります。


……応援してもらえれば頑張れます。多分(爆)。

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今回の書籍化は前半部分(転生したアナスタシアがマケダニア王国に出発するまで)で、売り上げ次第で本編の残りも書籍化されます!

― 新着の感想 ―
[一言] ガルシア様からしたら、息子の元婚約者の駆け落ち相手が孫から「お父さん」って呼ばれてるとか、胃痛起こしそうな案件ですね。 陳大人とかまたお偉いさんっぽい方の名前ががが………。
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