c-11.【幕裏】それから
夜明け前に巫女神殿に戻ってきたマリアはまずアグネスに見つかって、すぐさまファビオ以下教団幹部たちに拘束された。とは言っても捕らえられたわけではなく、帰ってきてから話すと約束したことを履行させられただけである。
「ほんなら、やっぱしあらぁ“真竜”の一柱やったとな……」
「それも今まで知られておらなんだ12柱目の……」
「……で?その真竜の権能で巫女はアンキューラまで行って帰ってきた、と?」
「ええと、まあ、そうです。はい」
どれだけ説明されても、やはり俄には信じられない。ファビオもミゲルもグレゴリオも、目の当たりにしたことと言えば、突然現れた少年とともに巫女が物凄い魔力の渦に呑まれて消えてしまったことだけなのだから。
人の身では到底扱えないあの濃密で膨大な魔力が真竜の仕業だと言われれば状況からしても信じる他はないのだが、マリアの話によれば現地でも人にはほとんど会ってないと言うし、本当に彼女がアンキューラまで行っていたのかどうか、マリアと接触した数少ない相手⸺ヴィオレや案内してくれたという騎士など⸺の話を聞き取って裏取りするまでは、ちょっと信じられそうにない。
ましてや現地で“炎竜”スルトにまで会ったなどと言われても。
「あ、でもレギーナちゃんはきちんと癒やして来ましたから!」
「ばってんそれはうちのミカエラのおったやろうもん」
ミカエラは家族からは愛称で“ミア”と呼ばれて溺愛されている。ファビオも、赤派の宗派司徒である父のエンツォも公私問わず愛称呼びするものだから彼女はいつも恥ずかしいから止めろと怒っているものの、ファビオたちが改める気配は一向にない。
「いましたけどミカエラちゃん、霊力尽きて昏睡してましたから」
「はぁ!?なんがあったとな!?大丈夫なんかいねミアは!?」
マリアはヴィオレから聞いた内容をかいつまんで説明してやった。やはりヴィオレから事のあらましを聞いておいて正解だった。
だがそれを聞いたファビオも、グレゴリオもミゲルも、あまりのことに開いた口が塞がらない。
「なんがどげんしたら皇城の地下やらでダンジョンの発生するとか……」
「ダンジョン発生だけでも有り得ぬというのに、勇者が何者かに暗殺されかかった……じゃと……」
「あ、でもこれ、アナトリア政府から公式発表があるまでは内密の話らしいんで」
「「「まあそりゃそうじゃろうな……」」」
「そう言えば昨夜、わが黄神殿の[転移]の間にヴィオレ殿から王家に宛てて書状が届いておった。今頃王宮は大騒ぎしておるじゃろうのう」
一緒にマリアの説明を聞いている黄派の宗派司徒がポツリと言った。
「……なんなそら?」
「アナトリアの皇太子がレギーナ殿下を皇太子妃にしようと画策して、ヴィスコット王家の婚姻承諾書を偽造したそうでな」
「「「…………は!? 」」」
「レギーナ殿下がたちどころに偽造を見抜かれて、それでアンキューラの黄神殿経由で証拠品を送って来られたのじゃ」
「「「…………アナトリア、滅んだのう……」」」
まあ結果的には滅ばなかったのだが。
とはいえいっそ滅びたほうが良かったかも知れない。レギーナを溺愛してやまないヴィスコット3世が怒り狂う様を思い浮かべて、その場の全員が悪寒が走ったように震えた。
「…………まあそれはそれとしてたい。マリアちゃんなぁもう二度と抜け出さん、ちゅうことで良かとやね?」
「はい。蒼薔薇騎士団と兄さんももう東方世界に入っちゃうし、向こうにはミスラとスルトがいるんで、私行きたくないです。それにもうジズも居なくなったし」
「は?居らんごとなったて……なしな?」
「軽々しく権能を使ったら魔力のバランスが崩れて世界が崩壊するからダメだ、って怒られちゃいました」
「………………誰に?」
「ミスラに」
「「「ミスラ!? 」」」
だからてへ♪と笑いながら舌をペロっとするんじゃありません!
そうじゃ!全然反省してないように見えるじゃろうがマリアよ!
「あー、なんかミスラとスルトの声が聞こえる〜。ふたりとも相変わらず小言多いなあ」
「「「……もはや、何でもアリじゃのう……」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アナトリアでの一件はさて置くとして、巫女の婚姻を認める件は教団内部で協議が進められ、対外的な理由付けや各方面との調整などが済み次第公表されることとなった。その公表そのものはまだだが教団内部では周知が進められ、今では多くの神徒たちがマリアを祝福し言祝いでくれる。
「お慶び申し上げますわマリア様!」
「マリア様ほどのお美しい方が婚姻もできないだなんて、世界の損失だと常々思っておりましたの!」
「どなたか心にお決めになった方はいらっしゃいますの?」
「マリア様ほどの方なら、どんな貴公子でもきっと選び放題ですわね!」
「皆様、ありがとう」
いやマリアにだって男性の好みくらいあるし、誰でもよいというわけでもない。心に決めた相手と言われれば真っ先に思い浮かぶのはやはりアルベルトだが、彼との結婚はもうほぼ諦めているマリアである。
というのも、いつもの神託の間での神々との雑談の中でなんの気なしに彼とのことを聞いてみたのだ。そうしたら返ってきた答えが『彼と婚姻できる未来はすでに分岐した』だったのだ。
彼と婚姻できる未来とできない未来とがあり、今はすでにできない方へ進んでいる。そう解釈した時にマリアの脳裏に浮かんだのは、やはり“輝ける五色の風”の解散パーティである。
あの時、久々に会ったアルベルトは25歳の好青年だった。マリアの想像よりもカッコよく大人っぽくなって(しかもちょっとやつれて陰まで纏って!)、かろうじて普段通りの振る舞いを心がけつつも、まともに目も合わせられなかったのを憶えている。
そっかぁ、あそこで勇気出して告白してたら多分OKだったんだろうなぁ。でもなんかちょっと避けられてたし、私を見るとアナスタシア姉さんを思い出すんだろうなと思ってあんまり近寄れなかったのよね。
まあしょうがないか!過ぎたことをくよくよしても仕方ないよね!
実のところアルベルトがマリアを避けていたのは、彼以上に彼女が美しく大人っぽく成長してとんでもない美人になっていたからだったりしたのだが。自身の美貌にあまり頓着してないマリアは、結局最後までそれに気付くことはなかった。
侍祭司徒ジェルマンは、結局破門された。マリアに言い寄る姿を多くの人に見られていた以外にも、男性機能を保ったままそれを隠して巫女神殿付きに上がったこと、元侍徒ケイトを騙して妻としていたこと、ケイトのみならず他の女性神徒にも密かに婚姻を持ちかけていた事が発覚したため、破門されただけでなく罪人とされ背教者の烙印を押された。
要するに彼は、年若い嫁候補の狩り場として巫女神殿に目を付けていたのである。
諸々のことが明るみになり、ジェルマンは魔術で去勢処理を施され宦官にされた上で獄に繋がれた。大神殿地下の罪人牢の住人となったのである。
年齢を考えても、彼が生きて出てくることはおそらく無いだろう。妻たちも全員が離縁となり、貯め込んでいた彼の財産は全て教団に没収されて彼女たちへの慰謝料として充てられる事になった。
「マリア様、本当にありがとうございました!」
「いいのよケイト様。まだお若いのだから、新しい方を早く見つけて今度こそ幸せにならなくてはね」
「はい!」
元侍徒ケイトは今日もマリアに面会を求めて、巫女神殿のテラスでお茶会を開いている。普段は話す内容のこともありふたりきりだったが、今日はケイトの神殿での友人たちも同席している。
「ごめんなさいねケイト。私たち、本当に何も力になれなくて」
「ジェルマンさまを嫌がっていたのは知っていたのだけれど、まさかそんな酷い目に遭っていたなんて……」
「いいのよみんな、もう過ぎたことだから。⸺それよりも、誰かいい人いないかしら?」
「「…………。」」
いい人を紹介してくれと言われても、彼女たちだって普段は巫女神殿からそうそう出歩くことはないので、男性の交友関係など広かろうはずがない。
「……そう言えば、御用の商人にカッコいい殿方がいらしたわよね」
「あー、ヨロズヤ商会のあの方?」
「そうそう。お若いのにスラッと背が高くてお優しそうなお顔立ちで。他の司徒や侍徒の皆様にも気になっている方がいらっしゃるみたいだけど」
「あー、私は好みじゃないかな」
「あら、ケイトはお気に召しませんの?」
「私、きっと男らしい方のほうが好みなんだと思うわ」
初婚の相手が老いたジェルマンだったのだから、その反動があっても何ら不思議なことではない。
「男らしいと言えば……タイラン侍祭……」
「やめてよ、嫌よあんな方」
だがいくら男らしくとも、男尊女卑思想の男など願い下げである。
「そのヨロズヤ商会の方って、そんなにカッコいいの?」
「あっ!マリア様でしたらお似合いではないかしら!」
「お歳も確か、ちょうど釣り合うはずですわ!」
そう言われて、ちょっとだけマリアは興味を引かれた。30歳前後なら確かに結婚相手としては申し分ないし、ちょっと顔だけでも確認してみようかな。
そして後日、巫女神殿への定期納入にマリアは立ち会ってみた。一応巫女は巫女神殿の総責任者でもあるのだから、神殿への納入品を確認するとでも名目をつければ誰もダメだとは言わなかった。
「「…………えっ!?」」
だがそうして顔を合わせたふたりは、驚きの声を綺麗にハモらせてふたりして固まってしまった。
マリアが驚いたのも無理はない。ヨロズヤ商会の会頭の息子だと聞いていた彼、リンジロー・ヨロズヤが、前世の知り合いにそっくりだったのだ。顔の作りや声色は違えども、全体の柔和な雰囲気や仕草、言い回しなどが彼を強く想起させる。しかもなんの偶然か、名前まで同じである。
だが何故か、当のリンジローまでマリアを見て固まってしまった。
「え、鱗次郎くん……?」
「その呼び方、もしかしてマリアちゃん……?」
「「えっウソ、マジで!?」」
ふたりして絶句したまま見つめ合い、周囲の商会の従業員たちや女性神徒たちも、そんなふたりの雰囲気に呑まれて何となく黙り込んでしまう。
「…………猫に」
不意にリンジローが声を出した。周囲が(猫に……なに?)と不思議そうな顔をする中、今度はマリアが口を開く。
「小判」
「豚に」
「真珠」
「犬も歩けば?」
「棒に当たる!」
「馬の耳に?」
「念仏!」
もう間違いようがなかった。彼は確かに、前世で仲の良かった⸺
「萬屋鱗次郎くん!」
「マリアンヌ・ブランシャール・綾ちゃん!」
ふたりは互いに駆け寄り、手を取り合って再会を喜びあった。一体どれほどの奇跡が重なれば、前世の知り合いと互いに前世の記憶を保ったまま、異世界転生してまで会えるというのか。
そしてそんなふたりを目の当たりにした女性神徒たちは、ふたりのこの先を夢想して、そっと心の中で祝福するのであった。
「それにしても、巫女マリア様があのマリアちゃんだったなんて……」
「聞いて!私今度結婚できる事になったとって!」
「マジで!?」
「正式発表はまだやけど、もう決まったけん!」
「なんて……なんて棚ぼた……」
「棚からぼた餅!」
「マリアちゃん俺、求婚していい?」
「いいよ!鱗次郎くんやったら全然OK!」
それからおよそ1ヶ月後、巫女に婚姻を認めると教団から公式に発表がなされた。リンジローとマリアの婚約も、それと同時に発表されたのだった。
ちなみに、蒼薔薇騎士団名義でエトルリア王宮から山のように謝礼の品々が送られてきて、アグネスが困惑したのもそれとほぼ同時のことであったという。
これでマリアの幕裏はようやく完結です。
お付き合い下さりありがとうございました!
次回更新は30日、いよいよ第五章【蛇王討伐】スタートです!
お楽しみに!
【転生者紹介】
[マリアンヌ・ブランシャール・綾]
1974年生まれ(享年17)。
国籍は日本で日本語しか喋れないが、本人はフランス人の父と日本人の母を両親に持つハーフ。日本から出たことがないので自己紹介の際は必ず「日本人です」と言うのが口癖だった。
四歳下に妹ローズ、七歳下に同じく妹のシルヴィがいる。ちなみにシルヴィは拙作『引き取ってきた双子姉妹の俺への距離感がおかしい』のヒロインである綾姉妹の母親。つまりはマリアンヌも博多(『引き取ってきた〜』で言うところの福博市)の出身だったりする。
1991年、高校二年生の時に自動車事故で他界。ほぼ同時にアリウステラで生まれ変わり、こちらではスラヴィア地方最大の都市シンギドゥンを治めるシンギドゥン辺境伯のひとり娘マリアとして生を得る。
アリウステラではフェル暦643年生まれ。
10歳の頃に熱病に冒されて生死の境を彷徨い、それがきっかけで前世の記憶を取り戻す。同時に神々の声を聞くことができると自覚する。ただし当時の本人的には声だけ聞こえる誰かとお話ししているだけ。
12歳の時に霊力の高さを狙われてとある邪教の信者に拐われ、生贄にされそうになったところを“輝ける虹の風”に助け出される。当時の虹の風はユーリ、アルベルト、アナスタシア、探索者ナーン、空妖精の法術師リナの5人パーティだった。
その時に出会ったアルベルトに恋をして、法術の勉強に取り組むとともに約半年後、法術師リナの逝去に伴い彼女に代わってパーティに加入する。それとともに巫女セシリアに神託が降って次期巫女候補として正式に認められ、神教教団に所属することになる(勇者候補パーティのメンバーということで、特例でいきなり司徒待遇)。
マリア加入の前後でエルフの狩人ネフェルランリルも加わり6人パーティとなり、蛇王の再封印により正式に司徒に任ぜられる。アナスタシアの死とアルベルトの脱退、竜人族の魔術師マスタングの加入を経たのち、西方の魔王討伐により高司徒に昇進。ユーリの婚姻による“輝ける五色の風”の解散に伴い、巫女神殿に入って巫女セシリアに師事し、翌年にセシリアの逝去に伴い主祭司徒ファビオの承認のもと正式に巫女になった。
“輝ける五色の風”での活動中に両親(シンギドゥン辺境伯家)が相次いで他界し、シンギドゥン辺境伯の地位は無関係の他人に渡ってしまった。そのためそれ以降彼女は「姓なきただのマリア」と称して、平民として生きている。
[萬屋鱗次郎]
1973年生まれ(享年30)。
全国小売り大手のヨロズヤコーポレーションの創業者一族の出身。マリアンヌとは小中高と先輩後輩の仲だが、幼馴染ということもあり互いにタメ口で呼び合う仲だった。
女性として意識していた彼女の事故死の際には随分憔悴したが一度は立ち直り、結婚して子供も得た。だがある時飲みに出た繁華街で、酔っ払いの喧嘩に巻き込まれ刺されて死亡する。
アリウステラではマリアと同じくフェル暦643年生まれ。
なんの因果か、こちらでも主要国の大半で手広く小売業を営む「ヨロズヤ商会」の一族として生を得る。父ソウタローはエトルリア国内の各支店を束ねる“分会頭”を務め、兄ヨウイチローはその後継ぎとして地位を盤石のものにしている。
リンジローは次男なので兄のスペアではあるのだが、兄がすでに婚姻して子供もいるので立場は気楽。そのうちに暖簾分けでもしてもらって自分の商会でも立ち上げるか……などと考えている時にマリアと出会った。
前世の記憶は7歳の頃に水難事故に遭って生死の境を彷徨った際に思い出した。前世の知識とも併せて商売の腕には自信を持っている。
※生まれ変わるタイミングは人それぞれなので、マリアはトータルで(前世を含めて)49年生きている計算になりますが、鱗次郎は合計60年を超しています。
【ヨロズヤ商会】
フェル暦675年現在で西方世界の主要各国の大半に商業進出している多国籍企業。ヴァルガン王国、イリシャ連邦、王政マジャル、エトルリア連邦、マグナ・グラエキア、イヴェリアス王国、ルシタニア王国、ガリオン王国、アルヴァイオン大公国、リュクサンブール大公国、ブロイス帝国の各国で男爵位を持つ。
各国ではそれぞれ“分会頭”と呼ばれる最高幹部がその国の国内各支店を取りまとめていて、国ごとに得ている爵位はその分会頭(とその直系)に与えられている場合が多い。ただし分会頭たちは本家の“総会頭”の代理として爵位を受けているというスタンスを取っている。
創業者セイイチロー・ヨロズヤは東方世界からの行商人だったと伝わっている。四代目当主タイチに嫁いだ元公女アントニアの尽力と献身により、西方世界各国に販路を大きく広げての今の隆盛がある。
四代目当主タイチとその妻アントニアに関しては、拙作『公女さまが殿下に婚約破棄された』を参照のこと。
つまりリンジロー・ヨロズヤはエトルリアの貴族ヨロズヤ男爵家の次男、ということになる。




