c-8.【幕裏】再び来ました救世主
c-5.のマリアが内心で「はい論破」と考えている部分を少し加筆しています。マリアの性格設定的に少々違和感があったので。
「…………で、ここはどこ?」
マリアが今立っているのは、どう見ても中庭だ。ところどころに篝火が焚かれ、周りを頑丈な石壁に囲まれていて、そこにいくつも見える窓からは深夜だというのに使用人や騎士たちが幾人もバタバタと慌ただしく走り回っているのが見える。すぐ隣には小さな⸺と言っても平民の暮らす一軒家ほどのサイズだが⸺石壁の建物も建っていて、これは察するに中庭に建てられた物置小屋であろうか。
ちょうどマリアが現れた場所はその小屋の影になっていて、夜中ということもあり転移の瞬間は誰にも見られずに済んだようだ。
「アンキューラに行きたいって願ったのはマリアじゃんか。だからホラ、ここはアンキューラにあるアナトリアの皇城の中庭さ」
「ど真ん中じゃん!」
そんなとこにいきなり跳ばせて、誰かに見つかったらどうするつもりだったのかジズは!
「ボクがそんなヘマする訳ないでしょ?今だって君の姿は誰にも見えてないんだから」
「いやそれは見えるようにしてよ!誰かに兄さん達のとこに案内してもらわないとダメなのよ!?」
「ホントに注文多いよねえ。まあマリアだから仕方ないけどさ」
ジズといつものように三文漫才を繰り広げつつ、マリアは物置小屋の影から中庭を窺う。耳に直接響いてくるあたり、ジズはいつものようにマリアしか認知できない状態になっているようだ。
…………いや待って?耳に響く?ホントにいつも通り?
そう思ってふと目線を下げると、そこに藍色の半ズボンをサスペンダーで留めた、白いシャツにラメの入った藍色の蝶ネクタイを付けた、宙色の短い髪の少年の姿のジズが立っている。目線を向けられたことに気付いてこちらを見返して、彼は可愛らしく小首を傾げたりなんかして。
「いやなんで顕現したままなの!?」
「だって帰りもどうせボクの権能で帰るんじゃん?だったらいちいち消えるのメンドクサイもん」
「意外とズボラ!?」
そんな訳はない。本来は現世に顕現してはならぬ存在であるところのジズが、そう何度も権能を繰り返し使うことによって引き起こされる世界への影響を最低限に抑えるため、その使用を極力控えているだけである。
それでなくとも過去千年間でも数度しかなかった権能執行が、この1ヶ月の間にもう三度目である。戻る際の魔法の行使を考えれば四度目が確定している状況で、不必要な霊体化と実体化を繰り返すべきではなかった。
ただまあ、その肝心な部分をジズはマリアに説明しようとはしなかった。それが何故なのかは、ジズにしか分からない。
「そんなことより、ホラ、行くよ。このまま誰かに声かければ自然と認識してくれるからさ」
「そうなの?分かった!」
マリアはマリアで、ジズの権能をよく理解してはいなかった。神様に等しい存在だから反則なんだろうと、そんな程度にしか思っていない。あまり使っていい力ではないと承知してはいるが、背に腹は替えられぬ状況で頼るのをためらうほどでもなかった。
中庭の先、大手門に近い方からひときわ大きな騒ぎが聞こえてくる。ガシャガシャとやかましく鳴る金属鎧の音と、悲壮感漂う悲鳴にも似た怒号。それとともに多くの人の慌ただしく走り回る足音やざわめき。
そこになにかある。そう直感してマリアはその方向へと走った。
「急げ!青加護の術師をありったけ集めろ!大至急だ!」
「はっ!」
皇城の正面門から大手門へと通じる壁のない回廊で、ひとりの壮年の騎士が慌ただしく指示を飛ばしていた。青加護の術師を探している、それはつまりレギーナの治療が一刻の猶予もないということだ。
「あの、騎士様!」
「なんだ!今忙し……君は?」
「青加護の術師をお探しとお聞きして、神殿のほうから参りました!」
嘘は言っていない。中央大神殿から直接やってきただけだ。
「もう誰か神殿まで報せてくれたのか、助かる!」
騎士は、面と向かってよく見たら思ったよりも若かった。おそらくはマリアと同世代だろう。ただしマリアは年齢より若く見えるから、もしかすると歳下に思われるかも知れない。
「⸺で、術者は君だけか?責任者とかは?」
やはり歳下と思われたようだ。
「大丈夫ですよ、私腕がいいので!」
「そうなのか。⸺しかし、こんな若い子たちだけ寄越されてもなあ……」
自信満々に笑顔で言ったら、なんか変なことを言われた。それに違和感を覚えて、なんとなしにジズを見た。ジズは心得ているようで、自分の上半身くらいのサイズで[鏡面]を発動させていた。
(え……なにこれ私!?)
そこに映っていたのは、どう見ても神学校を卒業したくらいの歳頃の若い娘。水色の髪に真っ青な瞳の、まだ幼さの残る容姿だった。
『容姿も変えてってリクエストもバッチリ済んでるからね!』
『トシまで変えてなんて言ってない!』
『そこはサービス♪』
それは余計なお節介っていうの!
「まあ……君たちでもいないよりはマシだろう。他の者はあとから来るんだろ?君たちだけでもついて来てくれ!」
騎士は少し迷っていたが、ひとまずマリアだけでも連れて行く事にしたらしい。そう言うとマリアの返事も待たずに踵を返す。
実のところマリアが声をかけたこの騎士はアルタンだった。直感を信じて正解を引いたわけだ。
「分かりました!⸺で、患者はどちらへ?」
「口では説明が難しい。とにかくこっちへ!」
走り出す騎士を追いかけてマリアとジズも小走りになる。
(えっ、そっち!?)
アルタンは建物の中ではなく前庭の方へと駆けてゆく。ということは外に怪我人がいるということか。
だが案内された先は厩舎エリアだった。そこに見覚えのある大きな旅行用脚竜車が停まっているのを見つけて、さてはこの中かと思ったら案の定だ。
「開けてくれ!青加護の術師を連れてきた!」
アプローズ号の乗降扉を叩いてアルタンが声を張り上げる。すぐに扉が開いて、顔を出したのはヴィオレだ。
「その子が?」
ヴィオレは少しだけ目を細めて値踏みするようにマリアを見たが、すぐに「入って頂戴」と身体を引いて道を開けた。
どこの誰とも分からない人物を軽々しく招き入れたくはない、だが背に腹は替えられぬ。そんな葛藤が彼女の顔にかすかに滲んでいる。
「失礼します」
「⸺待って。そちらの子は何?」
「助手です!」
「……助手?」
「一刻を争うのですよね!?」
「…………そうね、その通りだわ」
勢いで押し切って、中に通された。ジズはしおらしく表情を作って、無言で大人しくついてくる。
中に入るとまず豪勢な居室。白塗りの壁に黒檀の造り付けのテーブル、それに上質な背もたれ付きのソファ。乗降口側の壁際にはやや劣るものの、それでもしっかりとした箱型のソファがある。
そこに人が寝かされていた。上質なソファにミカエラ、箱型の方にアルベルトだ。一見してミカエラの方はただの疲労で、霊力切れしただけだと分かる。だがアルベルトの方は。
(これ……毒!?)
[解析]するまでもなく毒の症状だ。少し落ち着いているから最低限の処置は施されたのだろう。だが危険な状態には変わりない。
「その彼は後にして頂戴。もっと重傷者がいるの」
「勇者様、ですね」
「話が早いわね。⸺こっちよ」
本当は真っ先に兄さんを癒やしたい。だがマリアにだって勇者の存在が何よりも優先すると解っている。幸いなことに兄さんは今すぐ処置しなければ危険というほどではないから、無念に無念を堪えて後回しにするしかない。
マリアはヴィオレに従って寝室に踏み入った。アプローズ号の寝室に蒼薔薇騎士団以外の人間が入ったのは、アルベルトも含めて初めてのことである。
二床二段の計四床あるベッドの下段のひとつに、レギーナが寝かされていた。意識はなく、上半身だけ鎧を脱がされて、胸から左肩の衣服が切り取られて顕わになっている。バストはテリー織りの織り布をかけられていて最低限の配慮はされていた。
クレアが額に汗を流しながら、レギーナの左肩に必死に[浄化]を施していた。だがその彼女にしてももう霊力切れ寸前で、しかも[浄化]は怪我の治療には何の効果もない。彼女もそれは分かっているはずだが、やれるだけの事をして少しでもレギーナの命を繋ぎ止めたいのだろう。
「クレア様、あとはお任せを」
マリアはそう声をかけて、クレアと場所を替わった。クレアは声をかけられて初めてマリアに気付いたようで、青い瞳を見て明らかに安堵し、ヴィオレもいることを確認してから場所を譲った。そのままへたり込んでしまったのを、ヴィオレが優しく抱き上げて隣のベッドに寝かせた。
レギーナの左肩の状態は酷かった。出血こそ止まっているものの、大きな獣の爪で抉られたように肉がごっそりと削がれて骨が見えている。これは間違いなく筋肉だけでなく肩関節まで粉砕されたはずで、[治癒]の処方次第では彼女の勇者としての人生はここで終わるだろう。
だがマリアの目には、骨には何の異常も確認できない。
「ミカエラ様は、[請願]を請われたのですね?」
ここまで酷い傷なのに骨には異常が見られない、ということはつまり、粉砕骨折は[治癒]だけでは手の施しようがなく[請願]に頼ったということだ。そして[請願]を請うたことで骨は元通りにしたが、ミカエラの霊力がそれで尽きてしまって傷まで手が回らなかったのだろう。
「見ただけで分かるのね。⸺そう、だから傷が治せないの。お願い、頼めるかしら」
「お任せを。ですが、できれば何があったか聞かせて頂けますか?」
少し逡巡してから、ヴィオレは語った。皇城の地下にダンジョンが発生したこと、蒼薔薇騎士団で生成直後のダンジョンを制圧したこと、疲労困憊で地上に戻ったところで正体不明の獣人族の少女に襲われたこと、そしてその刺客に毒を使われたことまで。
(この大きな爪、毒を使う獣人族……まさか、いえ)
引っかかりを覚えるが、考えるのはとりあえず後回しだ。マリアは胸の前で手を組み、精神を集中させて、神への祈り⸺[請願]を発動させる。祈る先は青加護の癒やしの神と、黒加護の回復の神。請う効果はもちろん、レギーナの左肩の筋肉や腱、血管や神経などの再生だ。
そして[請願]は問題なく受理された。みるみるうちに傷が塞がり、鍛え抜かれた肩の筋肉が盛り上がっていく。魔術の[治癒]ではこうはいかない、というかマリアはレギーナの裸身を見たことがないのでそもそも元に戻せない。[治癒]で元の状態に戻すのは、元がどうだったかを詳しく知っていることが不可欠だ。
傷が塞がるのを見て、背後で見ていたヴィオレが心底から安堵の吐息を漏らしたのが分かった。
「では次に、解毒を」
「それはいいわ。解毒薬を飲ませたもの」
「解毒薬があったのですか?」
「表に寝かせている彼が少しだけ持っていたのよ」
アルベルトが解毒薬を持っていた、となるとやはり懸念は当たっているらしい。
「おそらくは古い薬です。完全には抜けていませんので、これも癒やします」
虎人族の用いる特殊な毒のことはかつて聞いたことがある。その古い記憶を呼び起こしながら、マリアは[解癒]を発動させた。
記憶に誤りはなかったようで、レギーナの身を蝕んでいた毒は問題なく抜けた。すでに解毒薬を使われていたことも功を奏した、というかその解毒薬の効果を高めるだけでよかった。
額に汗の浮いていたレギーナの表情が少しだけ柔らかくなった。もう大丈夫だろう。あとは失った血と、微細な末梢神経や毛細血管の再生のために数日静養すれば済むはずだ。
「これでもう大丈夫なはずです」
「ありがとう、助かったわ。本当になんとお礼をしていいか分からないくらい」
「頭をお上げ下さい。世を救う勇者様がたをお助けするのはわたくしどもの義務ですから」
おそらくヴィオレは、自分がなんの役にも立たないことが悔しくてならなかったことだろう。頭を下げて感謝を述べる彼女に微笑みかけて、マリアは付け加えた。
「寝室の外のおふたりも癒やしますね」
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は18日の予定です。
マリアの【幕裏】、全8話では終わりませんで(爆)。全11話、5万字超えちゃいました(書き上がりました)。
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というかむしろ何か書いて欲しいです。反応がないと逆に不安になってしまいます(^_^;




