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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
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4-33.そして完全勝利(物理)

 レギーナが油断なくドゥリンダナを構えつつ、蜘蛛改め蜈蚣(むかで)の下半身となった皇太子から距離を取る。


「ふほほ、そんなに遠慮せずともよい。もそっと近う寄れ」


 気味の悪い笑みを浮かべながら皇太子がにじり寄るが、レギーナが従うはずもない。

 その顔は嫌悪に歪んではいるものの、冷静さまでは失ってはいない。


「冗談じゃないわ……って言いたいとこだけど、私の手に何があるか分かってて言ってるなら、大した度胸よね」

「のほほ、当たらなければどうという事もないわ」

「あっそ」


 短く返すが早いか、レギーナは持ち前の瞬発力で一気に間合いを詰める。それを見て皇太子も躱そうとするが、レギーナのほうが速かった。


「んほぉ〜!?」


 蜈蚣の身体にまともに斬りつけられて、筋肉ダルマの上半身がのけ反る。すぐに手にした新月刀(シャムシール)で反撃してくるが、その時にはもうレギーナは離脱している。

 なお、この状況でもレギーナはまだドゥリンダナを“開放”していない。していないのに攻撃がヒットしたのは、単に皇太子の蜈蚣の身体が蜘蛛の身体よりスピードが落ちているからだ。いや蜈蚣の身体も充分速いのだが、蜘蛛の時はレギーナに匹敵するほどの敏捷性だったのだからどうしても見劣りする。


「ぬぐ、これはいかん。これはダメじゃ」


 皇太子が身をよじる。すると斬りつけられた蜈蚣の身体から再び瘴気が噴出して、皇太子の身体を包む。


「[浄化]⸺」


 そんな皇太子を尻目にクレアが詠唱とともに魔術を発動させた。[浄化]の術式は赤属性の加護魔術で、炎の持つ浄化の能力を凝縮した対瘴気の定番魔術である。


「ほんならウチは[清浄]()


 そしてミカエラも術式を展開する。[清浄]の術式は青属性の加護魔術で、怪我や病気の患部を消毒したり汚れた衣類や身体を清めたりするのに用いられるが、瘴気に冒されたものに対して瘴気を払うためにも用いられる。使い勝手のいい、便利な術式だ。


「じゃ、俺は[破邪]かな」


 すると、なんとアルベルトまで術式を展開し始めたではないか。[破邪]は白属性の加護魔術で、名の通り邪なものを破り払う、これも対瘴気の定番魔術である。


「[付与]⸺」


 そして三人がかけた術式がクレアの[付与]によって、それぞれドゥリンダナの刃に向かい、その剣身が赤と青と白の光を帯びる。


「おろ?おいちゃん白加護やった(だった)ったい(んだ)

「言ってなかったっけ?そうなんだよ、ユーリと同じでね」

「え、じゃあそれって」

「うん。ユーリに習ったものだよ」


 これもか、と思ったのはレギーナもミカエラも同じである。

 ユーリとは同じパーティを立ち上げた仲間だからある意味当然だが、ユーリだけでなくあのマリアも彼に対しては全面的な信頼を向けていたし助力を惜しまない姿勢だった。彼が脱退後に加入したマスタングとも面識があるという話だったし、この分だと何かしらの術式の手ほどきを受けていても不思議はない。

 そして第四層で見せた“発勁”という不思議な技。西方世界ではもちろん馴染みのない技だが、おそらく東方世界においてもそうメジャーな技ではないだろう。だってありふれた技なら、西方世界にいても噂話くらいは流れてくるはずだ。しかも彼が習ったという師匠は対人用のその技をどんな相手にも放てるほどの達人だという。


 この人の人脈は、一体どこまで広がっているのだろうか。先々代勇者であるロイやその盟友でもあるザラックでさえ彼のことを気にかけていたし、状況証拠だけだがアルヴァイオンの〈賢者の学院〉にいるバーブラさえも彼を知っていそうだ。

 そして今、彼は蒼薔薇騎士団(当代勇者パーティ)と知り合い、こうして行動を共にしている。それだけでなくレギーナもミカエラも彼のことは仲間意識を持つほどになっているし、クレアに至っては父と呼ぶほど気に入っているのだ。


(この人自身はそう大したことはない(・・・・・・・・)けど)

(こん人の周りって、世界最強クラスの人らが集まっとるとやなかろうか)


 彼の周りを取り巻く人材の層の厚さに、ちょっとだけ(おのの)いてしまうレギーナとミカエラである。


「⸺ま、それはそれとして[固定]」


 気を取り直してミカエラが[固定]を唱えたことで、レギーナのドゥリンダナは対瘴気用の決戦兵器として仕上がった。

 そしてそのタイミングで、瘴気の霧が晴れて皇太子が再び姿を現した。


「ふほほほほ、今度のもカッコいいじゃ⸺」

「[飛斬(スラッシュ)]」

「むげぇ!?」


 得意げに声を上げかけた皇太子に対して、レギーナがそのドゥリンダナで有無を言わさず斬撃を飛ばしたから堪らない。

 何しろ今の皇太子は瘴気の(・・・)()なのだ。


「んぎいいぃぃやあぁぁぁ!!」

「うるさいわね、[飛斬]」

「ぎょほおおおおぉぉぉ!?!?」

「もうひとつ、[飛斬]」

「ぎゃはああぁぁぁ!!!!」


 せっかく色直しして出てきたのに見てももらえなかった皇太子はさぞかし無念だったろうが、わざわざ付き合ってやる義理はレギーナたちにはない。今度はどんな下半身だったのかも、もう斬り刻まれて原型を留めていない今ではどうでもいいことだ。

 まあ多分、また虫型だったのだろうし、特に見たくもない。


 のたうち回る皇太子にレギーナは素早く駆け寄って、四本ある腕を一本ずつ斬り飛ばしてゆく。その腕を今度はクレアが[豪火球]で消し炭に変え、ミカエラが[水流]で通路の彼方へと押し流す。


「うわあ……何だか一方的になってきたな……」

「あの三人にかかれば当然よね」


 瘴気の塊に対して、対瘴気用に特化した武器で攻撃しているのだから当然そうなる。しかも攻撃側は勇者パーティなのだからなおさらだ。


「ごふっ……くっ、」

「意外としぶといわね。そろそろ死んだら?」

「まっ、待て!」


 もはや満身創痍の皇太子が、最後に残った右腕を突き出して我が身を庇おうとする。


「く、黒幕を知りたくはないのか!?」

「要らないわ」


 相変わらずレギーナは淡白で、にべもなかった。


おおかた(どうせ)、拝炎教のお偉いさんっちゃろ?」

「な、なぜそれを!?」

「うわあ、語るに落ちたよ」


 何故もなにもない。瘴気をコントロールして利用しようなどと考える者など魔術師以外にあり得ないのだ。だが魔術師団長は第五騎士団と一緒に皇城の地下通路で麾下の魔術師団を率いているのを確認していたし、人為的に造られた瘴脈を封印するメンバーにも入っているのだ。

 そして魔術師団長が違うのだとすれば、他に高位の魔術師たりえるのは拝炎教の法術師だけだ。それもアナトリア(この国)は政教一致の国で、国家の首脳部にも拝炎教の信徒⸺炎徒という⸺が何人も役職(ポスト)を持っている。となると、拝炎教の幹部あるいはトップが皇后と結託するのもわけはない。

 そしてその拝炎教の幹部連中は、まだレギーナたちの前に姿を現してはいないのだ。


「まあとりあえず、そこまで堕ちたあんたは死ななきゃダメよ」

「まっ待て、話せば」

「話さないわ」


 無慈悲な斬撃が、皇太子を袈裟斬りに斬って落とした。


「がっ…………ふ」


 皇太子が、ゴボリとその口から血を……ではなく瘴気を吐いた。傷口から流れ出るのも瘴気だ。

 フラフラとよろめいた皇太子は、だがそれでも倒れなかった。


「この……次期皇帝たる余を斬り捨てるなぞ……」


「まァだ皇位ば継げるやら思うとっとかね」

「魔物に堕ち果てといて、人の国を支配できるわけないでしょ」


「な…………魔物、じゃと……!?」


「「えっそこから!?」」


 てっきり分かった上で身を堕としたものとばかり思っていたのに、どうやら解っていなかったらしい。


「今のあんたは瘴気の塊。もう外見からして人間(・・)じゃない(・・・・)し、傷口から流れ出るのも瘴気なんだから魔物以外の何者でもないわ」

「ウチらの[浄化]やら[破邪]やらで元に戻る気配もな()し、もうとっくに後戻りできんごと(ように)なっとるって分からんかね」

「ま…………まさか……そんなはずは……」


「はい、[鏡面]」


 なおも頑なに認めようとしない皇太子に、小さくため息をついたアルベルトが[鏡面]の術式を発動させた。[破邪]と同じく白属性の魔術で、本来は光系の魔術を跳ね返したり石化の魔眼の効力を反射したりする術式だが、何もなければただの鏡としても使えるものだ。

 そしてアルベルトが強度を強めに発動させたため、それはちょうど等身大の大きな一枚鏡になった。

 それに皇太子の姿が映りこむ。闇黒(あんこく)の色の全身の傷から瘴気を噴き出している、顔だけは元のままの、とても人とは呼べない姿。


「なっ…………は、話が違う!」

「今さら手遅れよ」


 なんの話が違うのか知らないが、レギーナはもう聞く気もない。もう、というか最初からだが。

 なので彼女は、自分の姿を見て愕然とする皇太子の背後から、その霊核(心臓)をめがけてドゥリンダナを突き立てた。


「ぐぶ」


 確かな手応えがあり、それまでとは比較にならないほどの量の瘴気が噴き出した。だが噴き出すそばからドゥリンダナの刃に触れて浄化されてゆく。


「こんな……こんなの余は認めんぞ……やり直しを要き」


 まだ何か呟いていた皇太子は、最後まで言葉を発することができなかった。霊核を破壊されたことにより、瘴気の身体が形を保てなくなったのだ。


 カラン、と音がして、皇太子の立っていた位置に一枚の仮面が落ちた。それだけを残して、皇太子は跡形もなく消えてしまった。それが皇太子アブドゥラの最期だった。享年35。


「最期はまあ、呆気なかったばいね」


 やれやれとため息を吐きながら、ミカエラがその仮面を拾い上げた。下向きに落ちたそれをひっくり返すと、最期の瞬間の驚愕と絶望に歪んだ皇太子の顔がそのまま残っていた。


仮面(これ)に皇太子の意識だけ移して、瘴気で生きとるように錯覚(・・)させとった(・・・・・)んやな」

「それってつまり……」

「こげな身体にされた時点でもう死んどった、ちゅうことになるね」

「もしくは、身体だけ別に残ってるかも…」


「あ、まだその線のあるとか(あった)


 皇太子が今ので死んだか、あるいは無事な本体がまだ残っているのか、それは最下層に降りてみれば分かることだ。


「じゃ、さっさと降り口を探して黒幕とやらの元へ行きましょっか」


 [浄化]と[清浄]と[破邪]を仮面に施しているミカエラたちをよそに、レギーナは踵を返す。残すは最下層、黒幕だけである。

 ちなみに仮面は、討伐証明なのでお持ち帰りである。そのまま持っているのも気持ち悪いので念入りにクリーニングしたあと、厳重に対瘴気の魔術を施した布に包んでからアルベルトの背嚢(バックパック)に納められた。







ちなみに皇太子の第三形態は黒くてテカっていてやたらと素早いアレです(爆)。見なくて大丈夫、ってか見たくない(笑)。




いつもお読みいただきありがとうございます。

ストックなくなりました!(爆)


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