4-32.因縁の対決
レギーナたちは第九層へと降り立った。
ちなみにここまで、階層を降りるための階段などあるわけがないので当然全て第一層の時と同じように飛び降り、あるいは魔術を用いて降りている。幸いというか、階層の深さは第一層が一番深かったため、それ以降はアルベルトでも飛び降りることが可能であった。
まあそれでも、中年冒険者にはなかなか骨の折れる行為ではあったが。
「ぐっ、膝が…………いたたたたた」
「なによもう、これくらいでいちいち痛がって」
「いやそうは言うけどねレギーナさん。俺ももうそんなに若くないから……」
自分で言ってて悲しくなるが、若い人たちには勝てないと認めざるを得ないアルベルトである。
ちなみに痛みだけを消せるような便利な魔術はない。魔術というものは万能の力ではないのである。
「さあ、サクッと踏破して最下層に行くわよ!」
「待って」
ここまでほとんど戦い詰めながらも微塵も疲れを感じさせず、意気揚々と歩み出そうとするレギーナに、ヴィオレがストップをかけた。
「なによヴィオレ」
「落とし穴があるわね。辺り一面に」
今彼女たちが立っているのは前後に延びる通路。と言っても見た目はただの洞窟である。壁も床も天井も土や岩が剥き出しで、普通なら罠なんて仕掛けようもない場所である。
実際、できたばかりのダンジョンということで、ここまで罠らしい罠は中層階までしか存在しなかった。それも魔物が自己の能力で作ったものか、魔術や道具をを扱える知能系の魔物が仕掛けた簡易的なものしかなかったのだが。
「落とし穴ねえ。かかったら最下層へご招待っちゅうわけたい」
そこらじゅうに仕掛けられて、レギーナたちの目でも見分けのつかない精巧な落とし穴。そんなものを仕掛けた存在がいるとすれば、まず黒幕に違いなかろう。
「どうする?掛かってもいいけど」
黒幕が仕掛けたのなら、わざわざ目の前まで案内してくれているのかも知れない。逆にレギーナたちが攻めてくるのを承知の上で、勇者でさえ太刀打ち困難な死の罠で仕留めようとしているのかも。
「オススメはしないわね。この下がどうなってるのか、それが分からないことにはね」
「そやねえ。敵さんの思惑にホイホイ乗るともちぃと面白んないたいねえ」
「じゃ、回避しましょ」
ということで各自[浮遊]を詠唱して回避することになった……のだが。
「ええと、悪いけど誰か[浮遊]かけてくれないかな」
「は?おいちゃん覚えとらんと?」
「覚えてたらここまで飛び降りたりしてないんだよね」
言われてみれば、確かにアルベルトは階層移動は全て飛び降りていた。戦績からしても当然の身体能力だと思っていたから誰も何も気にしていなかったが、そういえば着地の衝撃を相殺しきれずに痛がっていたことに、今さらながら気付いたミカエラたちである。
ということでクレアが[浮遊]をかけてやり、落とし穴の罠を問題なく回避した一行は九層の奥へと歩みを進めた。
第九層の出現魔物は、八層のそれとほとんど変わらなかった。ということはやはりマリーが推定したように“凄腕”か、もしくはレギーナが想定したように“達人”かといったあたりがこのダンジョンの強度ということになる。
そうなると蒼薔薇騎士団にとっては、黒幕たち以外に難敵は存在しないということになる。
だが一方で。
「なーんか、手応えがないのよね」
「ほんなこっちゃ。なんかしら待ち伏せしとったっちゃ良さそうなモンばってん」
「その暇がなかった、なんてことは無いはずなのよね」
そう。勇者パーティにとっては脅威にもならないヌルいダンジョンなのだ。この先に黒幕が待ち受けているのは確定として、普通なら彼女たちがそこに辿り着くまでに少しでも消耗させておこうと考えるはずなのに。
まあ、マリーの想定した敵ランクよりは確かに高めではあったから、多少なりとも難易度が上がっているのは間違いない。だがその程度で勇者に対する備えが足りていると考えているのなら、舐められるにも程がある。
つまりは、この九層には勇者を追い詰めるだけの何かがあるはずなのだ。それが何なのかは分からないが、降下直後の罠の出迎えといい、何か仕掛けられているのは間違いないだろう。
それでも一行は、ここまでと同様に出くわす魔物たちを殲滅して回った。前衛もレギーナだけでなくミカエラが前に出て、アルベルトもクレアの魔術のサポートのため盾役を務めた。
「……ちょっと待って」
とある通路の途中で、ヴィオレが声を上げた。
「なあに、ヴィオレ」
「隠し扉を見つけたわ」
ヴィオレが指さしたのは通路の少し先、具体的には2ニフほど先の右壁。見た目にはなんら変わりない土壁だが、ヴィオレにはわずかな違和感が見えるのだろう。
「おそらく、ちょうど真横まで来たら強襲をかけるつもりのようね」
「…………あー、居るねえ」
ミカエラの言葉で[感知]を試みると、確かに壁の向こうに人間大の魔力の塊が感知できる。だがその魔力が問題だった。
「んー、こらぁ濃いかばい」
「うわあ、これ間違いないよね」
「うん。瘴気…」
そもそもダンジョンの中というのは瘴気が充満しているものだが、それでも人体に直ちに影響が出るというほどのものでもない。影響が出始めるのは早くて数週、危険とされる目安は10週つまり約3ヶ月間の連続逗留である。
だがその壁の向こうにいるそれは、言ってしまえばほぼ瘴気の塊であった。とてもではないが、このダンジョンの存在が発覚してからの短時間で身に取り込める量ではない。
「……どうなの?それ、アイツなの?」
「んー、普通に考えれば魔族としか思えんばってんが」
それほど濃密な瘴気の塊である。もし仮にそこにいるのが皇太子だったとしても、もはやそれは人間ではない。
「……ま、いいわ。じゃあ斬っていい?」
「その前に、防御魔術かけ直しとこうかね」
全員が手早く詠唱して、発動レベルを上げて防御魔術をかけ直す。普段は魔力消費を考えて一般的なレベル、つまりレベル3から4程度しか発動させていないが、蒼薔薇騎士団の全員が3種ともレベル6で再発動させた。なおアルベルトは3種いっぺんには発動させられないので[物理防御]と[魔術防御]だけで、レベルは4止まりである。
それだけでなく、彼女たちは瘴気に対抗するための準備と詠唱を手早く行ってゆく。
もろもろの準備が整い、互いに頷き合ってから、レギーナがスッとドゥリンダナを上段に構えて、そして問題の壁目掛けて振り下ろした。
「[飛斬]」
ドゥリンダナから斬撃が飛び、激しい轟音と土埃を上げて壁が崩れる。その向こうに動く影を見止めて、「来るわよ!」とレギーナが叫ぶ。
それは、無言のままレギーナに向かって突進してきた。
「くっ!」
敏捷性においては他の追随を許さないレギーナでさえ躱すので手一杯になるほど、それは速かった。
「あらぁ〜、こっちが先制したはずんとばってんねえ」
「[光線]⸺」
やや唖然とするミカエラの横から、クレアが単体攻撃魔術を放つ。かつてミカエラの胸を撃ち抜いた、人間の反応速度では躱しようのない魔術だ。
だがそれは、いとも簡単に避けてみせた。
「うわなんか傷付くっちゃけど」
それを見て、ミカエラがいじけたような声を出すが、誰もそれに構っている暇はない。
敵が、[光線]を躱して移動するその先を予測して動いたレギーナが、ドゥリンダナを一閃した。
キィン、と甲高い刃鳴り音。
敵は、レギーナのその動きにさえ対応してみせたのだ。
ようやく土埃が落ち着いてきて、敵の姿が視認できるようになる。そこにいたのは⸺
「のほほほほほ!こんな所まで追ってくるとは、やはりそなた、余に惚れておるのじゃろ?」
「なんで性格だけそのまんまなのよ!」
そう。それは紛れもなく皇太子アブドゥラ35歳であった。
「うーんこれ、そのまんまって言うていいとかいな」
ミカエラが半ば呆れたようにボソリと呟く。
それもそのはず、元のままなのは性格のほか、顔と声だけである。
その姿は、異様の一言に尽きた。
腕だけで四本あり、それぞれに細身の新月刀を構えている。上半身は弛みきった元の姿とは似ても似つかぬ逆三角形で、というかむしろ人の身ではあり得ないほどに筋肉の塊になっている。だがそれに輪をかけて異様なのが下半身で、なんと真っ黒な蜘蛛の姿であった。
そう。人間には躱せないはずのものが躱せたのは、そもそも人間ではなかったからである。
「ふほほ、格好よいじゃろ?」
呆れてものも言えないから黙っているだけだが、どうやらこの男は見惚れていると自惚れたらしい。
「いや、ものすっごい悍ましいわね」
「まあそう照れずとも良い。ふほほ」
「……コイツ、相変わらず自分の都合のいいようにしか聞かないわね……」
テンションの下がりまくったレギーナの姿に、皇后とのお茶会から逃げ帰ってきた直後の、瀕死(精神的に)だった彼女の姿が蘇る。あーコレの相手したけんあげんやられとったんや、と今更ながら実感するミカエラである。
「ばってんまあ、それはそれとして」
ミカエラが右掌を向けると、皇太子の身体を幾重にも青白い光の環が取り囲む。青属性の[拘束]である。
「ふほ?」
締め付けてくる光の環に皇太子が気付いた。そしてその時にはもう、跳び上がったレギーナが上空からドゥリンダナを振り下ろしている。
皇太子は蜘蛛の身体の敏捷性でそれを躱そうとして、そのまま躓いて転んだ。ヴィオレが黒属性の[捕掴]を発動させて地面から土くれの手を生やし、蜘蛛の脚の一本を掴んでいたからだ。
「ぬふぉ!?」
そして無様に転んだ皇太子の蜘蛛の身体に、ドゥリンダナが深々と突き刺さった。
「!?[水流]っ!」
瞬間、何かを察知したミカエラが術式を発動させた。ほぼ同時に蜘蛛の身体から猛烈な勢いで瘴気が噴き出し、レギーナを包み込む⸺寸前でミカエラの術式によって受け流された。
レギーナはレギーナで動じることなく瞬時に態勢を立て直して、蜘蛛の身体から離れる。
皇太子の身体はしばらく瘴気の真っ黒な煙に包まれていたが、それがやがて晴れてくると⸺
「…………あんた、なによそれ」
「ふほほ、そう見惚れるでないわ。まあ見たいのならば見せてやらんでもないがの」
そこにいたのは……まあ皇太子なのだが、蜘蛛の下半身など欠片も見当たらず、代わりにそこにあったのは真っ黒な蜈蚣の身体だったのだ。
ちなみに、いつの間にか[拘束]も消えてしまっている。
「その身体……瘴気で出来とるんやな」
忌々しそうにミカエラが呟く。
だとすれば瘴気の充満するこのダンジョン内で、皇太子を倒すのは難しいかも知れない。
いつもお読みいただきありがとうございます。
他の作品も色々書いているので、なかなかストックが貯まりません(汗)。
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