第13話 幼女は、戦争の犬と戦う!
「ここかや? すごく臭いのじゃ! これは何の臭いかや?」
リーヤは、小さくて可愛い鼻を摘みながら僕にぼやく。
「はい、これが鉱山廃水処理施設ですが、……。処理は、ただ沈殿池に流すだけで石灰処理が行われていませんね。これでは金属分が完全に除去出来ませんよ。臭いは硫黄ですね」
一旦廃水を貯め置く沈殿池は、酸化鉄の沈殿物でいっぱいだ。
鉱山廃水の成分中、鉄分は例え酸性環境でも普通に酸素と触れ合うだけで酸化して不溶解性の沈殿物になって池の底に沈む。
しかし他の金属分は、酸性域や中性にしただけでは酸化沈殿しない。
アルミニウムや錫等の一部金属(両性金属)を除き、普通の金属はアルカリ環境下において酸化、沈殿が進みやすい。
そのため、廃水処理を行う場合、通常強アルカリの石灰、水酸化カルシウムを投入して攪拌、金属成分を酸化沈殿させて分離をする。
その上、再溶解しないように沈殿物は沈殿池からまめに取り除き、坑内に戻したり別途処理をして処分をする。
「見た感じ、処理は殆ど行われていませんね。沈殿池の管理も杜撰だし。あら、処理水は井戸と川に流しているんですか! これじゃ病気になって当たり前です!!」
僕はイイ加減で悪意に満ちた処理施設を見て、怒りを覚える。
周囲を警戒する騎士団も、悪臭と無造作に井戸に廃液を流す様に困惑を隠せない。
「わたくしも確認しました。これでここの社長もお終いですわ」
マムも怒りに燃えているとき、突然ぱーんと銃撃音がした。
「何!」
僕達は身構える。
「Freeze!! そこのチビッ子が魔族のお嬢様かよ。俺はハンフリー。見ての通り傭兵さ。世界の戦場を渡り歩いてきたが、魔法使いと戦うのは始めてだ。チビッ子、俺と戦えや。他の連中は一歩もそこから動くな。動いたら、チビッ子の頭がパーンするぞ!」
突然影から出てきた軽薄そうな男がアサルトカービンを片手に英語で喋る。
「ほう、此方と戦いたいとは酔狂なヤツも居るのじゃな。此方以外が動いたら撃つという事は、狙撃手がおるのかや?」
「おお、チビッ子。英語を話せるのか? スゲーな。ああ、その通り狙撃手がオマエ達を狙っている。ただし、他の者が動かなければ何もしねえ。どうだ、俺とヤリ合うか?」
僕は周囲の気配を探る。
過去、氷を操る魔法使いアンニアの操るパペットと戦っていた時、僕にはパペットが見えた。
まるで、アニメの新人類、超能力者の様に。
リーヤから主従契約の印をもらって以降能力がパワーアップしている気もする。
……このままだとリーヤさんが勝ってもリーヤさんが撃たれる。もし負けたら、それ以前だ。なんとかして狙撃手を逆狙撃して倒さないと!
「一対一なら此方に勝てるとでも思うたか? この姿を見て侮るとは、愚か者め。此方、アンティオキーア領主次女の名の下に決闘に合意するのじゃ! 狙撃なぞせぬでも戦うのじゃ!」
「ほほう、領主の娘とはすごいな。こりゃ土産話にちょうどイイ!」
「冥土のとならねば良いがな!」
「吼えろや!」
2人の対決が始まった。
巧妙に遮蔽物を利用しながら、カービン銃から弾をばら撒くハンフリー。
それを緑色に輝く直径1m程度の魔力シールドで捌き、雷撃や光弾を放つリーヤ。
お互い、攻撃がうまく通じず勝負は拮抗する。
ハンフリーは銃が通じない、リーヤは後方の僕達を巻き込みそうな広範囲術が使えない。
時々移動しながらの攻撃、足元が不安定なだけにもし転んだりすれば、それが致命傷になりかねない。
……くそー、慌てるな。リーヤさんは、そう簡単には負けない。リーヤさんを見るんじゃない。周囲の気配、違和感を感じるんだ。
僕は眼を閉じ、周囲の「気」・魔力の流れを読む。
……このとびっきり明るくて暖かい光はリーヤさん、後にいるほっこりな光なのはマム。そして、マムの周りの騎士団、兵士の方々。この刺々しい嫌な感じがハンフリーか。後は、何処だ?
僕は魔力、「気」を薄く円状に広げていく。
確か、何かの漫画や小説で敵を探知する方法として聞いた事がある。
またリーヤからも同じ説明を受けた覚えがある。
……もっと広く、もっと薄く!
僕はどんどん「気」を広げた。
10m、100m。
最初の銃声の方向は、どっちだった?
「このガキゃ、やるじゃねーか」
「其方は、口ばかりで大したこと無いのじゃ。どうせ戦場で弱いものイジメして女子供を傷つけた口じゃな」
リーヤ達の口撃が聞こえてくる。
……駄目、リーヤさんに集中しちゃ。今はリーヤさんを信じて僕は僕の仕事をするんだ!
「リーヤ、頑張って! タケ、貴方が信じる事をするの。大丈夫よ! 天の祝福がリーヤとタケに有りますように」
マムの祈りが聞こえる。
……え!
マムの祈りと同時に、僕の力が膨れ上がる!
……あそこ!
きゅぴーん、という効果音が脳裏に響いた気がした。
……慌てるなよ。
僕は、見つけたであろうターゲットの方をゆっくりと向く。
1秒で角度が1度動くくらいに。
……あれか!
視覚の端っこ、ここから200m程度離れた高台にある3階建て建物の2階中央の部屋。
そこにキラリと光るモノが見えた。
おそらく照準器の光だ。
……狙撃手には手加減無用、見つけたらヤル!
「くそう、ちょこまかと!」
「息が切れてきたかや? 動きが荒いのじゃ! ありゃ?」
視覚の逆の端っこ、リーヤが躓いたのが見えた。
……え! リーヤさん!
「チビッ子、これでお終いじゃ!」
ハンフリーは、動きが止まったリーヤに手榴弾を投げる。
「リーヤさん!!」
僕は、つい大声で叫んでしまった。
しかし、僕の声は大きな爆音にかき消されてしまった。
「ふぅ、手こずらせやがって。チビッ子を殺すのは気持ち良くねえが、ツワモノだったぞ!」
「甘いのじゃぁぁぁぁ!」
しかし次の瞬間、リーヤは全身を緑に輝くシールドで蔽い、爆発の煙から飛び出した!
「ひっさつ、あーんぱーんち!」
リーヤはシールドを纏ったまま、ハンフリーに高速で体当たりした。
……ぱんち、じゃないじゃん。
「ぎゃぁぁ!」
ハンフリー、リーヤの体当たりで吹き飛ばされ、物置小屋にぶち当たり、そのまま小屋をぶち抜き、その向こうのコンクリート製擁壁に突き刺さった。
「ばいばいきーんとは言わぬのか。ノリが悪いやつじゃ!」
リーヤは、汗まみれの顔で満面の笑みをした。
……アメリカの人は「ばいばいきーん」とは言わないと思うぞ。
「そこぉ!」
僕はリーヤの勝利を見た次の瞬間、マークスマンライフルにライフルグレネードを急ぎ装着、狙撃手が居た部屋に撃ち込んだ。
どーん、という爆発音がして、部屋からライフルを持った狙撃手と、もう1人が吹き飛ばされ階下へ落ちてゆくのを僕は確認した。
「ふぅぅ。危なかったよぉ」
僕はリーヤの無事に安堵し、彼女の方を見た。
「タケや、今のは狙撃手を倒したのかや? もしそうなら見事じゃ!」
「いえいえ、どう致しまして」
まだまだ戦いは続く、油断大敵だ!




