第32話 新米捜査官は、人命救助をする。
「では、入りますよ!」
「おー!」
僕は、既に扉が破壊された祭壇のある部屋の入り口から数歩入り、向かって右側に身体を素早く向け、姿勢を低くする。
僕と同時に部屋に踏み入ったヴェイッコは正面、ギーゼラは向かって左側を警戒する。
「右側、クリアー!」
僕は銃の先に取り付けられたフラッシュライトで銃口を回しながら周囲を確認し、イルミネーターに付属されたセンサーのデータも見て、僕担当の右側には敵が居ない事を確認した。
なお、この辺りの動きは、CQBのテクニック。
曲がり角の壁から見えないところを見て進むにもコツがある。
因みに、通路を移動する時は通常真ん中を行く。
壁際が一見良いように思えるが、視界から外れるところが広くなるのと、壁からの兆弾が怖いのだ。
曲がり角の場合は、直前で壁際に寄る。
「左側、クリアーでい!」
「正面、クリアーでござる」
「オールクリアー! では、要救助者の方へ行きましょう。フォルちゃん、指示してちょうだいな」
「はいですぅ」
部屋の中は天井の一部が崩落し、瓦礫が沢山落ちてきている。
中央にあっただろう祭壇らしきモノも砕けていて、原型をとどめていない。
「この下ですね。ではマム、リーヤさんは後方の警備を御願いします。僕、ヴェイコさん、ギーゼラさんで瓦礫を取り除きます。フォルちゃん、キャロリンさんに連絡、挫滅症候群の可能性があるので、救命処置の準備をお願い致します」
僕は、皆に指示を出した。
「挫滅症候群とは一体何なのじゃ?」
リーヤは少し緊張気味に、拳銃を下向きに両手で持ち、僕に聞いてくる。
……安全装置は解除するも、トリガーには指を掛けていないし、銃口を下に向けている。初弾をチャンバーに送っていたのは見ていたし、拳銃の取り扱いとしては100点満点だね。
「簡単に言えば、瓦礫で潰されていたところは血があまり通っていないので筋肉が死に掛けます。その死んだ筋肉が壊れていくのですが、急に重石を取り除くと死んだ筋肉から悪いものが体中に一気に流れて、最悪心臓が止まったり尿毒症になって死んでしまいます」
阪神大震災で助け出された人が大した外傷もないのに急死した事例があって、それ以降この症状が広く知られるようになった。
「それは怖いのじゃ! いかな魔族でも限界はあるのじゃ!」
おそらく生き埋めになってから既に60時間以上は経過している。
確か、災害救助に「72時間の壁」というものがある。
慌てず急がず、しかし時間の余裕があまり無い事案だ。
「こちら、キャロリン。そちらで処置したいから、誰か迎えによこさせてくださらない?」
「了解よ。では、わたくしとギーゼラで迎えに行きます」
「あいよ!」
さあ、ここからは時間との対決だ。
◆ ◇ ◆ ◇
「あら、行方不明のジェミラ伯がこんなところにいらっしゃるなんて」
マムは、生き埋めになっていた被害者の顔を見て驚く。
「確かに、ここはジェミラ領内ですが、どうしてここにいらっしゃったのかしら? 生き埋めになったという事は、バケモノ発生時にここにいたという事でしょうし」
僕は、瓦礫を徐々に取り除きながら不思議に思う。
……まさか、重鎮の伯が事件の黒幕? でも、黒幕が生き埋めというのもおかしいな?
「う、うぅ」
「あら、気が付かれましたか。もう少し辛抱なさって下さいませ。今、救助と処置をしていますから」
キャロリンが瓦礫から出てきた腕に輸液を開始した時の痛みで、オレークが意識を取り戻した。
「ワ、ワシは……」
「はい、言いたい事があるのなら、元気になってからにしてください。まだ貴方は危険なんです。罰を受けるにしても報告をするにしても、まずは元気になってから。そうじゃないと、イタイ治療しますよ」
キャロリンはワザと怖そうな顔をして、何か言いたそうなオレークの口を酸素マスクで塞いだ。
「う、うむ」
「はい、良い子です。もう少し頑張ってくださいね」
まるでお母さんが子供に言うように話すキャロリン。
「あまりバイタルが良くありません。出来るだけ急いでお願いします」
キャロリンは表情を変えずに、ぼそっと日本語で僕達に呟いた。
「分かりました。フォルちゃん、オートマトンにも作業をさせて下さいな」
「はいですぅ」
◆ ◇ ◆ ◇
「どんな感じですか?」
僕は、遅くなった昼食&早目の夕食を兼ねて料理の準備中。
シームルグ号から眼を押さえながら出てきたキャロリンに、横に置いてあったスポーツ飲料を渡しながら、オレークの病状を聞いてみた。
「一応は、なんとかってところかしら。高カリウム症防止の大量輸液に重炭酸ナトリウム、グルコース、インスリン、グルコン酸カルシウムの投与で致命的な症状が起きるのは阻止できましたわ」
ペットボトルの飲料を一気飲みしたキャロリン。
「後は、手足や肋骨の骨折はありますけど、こちらは慌てた事は無いので、添え木で十分。流石、生命力に溢れる魔族種ね。ヒト種なら間に合ってないわ。災害時に起きる症状に対応できる薬剤を仕入れておいてラッキーね」
僕は、キャロリンからの報告を受けて一安心した。
「どうもありがとうございます。キャロリンさんの手腕が無ければ助けられませんでした」
「いえいえですわ。いきなり瓦礫を取り除かずに、まずワタクシに連絡してくれたタケちゃんの手柄でもあるの。でも、挫滅症候群についてよく知っていましたわね」
キャロリンは、釜戸の火力調整の為にしゃがんでいた僕の頭を撫でる。
「もー、僕を子供扱いするのは辞めてくださいな。挫滅症候群の事は、確か医療ドラマとかで知って、それから勉強したんです。日本では地震とか多かったですから、知っておいたほうが良いですしね」
阪神大震災、東日本大震災、そして迫り来る南海トラフ地震。
災害対策情報はいくら知っていても無駄じゃない。
それを生かす機会が来ない事を祈るだけだ。
「あら、今度はキャロリンに甘えているのね、タケちゃんは」
僕の頭を撫でているキャロリンを茶化すマム。
先ほどまで周囲の調査に行っていて、今帰ってきたようだ。
「だって、タケちゃんのおかげで1人助けられたのですもの。褒めてあげなきゃね」
「そうなの。じゃあ、わたくしも褒めてあげなきゃ」
そう言ってマムも僕の頭を撫で出す。
……この展開だと、後に来るのは……。
「あー、またタケが此方以外の女性に構われているのじゃぁ! タケは此方のモノなのじゃぁぁ!」
「タケっち、今回も大活躍だったもんね。アタイも頭撫でてあげよーっかな」
「タケ殿。羨ましいというべきでござるのか、大変だというべきなのでござるか。なむでござる」
もうお約束の流れで、僕達は笑いあったのだ。
なんとか人命救助が出来たタケ君達です。
なお、こちらに書かれた挫滅症候群は、実際に起こる症状です。
災害時、救助する際にはご注意を。
医師が近くに居ない場合、最悪圧迫されている部位を紐でくくり、死滅筋肉からのカリウム等を心臓に送らないようにした方が良い場合もあります。
詳しくは救命救急の最新情報をご参照下さいませ。
では、明日の更新をお楽しみ下さい。




