7 エルフの憂鬱
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霧は上機嫌で秋山を高坂のベッドへ座らせると、自分はその隣に座る。それから高坂に、「ねえ、ジュース買ってきて。お茶とかも」と我儘を言い出した。
「何で俺なんだよ」
「仕方ないじゃん、ここって水道水とコーヒーしか無いんだから」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
霧の言いように憮然とした高坂だったが、しかしベッドに座る二人の女子を見て彼はボサボサの髪を掻きまわし、「まあいい、わかった」と頷いた。
最寄りのコンビニは秋山の職場で、彼女は今、そこから退勤したばかりである。一方で霧は有名バンドのボーカルであり、コンビニに行くだけでも目立ってしまうだろう。
結局のところ誰が買い物へ行くのが適任かといえば、言うまでも無く高坂良なのであった。
高坂は「すぐ戻る」と言い、エルフの女と青髪の女を部屋に残してコンビニへ行く。その道中、ふと不安に駆られてアパートの二階、自室に目を向けた。
窓枠、カーテンの隙間から光が漏れて、何となく部屋が温かそうに見える。一人で出かける時、電気を消し忘れた部屋を忸怩たる思いで見上げるのとは違い、苦笑した。
――そんなことは、どうでもいい。
考えてみれば二人は初対面で、一人はエルフという日本における少数民族であり、今一人は超有名なバンドのボーカルだ。
一方的にエルフの方が霧を知っている、ということは良いとしても、会話が噛み合うのかが不安であった。
だから買い物を済ませると、高坂は急いで自室へ戻ったのだが……、意外にも二人は仲良くしていたようだ。
二人は高坂と霧がやっていたレトロゲームに興じ、「うわぁぁ!」だの「やられたー!」だの「陽華ちゃん強い!」「霧様は攻撃に移る時、肩が動くのだ。だからわかる」などと話している。
――ただし、ベッドに座る秋山は眼鏡と帽子を外していた。
そのせいでキラキラとした金髪が背中に流れ、長く尖った耳が頭の横から覗いている。
後ろから見てさえ神々しい程にその姿は美しく、超有名ボーカルであるはずの霧さえ、高坂の目には霞んで見えるのであった。
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高坂がコンビニで買ってきたものは二リットルのお茶とジュース、それから忘れてはいけないのが紙コップであった。霧と二人なら一つのカップでも凌げたが、三人となれば、そうはいかない。ましてや、相手がかつて憧れを抱いた秋山=エルフィーネ=陽華とくれば猶更だ。
あと蕎麦だけでは寂しいと思い、いくつかの総菜も買った。それから歯ブラシやタオルもだ。
事情はどうあれ霧が一日泊まったことに変わりはなく、彼女が帰るとしてもシャワーくらいは浴びるだろう、その為に道具も必要だと思ったのだ。
とはいえ、それを秋山に見せることは躊躇われた。だから彼は冷蔵庫へジュースや総菜を入れる時、こっそりとユニットバスへ繋がる廊下の隅へそれらを置いていた。
何もやましいことがある訳ではないのに、自分の行動に釈然としない高坂である。
それから蕎麦を茹でる為に湯を沸かし、レンジで総菜を温めた。ゲームに興じる二人が、料理などするはずもない――と諦めた為である。
「二人とも、どのくらい食う?」
「超食う! 大盛いっちょう!」
「すまんな、高坂。わたしも手伝うぞ」
「陽華ちゃんはここでゲーム! あたし、せめて陽華ちゃんには勝ちたい!」
「いや、しかし……」
「いいって。で、秋山はどのくらい食うんだ?」
「うむ――普通の一人前で良い。わたしは小食でもなく大食いでもないからな」
「わかった。待ってな」
高坂の質問に答えながらも、二人は相変わらずゲームをやっていた。
だというのに総菜が温まったことを知らせる音楽が鳴ると、「へへ」とニヤニヤしながら霧が現れ、レンジの中から熱々の総菜を取っていく。ついでにチューハイとビールを冷蔵庫から盗んでいた。
「おい、俺は何の為にお茶とジュースを買いに行ったんだ?」
「気にしない、気にしない! 先輩、いちいち怒るとハゲるよ!」
肩を竦めて酒を盗む霧に、もはや有名ボーカリストとしての尊厳は無い。コソ泥のように忍び足で、再び陽華の座るベッドへと戻って行った。
「ねえ、陽華ちゃん。飲める? 今いくつ?」
「……むろん、飲めるぞ。二十七だからな」
「えっ? 見た目十代だから……でもそうだよね。先輩と同い年なんだし」
「うむ――十七歳から二十七歳程度では、それほど見た目は変わらん」
「いいなぁ、エルフって」
「そうか? ――わたしは少し寂しい。人間の中にいると、自分だけが取り残されたような……、そんな気がするのだ」
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