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3 満月の夜

 ■


「元気だったか?」


 どこか不貞腐れたような、秋山=エルフィーネの言葉だった。彼女は少し唇を尖らせて、そっぽを向いている。高坂は頬を指で掻きながら、同じく目を逸らして「ああ」と言った。彼女が綺麗すぎて、照れ臭かったのだ。


「まさか、お前が隣に引っ越してくるなんてな……」

「嫌なのか?」

「じゃなくて、凄い偶然もあるもんだと驚いた」

「……そうだな。そんなことより」

「ん?」

「今夜は月が綺麗だな……高坂」

「ああ、満月だからな」


 秋山は大きく頷いて、月を見上げた。その仕草は高校生の頃と同じだった。文化祭が終わった夜、みんなで空を見上げ、充足感を味わったあの瞬間と――……。


 そういえばエルフの成長速度は、だいたい十五歳頃まで人間と同じだが、それ以降は半分のペースでしか老化をしないらしい。要するに四十歳でようやく人間の二十歳に達するということだ。


 それなら秋山=エルフィーネ=陽華を人間に置き換えれば、まだ二十歳にも至っていないことになる。そうと気付いて高坂は、改めて種族の差というものに思い至るのだった。


 だがそうした高坂の内心には気付かず、秋山は言葉を続けてく。


「祖父の話ではな、こうした月夜の晩には、ウェアウルフが出るのだそうだ。彼等は遠吠えをして、狩りにに出る。だから今日のような日、若い娘には家から出るなと――よく言ったものだそうだ」

「へぇ……亜人ってやつか。そういうファンタジーなのも、ちゃんといたんだな」

「知らん。わたしが直接見た訳ではないからな。だが、見てみたかったな、とは思う」

「なんだよ、そりゃ」

「……興味がある、そういうことだ。邪魔したな」

「いや、邪魔ってわけでも……」

「そうか? でも、出かけるのだろう? でなければ、この時間に部屋の外へ出てくることはあるまい」

「ん、ああ……そうだな」

「わたしはこれから、部屋の片付けをせねばならん。引っ越したばかりだし、開いていない段ボールばかりなのだ。明日は朝からバイトだし、急がねば」


 そう言うと、秋山は自分の部屋の鍵を開け、さっさと中へ入って行った。取り残された高坂は「ふぅ」と小さく息を吐き、腕を組む。

 部屋の片付けをする――ということなら、手伝ってやろうか? と声を掛けるべきだったか。七割の親切心と三割の下心がせめぎ合い、結局のところ彼は素直にコンビニへと向かうことにした。


 仮に手伝ったとして自分がそれから先、何を望んでいるのかが分からない。秋山との友情を新たに結ぶのか、それとも十年前に諦めた恋心に再び火を付けるのか。

 少なくとも彼女と、そのまま一夜の関係になれるとも思えなかったし、そうなりたいとも思わなかった。


 コンビニから戻った高坂はビールを片手にダウンロードした映画をタブレットで見つつ、休日前の優雅な夜を満喫することにした。

 しかし隣の部屋にエルフの秋山がいると思えば、奇妙な高揚感がある。そこにアルコールという燃料が加えられた結果、彼はこの日、まったく睡魔が訪れないのだった。


 ■■■■


 その日の深夜――いや、朝方だろうか、高坂がアルコール度数九パーセントという悪魔のような酎ハイを片手に闇の中で揺蕩っていると、玄関の方からドンドンと音がした。

 酔いも手伝って恐怖心も無く、高坂はフラフラと玄関へと歩いていく。「はいはい~」などと呑気な声を出すことも忘れない。もしかしたら秋山だろうか――という淡い期待も抱いていた。


 ――ドンドン。


 再び音がした。もう扉は目の前だから、明らかに外で誰かが叩いている。悪戯にしては質の悪い時間であった。

 高坂は「今開けるって」と多少は剣呑な声を出し、鍵を開けて扉を開く。不用心ではあったが、酔っ払いとは所詮そんなものであろう。


「せんぱぁい……!」


 外に居たのは秋山――ではなく大学時代の後輩であった。

 だがしかし、彼女はただの後輩ではない。今、最も売れているバンドと言っても過言ではない「シルヴラウ」のボーカルだ。


 つい数年前までは黒髪ロングであったが、今は青い髪で左目を隠すようにしている。耳には無数のピアスを付けており、黒いジャケットに黒いミニスカートを履いていた。

 小柄な彼女は全体的に猫をイメージさせる雰囲気で、クリクリとした大きな目はやや吊り上がっており、口と鼻は小さく整っていた。


 そんな女性に先輩と言われ家まで訪ねてこられたのは、高坂が数年前まで、このバンドでギターを弾いていたからだ。

 実際にはメジャーデビューをするか就職をするかという選択で、高坂は就職を選んでいた。兼業で良いならバンドは辞めたくなかった高坂だが……当時はまさかこれほど売れるとは思わず、内定を蹴ってまでメジャーデビューなどしたくないと思ったのである。


 これに大きく反対し、一時は「先輩が辞めるなら、あたしもバンドなんか辞める!」と言い張ったのが彼女――鍋島貴理子だ。

 そんな彼女に「お前はまだ学生だろ? 卒業するまでに売れなかったら辞めればいいわけで……やってみてもいいだろう。応援するからさ」と言い、高坂は彼女がバンドに残るよう説得をした。


 そんな鍋島だが、バンドではきりと名乗っている。近頃では熱心なファンから霧様と呼ばれているらしい。その言動がいかにも男前で、ツイッターが炎上することもしばしばである。

 しかし、今の彼女にそんな面影はない。もはやただの酔っ払いであり、高坂の部屋の前でだらしなく座り、トロンとした目で甘えるように高坂を見上げていた。


「せんぱぁい! ろーしてこんなところに、ひっこしちゃっらんれすかぁ~~!」

「……家賃が安いからだよ」

「なんれぇ~~~?」

「転職したからだよッ! ったく……そもそも何で、ここが分かったんだっての!」

「せんぱいのぉ、実家にぃ、電話してぇ、教えて貰いましたぁ~~~! そんなことよりぃ~~!」

「そんなことより、何だよ?」

「月がぁ、綺麗です、ねぇ~~~!」

「……満月だからな。まあいい、とりあえず入れよ」

「はぁい!」


 ふにゃりと敬礼して立ち上がり、霧はヨタヨタと高坂の部屋へ入っていく。勝手はまるで知らないはずなのに、適当に服を脱いでベッドへ横になると、彼女はすぐに寝息を立て始めた。


 高坂は一気に酔いの醒めた額に手を当て、「ああ、もう……」と一人呟く。

 それからスマホに目をやると、lineのメッセージがいくつも入っているのに気が付いた。そのどれもが昔のバンドメンバーで、「霧を探している、知らないか?」「霧に連絡してくれ。良ならきっと反応するはずだから!」といったものばかり。


 それらを今日は見なかったことにして、高坂はベッドの下で腕を枕に寝転がる。目が覚めたら霧が家に帰るよう説得すると決めてから、彼はそっと目を閉じるのだった。

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