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【20】











 イヴレフ公爵家から正式にファトクーリン伯爵家に縁談の申し込みがあった。母などは「レーシャでいいのかしら」と言うが、名指しで来たのだからいいのだ、と父と長兄が押し切った。母はやはり不安そうだったが。


「おっとりしているレーシャが、公爵家を切り盛りできる?」

「奥向きの手配などはできると思うけれど……」


 頬に手を当てて首をかしげる。今も母が先走りすぎた際の調整などをセラフィマとともに行っているのだ。家政に関してはそれほど不安はない。


「むしろ、あちらの家の方と意思疎通ができるかが心配です」


 言い切る前に、「ほら! そうでしょう!?」と母が言葉尻を捕まえるので、レーシャはため息をついた。手を挙げて母を止める。


「お母様、心配してくれるのはありがたいけど、そこまで心配されるほど私は頼りない?」

「何を言ってるの? 心配しない方がおかしいじゃない!」


 レーシャが心配だという母は、レーシャがおっとりしていてはっきり意見を述べないこと、自己主張をしないこと、人と会話ができないことなどを述べていくが、同じ話が三巡目に入ったところで、レーシャは再び手を挙げて母を止めた。


「……私と会話が成立しないのは、お母様くらいよ」


 と、現実を突きつけておく。姉のセラフィマや妹のミラも母と同じく、話を自己完結してガンガン話を進めていくタイプだが、セラフィマはレーシャが何か言いたそうにしていると察してくれるし、ミラも母ほど強引ではない。まあ、ミラには何度か勝手に「いいわよね」と言われてドレスの注文などをされたことはあるが。


「もう! ニキータみたいなことを言わないで! ただでさえ似てるのに!」

「……とにかく」

「そんなことでは、せっかくの縁談もなくなってしまうじゃない!」


 これだ。母はレーシャが口を開いたのにも気づかずに自分の考えをまくし立てる。ため息をついたレーシャは、ぱん、と手をたたいた。驚いた母が話をやめる。


「とにかく、お母様はもう少し相手の話を聞くべきだと思うわ。お父様の話もよく遮ってるの、気づいてる?」


 父もおっとりした人なので、てきぱきと話を進めてくれる母に好感を持ったのだと思うが、何事にも限度というものがあるのだ。尤も、子供が生まれる前は母ももう少し人の話を聞いたそうだ。年を重ねて、子供を育てているうちにこうなって言ったと思われる。中の中程度の貴族であるファトクーリン家は使用人も雇っていて、乳母もいたが、母も子育てに参加していた。小さい子供がたくさんいるなんて、家の中は毎日戦争である。ついでに上から二番目のニキータが、子供のころからなかなかの変人だったそうだ。


「……なによ。ちゃんと話せるじゃない」

「いつもお母様が遮っていただけだってば」


 まあ、レーシャがどうせ聞いてくれないから、としゃべらなくなったのも事実なので、完全には正しくはない。今も、父やニキータが母の話を遮るときにしていたことをまねしただけだし。自分にもやればできるのだ。


「私とルスラン様は同級生よ。お互いの性格もそれなりに知ってる。大丈夫よ」

「まあ、それもそうね……でも、本当にあなた、ニキータに似てきたわよ。何とかした方がいいわ」


 一拍置いても母が話始めないので、一応、レーシャの反応を見ることにしたようだ。


「言われるほど似てないと思うのだけど」


 兄弟の中では一番似ていると思うが、母が気にするほど似ていないと思うのだが。多分、他の兄弟に聞いても同じことを言うと思う。


「二人とも、ちょっと変じゃない。手段を選ばないところとか、策略を練る感じとか。可愛げがないのよ」

「……」


 さすがに母にきっぱりと可愛げがないと言われるとショックなのだが。いや、可愛げはないかもしれないけど! 親が娘に面と向かって言うセリフではない。母も気づいたらしく、「ニキータの話よ!」と慌てて言った。


「あの子ったらこっちの心配も気にかけず、勝手に官僚になるし、家を出るし、お嬢様にアタックして砕け散るし、家に帰ってきたと思ったら変なお土産持って帰ってくるし、たまに社交界で噂を聞いたと思ったら、なんか変な根回しをして事件を解決した、とかいうじゃない」


 怒涛の文句が出てきた。曰く、ニキータは平時の変人、有事の有能なのだが、母はこの平時の変人の方が気に入らないのだろうか。


「まあ、あの子はそういうものだと思ってあきらめてるけど」

「私もそういうものなので、あきらめてください」

「……」


 母は複雑そうな表情をした。男なら多少変なところがあっても、才能が有ればある程度何とかなる。だが、母の中では女はそうではないようだ。


「……そうね。もし、縁談がダメになったら、ずっと家にいればいいわ」

「さすがにそうはならないと思うわよ」


 たとえ縁談がダメになっても、ニキータと同じように宮廷に勤めたりすると思う。


「大丈夫だ。レーシャはおっとりしている分、ニキータより可愛げがある」


 ここまで存在感が皆無だった父が口を開いた。ここは父の書斎なので、いるのは当たり前なのだが、全く存在感がなかったので忘れていた。


 妻と娘に、「いたの」と言わんばかりの顔を向けられた父はすねた。


「その図太さがあるなら心配ない。前にも言ったが、あまり干渉しすぎるな、ジーナ」

「……わかっているわ。レーシャももう十六歳だものね……」


 ニキータが家を飛び出していったのが、学院第六学年の十七歳の時なので、レーシャの今の年齢と一歳しか違わない。弟が飛び出していったのをみて、クラウジーが「俺もやればよかった」とうなだれていた。暫定跡取りのクラウジーは連れ戻されたと思うけど。










 一方、学院では新たな局面に直面していた。レーシャをいびっていたエカテリーナが逆にいじめられるようになっていた。侯爵令嬢の彼女をいじめるなんてなかなか度胸がある。いくらアニシェヴァ侯爵家が落ち目だと言っても、高位の貴族なのだ。貴族社会は身分がものをいう。だから、伯爵家のレーシャが侯爵家のエカテリーナにいじめられようが、見て見ぬふりをされた。


 しかし、いじめられると人は中庭に集まるのだろうか。中庭のベンチに座っていたレーシャは、サンドイッチをほおばったまま、目の前に来たエカテリーナを見つめた。


「……一緒に食べますか」


 そう言ってベンチの端による。エカテリーナは顔をしかめた。


「あなた、私があなたをいじめていたの、忘れたの」

「忘れたわけではありませんけど」


 レーシャは首をかしげる。


「もう、エカテリーナ様が私をいじめる理由、ありませんよね」

「あなたがイヴレフ公爵の孫息子と婚約したのに?」

「エカテリーナ様はご自分の立場をわきまえている方だと思っています」

「うわ、それ嫌味!」


 いやそうな顔をしながらもエカテリーナはレーシャの隣に座ってサンドイッチを食べ始めた。エカテリーナは馬鹿ではない。自分が求められている立ち振る舞いをわかっているだろう。よって、レーシャをいじめるような愚かな振る舞いはしない。


「エカテリーナ様こそ、私が意趣返しをするとは思わないのですか?」

「するなら、もうとっくに私は退学になってるわよ」


 むすっとしてエカテリーナは言った。すでに一度停学になっているので、退学に追い込むのは簡単だろう。レーシャは苦笑するにとどめた。


「おっとりしているのに、本当に食えない人ね」


 きっ、とエカテリーナがレーシャをにらむ。レーシャはおっとりと首を傾げた。


「……私は、こんなエカテリーナ様がどうして意地悪に振る舞っていたかの方が気になります」


 ツンが強いが意地が悪いわけではないと思うのだが。ふん、とエカテリーナは鼻を鳴らした。


「あなたのそういうところが嫌なのよ」


 そう言いながらも、エカテリーナはおっとりしたレーシャと昼休みいっぱいおしゃべりして午後からの授業に向かっていった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


おっとりしているレーシャですが、思考が遅いわけではないので母が心配しているようなことはありません。


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