もったいない
313
翌朝、目が覚めてすぐに畑を見回った。術弾を追加して結界を張り直し、結界の内外に散らばっているウサギを拾う。昨晩、ハナ達が狩った分だ。もちろん、今朝畑に入ってきたウサギは、即、狩っておく。
収穫作業を始める前には、農具小屋から、小さな荷馬車を借りた。赤根の入ったかごを、一つ一つ持ち運ぶのが面倒になったのだ。これを、ムラクモに引いてもらう。
「・・・立派な馬なのに、なんかもったいない気がするわね」
「本人、いえ、本馬がやる気になってるんです。やらせてあげてください」
ご褒美のグラッセを狙っているのだろう。・・・一人で収穫物全部食べる気じゃないだろうな?
「ふふ。それじゃあ、今日もよろしくお願いします」
「はい、頑張りましょう!」
外のウサギはまだ減らない。畑が風上なのでよくわからないけど、昨晩の狼の声からして、まだうようよいるようだ。ほんとうに、さっさと収穫を終わらせないと!
結界内に入ってくるウサギはずいぶんと減った。ユキとツキが張り切っているから。入り込めても、自分の指弾と槍ですぐに動かなくなる。
「すごいわねぇ。その腕で、ギルドに登録していないの?」
「はぁ、なんとなく、しそびれちゃいまして・・・」
というより、したくない。
「・・・そういう人も、いるのかもねぇ」
ここにいます。
収穫された赤根は、水洗いして土を落とし、乾燥させた後、倉庫に運び込む。
昼食を挟んで、黙々と作業を続ける。
暗くなる前に、旦那さんが帰ってきた。あ、
結界に激突した。
「〜〜〜何だこれは!」
「すみません! ウサギが入り込まない結界を張ってました!」
結界を解除し、旦那さんが入ったところで、また、術弾をばらまきにいく。
「彼女は誰だ?」
「頼もしい助っ人よ。収穫もあと三分の一くらいよ。それに、畑の被害がほとんどないの」
「ばかな! あいつら、数百匹はいるんだぞ?!」
「畑と倉庫を見ればわかるわよ?」
いえ、そこには収穫物しかないでしょ? 畑の向こう側から、思わずアララさんに突っ込んでみる。だって、聞こえちゃったんだもん。
術弾を展開し終わると、結界を張る。後一日で終わるかな〜。
結界が解除された時に入り込んだウサギを、素早く仕留める。こんだけ数をこなせば、ウサギの血抜きも慣れるもんだ。
ついでに、外のウサギも回収しておくか。血臭消しの水も用意する。
「な、な、な」
「ね? それよりも、戻ってきたんだから、さっさと赤根を洗ってちょうだい!」
「お、おう。わかった!」
旦那さんは、乗っていた馬の手入れを済ませると、収穫後の洗浄作業に取りかかった。
自分は、ウサギの回収を終わらせ、アララさんの収穫作業に加わる。
「ちょーっと、頭が固いけど、ちゃんと報酬は払うから! って、あら? 報酬額とか相談したかしら?」
「ぜーんぜんしてませんでしたねぇ。まあ、今更ですし。収穫が全部終わってからでもいいんじゃないですか?」
「・・・いいのかしら?」
「自分がいいと言ってるんだから、いいんです」
「おい! なんで、葉までこっちに持ってくるんだ?」
「助っ人さんが要るんですって! 捨てるんじゃないわよ? そうだわ、ついでにそれも洗っておいてね!」
仕方なしに葉も洗っている旦那さん。
「あれは、後で自分が洗いますよ?」
「いいのよ。こういう時ぐらい、しっかりと働いてもらわなくっちゃ!」
・・・この世界の女性は、そろって逞しいようだ。
夕方になり、今日の収穫作業も終了する。
今日も、ユキ達に畑の見回りを頼む。その様子を見て、旦那さんが目を丸くしている。
「・・・あんた、結界も張ってたよな? それで、従魔がいるって、ありえねぇ。いや、本当に大丈夫なのか?」
「何言ってるのよ、あなた。昨日も今日も一緒に働いてくれてたわよ? それに、しっかり食べてもらってるんだから! いえ、もうちょっと食べてくれてもいいのよ?」
「あ〜、はい。今日もご馳走になります〜。
そうだ、また、ちょっと作りたい物があるんですけど、オーブン、借りられますか?」
「あらまあ。いいわよ!」
牛の乳と小麦粉とパンをわけてもらう。外のかまどで湯を沸かし、人参と葉をゆでる。次に、乳と小麦粉とバターでホワイトソースを作る。ひっさしぶりに作ったが、だまにならずにすんだ。塩こしょうで、味を整える。ロックアントの容器を取り出し、内側にバターを塗る。便利ポーチから、ジャガイモをとりだし、容器に人参とその葉、ジャガイモとパンを並べて、ホワイトソースを掛ける。
台所のオーブンで、焼きめがついたら出来上がり。
「・・・見たことない料理だな」
「そうね。これも、赤根の葉を使ったの?」
「そうですよ。まずは食べてみてください」
肉なしパングラタンだ。本当は粉チーズもかけたいところだけど、ここにない物はしょうがない。
シンプルな味付けだが、悪くはない、はず。
「へぇ。なんて言うか、シチューに似てるな」
「そうね。でも、シチューよりも味が濃い、のかしら?」
「これも、バターを使ったので。それの味じゃないですか?」
「まぁ。またまた、贅沢な料理だったのね〜」
「赤根の葉が、食えるとは思わなかったな」
余分に焼いたグラタンは、少し冷めたところでムラクモ達にも食べてもらう。肉が入ってないから、どうかと思ったが、ユキ達はそれなりに喜んで食べてくれた。ムラクモはお代わりが欲しいようだ。
「ごめん。これしか作ってないの。また今度ね」
グラッセも作っておいたじゃないか。そんなに、未練がましく空の器を見るんじゃない!
「そう言えば、名前を聞いてなかったな。俺は、グリンという。女房が世話になった!」
「あ、はい。こちらこそお世話になってます。アルファ、といいます。よろしく」
「? アルファっていやぁ、ローデンでなんか新しい砦作って、あちこちの都市にお披露目したって。その砦の名前じゃなかったか?」
「まあ、そうなの?」
こんなところにまで! ローデンの王宮連中には後で絶対にお仕置きしてやる!
「え〜、関係者と言えなくもないと言うか関係ないと言うか。ともかく、自分の名前はアルファです。よろしく」
「・・・そうか」
「あんまり、聞かれたくはなさそうね」
「そうしていただけると助かります」
「大事な助っ人さんだもの。そうよ! ギルドはどうなったの?」
「それがなぁ」
集落でも人参を作っているが、畑の位置が集中していて、また集落の人たち総出でウサギに対抗するので、被害は少ない。
グリンさんの農園は集落から少し離れたところにある。彼によれば、この場所が、一番人参栽培に向いている、のだとか。そのせいか、品質もぴか一、襲撃のひどさも集落の比じゃない。例年は、多少の被害は出しつつも、息子さん達と雇ったハンターで、なんとかやっつけていたそうだ。
ところが、今年は、ガーブリアの災害の所為で、息子達はいつ帰ってくるかわからない。
くわえて、シンシャの上層部は半分パニックに陥った。さらに、災害予測レポートにある「魔獣の暴走」の対策のために、ハンターの大半が押さえられてしまっている。なので、依頼はあっても引き受け手がいなくて困っているそうだ。
頼みの騎士団も、ガーブリアとの連絡手段を確立させる実験に人手を割かれて、なかなか手を貸してくれない。
「つまり、ハンターは誰も来ちゃくれない。って、ところだったんだ。だけど、あんたが来てくれた。本当にありがとう!」
「いえ、お役に立ててよかったです。自分もこうしておいしい料理を頂けたわけですし、お互い様でしょ?」
「ばかいえ! あんだけのウサギを捕りまくったんだ。並のハンターじゃ、畑の半分はウサギに食われてたところだ!」
「そうそう! それに、赤根の葉のおいしい食べ方も教えてもらえたし」
「でも、あれは、バターがないと・・・」
「ふふふ、牛の乳からもバターは作れるのよ! うふふ、楽しみだわ!」
あ、そうか。居留地で貰ったのは山羊の乳から作ったバターだ。うん、牛の乳からも作れるね。
「・・・誰が作るんだ?」
「もちろん、あなたよ?」
「・・・まえに、手間がかかりすぎるから、もうやめよう、って言わなかったか?」
「前は前、今は今、よ!」
「その前に、赤根の収穫、最後までやっちゃいましょうね?」
「! そうね、そうよね。忘れてたわ」
アララさん、目下の大仕事を忘れちゃ駄目でしょ?
今夜も、結界を見回って、ついでの狩りもすませてから、休んだ。
翌日、朝から働いて、昼前にすべての収穫が終わった。
人参が畑からなくなったせいか、ウサギの数ががくんと減ったし、モグラの侵入も途絶えた。
う〜ん、人参のウサギ寄せ効果、恐るべし。ロックアント消化液の消臭効果もあるのかもしれないけど。
そこで、アララさんがやっと思い出した。
「そうだわ! 報酬の相談をしなくっちゃ!」
「おまえ! そんな大事なことをなんで最初にしとかないんだ!」
「えーと、ちょうど通りかかった時にはすでにウサギでいっぱいで、それどころじゃなかったような」
「そうなのよ! でも、おかげで、例年よりも収量は多かったし、助かったわ!」
「だから! 報酬はどうしたらいいんだ?」
「・・・どうしましょう?」
「・・・早めに昼食にして、その後、相談しませんか?」
「・・・そうだな」
「そうしましょうか」
昼食後。
今期の収穫量は、保存用のかごの数から平年の二割増であることがわかった。例年、取引している量は売れるとしても、残りは買い手がないと判断された。
自分達が狩ったのは、ウサギが四百二十七羽、モグラが三十六匹。ユキ達が追い払いきれずに仕留めた狼が二頭。
二人は途方に暮れた。
「ウサギばっかり、こんなに。買い取れないわ」
「いや、シンシャでも無理だろう」
「赤根も、たくさん。出来は最高なのに」
「・・・そうだな」
こういった討伐依頼の場合、狩った獲物は依頼者が買い取るが、事前にギルドと契約していればそちらに売ることもできる。が、今回、ギルドを通さず飛び入りで雇われているので、後者の手段はとれない。
また、人参の在庫が見込まれる分、赤字はまちがいなし。
それで、困っているわけだ。
「相談なんですが」
「・・・ええ、なにかしら?」
「ハンターの依頼料で、狩った獲物を買い取る、ってのはどうでしょう?」
「でも、こんなにたくさん! あなた、売れないでしょ?!」
「これも内緒にしておいて欲しいんですが、自分のマジックバッグは、保存期間が長いんです。なので、小出しにして売ることができます」
「・・・まあ、そうなの。まあ」
「あとですね? 余剰分の赤根とその葉は、別口で買い取りしたいんですが」
「アルファさん、商人じゃないんですよね?」
「自分は猟師です。ただ、それなりに知人もいるので、彼らに協力を頼めばなんとかできるとおもいます」
「でも、でもでも」
「こんな立派な赤根を無駄にするなんて、もったいなさ過ぎます!」
「だがなぁ」
「それで、この状態だと自分でも運べないので、加工したいのですが。その間、作業場をお借りできませんか?」
「それくらいならいくらでも!」
「なにか、手伝えることはあるか?」
「・・・お願いしていいですか?」
まずは、人参を二センテの輪切りにする。それをゆでて、ザルで水切りする。それを、自分が取り出したマグカップ様のふた付きケース(内緒のロックアント製)に入れていく。次は、葉をゆでる。水気を切ったあと、程よい大きさにして、やはりふた付きケースに入れていく。
ただし、量が半端ない。三人掛かりで、一日かかった。
「どうして、火を通すの?」
「その方が、野外で調理する時に時間がかからなくてすむんですよ」
実は、生のままでは便利ポーチにしまえないから、なんだけど。
「・・・当分、赤根は見たくないぞ」
「もう一つあるんですけど」
「まだつくるのか!」
生の人参を、おろし金ですり下ろす。
「? この道具はなあに?」
「少しでも口当たりをよくするために使いました。小さなさいころ状に切った物でも作れますよ」
鍋に、すり下ろした人参をいれる。弱火にかけて、焦げ付かないように混ぜる。丁寧にあくをすくう。ぷつぷつと煮立ち始めた頃に蜂蜜を加え、さらに混ぜ続ける。やがて、人参の甘い香りが立ち始める。
「まあ。これ、もしかして?」
「はい、ジャムです。これなら、日持ちしますよ?」
本来は砂糖を使いたいが、これは本当に贅沢品だ。この辺ではなかなか手に入らないだろう。ただ、ここの農場の人参の糖度は高い。甘さの調節だけで、ジャムにできた。
別鍋で煮沸消毒して、乾燥させておいた瓶に移し入れる。これまた、結構な本数ができた。
うーん、茹で人参よりも、こっちをたくさん作っておけばよかった。まあ、ムラクモが期待してるし、あとでグラッセにしてあげよう。
食い気女子、ばんざい!
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おろし金
水晶製。金属ではないけど、おろし金。ロックアントで作ったら、生ものはすり下ろせなかった。主人公は、森で香辛料の加工に使っている。
街中には、金属製の物がある。治療師が薬剤の調合に使う。




