追うもの、追われるもの
312
居留地を出た口実が「調査」なんだから、[魔天]に向かうべきだよね。ということで、西に進む。
途中の小川で一泊することにした。暗くなる前に地図を広げて現在地を確認する。ここはシンシャの南東側にあたり、中間には城壁を持たない集落が点在している。シンシャの西側には小さな湖があり、そこで、魔術師さん達が実験したのだろう。
「集落を迂回して、シンシャの北側に出ようか」
南の街門では、灰まみれの姿を見られてるからな〜。ちょいと恥ずかしい。実験部隊と鉢合わせするのも遠慮したい。ということで、街を迂回して[魔天]に入ることにしよう。
昨日の宴会料理の残りを頂いてきたので、それを夕飯にする。モチロン、ユキ達にもわける。でないと、顔も手もよだれだらけにされてしまう。
居留地よりも狼達の数が多いようだ。少し、狩った方がいいのかな? でも、ギルドの調整なしに手を出すと、問題になりそうだしなぁ。
『防陣』を張って、休んだ。
朝、起きて驚いた。
一面のウサギだ。
いや、一面の、とまでは言わないが、臆病なはずのウサギ達が堂々と姿を現し、およそ北西に向かって移動している。群のあちこちで狼達が飛びかかっているようだが、数の多さに目がくらんで成功率は低いようだ。
って、どこに向かってるんだ?
ウサギのめざす方向に走っていく。
「!〜〜〜〜」
女性の悲鳴のようだ。
畑を取り囲むウサギをみて、絶叫している。多分、収穫直前の作物があって、それを狙われているのか?
急ぎ、畑を取り囲むよう術弾をばらまき、『防陣』を発動。
自分とムラクモ達は、結界を通り抜けて、女性に近寄る。
「なにがあったんですか?」
「! やっと来てくれたのね! 今年は間に合わないかと思ったわ!」
「? 自分は、ただの通りすがりですが。でも、お困りのようですね。手伝えることがありますか?」
ムラクモから降りて、そう話す。
「え? ギルドの依頼を受けて来たんじゃないの?」
「今、草原から来ましたよね?」
・・・
「ま、まあ、それはおいといて。畑をウサギから守ればいいんですよね?」
「え? え、ええ。ここに近づいているのは全部狩ってほしいのだけど」
「全部?」
「ええ。全部」
でっかいウサギは、畑に入ろうと『防陣』に体当たりしている。ざっとみて、百匹以上。
「ウサギを狙って、狼も来ているのよ。怖くて怖くて。ウサギがいなくなれば、狼も散ってくれるわ。毎年、そうなの」
「それって、ウサギはまだ来る、と?」
「ええ、数日はこんなかんじよ」
毎年来るのか、と聞いたつもりだったが、「数日」は襲来が止まらない、ときたもんだ。たしかに、数人のハンターを頼まなければ、対応しきれないよ。
畑には、ほうれん草に似た葉を持つ野菜が、キレイに植わっている。
・・・ぼーっと眺めている場合じゃないな。とにかく、ウサギ退治に取りかかろう。
「自分でよければ、お手伝いします。えと、従魔もいるのですが、気になりませんか?」
「従魔でも何でもいいわ! とにかく、あのウサギをなんとかして欲しいの! お願い!」
既に半泣きだ。
「わかりました。今は結界で侵入できなくなってます。畑に入り込んでいるのを先に片付けてから、外のウサギを減らしてきます。あ、自分、猟師のアルファと言います。よろしく」
「わ、私は、ここの農場のアララというの。よろしく。収穫しているから、何かあったら声をかけてくれるかしら?」
「はい。じゃあ、とりかかりますね」
早速、槍を放り投げる。さくっと、地面に刺さった。
ぎいぃぃぃ!
「え! な、何、今のは!」
「多分、ウサギじゃなくてモグラですけど。これも退治しちゃった方がいいですよね?」
がっくんがっくん、頭を振るアララさん。
とにかく、頭数が半端ない。ムラクモに、また、かごを担いでもらう。アララさんの近くと未収穫の畑にいるウサギに、片っ端から指弾を撃つ。ウサギの血が飛び散らないように、加減をするのが難しい! 倒れたウサギをムラクモが拾ってくれる。おお、助かる!
「ユキ、ツキ、結界の外のウサギを頼んでもいいかな?」
軽く頷くと、すぐさま結界の外に飛び出す。
「ハナには、狼を牽制してきてもらいたいんだけど」
大きく頷いて、これまた外に駆け出していく。声をかけつつ、今度は地面の音を聞いて、モグラの位置を探る。便利ポーチから数本の槍を取り出し、ちょいちょいと投擲する。うまく、首筋に当たってくれますように。
この槍は、サイクロプス事件の後で作った物だ。いつも、都合よく竹が生えているとは限らないから。
柄はロックアント製、穂先はダイヤモンドという、ある意味贅沢な一品。水晶よりも固くて魔術も通すもの、というコンセプトで材料を検討した結果、こうなった。炭に少量のミスリルを混ぜて、エイヤッと成型した。複雑な術は無理だが、風を纏わせるとか、ロックオンするとか、ぐらいなら魔術を乗せられる。
切り裂くのではなく突き刺すための槍なので、穂先は細長い。また、いくらでも投げられるように、大量に作ってある。
ウサギは、地表からだけでなく、畑の下から穴を掘って入り込もうともしている。どうも、モグラはその穴を利用して畑に入ってきたようだ。
『防陣』だと、地下からの侵入は防げない。槍でモグラを仕留め、地上に掘り上げた後、草原で練習した『埋切』で地下道を塞ぐ。。
結界内にいたウサギやモグラは、ひとまず片付いた。ムラクモをつれて、外のウサギを拾いにいく。
なんと、ユキとツキは、風の魔術を使ってのど笛を切り裂いていた。これは、丸焼きを作れ、という催促か? ・・・催促だよねぇ。
畑で集めたウサギ達も含めて、その場で血抜きをし、便利ポーチに放り込んでいく。自分が血抜きをしている間、ムラクモは、ウサギを拾って回る。かごがいっぱいになれば、次のかごをのせて、また集めてくれる。
ほとんどの獲物の血抜きが終わったところで、『桶』に水を溜めてロックアントの消化液をいれる。
「あ〜、散水の魔術なんて作ってなかった〜」
なのに、じょうろはある。自分がわからん!
血の臭いを消すために、ウサギが死んでいた場所に消化液入りの水を撒いていく。そりゃもう、むせ返りそうなくらい臭っているからね。いくら自分でも気持ち悪くなりそう。
匂いが減って、少しでも、集まってくる狼が減ることを期待したい。・・・が、生きているウサギが大量に群がってくる限り、減りそうにないな。まったく、このウサギ達は、どこからわいてくるんだ?
昼を少し回ったところで、ひとまず、畑の周囲からもウサギの姿は消えた。
「お昼にしませんか?」
アララさんに声をかけた。
「え? え、え! ウサギが、ウサギがいない・・・」
「多分、また午後になれば来ると思いますけど、その前に休憩しませんか?」
「あ、ああ、そうね。そうよね。おなかすいたわよね」
収穫したかごを担ごうとするのをとめて、ムラクモに頼む。中身は、
「人参?」
「この辺では赤根と呼ぶのよ。うちの赤根は、けっこう評判いいのよ」
住居に向かいながら説明してくれた。
「これの葉は?」
「苦すぎて、食べられないわよ?」
でも、どう見てもほうれん草だ。端っこを齧って味を確かめる。やっぱりほうれん草。
「少し貰ってもいいですか?」
「いいけど、馬でも食べないと思うわよ?」
「まあまあ」
アララさんが、昼食を用意している間、外のかまどを借りた。
湯を沸かしてさっと葉をゆでる。水気を絞り、適当に切り分ける。湯を捨てた鍋にバターを溶かし、切り分けた葉をほぐしながらいためる。塩こしょうで味付けして出来上がり。
ムラクモが興味津々で覗き込む。少しわけてやると、気に入ったようだ。でも、大量にはあげられない。シュウ酸の取り過ぎは馬の体には良くないからね。・・・たとえ、魔獣でも気をつけた方がいいよねぇ? って言ってるのに、まだ食べたいって?!
自分とアララさんが食べる分をとりわけ、残りの、鍋いっぱいのバター炒めはムラクモにあげた。パイプをくわえた水夫さんよろしく、もりもり食べている。パワーアップでもしたいのか?
ユキ達も帰ってきたので、作っておいたウサギ肉のバター炒めを出す。これも気に入ってもらえたようだ。
さて、アララさんはどうかな〜?
「できましたよ〜、って。あら、あなたの方が、早かったみたい」
「いえいえ、簡単な物しか作ってませんから」
取り立ての野菜をふんだんに使ったホットサラダに、ベーコンのような肉がこれでもか! とちりばめられている。その横には、スライスされたパンがかご一杯に入っている。
「ごちそうですね」
「ちがうわよ。ハンターが来ると思ってたから、これでも軽いメニューなのよ?」
「ふふ、確かに。ハンターやってる人たちは、たくさん食べますもんね」
「さ、召し上がれ」
「はい、『いだたきます』!」
サラダには、貴重な植物油を使ったドレッシングがかけられている。ハーブを効かせてあり、なかなかおいしい。
自分の作った、ほうれん草とウサギ肉のバター炒めも並べた。
「あら、まあ。あれだけ苦い葉っぱなのに、どうやって?」
「炒める前に、茹でるんですよ。それで、苦みが減ります」
「それだけじゃないみたいだけど」
「う〜ん、炒める時にこれを使ったことでしょうか」
小分けにしておいたバターを出す。
「! これ、輸出用の高級品でしょ? どうしたの?」
「二日前まで、草原の一族の居留地でお世話になっていて。そのときに、お土産だ、と言ってもらいました。売るつもりだったけど、そこに持っていけなくなったから、って」
「あ、あ〜。今は、ガーブリアには持っていけないものねぇ ・・・困ったわ〜」
「どうしたんですか?」
「うちの赤根も、ガーブリアに輸出する予定で作ってたから。シンシャとモガシだけでは、たぶん売り切れないわ。どうしましょう」
モガシは、シンシャの北にある都市だ。
「それなりに、日持ちはしますよね?」
苦笑いされた。
「どちらの都市でも、年間の消費量はだいたい決まってるから。余分な量が売れ残ることになる、でしょうねぇ」
「まあ、それは後で考えましょ。とにかく、収穫を終わらせなくちゃ。って、あれ? 旦那さんとかお子さん達とか、いらっしゃらないんですか?」
「旦那は、シンシャのギルドからまだ帰らないの。息子達は、ガーブリアで足止め、みたいね。今年の買取相場の相談に行ってたのよ」
・・・タイミング悪ぅ。
「自分が通りかかって加勢できたのは、アララさんの強運、なんですかね」
「ふふ、そうかもね! さ、それじゃ、午後の仕事に取りかかりましょうか!」
ウサギ達はユキとツキに、狼はハナに任せた。
アララさんが、人参を畑から抜いて、葉を落とし、かごに入れる。午後からは、葉も別かごに入れてもらう。自分とムラクモは、いっぱいになったかごを作業場に運び、別のかごを持ってくる。
便利ポーチの制限機能に引っかかって、根も葉もしまえなかったのだ。まあ、人参は、引き抜いた状態でも葉っぱとか根とか伸ばすからね。
夕方になって、収穫作業を止めた。まだ、三分の二ぐらい残っている。収穫が終わらない限り、ウサギの襲撃も止まらないのだろう。やれやれ、だ。
結界の外のウサギを、昼と同じように集めて回る。
三頭には、交代で夜間の畑の見張りを頼んだ。狼を近づけないことを優先してもらう。全部終わったら、おいしい料理を作ってあげるからね。そういったら、もうすごい意気込みで、ちぎれんばかりに尻尾を振った。・・・やっぱり、飼い主に似てくるのかなぁ。
夕飯には、アララさん特製のウサギのオーブン焼が出された。たき火の丸焼きとは違った焼き上がりで、とってもジューシー! 自分は、収穫した赤根を少しわけてもらい、バターグラッセを作った。これがまた、ムラクモの壺にはまったらしい。よだれが、よだれがすごい。
それを見て、アララさんは大笑いしていた。
寝る前に、結界の状態を見回ってくる。明日の朝までは持つだろう。見回りついでで、地下から入り込んでいたウサギとモグラを狩っておいた。
続きは明日だ。
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ウサギ
居留地周辺で狩ったのと同じ種類。
猫にマタタビ。ウサギに人参(この世界のシーズン限定)。
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モグラ
ウサギの穴を利用して、入り込んできた。やはり大きい(この世界限定)。
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『埋切』
地面の穴を埋める。それだけ。




