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野火を越えて

307


 草原から来た人の中で、一番年上に見える男性がやってきた。いや、自分は放っておいていいから!


「知らせてくれて感謝する。私はアヒ・チーノ族のアビウという。よければ、これからの作業も手伝ってもらいたい」


「あ、はい、そういうことでしたら」


 なんだ、びっくりした。


 アビウさんが、地面に線を引きながら歩いていく。他にも数人がかりで、山脈側の川沿いから、東湖のふちまで、街道を挟んでずーっと、引いていくのだそうだ。何をするんだろう?


 数人が、線に沿って、幅三メルテ、深さ十センテほどの溝を掘り始めた。

 そうか、防火帯だ。火が移りそうな物をあらかじめ取り除くことで、延焼を防ぐ方法だ。そういえば、アメリカとかロシアの山火事で、消防士さん達がやってた。


 これなら手伝えそうだ。


 便利ポーチの中には適当なものがなかったので、道具を借りて、ざくざく掘る。

 魔術を使うことも考えたが、溝を掘る術、なんて、作ってなかったからねぇ。ぶっつけ本番でやってみて、万が一、全部吹き飛ばしたら目も当てられないし。


 応援の人が続々とやってきた。全員で、溝を掘っていく。


 シンシャの兵士さん達も参加していた。シンシャの街は草原に接している。この手の災害対策はいつも協力して行うのだそうだ。


 終わらないうちに夕方になり、作業は一旦中止した。

 まだ、北よりの弱い風だ。火は、ゆっくりと広がっている。安心はできない。遠くに見える火を警戒しながら、夜を過ごした。


 翌朝、草原の一族の魔術師さんが到着した。彼女の術で、溝をすべて掘り上げる。はやい! さすが!


「しばらくは見張る必要があるが、これで、急激に火が広がることはないだろう」


 アビウさんが宣言した。


 一安心、と。


「よかったですね」


「あなたが、いち早く知らせてくれたおかげだ。本当に感謝する」


「お役に立ててよかった。では、この先に用がありますので、自分はこれで失礼します」


「? どのような用件かな?」


「シンシャ宛の手紙を預かってきているんです」


 さっさと渡して、さっさと休もう。


 兵士さんが来た。


「シンシャの誰宛なんだ?」


 見せてもいいものなんだろうか?


「商人のレウムさんから奥様宛に、それと」


 革袋から文箱の模様を見せる。が、平然と頷いた。


「それは、我々が預かろう。賢者殿は休憩していてくれ」


「えーと、物がモノなので、直接持っていった方がいいような・・・」


「そうか、では、我々が同行しよう。どうだろう?」


 一方、アビウさんは、


「知らせを届けてくれたばかりか、作業にも協力してもらったのだ。我々のもてなしを受けてほしい」


 と言ってくれた。


 しかし、災害の救助要請でもあるはずだし、はやく渡せるのに越したことはない。


「先に、シンシャに手紙を渡しにいってきます。アビウさんのお誘いは、そのあとでお受けしたいと思います」


「・・・そうか。では、うちの者も一緒に行かせよう。お待ちしている」


 助っ人さん達は、丸一日の溝掘り作業のあとにも関わらず、颯爽と駆け去っていった。残っているのは、野火の見張り役と、案内役と、シンシャの兵士さん達。


「そういえば、馬は?」


 助っ人さん達も含めて、全員が馬に乗っていた。草原では、それが普通なのだろう。だが、自分は自前の足で走って来た。


 いません。という前に、影から飛び出して来たよこの子わ!


「! 従魔か!」


「・・・いえ、火山灰にまみれていたところを拾っただけです」


「たしかに、あんたも馬も全身砂まみれだな。水浴びするか?」


「手紙が先ですよ」


「だがなぁ、もう、街道は通れないんだろ? 半日ぐらい遅れたってどうってことないだろう?」

「その前に、草火で一日足止めしてるしな」


「だからこそです! だいたい、君、怪我してるんだから」


 ものすごく複雑な顔をしてるよ、馬だけど。


「・・・じゃあ、賢者殿はどうやって街まで行かれるのか?」


「賢者とか、誰の事ですか? とにかく、道沿いに走っていけばいいですよね?」


 グレスラさんから貰った地図は、密林街道の東側にある都市と周辺地形が事細かく書かれていた。だからこそ、狩猟村にも行けたんだけど。最も、[魔天]領域内は白紙だ。

 でも、これって、機密文書扱いなんじゃないの? 人前では取り出さないようにしなくっちゃ。


「走って、って」

「馬でも半日だぞ?」


「余裕です」


 おしゃべりしている時間も惜しい。さっさと走り出した。



 シンシャの街門が見えて来た。


「うそだろ〜」

「本当に、走り抜けてしまわれるとは・・・」


 くっついて来た数人が、口々に「信じられない」を連発する。人命が架かってるんだ。多少のことには目をつぶっていてもらいたい!


 門兵さんに挨拶する。


「初めまして。ガーブリアから手紙を預かってきました」


 文箱の紋章を見せる。


「! これを、どなたから?」


「ガーブリアの王太子殿下からです。門兵さんにお渡ししてください、と言い付かってます」


「このまま、王城に持参していただけないか?」


「えーと、こんな身なりなので、それは遠慮したいというか、不敬というか・・・。急ぎ、という事でしたので、とにかく、お願いします!」


「・・・了解した。ほかに伝言などはお聞きしていないか?」


「いえ。あ、すみません。こちらの街の方宛の手紙をもう一通預かっているのですが、渡していただけないでしょうか」


 レウムさんの奥さん宛の手紙を渡す。


「わかった。預かろう。だが、使者殿には、休息というか沐浴というか・・・」


「ええ、こんな格好なので、街に入るのはまた今度にします」


「「そうじゃなくて!!」」


 門兵さん達が絶叫する。いや、綺麗な街だしさ、全身泥まみれじゃ入り辛いよ。


「では失礼します」


 一礼して、くるりときびすを返した。くっついて来た兵士さんにも、別れの挨拶をして、街門から離れる。なんか、呆然としていたな。


 真後ろにくっついてきた馬が、やっぱり変な顔をしている。そうだよねぇ、早く灰を流してさっぱりしたいよねぇ。

 お呼ばれもされてる事だし、身だしなみは大事だ。


 アビウさんがつけてくれた人に、お願いした。


「まずは、水浴びさせてもらっていいですか?」


 溝掘りのための線を引く時に見た川なら、この大きな馬も洗ってあげられるだろう。ここからもそう遠くはない。


「灰をかぶって、いろいろと洗いたいので。夕方までかかると思います」


「・・・女性の入浴だ。ゆっくりでいいよ。この辺りで待ってるから。終わったら、声をかけてくれ。居留地に案内するよ」


「お手数かけます」


「いや。じゃ、またあとで」

「それより、なにかあったら、大声を出しな。すぐに、助けにいくから」


「ありがとうございます。それでは」


 そそくさと沢に向かう。


 川岸まできたところで、影に向かって声をかけた。


「もうでてきてもいいよ。体に着いた灰を流そう」


 狼達も影から出て来た。それほど消耗が進まずに済んだらしい。森の中であった時よりは、足取りがしっかりしている。


 まずは、馬だ。


「さ、淵に入って。灰を流したら手当てするから」


 なんか、「余計なお世話だ!」的視線を向けてきたが、


「このあと、自分だけじゃなくて他の子も洗うんだから。ほら、さっさとして!」


 しかたなさそうに、水の中に体を沈めた。傷に触らないようにブラシをかけていく。

 レウムさんの馬にも使ったブラシだ。


 実は、自分の鱗を磨くために作ったのだが、ブラシのサイズがドラゴンの手には小さすぎて使えなかった、というしろものだ。でも、とっておいてよかった。何が、どこで役に立つか、本当に判らないものだ。


 頭の先、たてがみから蹄やしっぽまで、全身ぴっかぴかに洗い上げた。深緑色の綺麗な体毛をしていた。森そのもののようだ。

 水から出たところで、[魔天]の薬草を塗り付ける。それなりにしみるのか、塗るたびに皮膚をぴくぴくさせるが、最後まで治療させてくれた。深い裂傷はなく、すぐにも治りそうだ。


「よし、君は終わり! ハイ次!」


 狼三頭は、すばらしい毛並みを持っていた。月光のような柔らかな白い毛並みの子、星の光を集めたような光沢がある子、自分の鱗にも似た漆黒の子。『温風』を掛けて、一気に乾かしてやる。もふもふになった。お、そういえば、ちゃんと魔術が使えるじゃん。よかった。

 一頭だけ、右足を怪我していた。この子にも薬を塗ってあげた。


「さて、皆、綺麗になったし、手当も終わったし。あとは、だいじょうぶだよね?」


 自分自身が水浴びを始めながら声をかけた。うわぁ。頭が砂だらけだ。水中で丁寧に梳って、ようやくさっぱりした。

 ん? みんな、思い思いにくつろいでいたようだが、一斉に自分を見た。いや、見つめている。


「なに? このあたりなら、もうひどい灰は降ってこないと思うけど」


 皮服もブーツもマントも洗って乾かした。さすがにもう変身はしないで済むだろうから、フェンさんの服に着替える。それらを身に着け、川岸の木の根元に座り、薫製果実をかじる。髪もすぐに乾いた。はぁ〜、一仕事終わったあとのこれはおいしいねぇ。


 あれ? まだ、見ている。じっと見ている。じーっと見ている。


「もう行ってもいいんだよ?」


 一斉にため息をつかれた。なんなの?


「なに、なに?」


 狼達は、自分の両手をしゃぶり始めた。薫製果実が欲しいのかな? 差し出してみたけど、無視した。じゃあ。


「自分を食べたいの?」


 睨みつけられた。と思ったら、またため息をつく。ほんと、なんなの?


 でっかい馬が目の前で仁王立ちになっている。大きな頭を一振りした、とおもったら角が生えてた。翡翠色の綺麗な角が三本。


「おおお、隠し芸!」


 ほめたのに。鼻を鳴らして、不満そうだ。狼三頭は、灰の雨の中でみた時のような、すがるような目つき。

 ・・・これは、もしかして。


 拾った動物は、最後まで面倒を見なさい、ってことか?!


 動物を狩った事はあっても、飼った事なんかないよ? うわぁ、どうしたらいいんだ?


 といってる間にも、夕暮れが迫っている。アビウさんの使いを街道に待たせている。


 しょうがない。一人ずつ指差して、名前をつけた。


 白いのがユキ、銀色がツキ、黒いのがハナ。三本角の馬はムラクモ。


「えーと、ちゃんと言う事を聞いてね? 自分がいいというまでは、人も動物も襲っちゃ駄目だからね?」


 名前を貰ったことが嬉しいらしい。皆そろって、機嫌良く尻尾を振っている。


「でもって、ムラクモ? ちょいと目立ちすぎるんですが」


 鼻を一つならすと、角を隠した。


「やっぱり隠し芸じゃん」


 前足で、どつかれた。

 仲間が増えました。


 #######


従魔

 契約主の魔力を食う。主の魔力を借りて、影に潜むことができる。


 ユキ、ツキ、ハナ(雪、月、華):銀狼 体長 二メルテ 三姉妹

 ムラクモ(群雲):三翠角トライホーン 体高三メルテ 三本の角をもつ馬 翡翠色 普段は角を隠している


 #######


『温風』

 ドライヤーです

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