燃える岩
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翌朝は、昨日よりもさらに灰の降り方が弱くなっていた。
「このまま、止むのかな」
「噴火が収まるまでは、また降ってきますよ」
「そうかい。大変だねぇ」
「大変なのは、レウムさんでしょ?」
溶岩流は、じきに街道を塞ぐ。今から、馬車で全速で走っても間に合わない。レウムさんは、シンシャに帰れなくなってしまう。
「ルーは、これからどうするんだい?」
「レウムさんを街に送り届けたら、街道を調べにいきます」
「大丈夫なのかい?」
「昨日、言われた通りに、心配かけないようにしますから」
「うん。無茶のし過ぎはよくないからねぇ」
そうだ。
「あのですね? もし、シンシャまで行けたら、奥さんに無事を知らせてきましょうか?」
「だって、もう通れないんじゃないのかい?」
「昨日、通れなかったのは狩猟村とシンシャを結ぶ森の中の道です。街道なら、まだ余裕があるかも」
灰に覆われた道を、パクポクと荷馬車が行く。
「手紙を書きませんか?」
「いいのかい?」
「自分の足なら、間に合います。いえ、間に合わせます!」
「でも、ボクは手紙用の皮紙なんかもってないよ?」
ロー紙とインクを取り出す。
「やっぱり、ルーはすごいねぇ。ありがとうね。すぐに書くから」
嬉しそうに受け取ると、揺れる荷馬車の上で、器用に文字を書き綴っていく。その方が、すごいと思う。
レウムさんが手紙を書いている間、馬車の手綱を預かる。書き終わる頃、ガーブリアの街門が見えてきた。念のため、街門の門番さんに、いきさつを説明しておこう。
布で口元を覆った門番さんに、挨拶する。
「こんにちは。先日、ギルドマスターのグレスラさんに案内されて、ここから街をでた者です。狩猟村から戻る途中で会った、こちらの商人さんを避難させに来ました」
「わざわざ、ご苦労様です」
もの柔らかな声で、ねぎらってくれる。
「熱く溶けた岩、溶岩というんですが、それが街道の方に流れているのを見ました。たぶん、街道はそのうちに溶岩に覆われて通れなくなると思います。
自分は、街道が完全に塞がる前に、シンシャに向かいますので」
用件だけ伝えて、すぐに出ようとした。
「少々お待ちください」
「? 何でしょう?」
「我々の依頼を受けていただけませんか?」
「?」
門番さんの控え室に案内される。
兜と布を取って顔をあらわにした門番さんは、自分に一礼した。
「私は、ガーブリアの第一王子、バラディと申します。ローデンの賢者、アルファ殿ですね。お初に、お目にかかります」
「! ヒトチガイデハ、アリマセンカ?」
「グレスラさんから、密かに報告を貰っておりまして。先だっては大変ご無礼いたしました」
「ですから、なんのことやら。第一、殿下のような身分の方が、軽々しく頭を下げるなんて! お門違いです!」
必死でしらを切ろうとする。が、
「ローデンの新砦の視察に行っていた者から、災害が起こるかもしれない、との連絡を受け、我々は混乱しました。頂いた資料に目を通したものの、さらに惑うばかりで何の手だてもたてられませんでした。
そこに、ちょうど賢者殿がガーブリアに入られたことを知って、とにかく直接お話を伺えれば、と迎えを出してしまいました。お返事、いえ、もっともなご意見をいただき、皆、深く反省した次第です。
急ぎ、各湯治村からの避難を開始させ、また、降灰に対する準備を始めたり、子供達を街の外へ避難させたりしていたところ、とうとう、噴火が起こりました。
何も知らないまま、この事態を迎えていれば、少なくない死傷者が出ていたでしょう。すべて、賢者殿のおかげです。
王宮と街の住人を代表して、お礼申し上げます」
「人違いですってば!」
頭を下げる殿下に、食い下がる。ここで、足止めされるのはまっぴらごめんだ!
「いえ、お引き止めしようというのではありません。シンシャへの手紙をお預けしたいのです。
賢者殿はとても足が速い、と、グレスラさんから聞き及んでおります。一度は街に戻ってくるかもしれないとも聞いて、厚かましいとは思いましたが、その時は、是非、お話しさせていただければ、と、街門でお待ちしておりました。
先ほど、「街道が塞がる」とのお話もありました。そうなったとき、賢者殿の予想では、遅くても数年で街道を復旧させることができる、とありました。その間の、交易や援助について相談したい、という内容です。
お引き受けいただけませんか?」
「・・・手紙を、届けるだけ、なんですね?」
「はい」
「・・・わかりました。自分は賢者とか言う者ではありませんが、殿下のご依頼はお引き受けしましょう」
「ありがとうございます!」
再び、頭を下げる殿下。
端で見ていたレウムさんは、目を白黒させている。
「やっぱり、ルーはすごいねぇ」
どこが?
依頼料、と称して、金貨がぎっしりと詰まった、でっかい革袋を渡された。
「・・・依頼料にしては、多すぎるにもほどがあります!」
「危険手当がふくまれてますから、これくらいは当然でしょう」
腐っても王子さま、ってことか。くぉのぅ! 要らんと言ってるのに!
「すぐに出ます。時間がありませんから!」
「手紙はこちらです」
質素な木の文箱の上蓋には、ガーブリア王家の紋章が彫り込まれている。それを、別の革袋に収めて渡された。
「シンシャの門番に上蓋を見せれば受け取ってもらえます。どうぞ、よろしくお願いします」
「そうだ!」
突然、レウムさんが叫んだ。
「ボクも、手紙を預けたんだよ。依頼料、払わなくちゃあ!」
「レウムさんは、後払いで。必ず、また会いましょう。ね?」
レウムさんは、しばらくは、ガーブリアで過ごさなければならない。少しでもお金があった方がいい。
顔を歪めると、ぽろぽろ泣き出した。
「すまないねぇ。ほんとうに、ありがとねぇ」
「では、行きますね」
「またなぁ。また、会おうなぁ」
街門の外まで、見送りに出てきた。レウムさんの顔は、涙と灰にまみれてどろどろだ。隣に居る殿下に、目で合図して、後をお願いする。
彼らの礼に見送られて、シンシャに向けて出発した。
街門が見えなくなったところで、走るスピードを上げる。
ガーブリアとシンシャを結ぶ街道は、途中、東湖沿岸を通る。溶岩流が東湖まで達してしまえば、当分は陸上での行き来はできなくなる。
幅広の河口に、石造りの橋が架けられている。水面からはそう高くない。もうすぐその橋が見えてくるところで、溶岩流と鉢合わせした。すでに、右岸の街道は埋まっている。湖側に道をそれて、河原を渡ることにした。
数本の水の流れを、障害物競走の要領で立て続けに飛び越える。わっ、ギリギリだ。
左岸にたどり着いたとき、対岸は溶岩に埋め尽くされていた。一部は河原にも落ちてきていて、凄まじい水蒸気を吹き上げている。
やがて、溶岩流は東湖に達し、さらに盛大に白煙を立ち上らせた。
「・・・なんとか、間に合った〜」
と思ったのは、早かったようだ。
左岸にも山手から溶岩流が来ていた!
上流で二手に分かれていたものが、河口付近で合流するようだ。このままでは、取り囲まれてしまう。
あわてて、川から離れる。
溶岩流が見えなくなるところまで、走り抜けた。
川向こうには、一面の草原が広がっていた。小川もちらほらと見える。しかし、流れが止まっているようだ。上流に溶岩流が到達し、水の流れを塞いでしまったのだろう。
溶岩流は幅を広げて流れ下ってきているらしい。遠目に、赤い炎が見える。
野火だ。
溶岩に焼き尽くされる前に、枯れ草に火が飛んでしまったようだ。風向きが変われば、草原は一面の炎に覆われてしまう。
これは、想定してなかった!
『水招』で間に合うか?
そのとき、シンシャの方から、数騎やってくるのに気がついた。自分も街道に向かう。
「何者だ!」
誰何される。当然と言えば当然か。
「ギルドの調査依頼をうけた者です。先ほど、街道は完全に通れなくなりました。それよりも、あちらを見てください!」
あちらこちらで揺らめく炎を示した。自分が点けたんじゃない、と理解してくれるか?
「街道を封鎖したのは、熱く溶けた岩です。その熱に触れた草が燃え始めています。このままでは、草原一帯に、火が広がるかもしれません!」
騎士達が動揺する。そのうちの一人が、何かに気づいたように声をかけてきた。
「ローデンに行った使者が、火山が噴火する、とかいって大急ぎで帰ってきたが、そのことか?」
「そうです。それよりも、火が!」
別の一人が、指笛を鳴らした。
「!」
遠くから、応えるように別の指笛が聞こえる。
「これは?」
「近くにいる一族に連絡したところだ。長老に指示を貰う、と言ってきている」
そうか、ここで暮らしている人たちなら、大きな野火の対策方法を知っているかもしれない。
「あれ? 皆さんは、シンシャの兵士さんではないのですか?」
「俺とアイツは、出稼ぎの傭兵で、草原の出身だ。非常時の連絡手段ぐらいはもっている」
「すごいですねぇ」
あ、レウムさんの口癖が移った。
何度かの、指笛のやり取りのあと、草原から馬に乗った人たちが駆けつけた。
「草火が出るかもしれないって?」
「火元が何か所もある。風向き次第では、大火になりそうだ」
「こちらの女性は?」
「これを知らせてくれた。ガーブリアから来たらしい」
「山向こうから調査に来てたんですけど、成り行きで、手紙を届けるよう頼まれました。アルファと言いま「あんたが、あの!」・・・」
しまった。砦の名前がこんなところにまで知られていたとわ!
「そーかそーか! 有名人にこんなところで会えるとは思ってもいなかっ「火はどうしましょうか」・・・そっちが先だよな」
そういうこと! でも、どうやって?
いろんな意味で、ピンチを脱しました。と思ったら?




