叫ぶ山
305
山の西斜面で噴火が始まって三日後、東側にも大きな変化が起こり始めた。
斜面の小山の一部が盛り上がってきた。日ごとに高さを増していく。新しい山の表面にある草木は、すべて枯れ果てた。地熱で焼け死んでいる。所々に深い亀裂も入り始めた。
もう間もなく、噴火が始まるのだろう。
観察を切り上げ、自分も避難することにした。
が、少々遅かったようだ。狩猟村に着く前に、後方から轟音が響き渡る。思わず振り向けば、真っ赤な炎の柱が立ち上がっていた。
東側の火道の方が大きかったぶん、噴火の威力も凄まじい。濃い灰色の雲が、天を突く勢いで成長していく。真っ赤に焼けた岩が、ポップコーンのように弾け飛ぶ。それは、地面に当たり、そこに小さな炎の噴水が現れる。
あんなものが当たったら、自分でもただじゃすまない。あわてて、走り出す。
やがて、火山灰が降り始めた。
! 気持ち悪い!
気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い!!
魔震の衝撃に似ている。
そういえば、地下の魔岩はマグマに溶けて消えた。
つまり、この灰には魔岩が混ざっている。そして、魔力もろともにぶちまけられた?
こんなものが人のいるところにばらまかれたら、ノーン以上の惨事になる。
とはいうものの、今現在、自分が気持ち悪い!
無我夢中で逃げ出す。気がつけば、変身して空に飛び上がっていた。
・・・ああ、人のいないところでよかった〜。
猛スピードで上昇し、灰色の雲を突き抜け、さらに上昇する。雲を抜けたら、気持ち悪さもなくなった。それでも十分に距離を置いく。火山の遥か上空で旋回する。
眼下に黒雲に覆われた山を見る。雲の合間に赤く燃える噴石が飛んでいく。時折、雲の中を雷光が走り回る。
飛び上がったついでで、火山全体を俯瞰する。
西斜面の溶岩は、それほど広がっていない。[魔天]南部の、それも一部に留まりそうだ。
一方、東斜面からは、怒濤の勢いで流れ出していた。一直線に東湖めざしている。このまま流れ下って、街道を塞いでしまうだろう。また、大量の火山灰は、ガーブリア王都に向かって流れている。
ガーブリアに連絡するべきだ。しかし、あの灰の中に入るのはいやだ!
が、あれ?
火山から離れるにつれて、火山灰の雲からまき散らされる魔力が減っている?
おおよそ、狩猟村のある辺りまで来ると、ほとんど魔力を感じなくなった。
・・・ふむ、あまりにも細かく粉砕されたために、一気に魔力を放出してただの岩に戻ってしまった?
このくらいなら、下に降りた時に、『砂避け』『魔力避け』の術を使えば、気分が悪くなることもない、はず。たぶん。
覚悟を決めて、灰雲をつきぬけ、地表に降りる。
降りる途中で。またも見つけてしまった。
一頭立ての荷馬車が、北東方向から狩猟村への直通路につながる山道を走っている。
このままじゃ、灰の中で立ち往生してしまう。
直通路との合流点手前に降りて、待ち構えることにした。
荷馬車の前に出て声をかける。
「止まって! 止まってください!」
あわてて手綱を引いて、馬を止める。御者は、年配の男性だった。
「危ないよ!」
「危ないのはあなたです! 避難するように言われませんでしたか?」
「避難? この砂の雨のことかい?」
「ガーブリアの人じゃないんですか?」
「いや、ボクはシンシャの商人でね。この先にある狩猟村に買い付けに来たんだよ」
「この先、山が火を噴いているんです。狩猟村の人たちは、とっくの昔に避難していて、誰もいませんよ。あなたも引き返してください。って、駄目だ! シンシャへの道ももう通れません。ガーブリアに行ってください!」
「帰れないのかい?」
「どろっどろに熱く溶けた岩が流れて来ています。人でも馬車でも丸焼けになりますよ。自分はそれを見て引き返して来てたんです」
見たのは空からだけど。
「もう村には誰もいない?」
「そういってます! 早く行ってください!」
「君も、だろう? 一緒にいこう」
「・・・わかりました」
幌のない荷台に乗せてもらうことにした。ついでに『砂避け』、念のために『重防陣』の結界も張る。
「ほう! 君は、魔術師だったのかい?」
「ちがいますよ。猟師です。本当は、山向こうのローデンにいるんですけどね。あ、自分はアルファといいます。よろしく」
商人さんは、笑った。
「こんなときにも、律儀に挨拶するなんて、おもしろい人だなぁ。ボクは、レウムというんだよ。よろしくね」
「アル、と呼んでください」
「言いにくいなぁ。ルー、って呼んでもいいかい?」
「どうぞ〜」
また、呼び名が増えた。
もう、かなり灰が積もっている。自分の視力でも、見通しがきかない。よく、レウムさんの馬車を見つけられたもんだ。
ギルドで貰った地図と照らし合わせながら、道を間違えないよう慎重に進む。
「こんな風になるんだぁ。街は大丈夫なのかなぁ?」
「少なくとも、ガーブリアのギルドは対策をとってます。王宮だって、ちゃんとやってますよ、きっと」
「そうか。そうだよね。ボクらは、ちゃんと街につけるよう、気ぃつけて行くしかないよね」
「そうそう。落ち着いて進みましょう」
そんな話をしながら、馬車を進める。馬は、やや怯え気味だが、それでもおとなしく荷馬車を引いていく。道中は、レウムさんの商売の話を聞いた。魔獣以外の獲物と日用品を取引しているのだそうだ。
「ボクは、狩猟村にはひいきにしてもらってたんだ。ガーブリアより安く買えるってね」
ハンターは、活動経費を少しでも安くして、その分手取りを増やす。レウムさんは、他の人がしない商売ができる。なるほどぉ。
「でも、一人で山道を行き来するなんて、危険じゃないですか?」
少し入れば、魔獣達が住んでいる。
「いやぁ、却って狼が出てこないんだよ。魔獣を怖がってね」
「へぇ、そうだったんですか」
確かに、西側でも領域ギリギリの森では、熊も狼も大人しかったような。いやはや、自分もまだまだだね。
しかし、今は非常事態。魔力をまき散らす火山灰がどんな影響を与えているのか。
「今は、取り囲まれちゃいましたね」
レウムさんが、ゆっくりと馬車を止めるよう馬に合図する。
結界の外側に、生き物の影がある。灰にまみれた姿で、結界の周りに集まって来た。
さて、どうしよう。
「助けてあげようよ」
「レウムさん?」
「ルーが、この子達を従えてしまえばいいよ」
「従えるって?」
「人から聞いた話だけどね。ひとが魔力を与えると、魔獣がおとなしくなるんだって」
「どうやって?」
「さあ?」
をい! そんないい加減な情報でどうしろと?!
彼らは襲ってはこない。捨て猫よろしく「拾って、助けて」と目で訴えている。〜〜〜確かに、このまま見捨てるのもどうかと思ってしまう。
今張っている結界は、魔獣の侵入を許さない。自分の魔力に従ってくれるのであれば、結界内に保護できる、かもしれない。
「・・・ちょっと、結界の外で試してみます」
狼っぽいのが三頭、道の先に、巨大な馬が一頭。灰塗れで正体がよく分からないが、確かに魔獣だ。レウムさん、よくわかったねぇ。
まずは、声をかける。
「レウムさんは、ああ言ったけど。あなた達はどうする?」
手のひらに、ちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけ魔力を乗せる。うん、周りの物は吹っ飛んでない。
狼達は、魔力ごと手のひらをひと舐めすると、「するっ」と自分の影に溶けた。
ほえ? こんな事できる魔獣なんて知らないよ? しかし、全員を荷台には乗せられなかったことだし、今は助かるか。
「あなたは、どうする?」
よく見ると、背中や足に怪我をしている。
黒い瞳で、自分を見下ろす。
彼もまた、手のひらをなめると自分の影に溶け込んだ。
影が少々重たくなったように感じたが、体調に問題はなさそうだ。灰の降っていないところに着いたら放してあげよう。
自分の体に着いた灰を叩き落として、結界の中に戻る。
「・・・いやぁ、まさか、本当にできるとは思わなかったよ」
目を丸くしてレウムさんが言った。
「はい?」
「普通は、もっと小さな魔獣しか使えないはずなんだって」
「はい〜〜〜?!」
「大きい子だと、自分の魔力を全部食べられちゃうって」
「・・・」
「さっきは、たくさんいたよねぇ。ルーはすごいねえ」
レウムさん? そんな無茶を人に軽〜く提案するんですか? ほんとに自分が食われてたらどうするつもりだったんですか?
それにしても、レウムさんのリアクションが、予想外、というか、のんびりと言うか・・・。大事のはずなのに緊張感が失せてしまう。
まあいい! 全部棚上げ! 避難が先!
「・・・。それじゃ、行きましょうか!」
荷馬車の馬は、自分の声を聞いて、歩き始めた。君は偉いねぇ。
途中、夜になったので、結界を張ったまま野営する。火山灰は、小降りにはなってきている。ときおり、枝につもった灰が、重さに耐えかねて落ちる音がする。
「ずーっと、結界を張ってて、疲れないのかい?」
[森の子馬亭]名物の、鳥のソテーとパンと水を出し、レウムさんと食べる。
「大丈夫じゃなくなる前に、ちゃんと言いますから」
「そうかい、そうかい。やっぱり、ルーはすごいんだねぇ。まだ、結界を張っていられる魔力も持ってるんだ」
「どういう意味です?」
「ほら、昼間、動物達に魔力をあげただろう? そういう人は、魔術を使う分が足りなくなるんだって。だからね、普通はね、魔獣を従えた魔術師はいないんだよ」
規格外にもほどがあるって? レウムさんがやらせたんじゃないか! もっとも、今の結界は、発動時に込めた魔力で維持しているから、ちょーっと違うんだけど。・・・次、ちゃんと魔術が使えるかな? 便利ポーチが使えてるから、大丈夫、だと思うけど。
「あんまり、言いふらしてもらいたくはないんですけど」
「もちろんだよ。ルーは命の恩人だからね」
「?」
たき火の炎が、小さくはぜる。
「だって、ルーが村に行かないように教えてくれなかったら、道に迷ってたとか、さっきの動物達に襲われてたとか、大変だったろうからねぇ」
「まあ、あの場所で遭えてよかったですよね」
「そうだよ。だから、ルーはボクの恩人なんだよ」
レウムさんの遭難は回避できたわけだし、「恩人」と呼ばれてもこれは仕方ないか。
「明日には、ガーブリアの街に着きますからね。少しでも休んでください」
荷馬車の馬には、ドリアードの葉と水を与えておいた。大丈夫。ドリアードの葉に魔力はないから、普通の馬も食べられる。体に着いた灰をブラシで落としてやると、キモチ良さそうにいなないた。
「いろいろ持っているんだねぇ」
「まあ、それなりに・・・」
便利ポーチへの突っ込みはないんですか? いやまあ、聞かれても困るんだけど。
レウムさんは、ブラシをかけている様子を見て、ニコニコしている。
「ボクも、若いころはあちらこちらに出かけたよ。ただ、たくさん奥さんに心配かけちゃってねぇ。この商売を始めるようになってからは、少しは安心させてあげられるようになったのかな? ルーも、心配させちゃった人には、ちゃんとお礼を言うんだよ」
「はい! そうします。必ずそうします!」
アンゼリカさんをはじめとした、ローデンのたくさんの人に、たくさんお世話になった。うかつなことをしたら、あとでめちゃくちゃ怒られる!
「うんうん。素直だねぇ。いい子だねぇ」
結界を維持したまま、二人で交代で仮眠をとった。
ここでも、迷子?を拾ってしまう主人公。




