野に放たれて
303
「じゃ、そういうことで!」
アンゼリカさんは、ぷんすか怒りながら厨房に戻っていった。
「まだ、生きてますね・・・」
「・・・そうだな」
二人とも、ぐったりしている。
「・・・すみません」
「・・・なぁに、お嬢の謝ることじゃない」
「そうですとも・・・」
「・・・」
お説教が終わるのを見計らって、リュジュさんがお茶を持ってきてくれた。一息入れたあと、ヴァンさんが話しかけてくる。
「なぁ、お嬢」
「はい?」
「その災害とやらは、間違いないんだな?」
「何らかの形で、必ず」
あのマグマの量からして、何事もなく収まるとは思えない。
「お見立てでは、余裕はいかほどでありましょうか」
「う〜ん、よくて二〜三ヶ月。もっと早いかもしれません」
「おい、団長」
「うむ」
何やら、二人でこそこそ相談し始める。ねえ、自分はいいの?
「お嬢!」
「ほえっ、は、はい?」
ぼーっとしていたらしい。声をかけられてびっくりした。
「おめえ、もいっぺん、調査に行ってこいや」
「あれ? 資料、足りませんでしたか?」
「じゃなくて! そのまんま、他んところも見てこい、ってこった」
「確かに、女将殿のいわれる通りでありますな。
賢者殿がおられれば我々は安心ではありますが、今までも、それが賢者殿への負担となっていたことは間違いないことで」
「ギルドからの依頼って形にすれば、王宮も文句はいえねぇ。顧問に依頼を出しちゃいかんって決まりもねえしな」
「あ、いや、でも、やっぱりなんか手伝いとか・・・」
「俺たちに任せとけや」
「賢者殿自ら鍛えていただいた、うちの団員を認めてやっていただきたい」
「調査隊ってことで、ハンターたちと行ってこい。追加で気がついたことがあったら、そいつらに言付ければいい。
お嬢は、その足でガーブリアに抜けて、その先は好きなようにすればいいさ。どうせ、向こう側のことも気になってるんだろ?」
「緊急であれば、駐屯地の早馬を使ってくださればよろしかろうと。みな、賢者殿のお顔は存じておりますのでな」
・・・さっきとは別の方向に燃えている。
「せ、せめて、資料の複製くらいは」
「んじゃあ、助っ人呼んで、ちゃっちゃと書き上げて、さっさと出てけ!」
「いきなり扱いがひどい!」
自分は、[魔天]のトレントとドリアードの分布調査、という名目で出発すことになった。調査期間は、自分だけ無期限。他のハンターは自分の臨時助手扱いにされている。みんなトップと呼ばれるほどの人たちばかりなんだけどな〜。
もちろん、あらかじめ、(本来の)調査目的とその後の行動を説明している。なぜか、みんな「さすがアル坊!」としか言わなかった。なにのどこが「さすが」なのか、意味が分からん。
調査隊が出発した翌日に、ギルドから王宮に報告をあげる予定になっている。
災害想定リストは、ちょうど新砦の見学にきている他国の使者にもまんべんなく渡せるよう、大量に複写する。
複写には、トリーロさんやギルドの調査部の人にも協力してもらった。最初、原稿を読んだときは、皆、卒倒してしまったけど。
時間も人手もない、ということで、しまいには侍従さんとロロさんも引きずり込まれた。ギルドからの報告書という形で王宮に連絡するから、という「賢者殿指令」によって口封じしている。もっとも、写している書類の内容が内容なので、報告どころではないようだ。
自分たちが書類と格闘している間、[森の子馬亭]厨房も戦場となっていた。
「うちの料理を食べていれば、絶対に病気にならないから!」
と言う、女将さんの指示のもとに、大量の料理が作られる。
便利ポーチは、入れた時の状態そのままで取り出せることを、アンゼリカさんに知られてしまったからだ。
「こういうお料理を保管できる入れ物、たくさんあるわよね?」
いつか米と出会うことを夢見て作った飯盒や、ふた付きのスープカップ、日の丸弁当が似合いそうなフードストッカー。ほんとうに千里眼でも持ってるんじゃないの?
アンゼリカさんの前に、あるったけをならべると、次から次へと料理が詰め込まれていく。テーブルからこぼれ落ちそうな勢いだ。
さらに、各種の焼きたてパンも次から次へと釜から出てくる。
ここまでされたら、遠慮していても、いいことはないだろう。ありがたく頂いていく事にした。自分のために作られた料理を、冷めないうちに便利ポーチにしまっていく。
料理代を渡そうとしたら、怒られた。娘の旅支度ぐらい、用意できなくてどうする! なんだそうだ。しかしですね? 何人分あるんですか!
フェンさんは、ものすごい得意顔をしている。ちょうど、新作のフード付きマントが出来上がっていたからだ。
「今度こそ、先見の明というものよ!」
トレント布で作ったもので、「大陸東部の草原向き装備よ!」なんだそうだ。ありがたく使わせてもらうつもりだ。が、今回も縫製料は受け取ってもらえなかった。ひーん。
王宮に感づかれないうちに、ということで、ヴァンさん達に相談を持ちかけてから三日後、自分はローデンの街を出た。
[魔天]南部の調査をすっとばして、火山の麓に向かう。
途中、地形を示して「沢沿いは焼けた砂埃のようなものが雪崩下ってくるから危険だ」とか、「熱く溶けた岩は、生木をあっという間に燃やしてしまう」だとか説明していく。
見上げれば、山肌の色が先日とは変わってきている。所々に亀裂ができていて、湯気のようなものも立ち上っている。
いつもならワイバーン達がたむろしている山腹には、生き物の影も形もない。
「う〜ん、やっぱり、これは早々に噴火しそうですね」
「一旦、山裾沿いに南下して、峠の駐屯地に行こう」
「あそこから早馬を出してもらえば、俺たちが帰るよりも早く連絡できるしな」
「なんか、肝心な時に役に立ってない気がして、申し訳ないんですけど」
「なぁに、今までが働き過ぎだって」
・・・ギルドハウスに二〜三ヶ月にいっぺんぐらいしか出てこない人の、どこが働きすぎ、なんだろう?
「だいたい、その被害が出そうな範囲の中に、アル坊のやさがあるんだろう?」
まーてんに住んでます、とは言えないので、[魔天]領域外の南よりに住処があると説明している。カモフラージュ用の狩小屋も建ててある。でも、噴火の規模によっては、使えなくなる。
「避難だよ、これは。危険を察知して逃げ出した、それでいいだろ?」
「・・・どこの動物の話ですか?」
「「「密林の野生児」」」
みんなは、どっと笑った。自分はぜんぜん笑えない。いくらなんでも、あんまりだ!
峠には、小さな関所があり、行き交う旅人の身分確認を行っている。
関所の隊長さんには、噴火間近であることを至急伝えてくれるように頼んだ。王宮とヴァンさん宛の手紙をしたため、サインをつけて渡す。途中、新砦に来ている使者達へも伝えるよう念を押す。
早馬が用意され、目の前で駆け出していった。
もう、ここで、他に自分にできることはない。
「じゃあ、気をつけて」
「アル坊こそ、油断するなよ?」
「悪いおじさんに、ほいほい引っ付いていくんじゃねぇぞ」
「そりゃ、お前のことだろうが!」
「じゃあ、またな!」
ハンター達といくつかの言葉を交わし、自分だけが峠を越えた。
峠の東側は、西側に比べて傾斜が急だった。道を大きく蛇行させて、馬車が降りられるようにしてある。降りてしまえばあとは緩やかだ。山脈西側より雨が少ないようで、植生もずいぶんと異なる。峠道からは、緑溢れる山麓のあちらこちらに渓谷や湖がちりばめられた美しい光景を見て取れる。
しかし、災害は目前に迫っている。
この季節だと、[魔天]南部には北西の風が吹く。火山はガーブリア王都の風上に位置している。このあたりも、降灰によって色あせた世界になるだろう。
つづら折りの坂を下っていく。ちょうどガーブリアへ向かう隊商に同行させてもらえることになった。御者台で商人さんと話をする。
「綺麗なところですね〜」
「そうだろう? 峠を越えると「帰ってきた!」って気になるんだよ。お前さんは、この国に何の用かね? 商人ではなさそうだが」
「ローデン・ギルドからのお使いです」
「ほぉ。お若いのに。そりゃ、すごいねぇ」
ヴァンさんから、ガーブリア・ギルドへの紹介状を預かっている。調査協力を頼む、その他諸々の便宜を図ってくれ、そういう内容だそうだ。
なので、まずは王都にあるギルドを訪ねることにしている。
「ぶしつけなことを聞きますけど、こちらでは大きな災害とかは起きないんですか?」
「おりゃぁ聞いたことがないねぇ。夏前の雨で川が溢れたとか、秋の収穫がちょっと少なかったとか、そのくらいかね。まあ、ここは密林街道と南東街道の合流するところだ。物が廻ってれば、景気もいいさね」
超えてきた山脈は、峠の先でさらに南と南東に分かれて延びている。山脈の合間に、南東街道が拓かれている。
ちなみに、ローデンは、密林街道、南西街道、そして西海街道の交点となっており、やはり交易によって栄えている。
険しい南北山脈を越えられる地点は少ない。この峠が数少ない越境地点だ。
ガーブリアは、南北山脈と南東山脈、東湖に囲まれた、交通の要所だ。もし、ここが壊滅したら、交易ルートが絶たれることになり、他国への影響も冗談じゃすまなくなる。
「魔獣の被害とかは?」
「はははっ、この辺の[魔天]領域は、もっと北だよ。せいぜい猪が走り回るくらいじゃないのか?」
「そうですか。平和でいいですねぇ」
「最も、いい獲物が近くにいないせいで、ギルドのほうは苦労しているらしいがね。足りない分は、他所から買ってるしな」
商人さんの荷物は、ローデンで仕入れてきた魔獣の加工品だ。それらを狙った強盗が出るので、護衛は欠かせない。峠道の各所に駐屯地がもうけられているのも、そのためだそうだ。
そういえば、さっきから、木陰とか岩陰にこそこそしているのが見える。うわさの強盗さん達だろう。およそ十人余り。この隊商の護衛さんは三人で、まだ気づいていない。
馬車に乗せてもらったお礼に、指弾で片っ端から落とすことにした。
リーダーらしき男には『瞬雷』を撃ちこむ。残りの男達は、襲撃の合図がこないことに動揺している隙をつき、水晶弾で次々と気絶させる。最後の一人が、薮から転げ出てきたところで、やっと護衛さん達が気がついた。
「え? えっ! 襲撃だ・・・?」
「あー、全員気絶させちゃいました。この後、どうしましょう? こんなに乗っけておけないですよね?」
まずは、彼らの衣服を縄代わりにして拘束する。指弾も拾える物は拾っておく。
「これを当てたんですか?」
「荷馬車の後ろに回り込まれる前に、眠っておいてもらおうと〜」
「「すごい!」」
「この先の駐屯地に報告しましょう」
「助かりました。この人数に襲われてたら、我々では危なかったですよ」
「いやぁ、全然気がつきませんでした」
「近づかれる前に先制しようとしただけなんですけど」
「ギルドで使者に指名されるわけですねぇ」
「「「ほう!」」」
その後、駐屯地で不届き者達をふんじばったことを報告し、自分たちはそのまま先を急ぐ。道中、護衛さんたちともいろいろな話をした。
途中、早馬が通り越していった。
「珍しいねぇ」
「いや、ローデンの新しい砦のことで、またなんかいい話でもあったんじゃないのか?」
「ああ、あの時は、街道が早馬だらけだったもんな」
「商人さんは、実物を見られましたか?」
「砦で休憩するために入るときに少しだけ。どこがどう違うのかよくわからなかったけどねぇ」
「お偉いさん達には、すごいもんらしいからな」
「あんたは見てこなかったのかい?」
「森の調査も頼まれてたので、砦は通らなかったんですよ」
実際は、そのお偉いさん達に絡まれたくなかったから素通りしたんだけど。
早馬は、その後もたびたび追い越していった。
自分は、途中の野営も隊商と一緒させてもらい、丘陵地帯を貫く街道を進む。
そして、ガーブリアの街に着いた。
主人公、遁走しました。というより、追い払われた?




