発表
第三章、エピローグです。
229
二年後、これまでにない大規模結界の実用化に成功したという発表がなされた。発表者は、ローデン学園所属のラガス・マールヴァ教授。
街道中を早馬が駆け巡り、ローデン学園の訓練場において、他国の使者の前での実演発表会が何度も催された。
研究には、ラディッキョら学園在学生が数多く関わり、発案からこれほど短期間に実用化できたのは彼らの献身によるものであることも、きちんと報告された。魔術科学生は、国内外の魔術師組合から卒業後の勧誘が凄まじいそうだ。
ローデン王宮は、この研究に携わることはなかったが、発表がなされた直後に、「この快挙は、我が国の年若い魔術師たちの健闘によるものである」と、褒め讃えたという。
秘匿されていたその魔法陣は、発表とともに各国に公開された。
また、この術式は、現在ローデンの東に建設中の砦に常設することも決定した。
今年のロックアントをギルドと騎士団に引き渡したあと、[森の子馬亭]で、最近の話題を教えてもらう。
「王宮による学園の表彰は、どうみても、研究させてもらえなかったことを取り繕うためよね」
「そうなんですか?」
お茶を貰いながら、アンゼリカさんやリュジュさんと話をする。侍従さんも来ていて、すごく複雑な顔をしている。
「なんで、アルファさんの名前が出ないんですか? おかしいじゃないですか! 一番最初に考えたんですよね?」
「やー、寄付金出す時の条件だったから」
「ひどい!」
「ちがうって。絶対に自分の名前を出すな、ってこちらから念押ししたの」
「なぜでございましょうか?」
「当然でしょ! 実名出したら、うるさい人たちが山のよーに押し寄せてくるんだから。自分はちゃんとアレが動けばそれでいいの!」
「でもでも〜」
「アルちゃんがそうしたいっていっているんだから、いいのよ」
「そうそう、アンゼリカさんのいう通り! もひとつ。もし名前が出てたら、[森の子馬亭]は今頃大変だったと思うよ?」
「「?」」
アンゼリカさんが苦笑している。
「かの研究の基礎を成した賢者殿御用達! 一度は同じ宿に泊まって賢者気分になってみよう! とか、一目賢者様を見てみたいっていう人たちが、それこそ道いっぱいにあふれて、仕事どころじゃない!、とか」
「「!」」
リュジュさんと侍従さんが、そろって身震いした。
「アルちゃんが、ああ言った時は、もったいない! って思ったけれど、そうしてもらってて本当によかったわ」
「どういたしまして〜」
「それに、知っている人は知っているからね」
テーブルの上には、何通もの手紙が乗っている。侍従さんが持ってきたものだ。ぜーんぶ、王宮関係者。
さくっと目を通したけど、どれもこれも「のけ者にするなんてひどい!」としか書いてない。
「途中で根をあげたのは向こうなのにねぇ。批難するなんてあんまりだ」
「とかいって、お顔が笑っていらっしゃいますよ・・・」
「自分のお金でやったんだもん。貰う時に、使い道を指示されてたわけでもないし〜」
「それはそうですが・・・」
にやりと笑う。
「本番はね、これからなんだよ〜」
「!」
侍従さんの顔が引きつる。
新発表の魔法陣は、単体では効果を発揮しない。街や砦サイズでの運用に限られる。つまり、使い方は、街や砦の総責任者である王族、貴族の判断に任されることになる。
「守る」ことに対して、騎士団に丸投げ、では済まなくなったのだ。
おおいに考えてくれたまえ、諸君!
「や〜、いい仕事したわぁ」
「さ、さようでございますか」
学園と自分が関係している証拠は、公的には「どこにも」残してない。
自分の名前だの寄付金だのなんだのが記された手紙は、つてを使ってすべて回収した。寄付金の出所もごまかしまくった。もちろん、学園上層部は厳重に口止めしてある。
非公式には知られていたんだけど。
あの突っ張りお嬢さま、ビエトラさんは、なんと、ペルラさんの実の娘で、学園長の孫でもあったという。
とにかく、人手が必要だし、何よりも学生実力ナンバーワンだったので、実験の中心役に据えられた、というよりさせられた。当然、裏のあれこれの事情も知るわけで、なんか打ちのめされたらしい。また、寄付金の力は偉大で、それの出所も知ってしまったあとは、もう何も言えなくなったとか。実の親にも、いっさい漏らさなかったそうだ。その辺から、逆になんとなく察してはいたようだが、発表までは秘密は頑固に守られた。
ロロさんは「賢者様最優先命令」を忠実に守り、王宮には一切しらを切り通したし。
ということで、王宮関係者は自分に対して、表彰とか、褒美とか、口止めとか、一切、働きかけることができない。
自分の財布は、がっつり減らせた。王宮の財布は傷まない。いいことづくめじゃないか。
魔石の採取は、ギルドが請け負っている。[魔天]領域外にある魔岩の新規探索も盛んに行われている。
自分は採ってこなかった。だって、あれって魔岩を加工した物だから。まーてんの親戚みたいな気がして、どうしても自分の手で採取する気になれなかったのだ。まあ、ギルドも、仕事が増えたってことだから、いいってことで。
騎士団員さんたちは、団長さんから秘められた意図を説明されて、ますます訓練に熱がこもるようになったそうだ。彼らを支える工員さん達も話を聞かされたあと奮起しているとか。
ふむふむ。みんな、やる気があってよろしい!
しかし、自分が上機嫌でいられたのもそう長いことではなかった。半年後、新しい砦が完成したとき、王宮は「アルファ砦」と名付けやがった!
そして、名前を使わせてもらった慰謝料と称して、溢れんばかりのお金と今度は、財宝まで押し付けてきたのだ。
口座の残高は、実験開始前の倍以上にふくれあがっている。
ギルドハウスの執務室で頭を抱えていると、ヴァンさんがやってきた。
「お嬢! すげえじゃねえか! って、なんだなんだ、その不景気なつらは」
「くやしい〜」
「? どうしたんだ?」
「自分がこんなもん貰って、どうしろっていうんですか!」
テーブルの上には、きらびやかな装飾を施された大小の箱が大量に積み上がっている。床の上にまで溢れている。中身は、箱の外見をもかすませるほどの、これまたきんきらな装飾品ばかり。
ふんだんに宝石をあしらったネックレス。王家の王女さまがつけるような瀟洒な冠。ドレスを飾るド派手なブローチ。そうかと思えば、歩くのに邪魔になりそうな金の拍車や、精緻な細工で飾り立てられた宝剣、実戦では全く役に立たない宝石まみれの盾、などなど。
トリーロさんは、おそるおそる中身を覗いたとたんに箱を閉めて、それからはテーブルに近寄ろうともしない。
これらを運び込んできた侍従さんとロロさんが、ものすっごく得意げな顔をしている。腹が立つっ。
「よう、なんでこんなに山盛りなんだ?」
「我が国の王宮、貴族、ならびに各国からの「お祝い」でございます」
「他の国からのもあるってのか!」
ヴァンさんも飛び退った。できることなら、自分も逃げ出したい。
新しい砦は、複合魔法陣で防御する前提で設計されている。ローデン王宮は、自分の名前をつけることで、「非公式」にではあるが発案者をおおっぴらにしてくれたのだ。
他国の学園への寄付等ははばかられても、この手の公式発表があれば、堂々と「お近づきになりたい!」とアピールできる。その結果が、いまの執務室の惨状だ。貴族連中からの贈り物はともかく、他国の王家からの正式な「ご褒美」は叩き返すこともできない。
「やっと、一矢報いたと喜んでたのに、こんな仕返ししてくるなんて〜っ」
「・・・なあ、これのどこが「仕返し」なんだ?」
「くーやーしーいっ」
なんで、誰も判ってくれないんだ?!
ヴァンさんが侍従さん達を見る。
「「賢者様ですから」」
「・・・それもそうか」
「ヴァンさん! そこっ! 納得しないで!」
「賢者様は普段街にはいらっしゃらないということで、これらの品々をお預かりして参りました。それとも、各国のご使者の方々との会食などを希望なさいますか?」
「やめて〜〜〜っ」
冗談じゃないっ。
ギルドの面々は、砦の名前を聞いて
「さすがは姉御だ!」
「アル坊、すげえじゃねえか!」
と、我がことのように喜びまくっている。
アンゼリカさんまで、
「すごいわぁ。アルちゃんは、本当に自慢の娘よ〜」
と、今回はまったく頼りにならない。
そのうちに、アルファ焼きとか、賢者定食とか作り始めるんじゃないだろうか。
「お、それいいな!」
「さすが、賢者殿です!」
「どんなお料理が似合いますでしょうか」
・・・口に出ていたらしい。自分そっちのけで、あれがいい、こんなものもいい、などと相談を始めた。
トリーロさんは、涙目になって「テーブルの上のものを早く片付けてください!」と訴えかけてくるし。
しぶしぶ、物騒な箱の山を便利ポーチに放り込んだ。
箱の山には、同じ数だけの手紙も添えてあった。火をつけて燃やし尽くしてしまいたかったが、そういうわけにもいかないらしい。侍従さんたちは、返事を持ち帰るようにいわれてきたそうだから。
三人はまだ料理の話をしている。あれは、手紙がそろうまでは居座るつもりだな。
自分は、深くため息をついたあと、お礼の手紙を書き始める。
この世界に神が居るのならば、一言いいたい。
一体、自分がなにをした!
第三章、終了しました。お読みくださり、ありがとうございました。主人公の珍道中、まだまだ続きます。どうぞ、よろしくお願いします。




