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実験

225


 気がつけば、三ヶ月も経っていた。

 まずい! アンゼリカさんに叱られる!


 後から考えたら、叱られようが怒鳴られようが、関係ない話だったんだけど。


「こんにちわ!」


 [森の子馬亭]に駆け込んでいって、挨拶した。


 がいん!


「〜〜〜ただいま、です」


 アンゼリカさんのお盆が炸裂したあと、挨拶し直した。


「はい、お帰り。アルちゃん」


 にこやかに、迎えてくれた。・・・おや?


「あの、」


「なぁに?」


「怒ってないんですか?」


「怒られるようなことをしたのかしら」


「・・・いえ、「また無理をして!」とか言われるかと」


「楽しかったんでしょ?」



「はい」


「ならいいのよ」


 ふんふん、と鼻歌を歌いながら上機嫌で厨房に戻っていく。そうか? ギルドの仕事との違いが判らない。


「「お久しぶりでございます」」


 [森の子馬亭]には、侍従さんとロロさんがそろって来ていた。


「・・・はい、こんにちは。ところで、何で二人?」


「「そのように、申しつかって参りました」」


「・・・そですか」


 もう、王宮のすることに、いちいち突っ込むのはやめよう。


「本日のご予定は?」


「アンゼリカさんの顔を見に来ただけなんですけど・・・、そうだ」


「「はい?」」


「ロロさん、結界術使えましたよね?」


「はい」


「実験に付合ってもらいたいんですけど、問題ありませんか?」


「あるわよ!」


 だからアンゼリカさん! いきなりはやめて。


「どこでするつもり?」


「・・・考えてませんでした」


「王宮の練兵場ではいかがでしょう?」


 侍従さんの提案に、アンゼリカさんがオーケーを出す。


「では、今から場所を確保して参りますので、こちらでお待ちください」


「一緒にいったら・・・」


「「だめです」」


「なんで?」


「賢者殿ですから」


 あう。



 実験の内容を説明する手紙も持っていってもらった。残っているロロさんに、手紙の内容を話すと、


「女官長さまが狂喜乱舞しそうですね」


「あ、そうか」


「ぬか喜びさせておきなさいな」


「いやまあ、実験ですから、たぶん失敗すると思うんですけど」


「だから、よ」


 どこまで読めるんでしょうね、この人わ。



 本当に、超特急で侍従さんが戻って来た。


「ぜひとも、今すぐ!」だそうだ。


「いってきます」


「はい、いってらっしゃい」


 アンゼリカさんのイイ笑顔に見送られて、出かけた。



 練兵場には、大勢集まっていた。何なんだ、この野次馬の数は。


「本日は、お忙しいところを「ごあいさつはそこまでで。早速実験を!」・・・」


 ペルラ女官長さん、いえ宮廷魔導師殿は、もう食い付かんばかりににじり寄ってくる。


「本当に、実験なんですよ?」


「ええ、実験です!」


 ・・・まあ、いいか。


「ロロさん、ペルラさんにも協力をお願いしたいのですが」


「まあ、光栄ですわ!」


 ハイテンションにもほどがある。


「こちらの魔法陣の中で、使えそうなものはありますか?」


「「?」」


 自分が書き写して来た魔法陣を見てもらう。さすがに、真剣にチェックしている。


「どれも、高度な魔術ですね」

「これなら、なんとか」

「私は、これとこれ、かしら」


 術式の効果を説明して、それぞれ発動してもらう。


「あら?」


 全部、キレイに術が発揮した。ふむ。


「これのどこが実験なんですの?」


「今度は、これを」


「・・・見たことがない魔法陣ですわ」


 とにかく、試してもらう。さすがに、これは二人とも発動できなかった。


「ロロさん。【隠蔽】の魔術を使われますよね」


「はい」


「その時は術杖を使いますか?」


「術杖ではなくて、術具ですけど。これです」


「見せてもらってもいいですか?」


「どうぞ」


 広幅のベルトに、みっしりと魔法陣が刻まれている。裏面にあるので、普段はそれと気づかれない。すごい工夫だな。

 その場で、ロー紙とトレント製の魔導紙に書き写し、魔導紙の方をペルラさんに渡す。


「これ、使えますか?」


 魔法陣をじっくり見たあと、「できます」というので、発動してもらった。ちゃんと効果が現れ、姿が見えなくなった。

 もう一枚、魔導紙に書き写したものを、今度は自分で起動させようとする。しかし、


「隠れておりませんわ」


 そう、起動しなかった。


 今度は、術弾を出して、ロロさんに渡す。


「効果は【隠蔽】と同じです。術の効果をイメージして起動させてみてください」


「はい!」


 ペルラさんがよだれを垂らしそうな顔をして見ているが、これは無視!


「?」


「だめですか・・・」


「そのようです。申し訳ありません・・・」


「いや、最初から実験と言いましたよね? 発動しないのも結果のうちです」


「賢者様・・・」


 もう、それ、やめようよ。


「あの、私にも見せてもらえませんか?」


「賢者様?」


「ん? ああ、いいですよ」


 ひったくるようにして手に取り、ぐるぐると術弾を転がして点検するペルラさん。しかし、


「魔法陣はどこに?」


 うん、書いてはあるんだよ。『隠』と刻んである。


「う〜ん、やっぱり方向性が違うか〜」


「ですから、魔法陣は?」


 漢字を示して、「これ」、という。


「「そんな!」」


「自己流で、いじりまくってあるから。しかも、お互いの魔法陣は起動できないことが判ったし」


「それが、今日の実験ですか?」


「そう。そういうこと」


 ロロさんの質問に答える。ペルラさんは、へたり込んだ。


「そんな、未知の、いえ、でも・・・」


 ぶつぶつ、つぶやき出す。ほっとくしかない。ぼーっとしている間に術弾を取り返す。


「あの、賢者様?」


「なにか?」


「あのですね? ご自分の研究をなさっているんですよね?」


「そうですよ?」


「使えない魔法陣では、お役に立たないのではありませんか?」


「わかったのは「使えない」ことだけだもの。どこが違っているのかが解れば、違う見方ができるかもしれないし。そのへんは、これからだけど」


「・・・さすが、賢者様です!」


 だーかーらーっ。


「あ、いや。そうだ、実験に協力してくれて、ありがとう。助かりました」


「お役に立ったようであれば光栄です」


 ペルラさんは、まだ立ち直れないらしい。


「・・・奥で、休ませてあげてください」


「・・・畏まりました」


 さて、帰るか。と思ったけど、


「賢者殿! お久しぶりですな!」


 暑い男、団長さんがやってきた。


「そうですね。ご無沙汰してます」


「また、一手お相手願えませんかな?」


「もう、やったじゃないですか!」


「ですから、もう一度」


 う〜、そうだ!


「そこまでいうなら、ちょっと」


「! なんですかな?」


「他の団員さんも交えて、多対一の訓練、してみませんか?」


 ザッ、と団長さんの顔から血の気が引いた。なんで?


「ほら、あのとき、四人相手にしましたよね? もうちょっと人の多い場合もやってみたいなー、と思ってたんですよ」


「さ、左様でしたか・・・。それで、何人くらいをご所望で?」


「何人でもいいですよ?」


 青をとおりこして白くなってしまった。


「〜〜〜少々、お待ちくだされ」


 よろよろと、練兵場の端に向かって歩いていく。なんでそこまで構えるのかな。四人とも、大怪我はさせてなかったのに。

 その後ろ姿を見ながら、侍従さんがよってきた。そういえば、まだこの人がひっついてたっけ。


「まざります?」


「いえ。私の腕ではとてもとても。恐れ多くも、こちらで見学させていただきたく」


 にこやかに、謙遜しつつ、拒否られた。うまいなぁ。


 鎧をつけた人と、つけてない人が半々かな? 武器も大剣、片手剣、細剣、槍に大槌、弓矢まで、よりどりみどりだ。三十人くらいいる。


 あのときのケンカを見ていた人がほとんどだそうだ。みな、緊張した顔をしている。


「ルールは、どのように?」


「自分を取り押さえたら勝ち。全員伸したら自分の勝ち。まあ、訓練ですからそのへんは臨機応変で」


「〜〜〜賢者殿は、何をお使いになりますかな?」


「いつもの、これで」


 黒棒水晶付きバージョンを出す。


「そうだ、団長さん?」


「! はい!」


「指揮、執ってもいいですから」


「〜〜〜了解しました!」


 ちょっとだけ、作戦タイムを取って、いざ、スタート!


 双方、やや離れた位置にあったので、まずは弓矢の大盤振る舞いから始まった。


「賢者殿!」


 侍従さんが叫ぶ。いちおう、移動先を予測したようだが、自分の足の方が速い。矢は掠りもしなかった。


「な!」


 弓部隊八人は、駆け寄った自分の黒棒に足を引っ掛けられ、またたくまにすっ転がった。はい、退場〜。


「槍隊!」


 七人か。三方から突進してくる。わずかなタイミングのずれを見極めて、すり抜けるように槍をいなす。槍を持った本人が近づいた所で、立て続けにみぞおちを叩いて回る。こちらも退場。


 残るは大中細の剣部隊。だけじゃなかったな。


「うおりぃやぁぁあ!」


 槍部隊の後ろにいた人が、大槌を振う。当たれば、頭だけどこかに飛んでいきそうだ。でも当たらない。


「へ?」


 大槌の上に飛び上がり、武器に蹴りをいれる。


「うおっ」

 思わぬ方向に槌を持っていかれ体勢が崩れたところに、さらに背中に蹴りをいれられ、顔面から地面に激突する。


「っ、かかれーっ!」


 こちらは、わりかし連携がとれているらしく、前後左右に剣が振るわれる。お互いが当たりそうで当たらないタイミングで絶え間なく攻撃してくる。所々で細剣の突きも混ざるので、こわいこわい。

 団長さんの時と同じように、黒棒の腹で剣の刃を受け流す。同時に黒棒と自分の体位をくるくると入れ替えながら、流して流してすり抜けていく。見る間に全員の息が上がっていく。そうだろう。お互いの呼吸を合わせながらの攻撃は、一人で長時間攻撃するよりも集中力を必要とする。

 息が乱れた人から、襟足やみぞおちを狙って黒棒を当てる。


 最後の一人が足を掬われてひっくりかえったとき、その周りで見学していた人たちも含めて、だれも何も言わなかった。


「はい、ありがとうございました!」


 自分が、そういって、相手してくれた団員さん達に礼を言う。そのとたん、


 うおぉぉぉぉぉぉっ!


 ものすんごい雄叫びがあがった。


 団長さんが顔中に汗をかいている。


「どうも、ありがとうございました」


 団長さんに挨拶する。


「いや、いやいや、こちらこそ。よい訓練になりました」


「ジャグウルフ単体でも、アレくらいの早さで攻撃してきますからね。群になったらもう、防御を固めるくらいしか手がないですし」


「んなっ!」


 そばで聞いていた団員さん諸共に絶叫する。


「ああ、単一武器じゃなくて、ユニットにすればいいんですよ。ユニット単位で当たれば、各個撃破できますから。ただ、異なる武器を持ってタイミングよく攻撃するにはやっぱり練習が必要ですよね」


 首が壊れるんじゃないかって勢いで、がくがくと頷く一同。


「防御の魔法が使える人がいれば、怪我人も減らせますし。もう少し工夫できると思いますけど」


「き、き、きちょうなごいけん、いたみいります」


 団長さんが、なぜか一本調子な話し方をする。


「ま、今日はこんなところで。では、失礼しますね」


「「「「ご教授っ、ありがとうございましたぁっ!」」」」


 練兵場に、野太い男達の返礼が轟いた。

 主人公、練兵場で何がしたかったんでしょう?

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