妥協
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学園側が、折れた。
自分が来るまでのひと月の間、アンゼリカさん、トリーロさん連合と、学園関係者の間で、ものすごい量の手紙がやり取りされていた。配達人は侍従さん。一歩も引かないアンゼリカさん達に対して、少しでも自分と関係を作りたい学園側。王宮組も学園に付いたようだが、勝敗は明らかだった。
「それで、魔術書の貸し出しが認められた、と」
「話は、そこから、なんでしょ?」
「まあ、そうですね」
テーブルの上には、分厚い本が三冊。難易度の高い魔法陣がぎっしり詰まっている。
いつもの[森の子馬亭]の食堂で、お茶を貰いながら、アンゼリカさんがにっこにこしながら報告してくれる。侍従さんとトリーロさん、それから、これを運ぶのに、【隠蔽】が使えるメイドさんも付けられていた。
自分が街に着いたら、すぐに[森の子馬亭]に運ぶことも、学園に認めさせていたとか。アンゼリカさん、どんだけ無茶ぶりしたんですか。
「本来は、学園からの持ち出しが禁止されていますからね」と、侍従さん。
「でも、今では使える人はいない魔法陣がほとんどです」と、メイドさん。
「さすが、アルちゃんだわ」と、アンゼリカさん。
「いえ、アンゼリカさんの交渉があったからこそ」と、トリーロさん。
「・・・こんな、取扱注意危険物を、自分にどうしろと?」
もっと、初級の簡便な魔法陣から勉強したいんですけど。
「「好きに研究してください」だそうです」
「いやだから」
「それで、少しでも役に立った時には、結界術のヒントのようなものを出してもらえれば、という話になりました。詳細はこちらに」
トリーロさんが、書類を出してくる。たしかに、完全な見返りを要求していない。「できれば〜」とか「なにとぞ〜」とかいう言葉が、随所にちりばめられている。
「・・・いいのかなぁ」
「いいんです」
「「賢者様ですから」」
「いいのよ」
「そういえば、これ、期限、書いてないですよね?」
「「「当然です!」」」
ほぼ、無期限? 甘過ぎない?
「この件に関して、王宮からも手紙が添付されておりまして」
侍従さんも、手紙を渡してきた。内容は、学園のものとほぼ同じ。
「なんだかんだいっても、期待してるよねぇ。これは」
「馬鹿正直に応えることはないわよ?」
がふっ。気管にっ、またお茶がっ!
「・・・あ、アンゼリカさん、こんな貴重品借りといて、それはいくらなんでも」
「だから、むこうが勝手に期待しているだけだもの。押し付けてきたものを、どう扱おうとアルちゃんの好きにすればいいのよ」
他の三人もうんうん頷いている。
「う、そうですか。それはおいといて、本は、ありがたくお借りしときます」
この場で本を開く勇気はない。便利ポーチにしまい込む。
「ほかには、賢者様の懸案事項はなにかありましたか?」
「採取記録の復元ぐらいですね」
「お手伝いは?」
「ギルドの内部資料なので、一応、ぼんくら、もといギルドマスターの許可をとってからでないと」
げほっ。
「賢者様! 大丈夫ですか?」
「その、呼び方、広まっちゃってるんですか? けほっ」
メイドさん以外の三人が、にっこり笑う。怖い。
「関係者の中でもごく一部だけですから」
「なにかやらかしても、我々やギルドスタッフできちんとフォローしてますし」
「アルちゃんに関しては、これでもまだ言い足りないくらいよ?」
「・・・メイドさん?」
「はい、なんでしょう?」
「これ、くれぐれも内密に、お願いします」
「賢者様が、そうおっしゃるなら」
「是非」
「了解しました」
自分が原因でそんな呼び名が広まったりしたら、ヴァンさんが気の毒すぎる。
「そうだわ、アルちゃん」
「こんどは、なんですか?」
「フェンが待ちくたびれてるの」
ほっとくんじゃなかったんですか?
「毎朝、覗きにくるのよ」
うるさくなったんですね。
「それじゃ、今からいってきます」
「「「私もご一緒してもよろしいでしょうか?」」」
メイドさんたちが、目をキラキラさせていってくる。
「着替えとかするでしょうから、侍女さんだけ、ね?」
なぜ、そこでアンゼリカさんが仕切るのでしょうか?! でも、男性二人は、深く頷いて引き下がった。ああ、躾けられちゃってて、もう!
昼食代わりに、露店のめぼしいメニューを買い込んでいく。
「賢者様、これは?」
「報酬代わり。代金、受け取ってくれなかったから」
「?」
「こんにちわ〜」
不思議そうなメイドさんをおいて、店頭から声をかける。
「アルちゃん! 待ってたの〜〜〜っ!」
店の奥からフェンさんが飛び出してきた。と思ったら、すぐさま「準備中」の看板をぶら下げて、自分を店の奥に引っ張っていく。
「来たわよ!」
店内のあちこちにいたお姉さん達が、瞬く間に閉店作業を終える。
「う、あ、久しぶりです。お元気そうで。あ、これ、差し入れです。自分も一緒にいいですか?」
フェンさんの店に着いたのは昼過ぎだった。メイドさんに持ってもらった分も含めて、ずらりと料理を並べる。
「「「「おいしそう!」」」」
「先に、頂いちゃいましょう!」
「はい、あなたも!」
フェンさんが、メイドさんにも席を勧める。最初は、自分の後ろに控えているだけのつもりだったようだ。しかし、押しの強さはアンゼリカさんゆずり。結局、一緒にご飯を食べることになった。
食事の間に、このひと月の出来事をいろいろと教えてくれた。
特に、ロー紙(いつの間にか名称が短縮されていた)は、近隣でも作ろうとし始めたが、素材が不明のため、商業ベースに乗せられるものはまだ出ていないとか。
「おしえちゃ・・・だめ、なんですね」
「あら、アルちゃんがいってたんでしょ?「獲り過ぎ注意」って」
「みんな、こぞって狩りまくるわよ?」
「ん? なんで、その言葉、知ってるんですか?」
「商工会から、通知が来てね」
「すごいわよね」
「さすがだわ」
メイドさん、なんでそこで嬉しそうな顔をするの。
「さて、おなかも落ち着いたことだし、やりますか」
フェンさんの気合いが入った!
「で、出来上がりをみるだけでしょ?」
「もちろん「「「着てもらうわよ?」」」」
「わたしもお手伝いいたします!」
参加者が増えた!
目が回るほどに、着替えさせられた。だから、多すぎるって言ったのに!
布地の素材は、メイドさんに内緒にした。でも、「賢者様のものですから。当然です」と納得された。どこが、どうなってそういう理屈になるんだか、いまだにわからない。
「ああ、いい仕事をしたわ!」
「本当に、ありがとう!」
「これでまた、自信を持ってつくれるわ!」
「・・・お役にたったようで。うれしいです」
着替え疲れてぐったりしている横で、メイドさんが服をたたんでくれている。
「このようなデザインは、ほかでは見たことがありませんね」
「アルちゃんのオリジナルよ?」
「! まあ、左様でしたか!」
「最初は、自分で縫ったんですって」
などなど、にぎやかに会話していらっしゃる。みなさん、楽しそうで何よりです。
その後、打ち上げと称してまたも[森の子馬亭]で宴会となった。本当に、楽しそうで・・・
メイドさんも参加した。その時に、名前も教えてもらった。ロロロッカさん、だそうだ。
「ロロロッカさん? 王宮の侍女、なんですよね?」
「ロロ、とお呼びくださいな。はい、そうです。侍女を勤めておりますが、それがなにか?」
「女官長さんに報告とかするんですよね?」
「ものによりますね」
「?」
「賢者様のご指示を優先することになっておりますので」
「・・・いいんですかね? それで」
「国王陛下直々のご命令ですから、問題はありませんわ」
「・・・・・・そうですか」
だからさぁ。自分は、ただの猟師だ、ってのに。そういう扱いにしちゃって大丈夫なのか?
翌朝、学園と王宮宛に、書物貸し出しのお礼を伝える手紙を書いた。ギルドにも、経過報告を伝える手紙を出しておく。
そして、分厚い本三冊と、着替えまくっても余りある衣類と、ずっしりと思い疲労感を背負って、まーてんに帰った。
気を取り直して、魔法陣の本を広げる。しかし、まーてんでは魔力の影響が強すぎるようで、本自体がブルブルと震える始末。爆発される前に、便利ポーチにしまい込む。
しかたがないので、山脈の染色用洞窟で勉強することにした。
これまた、爆発されてはかなわないので、書き取り練習はロー紙を使った。いや、ロー紙販売前の自作品だ。自分で狩った分のドリアードの葉は、商工会に引き取ってもらえなかったので、その前の分と合わせて自家消費用にするしかなかった。
どの魔法陣も、確かに精緻とも言える文様だった。魔法陣とその効果をひとつずつ写し取っていく。
ロロさんが「今は使えない」と言っていた中に、マジックバッグの術式があった。・・・他の街には、使える人がいるのだろう、きっと、たぶん。
そのうちに、教授の言っていた「傾向」が見え始めた。線の形状が「系統」を、線の交点によって描かれる図形が「効果」を、書かれる線の数が「魔力量」を、それぞれ示しているようなのだ。
たしかに、これを系統立てたうえで、新規の「術式」を作り出すのは骨だろう。CADコンピュータでも難しい、気象シミュレータぐらいの性能は必要、かも知れない。この世界には、パソコンすらないし。
いや、自分、無理だから。
自前の魔術を、コンピュータ言語のプログラミングを参考にして作り上げたとはいえ、こんなシミュレーションは無理、無理だってば。
それはそうと、トレント紙に書き写した魔法陣は、どれもこれも自分で発動できなかった。エルダートレントの紙も使ってみたが、やはり発動しない。
こりゃ、困ったね。
魔術研究は、主人公にとって、趣味と実益を兼ねているもの。ゆえに、つい夢中になってしまうわけで。




