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妥協

224


 学園側が、折れた。


 自分が来るまでのひと月の間、アンゼリカさん、トリーロさん連合と、学園関係者の間で、ものすごい量の手紙がやり取りされていた。配達人は侍従さん。一歩も引かないアンゼリカさん達に対して、少しでも自分と関係を作りたい学園側。王宮組も学園に付いたようだが、勝敗は明らかだった。


「それで、魔術書の貸し出しが認められた、と」


「話は、そこから、なんでしょ?」


「まあ、そうですね」


 テーブルの上には、分厚い本が三冊。難易度の高い魔法陣がぎっしり詰まっている。

 いつもの[森の子馬亭]の食堂で、お茶を貰いながら、アンゼリカさんがにっこにこしながら報告してくれる。侍従さんとトリーロさん、それから、これを運ぶのに、【隠蔽】が使えるメイドさんも付けられていた。

 自分が街に着いたら、すぐに[森の子馬亭]に運ぶことも、学園に認めさせていたとか。アンゼリカさん、どんだけ無茶ぶりしたんですか。


「本来は、学園からの持ち出しが禁止されていますからね」と、侍従さん。


「でも、今では使える人はいない魔法陣がほとんどです」と、メイドさん。


「さすが、アルちゃんだわ」と、アンゼリカさん。


「いえ、アンゼリカさんの交渉があったからこそ」と、トリーロさん。


「・・・こんな、取扱注意危険物を、自分にどうしろと?」


 もっと、初級の簡便な魔法陣から勉強したいんですけど。


「「好きに研究してください」だそうです」


「いやだから」


「それで、少しでも役に立った時には、結界術のヒントのようなものを出してもらえれば、という話になりました。詳細はこちらに」


 トリーロさんが、書類を出してくる。たしかに、完全な見返りを要求していない。「できれば〜」とか「なにとぞ〜」とかいう言葉が、随所にちりばめられている。


「・・・いいのかなぁ」


「いいんです」

「「賢者様ですから」」

「いいのよ」


「そういえば、これ、期限、書いてないですよね?」


「「「当然です!」」」


 ほぼ、無期限? 甘過ぎない?


「この件に関して、王宮からも手紙が添付されておりまして」


 侍従さんも、手紙を渡してきた。内容は、学園のものとほぼ同じ。


「なんだかんだいっても、期待してるよねぇ。これは」


「馬鹿正直に応えることはないわよ?」


 がふっ。気管にっ、またお茶がっ!


「・・・あ、アンゼリカさん、こんな貴重品借りといて、それはいくらなんでも」


「だから、むこうが勝手に期待しているだけだもの。押し付けてきたものを、どう扱おうとアルちゃんの好きにすればいいのよ」


 他の三人もうんうん頷いている。


「う、そうですか。それはおいといて、本は、ありがたくお借りしときます」


 この場で本を開く勇気はない。便利ポーチにしまい込む。


「ほかには、賢者様の懸案事項はなにかありましたか?」

「採取記録の復元ぐらいですね」

「お手伝いは?」

「ギルドの内部資料なので、一応、ぼんくら、もといギルドマスターの許可をとってからでないと」


 げほっ。


「賢者様! 大丈夫ですか?」


「その、呼び方、広まっちゃってるんですか? けほっ」


 メイドさん以外の三人が、にっこり笑う。怖い。


「関係者の中でもごく一部だけですから」

「なにかやらかしても、我々やギルドスタッフできちんとフォローしてますし」

「アルちゃんに関しては、これでもまだ言い足りないくらいよ?」


「・・・メイドさん?」


「はい、なんでしょう?」


「これ、くれぐれも内密に、お願いします」


「賢者様が、そうおっしゃるなら」


「是非」


「了解しました」


 自分が原因でそんな呼び名が広まったりしたら、ヴァンさんが気の毒すぎる。


「そうだわ、アルちゃん」


「こんどは、なんですか?」


「フェンが待ちくたびれてるの」


 ほっとくんじゃなかったんですか?


「毎朝、覗きにくるのよ」


 うるさくなったんですね。


「それじゃ、今からいってきます」


「「「私もご一緒してもよろしいでしょうか?」」」


 メイドさんたちが、目をキラキラさせていってくる。


「着替えとかするでしょうから、侍女さんだけ、ね?」


 なぜ、そこでアンゼリカさんが仕切るのでしょうか?! でも、男性二人は、深く頷いて引き下がった。ああ、躾けられちゃってて、もう!



 昼食代わりに、露店のめぼしいメニューを買い込んでいく。


「賢者様、これは?」


「報酬代わり。代金、受け取ってくれなかったから」


「?」


「こんにちわ〜」


 不思議そうなメイドさんをおいて、店頭から声をかける。


「アルちゃん! 待ってたの〜〜〜っ!」


 店の奥からフェンさんが飛び出してきた。と思ったら、すぐさま「準備中」の看板をぶら下げて、自分を店の奥に引っ張っていく。


「来たわよ!」


 店内のあちこちにいたお姉さん達が、瞬く間に閉店作業を終える。


「う、あ、久しぶりです。お元気そうで。あ、これ、差し入れです。自分も一緒にいいですか?」


 フェンさんの店に着いたのは昼過ぎだった。メイドさんに持ってもらった分も含めて、ずらりと料理を並べる。


「「「「おいしそう!」」」」

「先に、頂いちゃいましょう!」

「はい、あなたも!」


 フェンさんが、メイドさんにも席を勧める。最初は、自分の後ろに控えているだけのつもりだったようだ。しかし、押しの強さはアンゼリカさんゆずり。結局、一緒にご飯を食べることになった。


 食事の間に、このひと月の出来事をいろいろと教えてくれた。

 特に、ロー紙(いつの間にか名称が短縮されていた)は、近隣でも作ろうとし始めたが、素材が不明のため、商業ベースに乗せられるものはまだ出ていないとか。


「おしえちゃ・・・だめ、なんですね」


「あら、アルちゃんがいってたんでしょ?「獲り過ぎ注意」って」

「みんな、こぞって狩りまくるわよ?」


「ん? なんで、その言葉、知ってるんですか?」


「商工会から、通知が来てね」

「すごいわよね」

「さすがだわ」


 メイドさん、なんでそこで嬉しそうな顔をするの。


「さて、おなかも落ち着いたことだし、やりますか」


 フェンさんの気合いが入った!


「で、出来上がりをみるだけでしょ?」


「もちろん「「「着てもらうわよ?」」」」


「わたしもお手伝いいたします!」


 参加者が増えた!


 目が回るほどに、着替えさせられた。だから、多すぎるって言ったのに!


 布地の素材は、メイドさんに内緒にした。でも、「賢者様のものですから。当然です」と納得された。どこが、どうなってそういう理屈になるんだか、いまだにわからない。


「ああ、いい仕事をしたわ!」

「本当に、ありがとう!」

「これでまた、自信を持ってつくれるわ!」


「・・・お役にたったようで。うれしいです」


 着替え疲れてぐったりしている横で、メイドさんが服をたたんでくれている。


「このようなデザインは、ほかでは見たことがありませんね」

「アルちゃんのオリジナルよ?」

「! まあ、左様でしたか!」

「最初は、自分で縫ったんですって」


 などなど、にぎやかに会話していらっしゃる。みなさん、楽しそうで何よりです。


 その後、打ち上げと称してまたも[森の子馬亭]で宴会となった。本当に、楽しそうで・・・

 メイドさんも参加した。その時に、名前も教えてもらった。ロロロッカさん、だそうだ。


「ロロロッカさん? 王宮の侍女、なんですよね?」


「ロロ、とお呼びくださいな。はい、そうです。侍女を勤めておりますが、それがなにか?」


「女官長さんに報告とかするんですよね?」


「ものによりますね」


「?」


「賢者様のご指示を優先することになっておりますので」


「・・・いいんですかね? それで」


「国王陛下直々のご命令ですから、問題はありませんわ」


「・・・・・・そうですか」


 だからさぁ。自分は、ただの猟師だ、ってのに。そういう扱いにしちゃって大丈夫なのか?


 翌朝、学園と王宮宛に、書物貸し出しのお礼を伝える手紙を書いた。ギルドにも、経過報告を伝える手紙を出しておく。

 そして、分厚い本三冊と、着替えまくっても余りある衣類と、ずっしりと思い疲労感を背負って、まーてんに帰った。



 気を取り直して、魔法陣の本を広げる。しかし、まーてんでは魔力の影響が強すぎるようで、本自体がブルブルと震える始末。爆発される前に、便利ポーチにしまい込む。

 しかたがないので、山脈の染色用洞窟で勉強することにした。


 これまた、爆発されてはかなわないので、書き取り練習はロー紙を使った。いや、ロー紙販売前の自作品だ。自分で狩った分のドリアードの葉は、商工会に引き取ってもらえなかったので、その前の分と合わせて自家消費用にするしかなかった。


 どの魔法陣も、確かに精緻とも言える文様だった。魔法陣とその効果をひとつずつ写し取っていく。


 ロロさんが「今は使えない」と言っていた中に、マジックバッグの術式があった。・・・他の街には、使える人がいるのだろう、きっと、たぶん。


 そのうちに、教授の言っていた「傾向」が見え始めた。線の形状が「系統」を、線の交点によって描かれる図形が「効果」を、書かれる線の数が「魔力量」を、それぞれ示しているようなのだ。

 たしかに、これを系統立てたうえで、新規の「術式」を作り出すのは骨だろう。CADコンピュータでも難しい、気象シミュレータぐらいの性能は必要、かも知れない。この世界には、パソコンすらないし。


 いや、自分、無理だから。

 自前の魔術を、コンピュータ言語のプログラミングを参考にして作り上げたとはいえ、こんなシミュレーションは無理、無理だってば。


 それはそうと、トレント紙に書き写した魔法陣は、どれもこれも自分で発動できなかった。エルダートレントの紙も使ってみたが、やはり発動しない。


 こりゃ、困ったね。

 魔術研究は、主人公にとって、趣味と実益を兼ねているもの。ゆえに、つい夢中になってしまうわけで。

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