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交渉

223


 翌日、学園に手紙を出した。アンゼリカさんに、自分が学園に行くことを止められたからだ。


 研究の方向性が合わないことと、女将さんからの「無理」禁止令を盾に、協力できないとお断りする。

 同じ手紙を、王宮にも送っておいた。一応、王太子殿下が仲介した話だから。


 すかさず返事が届く、それの返事を書く、が、数回繰り返される。手紙は、なんと、あの侍従さんが配達員をしている。いいんだろうか?


「アンゼリカさん」


「なぁに? アルちゃん」


「こんなに手紙をやり取りするくらいなら、直接話をした方が早いと思うんですけど」


「そうしたら、結局「しょうがないなぁ」とかいって、引き受けちゃうでしょう?」


 ぐ、読まれてる。でもさ、こんなに熱心にお願いしてきてるわけだし、ここは自分が譲る所じゃないかと。


「だめよ? 本当に、自分に必要なものでもなければ、簡単に引き受けるものではないわ」


「それって、わがままじゃありませんか?」


「あら、アルちゃん、わがまま言ったことがないでしょ?」


 ・・・そうかな? でも、そういえば姉にも「たまにはわがまま言ってくれてもいいのに」とか言われてた気がする。ずいぶん自分勝手していたはずなのにな。


「とにかく、だめったらだめ」


「・・・はい」


 どっちがわがままなんだか。



 手紙を待つ合間に、ギルドの報告書に目を通す。本来なら分厚い冊子になりそうな件数を、自分に関係ある内容だけにしぼって簡潔にまとめてある。トリーロさん、すごいです。


 うやむやのなかに放置しておいたロックアントの売却金は、とんでもない金額になっていた。自分がいなかったので、誰も止めなかったようだ。紙の売り上げの方もそれなりの額になっている。

 支払い証明書、みたいなものがそれぞれ届けられていて、それをトリーロさんが管理してくれていた。ありがたいんだか、なんなんだか、どうなんだろう。


「そういえば、」


「今度はなあに?」


 アンゼリカさん、自分の仕事はどうしたんですか! 気がつけば、そばにいたりするし。


「あ、あのですね? 王宮とか貴族の収入って、どこからとってるのかなぁって」


「街で取引されるお金に税金がかかっているわ。王宮に収められたあと、一部は貴族に支給されたりしてるの。通りの整備とか、兵士の雇用とか、王宮が取り仕切っていて、それに使われている。と教えられているけど、どのくらいの金額かは、それこそ宰相とかそういう人でないと知らないと思うわよ。

 それがどうかしたの?」


「あちこちから貰ってるじゃないですか。だから、自分も税金とか払わなくちゃいけないよね、って話なんですけど」


「口座は、たしかギルドで作ったのよね?」


「作ったというか、作られたというか」


「そっちに聞いてみれば?」


「それもそうですね」


 これまた、手紙で質問する。いけば、またなにか騒動に巻き込まれるから! と引き止め、もといお説教をされたからだ。


 またまた、侍従さんが配達しにいく。いや、王宮関係の話なじゃいから、と断ろうとしたら、「賢者殿が街にいらっしゃる時の雑事はすべて引き受けるように、との命令ですので」と返された。

 ちなみに、どれだけ聞いても名前を教えてくれなかった。「私は一使用人でしかありませんから」だそうだ。そんな、変なプライドなんか、魔獣にでも食べられてしまえ!


 ギルドからは、すぐに返事が来た。

 税金は、既に収められているそうだ。てことは、税金抜きであの金額?! 手紙で抗議するも、「お嬢は、そこにいなかったし、反論なかったしな」って、本当に誰からも文句が出なかったらしい。騎士団からの支払いも然り。おかしいって!

 また、「報奨金」は、「売り上げ」じゃないから税金がかからない、と追記されている。


「〜〜〜使い道がありません!」


「あらあら、いいじゃないの。いっそ、商売を始めてみる?」


「自分は猟師です! 商人になるつもりはありません!」


 ちなみに、フェンさんのところでの攻防は、今回はプラスマイナス、ゼロ。借料だのなんだのを、縫製料で相殺することで話はついている。使いどころがない、本当にない。


「〜〜〜街に還元するために、外でご飯食べてきます」


「まあ、ありがとうね。いってらっしゃい」


 ・・・皮肉が通じなかった。


 露店を巡って、高そうな料理を食べて回る。うん、いい値段するだけあって、どれもおいしかった。



 それにしても、学園との話し合いは全然終わりそうにないし、というより、アンゼリカさんが折れてくれない。もうしばらく、時間をおいてから改めて話をした方が良さそうだ。とすると、今回はもう用事はないな。森に帰るとするか。


 そんなことを考えているとき、どこかで聞いたような声がしてきた。


「やっと、外出許可が出たな」

「おごってやるから。なにがいい?」


 迷子学生のうち、カーボロネロ、プンタレッラ、ラディッキョの三人だ。


「こんにちわ。もう、怪我は大丈夫?」


「あ、あのときの!」

「こ、こんにちわ!」

「偶然だね」


「今日は学園は?」


「週二日は休みだよ?」

「そういうことも知らないんだ」

「いやさ、もう少し、街の常識も知った方がいいんじゃないか?」


 言いたい放題だな、君たち。


「それを言われると辛いな」


「「「あ、ごめん」」」


「それでさ、怪我の具合はどうなの?」


「軽く散歩するくらいなら大丈夫だって、治療師から許可を貰えました」

「手当がよかったから治るのも早いって、感心してたよな」

「本当、助かったよ」


「それはよかった」


 野生動物の咬み傷は、感染症から重体に陥ることもある。今回は、それもなく回復できたようだ。


「あのあと、先生達から盛大に叱られちゃって」

「元ハンターもいるしね」

「学園長先生からも、すっごく怒られたの」


 思わず苦笑した。


「それで、反省した?」


「「「した。ものすごく」」」


「それこそ「街の常識と森の常識が同じと思うな!」って」

「俺たち、すごく運がよかった」

「ねえ、訊いてもいいかな?」


「ん?」


 露店の建ち並ぶ一角には、ベンチが用意されている。四人でそこに座って話をすることにした。


「同じくらいの歳に見えるけど、[魔天]に入って猟をしているって本当?」


「そろそろ十七歳かな? 生まれ育ったのが森だからね。自給自足で、なんとかやってたわけ」


「十七! 僕らより年上?!」

「見えなーい!」

「もっと年下かと思ってた!」


 どうせ、ちびですよぅだ。


「なんで、街で暮らさなかったの?」


「あら、住む場所なんて、街でなくてもあちこちあるでしょ?」


「でも、不便だろう?」


「師匠の方針でね。「森の中で修行してろ」って。あと細かい話は内緒ってことで」


「「「修行?!」」」


「じゃあ、魔術も?」


「ううん、師匠は、ただ「技を磨け」って。だから、自分で工夫するしかなかった」


「学園に来たのはどうして?」


「王太子殿下のおさそいで、見学にいったの。自分でも、もう少し魔術を工夫したくて、ね。だけど、自己流とは全然そりが合わなさそう。ん?」


「・・・あのさ、訓練場で、結界、使った?」


「ああ、あの時は、王太子殿下の周りには張ったけど。それがどうかした?」


「それで、まだ「工夫」したいんだ・・・」


「ほら、あのあと、しびれちゃったでしょ。あれをね、もう少し範囲をせばめて・・・」


「「「狭める?!」」」


 そういえば、食堂でもみんな驚いてたな。


「・・・なんか、世界が違うよな」

「・・・そうね」

「俺たち、何やってたんだろう・・・」


 いっせいにため息をついた。うわぁ、使い物にならなくなるって、こういうこと?!


「ま、それは、人それぞれってことで。自分も、ちょっと訊いていいかな?」


「・・・僕たちで、答えられるのかな・・・」


「魔法陣の書き方とか、結界術の常識とか、そういうことなんだけど」


「魔法陣の教本があってね、自分で魔導紙に書き写すの。でも、使えたり使えなかったりで」

「いちおう、術系統ごとにまとめてあるから、自分の得意な系統から取りかかるんだけど」

「使える魔法陣を探し出すのが大変だよな」

「そのまえに、正確に写し取るのに苦労するんだっ」

「今はロー紙があるからずいぶん楽になったのよ?」

「そうそう、ちゃんと書けてないと爆発するとか燃え尽きるとか、そういう失敗なしに書き取り練習できるようになったし」


「爆発するんだ・・・」


「それを怖がって退学する子もたくさんいるの」

「いた、の間違いだろ? 今は、楽に覚えられるんだから」


「魔法陣の中でも、結界術はむずかしいよ」

「ビエトラぐらいかしら」

「すっごく細かいんだよ。あの魔法陣」

「在学生の中でも、結界術を使える先輩もいなかったよな」

「おうちもいいところだし」

「血統書付きってかんじ」

「すごく努力もしてるわ」

「おう、それは認める」


「魔法陣が使えるようになってから、自分でその魔術専用の術具を作るんだ」

「術具って、一つの魔術専用なんだよ」

「それも、自分で作らないと発動しないし」

「魔道具は、誰でも使えるけど」


 学生も卒業生も少ないわけだ。


「勉強、大変だね」


「でも、魔術が使えるとうれしいよ」


「うん、学生ならそれでいいと思う。でも、仕事としては、それだけじゃ駄目だよ?」


「「「!」」」


「成果を出して、はじめて報酬がもらえるんだから」


 またも、黙り込む三人。


「卒業まであと何年?」


「二年、だな」


「まだ、時間はあるね。覚えることはたくさんあるけど、諦めるのもまだ早いと思う。これからも、頑張ってね」


 席を立って、そういっておく。


「これから、どうするんだ?」


「いや、家に帰るだけだよ?」


「うち、って森の?」


「そう」


 他に、どこがある。


「やっぱり、俺たち馬鹿だったんだな・・・」


「プンタレッラさん、だったっけ? 早く、よくなるといいね。それじゃあね」


 どこか、うちひしがれた三人を置いて席を離れた。


 [森の子馬亭]で、これから森に帰るというと、フェンさんからの伝言、「ひと月後には、完成させておくわ!」を聞いた。


「その頃にまた来ますね」


「あら、適当でいいわよ」


 自分の本当の娘にも容赦ないですね、アンゼリカさん。


「手紙のたぐいは、ちゃんとみておくから!」


「あ〜、お手柔らかに〜」


「任せて♪」


 そそくさと退散する。



 ギルドにも顔を出しておいた。


「トリーロさん、今日はこれで帰ります」


「宿ではなく?」


「はい、次はひと月後の予定です」


「わかりました。腕によりをかけて調整しておきます!」


 ・・・何お?


「・・・お任せします」


「お気をつけて」


「ではまた」


 こちらも、素早く退却する。うん、さっさとおうちに帰ろう。

 今回は、トラブルなし! だよね? でも、気苦労はそれなりに・・・

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