苦悩
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迷子事件その二から十日後、ローデンのギルドハウスに向かった。迷子に会う前に、何しに行こうとしていたのか、ようやく思い出したのだ。・・・歳かな?
「こんにちは〜」
窓口のお姉さん達に、声をかける。
「! お久しぶりです。もう、お体は大丈夫なんですか?」
「あらら、お姉さん達、誰から聞いたんですか?」
「「うちのぽんこつマスターからです!」」
・・・その形容詞は、何?
「ええと、森に帰ったら、すっきりさっぱりよくなりました! なんか、心配かけたような、心配させちゃったと言うか・・・」
「だって、うちの大事な顧問様ですから」
「お顔も明るくなられたようで、ほんとうによかったです」
「う、あ、はい。アリガトウゴザイマス」
「「はい!」」
お姉さん達の笑顔の方がまぶしいです。
「し、執務室にいきますね?」
「はい」「ぽんこつにもれんらくしてきます!」
とうとう、敬称も省かれてしまった。
鍵を開けて執務室に入る。机の上の書類は少ない。う〜む、あんだけ無精していたのに、この量はどうしたことだ?
「! 顧問殿!」
「あ、トリーロさん、またまたご無沙汰です」
「〜〜〜お元気になられたようで、ほんとうに、ヨカッタ・・・」
ぼろぼろ泣き出した。って、なんでそこで泣く!
ソファーに座らせて、お茶を入れる。ここには、湯沸かしの魔道具ポットがあるのだ。かなり高価らしい。贅沢だが、この場では使わせてもらう。
「す、すみません〜〜〜」
「いいから、おちついて。ていうか、泣くほどのことでもないでしょ?」
「・・・お、お嬢?」
そこに、ヴァンさんがきた。おそるおそる部屋の中を覗き込んでいる。
「ヴァンさん。こんにちは」
またまた、土下座を始める。もういいってのに。
「女将から言われてな。なんか、お嬢はなんでも出来そうにほいほいやるから、こっちも調子に乗ってた所があった、と、あとから気づいてな。そもそも、来たばっかりでいきなり押し付けられた役職だってのに・・・」
「はい、そこまで!」
「でもよぅ」
「本当にいやだったら、頻繁に森から出てくるわけないでしょ?」
そういうことだ。ローデンの王宮から「街にいてもいい」とお墨付きを貰っただけでなく、なにかしらのつながりできたわけだから。ささやかな縁だけど、大事にしたい。
と思ってなければ、こんな面倒ばっかり起こるところに自分から来るわけない。
「・・・お嬢は、なんていうか、もう」
ヴァンさんは、まじまじと自分の顔を見たあと、大きくため息をついた。なんなの?
「なあ、トリーロ」
「なんです?」
「お嬢だよなぁ」
「そうですよね」
だから、二人で通じ合っちゃって、なんなの?!
「えっへん! けっこう留守にしてたわけですが! なにか連絡とかあります?」
「いきなりそれかい」
来る理由はそれだもん。
「学園からだけですね」
「学園? 研究員の話?」
「そうです。それと、なんか、感謝状が来てるんですが」
「感謝状? なんだ、それは?」
内容を読んで、納得した。
「う〜ん。内緒ですよ? 十日ぐらい前に、学園の学生を森で保護しまして、街門近くまで送ってきたんです。それの件ですね」
「また、迷子か!」
「そのまま一緒に街に入ったら、また騒動になりそうだったので、時間をおいたんですけど」
「お嬢はよく引っ掛けるよな。そういうの」
「引っ掛けてるわけじゃありません。それに、ガレンさん達と知り合ったのも似たり寄ったりですよ?」
「・・・そうか」
「顧問殿らしいですね」
らしい、なんて言われるのは心外だけど!
「学園長と教授から、もう一度だけ話し合ってほしい、とありました」
「ギルド宛?」
「あと[森の子馬亭]にも、手紙が送られているそうです」
「なんでそんな所に」
「女将さんから、逐一報告が届いてまして。「次はありませんから」の忠告付きで返事を出したそうです」
「・・・う、あ、そうですか」
「顔、出しとけよ? 頼むから!」
「しかし、殿下経由じゃないんですね」
「「顧問殿に無理はさせない」という点で、王宮は完全に信用がおけないから、と、全部突っぱねているそうです」
「アンゼリカさんが?」
「はい」
アンゼリカさん、やっぱり最強。
「それじゃ、これから、いってきましょうか」
「そうしてください」
「ギルド関係の細かい話は、トリーロがまとめてくれた。宿で読んでやってくれ」
「ここで読まなくてもいいんですか?」
「はやく、宿に行ってくれ! 頼むから!」
「何かあれば、手紙で指示してください」
「え? 直接話した方が早いでしょ?」
「それだと、顧問殿がまたすすんでいろいろ始めてしまうでしょう?」
「それも?」
「女将さんの指示です」
「・・・そですか」
もう、過保護にもほどがありますよ? アンゼリカさん!
「さ、行ってください」
「わかりましたぁ〜」
ギルドハウスをあとにした。
[森の子馬亭]でも大騒ぎになるか! と覚悟していったが、ふつうに「おかえりなさい」を言われただけだった。
「アンゼリカさん?」
「なにかしら?」
「何も言わないんですね」
「ちゃんと帰ってきてくれたんだもの。それだけで十分よ?」
うわぁ、なんか気恥ずかしいというか、むずがゆいというか。
その夜は、アンゼリカさんのおすすめメニューをお腹いっぱい頂いた。
翌朝。
「アルちゃん!」
なぜか、フェンさんが泣きついてきた。
「お願い! 相談に乗って!」
「あら、フェン。珍しいわね」
「母さん! アルちゃんに無理はさせないから! お願い!!」
「アルちゃん? フェンはこう言っているんだけど?」
お二人にはいろいろお世話になっているからね。
「今からでいいですか?」
「! ありがとう!」
すぐさま、すごい勢いでフェンさんのお店に引っ張られていった。なんだなんだ?
「準備中」の看板がぶら下がった店を通り抜けて、奥の縫製室に入る。またも、従業員のお姉さん達がそろって待っていた。今度は何事?
「あのね?」
「はい?」
「「「「服を作らせて!」」」」
「いきなりなんですか! って、服?」
「そう、アルちゃんの生地で、服を作らせてほしいの」
「前に作ってもらった服、すごくいいですよ?」
「そうじゃなくてね?」
お姉さん達の一人が説明し始めた。アレで自分の服を作ったあと、他の依頼品とかの出来が見違えるほどよくなって、お客さんにも喜ばれたそうだ。その評価をうけて、お姉さん達もさらに腕を上げようとがんばった。のだが、
「あの時ほどの実感というか、ここがよくてここがわるかった!みたいなはっきりとしたことがわからなくなっちゃって。確かめようにも、布地も道具もないし」
「お願いします! 秘密は絶対に他所に漏らしません!」
「わがままだとわかっているけど、このままだと、自分の腕に自信が持てなくなっちゃうの!」
つまり、店の技術力を確かめるために、もう一度アレに挑戦したい、と。
「わかりましたから! 生地と裁縫道具と。これでいいですか?」
「新作の生地があればそれも!」
フェンさん、あなたも千里眼ですか?
またも、あるだけの生地をならべて、何を何枚作るとか数え上げる所から始まった。
「そんなに要らないって、言ってるじゃないですか!」
「いろいろなテクニックを確かめるためよ!」
「大丈夫です! デザインは前回と同じくシンプル路線で決まってます!」
「そうじゃなくて! 多過ぎ、多すぎますって!」
「私たちを、助けると思って!」
「論点が違います!」
裁縫道具の借料とかも含めて、前回以上の怒濤の交渉となり、話が決まるのに夕方までかかった。
「ほんとに、アルちゃんも、強情よ、ね」
「みなさん、に、きたえられ、ました、から」
そろって、息も絶え絶えな状態だ。
「今日は、とにかく、英気を、養わなくちゃ」
「「「「賛成!」」」」
そして、[森の子馬亭]に繰り出し、多いに食べて飲んだ。
そうか、ああいう交渉を毎回やっていれば、これだけ食べとかないと身が持たないよね。よーく、わかりました。
フェン達があんな過激な交渉をするのは、主人公だけですってば。




