青春
221
寝込み事件からおよそ二ヶ月、ローデンの街に向かった。さすがに、ギルド関係はこれ以上ほっとけない。と思ったんだけど。
もう少しで森から出るというところで、またも問題児を発見。
いや、問題児達、だ。
「この辺なら、ジャグウルフとか、ロクソデスなどでしょうか?」
「グロボアでもいいなぁ」
「私たちなら、軽いもんよね」
「とにかく、あの鼻持ちならないよそ者にこれ以上大きな顔をさせるわけにはいきませんわ」
「あんなちびのくせに、生意気すぎるぜ」
ジャグウルフは、体長三メルテ近い狼に似た魔獣、ロクソデスはやはり体長三メルテほどの尾が二本ある豹もどき、グロボアは四本の牙を持つ体長四メルテほどの猪。せめて周縁部まで入らないと会えないよ?
じゃなくて、この辺は[魔天]領域にもかかってない、ただの森。普通の狼一匹倒しただけで、よく、そこまで調子のいいことを言ってられるよねぇ。
彼らの足下には、一匹の狼が全身を黒こげにして死んでいる。多分、【火矢】を何発も食らったのだろう。
狼の毛皮は素材として売れるのに、もったいない。
それはともかく、彼は斥候だ。近くに群がいる。
展開し始めた。学生達は、まだそれに気づいていない。
木の上から様子を見ていたが、このまま行かせればどうなるか、容易に予想がつく。おぼっちゃま王子の二の舞だ。いや、もっとひどいことになる。それとも、本当にそれなりの実力がある?
ああ、もう!
攻撃が始まった。二頭が、吠える。やっと、学生達は狼の接近に気がついた。術杖をそれぞれ構え、声のした方に【火矢】を何発も打ち込む。狼達は既にそこにはいない。草むらにまぎれて移動している。幸い、草に火は燃え移らなかった。
別方向から、さらに三頭が飛び出す。予想していない所から狼が飛び出してきたのに驚いて、術がかき消える。
「こっちからも!」
三頭は、すぐさま姿を隠し、また違う個体が声を上げて突進する。
「きゃあ!」
うろたえるあまり、一人が転んでしまった。少年がかばおうとする前に、一頭が飛びかかった。
狼と仲間の位置が近すぎて、魔術が使えないようだ。って、剣もナイフも持ってきてなかったの?!
だめだ、見てられない。
飛び降りて、駆け寄る。転んだ少女の足に噛みつき、引きずっていこうとしている一頭を蹴り飛ばす。ぎゃうん! 悲鳴を上げて転がっていく。
五人の周りに術弾をばらまき、『重防陣』を展開。狼達は、結界に阻まれて近づけない。至近距離で、噛み付こうとする狼の口を見て身をすくめる中、
「なんであんたが!」
驚いた一人が、自分が誰か気がつき、声を荒らげる。
「無謀にもほどがあるでしょ!」
狼達は、自分も敵として認識したようだ。しかし、自分には彼らを狩る理由はない。ボスを見つけて、相対する。
ぐるるるるる。
自分は、「陣」を背に、黙って見つめる。
しばらくして。
うぉん!
ボスの一声で、群は引き下がっていった。
狼達が遠ざかったのを確認してから、『重防陣』を解除する。
「怪我の具合は?」
自分が質問して、初めて仲間の怪我に気がついたらしい。
「「「「だいじょうぶ?!」」」」
声をかけはするが、誰も手当をしようとしない。
「薬とか持ってきていないの?」
「「「「・・・」」」」
黙り込む彼らを無視して、怪我人の前にかがみ込み、状態を見る。穴の開いたズボンを切り裂き、傷口を調べる。左足のふくらはぎに牙のあとがあり、血が流れている。骨は噛み砕かれていないようだ。消毒用のアルコールで傷口を拭き取り、血止めの薬を塗って包帯を巻く。手当が終わって、怪我人本人が泣き出した。ようやく、恐怖を感じ始めたらしい。
「あ、ありがとう」
彼女をかばおうとしていた少年が、自分に礼を言った。
「俺は、カーボロネロ、この娘はプンタレッラだ」
「どういたしまして。で、あなたたち、これからどうするの?」
教授に、ビエトラ、と呼ばれていたた少女を見る。
「当然! これから、魔獣を狩るのですわ!」
「無理だよ」
別の少年が言う。
「僕は、ラディッキョ。助けてくれてありがとう。君の結界はすごいね」
「ラディ! 何を言ってるの?!」
「レラが怪我したんだ。そして、僕たちは手当てするための薬すら持っていなかった。この人が来なければ、怪我だけじゃ済まなかったはずなんだ。ビエトラ、それがわからない君じゃないだろう?」
「!」
「なにより、怪我人を連れて、森の中には行けない。それとも、レラをここに放っておくつもりかい?」
「〜〜〜」
「サルシフィ、君はどう思う?」
もう一人の女の子が、全員を見回しあたふたしている。きっと、仲間の意見が分かれたことがなかったので、誰に付いたらいいのか迷っているのだろう。
「俺はレラを連れて街に戻る」
「僕も」
「〜〜〜、わたしも」
「ビエトラ、君は?」
ものすごい形相で、自分を睨みつけている。いや、質問したのはラディッキョ君だよ?
「〜〜〜わかりましたわ。プンタレッラが怪我してしまったのですもの。しかたありませんわ!」
「そう。じゃ、気をつけて帰ってね」
「「「「!」」」」
五人が、一斉に息をのむ。
「? どうかしたの?」
ビエトラも含めて、顔がこわばっている。周囲をきょろきょろ見回しているが、これわ、もしかして・・・
「・・・帰り道が、わからない?」
五人ともが、うなずいた。
・・・迷子様ご一行、再び、か。や〜れやれ。
怪我をした少女は、少年二人が交代でおぶっていくことになった。自分が先頭に立ち、その後ろに、怪我人を背負った少年、ビエトラと彼女の服のすそを握りしめたサルシフィ、最後尾にもう一人の少年がついた。
途中、数回の休憩をいれる。この距離なら、あわてなくても夕方までにはローデンに到着できる。
「なあ、サイクロプスを討伐したって、本当なのか?」
歩きながら、カーボロネロが質問してきた。人を背負いながらしゃべるのも疲れると思うんだけど、ゆっくり歩いているせいか、言葉ははっきりとしている。
「参加はしたけど、たくさんいたからね」
怪我をしたプンタレッラも、話しかけてきた。
「猟師をしてるってうわさで聞いたけど。それで魔術も使えるの?」
「森暮らしだもの。使えた方が便利でしょ?」
「便利とか、そういう問題じゃないと思うけどな」
最後尾からラディッキョが声をかけてくる。
「ちがうの?」
「かまどに火をつけるのとは違うよ。
僕らみたいに魔術科で学んで、それをきちんとものにできる学生は少ないんだ。でも、君は卒業生でもないのに先生達でも使えないような結界を使うんだもん。怪しいって、言われても無理はないよ」
なにやら、苦笑しているような口調だ。
「だーかーらー、いままで街に来たことがなかったから、その辺の「普通」とか「一般」のレベルがわからないの! でも、そんなに変かな?」
「だから、変を通り越して、「怪しい」って」
「そういわれてもねぇ」
自分の最小規模の魔術ですら、「怪しい」レベルって、これじゃ人前では使えなくなるじゃん。
「わたしは、認めませんから!」
ビエトラが、あくまでも頑固に言い募る。
「はいはい。ただ、訓練場のあの術はちょっとやり過ぎなんじゃないの?」
「あ〜、あれは」
「ごめん。あの時は、僕たちも頭に来てたからね」
「ほら、食堂でびくともしてなかっただろう? これでも、最近の学生の中では実力があるって言われてたから、くやしくて」
「すごかったです」
プンタレッラが感心したように言った。
「前にも、似たようなことをやっててね。王城の練兵場で、間違って飛んできた【火炎球】をパカーンと」
「その時に、女官長さまも?」
「騎士団長さんとか、団員の人たちとか、その【火炎球】を撃った魔術師さんとその同僚さん達も見てた」
「「「「うわぁ」」」」
「それはそうと、聞いてもいい?」
「なんだい?」
「ビエトラさん、だっけ? 魔獣を狩る、とかいってたけど」
「〜〜〜それはっ「いや、いいんだけど」」
「「「「?」」」」
「魔術師だけで森に入るのは無謀だよ?」
「どういうことですのっ?!」
「さっき、狼に襲われたでしょ?」
「「「!」」」
「近接戦闘ができる人がいないと、集団で襲われた時に身を守れなくなるからね」
「でもっ、あなたはっ!」
「逃げるもの」
「「「「!」」」」
「さもなければ、さっきのような結界を張って、諦めてくれるのを待つとか。もちろん、自分が狙っていた動物だったら狩っちゃうし」
「そういえば、狼の群が引き下がっていったのは?」
カーボロネロが訊いてくる。
「このへんの狼でびびってたら、[魔天]の魔獣を狩ったりできません、ってことで、気迫で追い返した」
「「「「「!」」」」」
もう、森からは出ている。もうじき街壁が見えてくる。
「トップハンターと呼ばれる人たちは、剣や槍での攻撃がメインで、魔術はあくまでも補助。森で【火】系の攻撃魔術は使えない。火災になったら、自分たちも火に巻かれて死んじゃうからね。魔獣の中には、魔術が効かないものもいる。どうやっても、最後の一撃に刃物は必要だよ」
黙り込んでしまった。
「そうそう、ハンターは売れるものを狩って生計を立てているからね。真っ黒焦げの狼じゃ売れないよ?」
「「「「「・・・」」」」」
ぐうの音も出なくなった。
「さ、街門が見えたよ」
彼らの目でも街門が見える距離まで来た。ここから迷子になることはないだろう。
「気をつけて帰ってね」
「君は?」
「森に帰るけど?」
街に行く気が失せた、とも言う。
「もうすぐ、暗くなるよ?」
サルシフィが、心配そうに声をかける。
「森が自分の家だもの。それじゃ。えと、プンタレッラさん? お大事にね」
「手当てしてくれて、ありがとう」
「うん。それと、送ってくれてありがとう」
カーボロネロもお礼を言ってくれた。彼女と仲がいいんだな、きっと。
ビエトラは、自分を睨みつけたあと、黙って街門に向かって歩き出した。サルシフィがあわてて付いていく。それを見たラディッキョは、苦笑し、自分に軽く頭を下げると仲間のあとを追っていった。
全員が街門に入るのを確認してから、自分もまーてんに戻った。
あー、疲れた。
一方的にライバル視されていた主人公。学生達も冷静になれば、それなりに話はわかる模様。ただし、一名を除く。




