転機
220
うにゃぁ〜〜っと。
目が覚めた。伸びをして、起きようとする。おう、よく寝たぁ。
はれ?
「アンゼリカさん? おはよう、ございます?」
目を真っ赤に泣きはらして、自分を見ている。
「アルちゃん・・・。気がついて、よかったわ」
「ああ、そう言えば夕ご飯、食べに降りていきませんでしたね〜。すみません、すっぽかしちゃいましたか」
「ちがうわよっ!」
アンゼリカさんの声を聞きつけて、何人もが部屋に飛び込んできた。
とうとう泣き出したアンゼリカさんの代わりに、リュジュさんがベッドのそばに来る。自分にコップを持たせて、水差しから注いでくれる。
「アルファさん、三日も眠っていたんです。具合の悪いところは、ありませんか?」
よく見れば、リュジュさんの目も少し赤い。学園に一緒に行った侍従さんやトリーロさん、廊下にはほかにもうじゃうじゃいそうだ。
ん? 三日?
「熱もないのに、叩いてもつねっても目を覚まさないし。もう、このまま・・・」
リュジュさんまで、ぐずりだしてしまった。
「そうだよねぇ。宿屋で、宿泊者が突然死んじゃったりしたら、大変だもんねぇ「「違うでしょ!!」」・・・」
そっちの、心配じゃなかったの? 廊下の方からも、「違う!」って合唱が聞こえたような。
アンゼリカさんは、自分に抱きついておいおい声を上げて泣きじゃくる。そーっと、トリーロさんをみると、泣いているような怒っているような。
「友人が意識不明ときけば、みな心配します! ほんとうにこの人は! まったく!」
「そうでしょ?そうでしょ! この娘ってば、無茶ばっかりして、鈍感で、どうしようもなくて!」
ちょ、ちょっと、アンゼリカさん? 締まってます。そこ、締まってますって!
うめき声をあげ始めた自分を見て、トリーロさんと侍従さんがあわてて、アンゼリカさんを引きはがしてくれた。
「そういえば、なんで侍従さんがここにいるんですか? あ、殿下からなにか伝言でも?」
「う、はい。伝言といえばそうなんですが。「ご無理を申し上げたようで、大変失礼致しました」と。それで、具合がよろしくないと連絡いただいた時点で、王宮よりお世話するよう、言い付かって参りました」
「あの? なんで? 前にも言いましたよね? 自分、ただの猟師なのに、なんで?」
「ともかく、今はお休みください」
「目が覚めてますけど?」
「「「休んでください!」」」
「・・・はい」
消化に良さそうな食事をベッドでいただいた後、そのまま押し込まれた。
三日も寝込んでいた、というのは、本当に本当だ、と聞かされた。
脱皮前でもないのに、自分でも信じられない。・・・本気で、脱皮でなくてよかった。こんなところで本性出したら、[森の子馬亭]は全壊間違いなし! だし。
気疲れしすぎた?
そんな、やわなメンタルの持ち合わせはない。そうでなければ、前世の壮絶ともいえる最後を自分でお膳立てなど出来るはずもない。
原因が分からないのは困る。また、いつやらかすかわからない。
ただ、街に来たときに感じていた焦燥感が、消えている。ほっこり感のようなものが、じんわりと溢れている。なんていうか、「つながっている」?
体内の魔力の流れに異常はないし、頭もすっきり、手足も軽い。
いやほんと、わからないのが困る。
ベッドの上でごろごろしながら、考える。考えているうちに、また眠ってしまった。
昼食をふっとばし、夕食前に目が覚めた。ん〜、もういいや。次にああなったら、そんときはそんときだ。そういうことにしておこう。
寝っぱなしだったというので、一通り着替えて、食堂に行く。
「アルちゃん! 起きてきたらダメでしょう!」
「アンゼリカさん〜、お腹すきました〜」
「! わかったわ! すぐに持ってくるから、部屋で待ってなさい!」
「ここまできちゃったし。食堂でもいいじゃないですか」
「〜〜〜、大人しくしているのよ?」
ちょうど、侍従さんが部屋から離れていたところだったようだ。彼もあわてて食堂に来た。
「女将さん! 賢者殿が、って。起きてらしたんですか?!」
「どうも、お世話かけました。お腹すいたんで、起きてきちゃいました」
「・・・はぁ。お呼びくだされば、ご用意いたしましたのに」
ぐ、ぐぅぅぅぅ。
腹の虫め、こんな所で自己主張するんじゃない!
「「・・・」」
どこからか、薄手のガウンを持ってきて、自分に羽織らせる。どこの、お嬢様扱いなんでしょ? 慣れない・・・。
「病み上がりなんですから、体を冷やさないようお召しになってください」
「いえもう、大丈夫ですから」
「お召しになってください」
保父さんだよ、この人。
柔らかく煮込んだ肉と野菜のスープ、薄味に仕上げてある。はぁ、あったまるぅ。
「ほら、やっぱり、冷えていらしたではないですか」
侍従さんの甲斐甲斐しい世話を受けながら、おかわりも貰って食べた。
アンゼリカさんは、いきなり食べすぎだ、と取り上げようとしたが、タイミングよく腹の虫が鳴いてくれた。
偉いぞ、自分の腹の虫。
食べ終わったら、すぐに部屋に連れ戻され、ベッドに寝かされる。
「さっき起きたばっかりなんで、眠くないんですけど」
「横になっていてくださればいいんです」
「すこし話をしてもいいですか?」
「なんでしょうか」
「学園の話、あれからどうなりました?」
「どうもこうも、賢者殿が倒れたというので、各方面がパニックに陥りました。それどころじゃありません。全部、止まったままです」
「どさくさで、全部なしにできませんかねぇ」
「そうして差し上げたいのはやまやまですが、こればかりは私にはどうしようもありません」
「それもそうですよね。ん? 「各方面」って、どの辺りのことですか?」
「ですから、全部です」
「王宮とか、ギルドとか?」
「そのようです」
この国って、一介の猟師相手にどうなってるんだ?
「近急のネタは学園関係だけだと思ってましたが、なんで、あっちもこっちも?」
「賢者殿ですから」
だめだ。こうなったら、連絡があるまではほっとくしかない。
「先日、先々日とも、こちらの食堂に王宮やギルドから人が集まってきておりまして」
「まさか、自分のお見舞いとか・・・」
「そのつもりだったようですが。皆様、女将さんの説教を受けておられます」
・・・目に見えるようだ。
「とんだとばっちりですね。迷惑をかけるつもりはなかったんですが」
「「無理をさせたから!」というのが主旨のようでした」
「はて、無理をした?」
「自覚なさらないのは重症のあかしです。さっさとお休みください」
問答無用で、再び押し込まれた。むぐぅ。
翌日も、部屋に軟禁もとい安静にさせられた。仕事の合間をぬって、アンゼリカさんをはじめ、従業員のみなさんが顔を見に来る。「顔色がよくなってる!」と、よろこんでいる。顔色まで悪かったのか〜。ヘビ酒が効きすぎたのかな? 今後は飲み過ぎはやめよう。
さらに次の日、ようやく部屋から出してもらえた。食堂にいた人たちに「ご心配おかけしました」と挨拶すると、ほっとした顔になった。誰もが何か言いたそうにしていたが、アンゼリカさんの一にらみで散っていった。う〜ん、「おかあさん、最強」?
「大勢に囲まれるのは、まだお疲れになりますから」
侍従さんだけは、居残っている。何やら、紙の束を持っている。
「それはなんでしょう?」
たまりまくったギルドの書類か?
「お見舞いの手紙でございます」
・・・あ、さようで。
「それから、改めまして、」
おもむろに土下座した。
「賢者殿におかれましては、大変ご無礼を重ねましたこと、深くお詫び申し上げます!」
「な。なんなんですか?!」
「聞けばまだ十六歳であられる。また、人の街にこられるようになって、それこそ一年にも満たないとか。その短い時間で、このローデンの街に多大に貢献していただきながら、さらに、ご無理申し上げるところであったと、女将様から、大変きつくおしかりを受けました! すべておっしゃる通りであると、皆、反省しきりでございます。私、卑賤の身ではありますが、皆様よりのお言葉をお預かりし、代表を務めまして謝罪するよう申し仕りました。どうぞ、我々の謝意をお受け取りくださいますよう!」
どっしぇーっ。
「いえいえいえ!! 皆さんの責任とかそういうのじゃなくて、たまたまちょ〜っと寝すぎちゃっただけですから! それのどこがこんな大仰な話になっちゃうんですか!」
「アルちゃん。どんな状態だったか、自分が知らないからそんなことを言ってるんです。とにかく、あ・れ・だ・け、無理はしないようにって、お母さん、言ったわよね?」
「偶然ってこわいですよね〜、ね? 侍従さん?」
「「偶然とは思えません!」」
ちがうもん、ちがうも〜ん!
「病み上がり」の人を捉まえて、懇々と諭すアンゼリカさん。とにかく、たくさんの人に心配をかけまくったことだけは理解した。そして、ふて寝にしろ二度寝にしろ、そういうのはまーてん限定にしよう、と心に決めた。
翌日、森に帰ることにした。
アンゼリカさんは、まだ体調がとか、無理するとか、いって引き止めようとしたが、「人が来ないから」の一言であっさり認めてくれた。
街門には、団長さんとかヴァンさんとか他にも何人も待ち構えていた。アンゼリカさんの口利き禁止令はまだ解かれていないそうで、ただ、すまなそうな顔をしている。
「皆さんには、ご心配おかけしました。調子が戻ったら、また来ますから」
と、挨拶すると、一斉にお辞儀をして送り出してくれた。
だから、今生の別れじゃないんだってば。
すぐさま、ローデンに遊びにいくのは控えた。アンゼリカさんが「休みなさい!」とかいって、宿に閉じ込めそうな気がしたから。
しばらくはドラゴン体のまま過ごした。んでもって、まーてん山頂で昼寝三昧。たまーに街中でアレやコレやする程度で、無理をしているとは思えないんだけどねぇ。森の生活とのギャップで、いい刺激になるくらいなのに。
たっぷり昼寝をしたら、また、いつもの創作活動、もとい、怪しい食品開発。
・・・いろいろ心配してもらったようなので、お見舞い返しでも用意しようかと。決して、ヴァンさん達を実験台にしようとかは考えてないから。ないったらない。
それにしても、人付き合いは、昔っから苦手だった。嫌われているわけではないようだから、それはうれしいが、どこか行き過ぎてるとしか思えない。
まして、今は本性がアレなだけに、他人の思惑にいいように利用されるの遠慮したい。
ん〜、難しいね。
主人公、自身の異常性に自覚があるが故に、社会との関わり方に一方的に線を引いてます。というより、鈍すぎる?
それはそうと、侍従さん。主人公はそろそろ自称十七歳になってます。




