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二人きり

217


 食後の香茶をいただいたあと、竪琴を取り出し、『遮音』を実行。曲は、生き物を愛でる女の子の子守唄。ブルーな気分を表現してみた。


「・・・何か、胸にこたえる曲ですね」


「そうですか?」


「・・・。あ、用件はですね。[学園]から、書類を預かりました。「魔術科研究員として学園への所属を認める」だそうですよ?」


 ポン! 音が外れた。


「・・・なぜに研究員?」


「やはり、あの結界を見れば、学生と一緒に授業では比較にならないと思われたのでしょう」


「いや、自分が知りたいのは、その学生の学んでいる部分なんですが」


「多分、学生の方が授業にならないのでは・・・」


 つまり、自分のレベルが高すぎて、教えることはない、と判断されたようだ。だけどねぇ。


「独学なんで、他の方が使っている魔法陣とか読めないから、研究しようにもその手段がないんですってば」


「・・・そうでしたか。それは困りましたね」


 基礎を知らずに研究はできない。そういうことだ。


「実は、学園には結界術を専門に研究している教授がおりまして、先日の騒動を聞いて地団駄踏んだそうです。それで、「自分の所に寄越せ!」と学園長に直談判したとか。

 彼は、魔力量は多くないのですが、結界術の魔法陣の開発ではそれなりの成果を上げていまして。いわく、双方の研究がはかどるのではないか? と押し切られたとか」


「話がうますぎる、気がします」


「いいではないですか。むこうから招いてくれているんですから。そうだ、研究員として給与も出してくれるそうです」


 ピン! また、音が外れた。


「・・・要りません」


「だから、くれると言っているんですから、貰っておけばいいんですよ」


 さっきから、自分が出したヘビ酒(魔力なし)を、嬉々として飲んでいる。酔っぱらってないか?


「・・・結界の研究をしているという人の情報を知っておられますか?」


「ええ! もちろん調べさせましたとも! 賢者殿には滅多な人を寄せ付けるわけにいきませんから!」


 あ、完全に回ってるわ。


 アンゼリカさんに目で救援を頼んだが、断られた。酒瓶を取り上げようにも、竪琴を奏でる手を止めれば結界も消える。いや、術弾用意してすぐに切り替えればいいんだけど、衆人環視でそれやっちゃうとそれはそれで目立つわけで〜。


 教授さんの説明に始まり、学園と王宮の関係だとか、教育レベルと街の発展についてだとか、しゃべり疲れて船をこぎ出すまで延々と聞かされ続けた。


 殿下のお迎えが来たので、さっさと預ける。


「賢者殿〜、明日〜、おむかえに〜、あがりますから〜」


 こんな殿下の醜態は初めて見るらしい。兵士さんたちは、ちょっとおどろいていたが、自分の挨拶ですぐにびしっと姿勢を正した。


「はいはい、おやすみなさい。では、皆さんもお気をつけて」


「「はい! お任せください!」」


 馬車を見送って、部屋に戻る。いつの間にか飲み残しの瓶がなくなっている。いや、そういえば殿下が胸に抱え込んでいたかも。・・・見なかったことにしよう。


 部屋に戻って寝た。



 翌朝、殿下はお見えにならなかった。

 昼になっても、来なかった。


 心配になって、王城に行ってみる。身分証で入れる所まで進み、殿下について聞いてみる。


「王太子殿下とお約束していたのですが、なにかありましたか?」


 それを聞きつけたメイドさんが奥の方に駆け込んでいく。すぐさま、別のメイドさんがやってきて、自分を引っ張っていく。


 案内された部屋には、侍従長さんと女官長さんが何とも言えない表情で立っていて、奥にはベッドが一つ。みょーなうなり声も聞こえる。


 ・・・これは、やはり。


「お久しぶりです。女官長さん」


「ペルラ、とお呼びください。賢者様」


「賢者殿、お初にお目にかかります。私がこの王宮の侍従長を務めております、ブラシカラパ・ジーネと申します。以降、お見知りおきください」


「ご、丁寧な挨拶、痛み入ります。自分が、アルファ、森の猟師をやっているものです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 とりあえず、初対面のご挨拶。


「奥にいらっしゃるのは、・・・」


「「はい、王太子殿下でございます」」


「あれは、二日酔いですよね?」


「「!!」」


 気づいていなかったんかい!


 ただ、頭から布団をかぶっているから、口の匂いに気づけなかった、というのもあるだろう。


「昨晩は遅くに帰城されまして、今朝、ご様子を見にきましたら、あのような状態で・・・」


「自分が泊まっている宿に来られた時に、お土産に一本渡したんですよ。そこで、結構調子よくお召し上がりになられてました。ちなみに、これが同じものです」


 ヘビ酒(魔力なし)を、もう一本取り出して、ブラシカラパさんに渡す。ふたを開けて、慎重ににおいを嗅ぐ。女官長さんも、においを嗅いで顔をしかめる。


「これは・・・」

「かなり、強いお酒ですな」


 まあ、蒸留酒にスタミナ抜群のヘビの内臓を仕込んだものだし。


 二日酔いの薬も出しておく。


「よければ、これ、使ってください。ギルドのハンターに飲ませて、効果は確認済みです」


「「何でしょうか」」


「二日酔いに効きます。えと、原液では飲みにくいので、水で二十倍ぐらいに薄めてください」


「そのままでも飲めるのですか?」


「口の中が、すごくえぐいかんじになりますが、効果は同じです」


 ブラシカラパさんは、横向きになってもだえている殿下を上向きにさせ、渡した薬を一気に口に注ぎ込んだ。


「!!!」


 二日酔いとは違う苦しみに、さらにベッドの上を転げ回る殿下。アレ、コーヒーの苦みだけを濃縮して口いっぱいに含ませた時の味、と言えばいいのかな。試飲した時は自分でもころげまわったし。にもかかわらず、胃腸は、すっきりさっぱりするという、みょーな薬なんだよね。


「・・・あのー、ふつうは、殿下方が口にされるものは毒味とかするものではないのでしょうかー」


 二人ともにっこり笑ってこういった。


「賢者殿が出されるものに、疑問を持つはずはございません!」


「そんなに、簡単に信用したりしていいんですか〜?」


「賢者様ですから!!」


 ・・・理屈がわからん。


「殿下は、ほっといてもいいんですか? 水を飲めば少しは楽になりますよ?」


「「教育的指導です!」」


 よく見れば、ベッドサイドの水差しが取り上げられている。うわぁ、復活するのはまだ時間がかかりそうだ。


「えと、でわ、自分はこれでおいとましてもよろしいでしょうか〜?」


「何か、ご予約がおありだったのでは?」


「殿下が、この様子ではどうにも。お大事に、とお伝えください〜」


「「かしこまりました」」


 城門までメイドさんが案内してくれた。別れ際に、皮の小袋を渡される。


「これは?」


「いただいた御酒、二本とお薬の代金、だそうです」


「! 頂けませんよ?!」


「女官長さまから「かならず受け取っていただくように。さもないとお仕置きです」といわれておりますので・・・」


「・・・」


 仕方なく受け取り、涙目に感謝を浮かべて一礼するメイドさんに、こちらもお辞儀を返して、城をあとにした。

 繰り返します。お酒は二十歳を過ぎてから。暴飲暴食は避けましょう。なお、作者は、ハブ酒のたぐいを飲んだことはありません。

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