道、半ば
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魔術科生学生騒動は、一応沈静化した。
が、自分は収まってない。自分の魔術の出来が、「いまいち」であることを知っているからだ。自力での繊細なコントロールがかなわず、術具を工夫することでなんとか体裁を整えているわけだから、「あの程度」と言われてもしょうがない。
「技を磨け」というのが、師匠の教えだ。体術だけでなく、魔術の技も精進しろ、と。
だが、現在、自分の魔術研究は行き詰まっている。
幸いというか、学園には「魔術科」がある。自己流ではない、体系化された知識が得られる施設だ。問題は、授業を受ける暇があるかどうか・・・。
いや、暇というより、街中にいられるかどうか、だね。
何度かローデンに来て実感したが、滞在日数が五日を過ぎると、窮屈でたまらなくなる。人並みに筋力を抑制しているせいなのか、街の雑踏や気配が自分の五感には刺激が強すぎるのか。最初の時は、ほぼ半分を牢屋で静かにしていたからなんとか保っていた、のだと思う。
「勉強はしたいが毎日は嫌だ」、は通用しないだろうしなぁ。
騒動のあった翌日に、紙漉実演と機材の確認に立ち会った。
やはり、漉き板の底に苦労したようだ。自分はエルダートレントの粗織りの布を使ったが、細くて丈夫で凹凸の少ない素材はなかなか見つけられなかったらしい。工夫の結果、細い竹の串をすのこ状に並べて使うことにしたそうだ。乾燥用の板も、竹を利用することで取り扱いしやすいようになった。
その手があったか! まーてん周辺にも竹はあったのに〜。やっぱり、大勢での創意工夫が加わると、いいものができるよねぇ。
若手の職人さんも混ざって、皆すごく楽しそうに作業している。ちょっぴりうらやましい。
ドリアードの葉は、ギルドが採取量を決め、定期的に商工会に卸すことが同意されている。「取り過ぎ注意」のためだ。採取量は、繁殖状況によって増減することも了解済み。
よし、あとはおまかせだ。
と思ったのに。
「では、賢者殿への支払い分に付いて、契約書を」
「いやいやいや、ちゃんと採算とれることを確認してからにしましょうよ」
「とれると確信したからこそ、この事業を始めたのですぞ? それともなんですか、無謀な試みを我々に提案していたと?」
「会議でも言ったじゃないですか。無駄にしたくなかっただけだって。試作したのも、採算度外視で自家消費用だったし」
「では、開発費も含めて、ですな」
「ちーがーうーっ」
商工会の、金勘定のキャリアを積みまくった海千山千にかなうはずもなく、売り上げの一割が自分の取り分に決められてしまった。開発費に当たる分は、一年目の売り上げ総額の二割、だそうだ。なんもしてないのに〜。
商品名は、抵抗した。自分の名前をつけようとしていたから。冗談じゃない! 材料がわからないように、ドリアードの名前も却下された。結局、「ローデン紙」で売り出すことになった。よかった、これなら妥当だ。
翌日、森に帰った。
まーてんで、魔術について考える。改良の余地はある。特に、領域だ。
領域を術弾で指定せずに結界を張ろうとすると、とっさの時ほど範囲が広くなる。起点を術弾にした時より、術弾なしで起動する方がうんと広い。まーてんで『雨避け』を開いて、糸取り作業する時は便利だが。
森の中であんなばかでかい結界を展開するのは、使い辛いし目立つし。かといって、範囲に注意を向けると、出力がとんでもないことになったり。
つまり、術弾に仕込んだ術式にもう一工夫が必要なんだけど、うまくいかな〜い!
ロックアントのシーズン前に、誰か相談してみよう。
八回目?になるのかな。ローデンの街に来た。
門兵さんが、「お帰りなさい」と言って通してくれる。ちがいます!というのも違う気がして、「こんにちは」と挨拶だけした。ちょっとは嬉しい、嬉しいけどさ。
[森の子馬亭]で宿泊手続きをしている時、アンゼリカさんに、このことを言ったら、
「当たり前じゃないのぉ。アルちゃんは、私の娘なんだから!」
と、うれしそうに自分の頭をなで繰り回した。そうなのかなぁ。いいのかなぁ?
夕食前にギルドハウスにいった。トリーロさんが迎えてくれて、一通り報告してくれる。
各種のお誘いは、本人が街にいないから、の一点張りで拒否通知済み。繰り返し来るものにも、その都度同じ理由でお断りしているとのこと。
親指を立てて、ぐっと突き出し、その調子で! とお墨付きを出す。
トリーロさんの執事然とした微笑みに一段と磨きがかかった。まぶしい。
あとは、ローデン紙の販売状況は好調だとか。過去の採取履歴の調査経過で、徐々に数量の変化が読める程度にまとまってきたとか。
ヴァンさんもやってきて、報告に加わる。
「お嬢が言ってくれなければ、気がつかなかったぜ。五年、十年単位でやっとわかる程度だ。お嬢、よく数年分の調査だけでわかったよな?」
「数を記録していたのはそのくらいで、もう少し前から森を見てましたから」
「それもそうか、野生児ならではってことか」
「ぐっ。ま、まあ、そういうことです」
「あとな、お嬢の口座、作っといたから」
「口座?」
トリーロさんが説明してくれた。自分が何かやらかす度に、ギルドに大金を預けられるのは困る。今度からは紙の売り上げから定期的に支払われる分もある。口座に振り込むようにすれば、窓口嬢やヴァンさんの胃が痛まなくて済む。トリーロさんも、部屋に山積みになった金貨の袋を見て、目を回さなくて済む。
そういうことらしい。
「ローデンの住人じゃなくても、口座って持てるんですか?」
「何言ってやがる。お嬢はうちの顧問だろ? 身分保証はばっちりだ。どこからも文句は出ねえぞ?」
なんでも、身分証に口座情報も記載されているとのことで、商工会やギルドの窓口にある装置に身分証をかざすと、残高が確認できる。そこでは、限度額はあるものの、手数料なしで、預け入れと引き出しもできる。また、協定を結んでいる他の街でも通用する。商工会の窓口では、口座間での取引も可能。現金を持たずに街道を行き来できるし、安全かつ便利。街を行き来する人たちの必需品なわけだ。
ちなみに、身分証は、ギルドや商工会のほかに、役所でも発行してくれる。王宮の装置で発行される物は、とりわけ高機能なんだとか。
なんというか、世界共通の銀行カード機能付き住民票?
「じゃあ、身分証の紛失とか偽造とかは大丈夫なんですか?」
「紛失届があれば、すぐさま失効手続きがとれる。偽造したやつは、どこの街でも死刑だ」
うわお。
「昔っからあるからくりでな、どういう仕組みかはわからんが、とにかく、本人以外には使えないし、偽造品は完璧に見破ってくれる」
「身分証を作るのは?」
「その装置が勝手に吐き出してくれる。一度発行したら紛失手続きしない限り重複発行はしない。モチロン、失効になったカードは使えねぇ」
「すごいですねぇ」
「すごいよな」
あれ? 自分の身分証は、装置の前で本人確認した物じゃないんだけど、いいのかな? どうなんだろう。
「あ、そうだ」
二人が身構える。
「なんですか?」
「お嬢のその台詞は、なんかやらかす合図だろ?」
「失礼な! 相談です。魔術について、特に結界に関することを勉強したいんですが、なにかいい方法知りませんか?」
「「勉強!」」
「あんだけ戦えて、まだ火力を上げるってのか?!」
「こ、今度こそ焼き討ちですか?!」
二人の頭にげんこつを落とす。
「まだ、使い勝手が悪いから、ヒントが欲しいんですよ」
「「やっぱりどっかに討ち入りか!?」」
がん! ごん!
話にならん!
頭を抱えた二人をおいて、宿に戻ることにした。
今回のローデン入りでは、相談ごと以外の予定はなかった。ギルドでいいアイデアを貰えなかったので、のんびりしようと思っていた。しかし。
「おはようございます」
朝の[森の子馬亭]食堂に、またも殿下がご来訪していらっしゃる。フットワーク軽すぎない? にこやかな挨拶のあと、向かいの席を勧められる。
「おはようございます、殿下。本当に、朝、早いですよね」
「ええ、朝食もまだなんですよ」
「アルちゃん、はい、朝ご飯。あら、いらっしゃいませ。お食事はいかがなさいますか?」
「女将さん、お早うございます。先日は失礼しました。私の分も、お願いします」
「あらあら、ご丁寧に。すぐに、お持ちしますわ」
自分が口を挟む間もなく、あれよあれよと話が進む。
「殿下。ご自分のお勤めはいいんですか?」
「はい。済ませてきましたから。今日は、賢者殿とご一緒させていただければ、と」
「何でそうなる?!」
「なぁに? 大きな声を上げて。はい、お待ちどうさま」
二人分の朝食が運ばれてきた。薄切りの薫製肉をあぶったものに、麦粥とスープ、果物が添えられている。
『いただきます』
「? 聞いたことのない言葉ですが、それは?」
「師匠に教えられた、食事を始める時の挨拶です」
そう言うことにし、ておいたよね?
とにかく食べる。食後に、香茶をいただいた。
「実は、昨晩、ギルドマスターと秘書役から手紙を受け取りまして」
ぐほっ。気管にお茶がっ
「できれば、相談に乗ってもらえないかと。お役に立てますか?」
「けほっ。いや、殿下のお手を煩わせるほどのことでは・・・」
「あら、いいじゃないの」
アンゼリカさん! 後ろにいるのはわかってたけど! その台詞、なんで?!
「またなにか、悪巧みしているんでしょ? 殿下が付いてくだされば、何だってできるわよ?」
殿下まで、楽しそうに笑う。
「自分にできることなら、何なりと。ぜひ、お話に加えていただきたい」
「悪巧みじゃありません。魔術の勉強がしたいって、ヴァンさん達に相談しただけで・・・」
「「ほう」」
アンゼリカさんと殿下の目が光った!
「先月のあの騒ぎね?」
「違います!」
「王宮の魔術師達がとばっちりを恐れて、戦々恐々していましたね」
「アレから、どうなりましたの?」
「主に扇動していた者は、ギルドで採取依頼を受け付けてもらえず、術具の素材など必要な物を買いそろえるのに四苦八苦しているとか。その所為、十分な指導も受けられず、離反する学生が続出だそうです」
王子さま? そのもののいいかた、怖いです。
「また、商隊護衛などの仕事の依頼もほとんどないそうで。どうやって生活しているんでしょうね」
「いいんですか? そんな、あからさまなサボタージュを認めて」
「サイクロプス討伐で素早く街門が解放された功績は、知る者は知っているもの。根も葉もないうわさで非難する者が、当然の報いを受けているだけですわ」
「そういうことです」
「逆に、根深く恨まれそうで、や、なんですけど・・・」
「その時こそ、賢者殿の実力でもって、エイヤッと」
「楽しそうに言わない!」
熱血通り越して、血の気が多すぎるんじゃないの?
「そんなの関係なしで! 自分の術をもうすこし工夫したいんですよ」
「あら」
「現状に驕ることなくさらに高みをめざす。さすが賢者殿」
「ちがいますっ。師匠の教えなんです。「技を磨け」と」
「他者の評価に踊らされずに、自らの技を極めることを求める。やはり賢者殿! すばらしいです」
「それはもういいですから!」
「でもねぇ。すぐに無茶をするから、この娘は」
「わかりました。この件は、私が責任を持ってお手伝い致しましょう」
「殿下も、お忙しいのではなくて?」
「賢者殿のためですから」
「あらまあ。そう言うことでしたら、よろしくお願いいたしますわ」
おほほ、ふふふ、と不気味な笑い声が食堂に響く。逃げよう。
しかし、またも捕まった。魔獣からも軽々と逃走していた自分が、逃げられないなんて! アンゼリカさんこそ、人間じゃないんじゃない?
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主人公の魔術(103話)は、保有している魔力量が桁違い。そのため、小さく使うことと、精密な操作の両立に苦労している。術弾を使う「技」を、さらに磨き上げようと研鑽している。
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術弾
現在、エルダートレントの薫製した種、サイクロプスなどの魔獣の爪、のほかにもう一種類。材質は後日発表予定。
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主人公が街中で落ち着かない理由
本人の推測通り。
だと思う、じゃなくて、自信持とうよ。(by作者)




