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後始末

212


 王宮で休まれては、とも誘われたが、丁寧に断っておいた。宿に戻って、一泊延長の手続きをする。


 夕食前後に食堂で竪琴の練習をしていたら、お客さんにも従業員にも喜ばれた。まだ、そんなほめられるほどの腕じゃないんだけどな。

 寝る前に、殿下から借りた本の一冊を、少しだけ読んだ。歴史の本だった。苦手だったんだよね、歴史は。本当に、少しだけ読んで、眠った。


 翌朝、ギルドの執務室で、紙漉用の資料を作る。素材の採取方法から、漉き用の液の作り方、漉き方、乾燥方法など。トリーロさんにも、書き写しをお願いする。昨日の会議の参加者に渡す分だ。これらは、トレント紙に書き起こしておく。報告書だし、これでいいのだ。


 今後もこの手の書類の複製依頼が来るかもしれないから、といって、トレント紙と専用インクを部屋に残しておいた。「トリーロさん、管理任せたからね」と言ったら、真っ青になって部屋を飛び出していった。ヴァンさんに泣きつきにいったらしい。でも、「それが仕事だ!」と逆に怒られてきた。


 いろいろ相談した結果、鍵を付けることにした。術弾を工夫して、対になる物を持っていなければ、扉が開かないようにした。窓も同じ。防爆仕様で、ギルドハウスが壊れてもここだけは丸ごと残る安心設計。鍵は、三つ、ヴァンさんとトリーロさんと自分。これならいいでしょ? と言ったら、二人ともぶんぶん頭を振った。


 午後になって、女官長さんとローブを着た人、それと治療院の人が来た。治療院の人はガーローフさんという。ごま塩頭だけど、まだそれほどの歳ではない、らしい。


 ギルド裏手の解体場に行った。ヴァンさんも付いてくる。トリーロさんは、執務室でお留守番。というか断固拒否、された。なんだかなぁ。


 初見の魔術師さんがいるので、報告書に書いた加工方法を、もう一度口頭で説明する。

 鍋やら薪やらを用意する横で、水晶製の石臼を取り出す。その下には、ロックアント製の大きなトレイ。ヴァンさん以外の人がまじまじと見つめる。


「賢者殿、これらは?」


「とにかく、加工中に魔力に触れさせないことが、肝要です。自分が試した中では水晶が一番魔力を伝えにくい素材でした。下の大きな盆は、挽いた粉末を集める物で、ロックアントを加工して作りました」


「「「!」」」


「道具の詳細は、またあとで説明します。いいですか?」


 そう聞いて、我に返ったらしい。こくこくと頷く。


 まず、魔術師さんに【魔力避け】の結界を張ってもらう。当然、彼は結界の外にいる。女官長さんとガーローフさんには、自分からやや離れたところで見ていてもらう。


 ノーンの時と同じ作業を、途中、注意事項を伝えながら進める。

 使った根は一株分。生の時はぷくぷくにふくれているのに、完全に煮出したあとや乾燥させると糸のように細くなる。へんなやつ。

 根は、こげないようにから煎りし、すべて粉末にし、小瓶に小分けにする。


「水晶を加工して作った瓶なので、これでしばらくは保管できますが、湿気をすったら使えなくなるので、長期保存は難しいと思います。

 つぎは、煮汁の方ですが、あ、もう結界は解いてもいいですよ?」


 魔術師の男性は、ふらふらになっていた。


 ふむ、これくらいか?


 グラスに煮汁を少量くんで、男性に渡す。


「試しに、飲んでみてください」


「!」


 女官長さんの眼力に促されて、おそるおそる口にする。


「これは!」


 一口飲んだだけでも、結構回復できたようだ。


「たぶん、今の疲労具合からすると、そのグラスにある分、全部飲んでも大丈夫。でも、それ以上はやめといた方がいいです」


 ガーローフさんが質問する。


「その心は?」


「ノーンの二の舞」


「「「!!」」」


「[魔力酔い]治療薬も、投与量が多すぎると、体内の魔力が一気に枯渇することで、体調不良を起こし、最悪、死亡します。他人の魔力をはかれる人がいない所では、絶対に使ってはいけません」


 見てくれはただの雑草なんだけど、それでも魔獣の一種だけある。効果はブッチギリでヤバい。


 見物人は、そろってがくがくと頷いた。


「そういえば」


「何か質問が?」


 ヴァンさんが、訊いてきた。


「お嬢、魔術が使えるんだよな?」


「そうですけど」


「なんで、治療薬の調合ができるんだ?」


「「「!」」」


 これまた、今頃気づいたか。


「この中に、他人の魔力量を量れる人はいますか?」


 ガーローフさんと女官長さんが手を挙げた。


「はい、握手」


 それぞれの手を握る。とたんに、すごい真剣な表情になった。肌が触れた状態でも魔力を感知できない魔術師はまずいない、らしい。


「「・・・魔力を感じません!」」


「そういう訓練をしたので」


 というより、そうしとかないと外を歩けない。


「だから、他の物に魔力の影響を与えない、と」


「そゆこと」


 女官長さんも質問してきた。


「ロックアントの盆を使ったのは?」


「【魔力避け】の結界があっても、地面からは少しずつ影響があるでしょ? アレなら、それを遮断できるから」


 次はガーローフさんだった。


「この小瓶は・・・」


「さっきも言った通り、水晶製です。あるいは、石英ガラスでもいいです。ほかになにか?」


「この大きさの水晶をそろえるだけでも大変です。まして、石臼に加工するなど・・・」


 あれ? 水晶ってそんなに産出しないものだっけ?


「えーと、根を乾燥させた状態で保管して、必要な時に調合すれば、保管容器はそれほど多くなくて済むのでは?」


「それはそうなんですが、道具類を揃えるための経費が・・・」


「まあ、あんな病気、そうそうあちこちで起こるとは思えないけど・・・」


「一度は起きたんだ。それに、あれほど大規模でなければ、ここそこで起きているかもしれない」


「じゃあ、これ、持ってきます?」


 石臼とトレイを指差す。


 王宮組とガーローフさんが相談を始めた。


 こっちは、ヴァンさんに相談する。


「煮汁、どうしましょう?」


「どうしましょう、って、その辺に捨てちゃ駄目なのか?」


「魔力の固まりですよ? 何がよってくるか、わかったもんじゃありません」


 魔獣は、より濃い魔力に集まる性質がある。はぐれ魔獣がいたら、マタタビよろしく飛んでくるだろう。あるいは、煮汁をぶっかけられた生物が、濃い魔力に当てられて変異するかもしれないし。


「女官長さん? どうします?」


「へ? はっ、はい。何でしょう!」


「使い方注意の煮汁、全部持って帰ります?」


「!」


 まあ、あんだけ怖い話を聞かせたあとだ、悩むわな。


 空の小瓶を数本出して、煮汁を入れる。


「この状態なら、魔獣ホイホイにはならないから、持って帰っても大丈夫。あとは、自分が始末しましょう。それでどうですか?」


「は、はい。それで、いいです。そうしてください。お願いします」


「臼とかは、要りませんか? 実は、ノーンに寄付してこようと思ったんですけど、「泥棒招き」とかいわれて突っ返されちゃってて」


「「!!」」


 ここでも、やっぱりそうなのか。


 ヴァンさんを見ると、あわてて引き寄せられた。


「うちに預けておく、なんて言うなよ? お嬢の部屋にあるとしても、その話が広まったら、馬鹿どもがガンガンよってくるからな。ギルドマスターとして、それだけは認められねぇ!」


 だめか。


 ふりむいたら、女官長さんが涙目で見ている。


「どうしました?」


「王宮に帰って、相談してきますわ。私の一存で決められそうにありません」


「では、「要る」となったら、トリーロさんに伝言してください」


「ただ、本日、作っていただいた薬と瓶の代金は、お支払いします」


 デモンストレーションだから、別にいいのに。そう言ったけど、実用に堪える品質であることが証明されたので、ちゃんと買い取るべきだ、とガーローフさんに言われてしまった。そういうもんなんだろうか?


 明日は森に帰ることを伝えると、代金はギルドに預けておくという。ヴァンさんは真っ青になって首を横に振る。


「お昼前に、ギルドハウスに立ち寄るので、その時に来てください」


 これなら、預かっても短時間で済む。ヴァンさんも認めてくれた。


 そうして、見学人はそれぞれ帰っていった。残ったのは、大鍋いっぱいの煮汁。


 ヴァンさんがまだいた。


「お嬢、それ、本当にもって帰れるのか? こぼれるぞ?」


 便利ポーチから、ロックアント製の一斗缶を出す。さらに、漏斗を取り出し、滓取り用の小さなザルも付ける。缶の口に差し込んで、煮汁を流し込んでいく。注ぎ終わったら、蓋を閉める。

 ぬれた鍋の中に水晶臼と漏斗、小ザルを放り込み、『焼滅』で、焼き飛ばす。トレイも同じ処理をする。あとは、ぜーんぶ、便利ポーチにしまうだけ。


 はい、後片付けもおしまい。


 ヴァンさんは、呆然としていた。もー今更だもん。このくらいなら、通常範囲内でしょ。


「・・・そうだったな。お嬢だもんな」


 ふんだ。


「でも、その容器、なんで女官長に見せなかったんだ?」


「これの素材を知ったら、卒倒するか、掴み掛かって吐かせようとするか。どっちだとおもいます?」


「わかった。もう訊かねえ」


 ヴァンさんも逃げ出した。



 翌日、[森の子馬亭]をでた。

 女官長さんとの約束にはまだ早いので、「喫茶店」でお茶を、と思ったが、早すぎたらしい。まだ、開店していなかった。それとも今日は閉店日だったのかな。

 ひまなので、ギルドハウスへ向かう。執務室にいったら、トリーロさんがもう来ていた。


「おはようございます。早いですね」


「お、おはようございます。顧問殿。顧問殿は、朝が早いとお聞きしていましたので」


 自分の呼び名がどんどん増える。誰か、統一してくんないかな。


「自分がいない間は、のんびりできますよ」


 うつろに笑うトリーロさん。


「は、はは、そうだと、いいですね。ええ。

 そ、それはそうと! 昨日のうちに伝言が。こちらです」


 商工会からだった。紙漉道具の作成は了解したこと。図面通りに作って、紙の試作にも取りかかる予定であること。ただ、一度、出来上がり具合を見てほしい。などなど。


 作成には時間がかかるから、次にきた時でもいいだろう。


「ひと月かひと月半後に来る予定なので、その時に都合が合えば見学させてください、と伝えてもらえます?」


「了解しました。あ、えーと、どちらの紙を使えばいいですか?」


「ん〜、都合の問い合わせだけだから、ドリアードのでいいと思います」


「早速、連絡します」


 監禁室には、机が二つ、応接セットが一つ、大きな棚が壁一面にある。トリーロさんは、その机の一つで手紙を書き始める。


「や〜、なんか、大変な所で仕事することになっちゃいましたね」


「僕も、ギルドでの秘書職はそんなに大変じゃないときいていたんですけど、あ、すみません!」


 苦笑する。


「あら。自分なんか、王宮から勝手に指名されて、ちょっとだけ〜のつもりが、なんでこうなったんだろう、な状態だし。でも、無理はしないでいいですから」


「はい、気をつけます」


「ではまた」


 受け付けにいくと、ちょうど王宮の使者という人が来ていた。


「賢者殿!」


「いやもう、それいいから、いいですから! とにかく、おはようございます」


「失礼しました。おはようございます、ですな。早速、」


「いえ、こちらにどうぞ」


 監禁室もとい、自分の執務室に案内する。トリーロさんは、すぐさま戻ってきた自分を見て苦笑した。


「もどってきちゃいました。王宮の人だから、ここの方がいいと思って」


「いえ、顧問殿の部屋ですから。お茶を用意してきます」


 そう言って、部屋を出て行く。


「改めまして。昨日、女官長殿がお約束した、薬と容器の代金です。どうぞ、お納めください」


 結構膨らんでいる。


「多すぎませんか?」


「注意事項に対する情報料も含まれているそうです」


 あれか、劇物注意。


「別件については、事業が運用されてから、売り上げの一部を定期的にお支払いする形にしたい、そうです」


「自分には要らないくらいなんですが。その分、値段を安くしてもらえるよう、伝えてくれませんか?」


「そう言われることを予想していたようで、こう返事するように、と。「高すぎても、安すぎても乱獲されます」だそうです」


 その、価格維持のために、自分への報酬を上乗せするって、適正価格とは言わないような・・・

 しかたない、次に直接あった時に文句言ってやろう。


 代金とやらを受け取って、トリーロさんが持ってきてくれたお茶を飲みながら、使者さんから関連した話をいくつか聞いた。


 使者さんが帰ったあと、自分も森に帰った。

 プレゼン前の資料作成は、何処も大変。事後報告書もきちんとね。


 #######


 水晶の石臼

 直径、約四十センテ。大きくて透明度の高い水晶は高価。加工すればもっと高価。

 まーてんの洞窟奥に水晶群があり、主人公は気軽に使っている。


 #######


 『焼滅』

 焼却、滅菌の略。ロックアントも水晶も魔力の炎では簡単に劣化しないことを利用して、着いた汚れなどを、水洗いする代わりに焼き飛ばす。主人公は、調理道具や染色道具を片付ける時によく使う。

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