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言いだしっぺ

211


 翌朝、フェンさんの店から呼び出しが来た。午後からと言っておいたが、どうしても早めにけりをつけたいらしい。


 トリーロさんには、自分の定宿が[森の子馬亭]であることを教えているので、急用のときは連絡が来るはずだ。


 フェンさんとメルメさんが待ち構えていた。


「「本当に、申し訳ありませんでした!!」」


 顔を見るなり、声を揃えて謝罪してくる。


「それはもう、十分に聞きましたから!」


「「うぐっ」」


「それで、ご用件は何ですか?」


「契約内容の変更です」


 メルメさんがそういった。


 持ち込み材料で使えない物を作ってしまったことの補償をする、ということらしい。


「こちらがロハにする、といっても?」


「「駄目です!!」」


「皆さん、完璧に赤字になりますよね?」


「「当然です!!」」


 ・・・そうですか。


 また、布地も相当量が未使用で残っているが、これも返却するとのこと。ちなみに、端切も全部。


「これまた、なぜ?」


「うちでは売れないもの」


「トレント糸など、初めて見る物です。聞いたことがありません。うちでは確かに持ち込み材料から製品を作りますが、物によります。余った素材を買い取ることで、価格を下げて提供しています。アルファさんの持ち込んだ素材はどれも桁違いで、うちで買い取れる価格ではありません。なにより、こんな物を売り出ししたら、他の業者につるし上げを食らいます」


「供給量が少なすぎる素材を独占している、と見られて、つまはじきにされるわ。そうなったら、商売できなくなるもの。

 かといって、もっと布をちょうだい、といわれても困るでしょ? アルちゃんは織り子さんじゃないんだから」


「・・・」


 トレント布の作り方を公表したら、トレントの乱獲が加速しかねない。織り機や裁縫道具も用意しなくてはならない。

 ・・・ドリアードの紙とは比べものにならないほどの大騒ぎになる、だろう。巻き込まれるのは必至だ。


 フェンさん達の意見は、もっともな話で反論の余地がない。



 そのあと、皮は作成済みの防具込みで店の買い取りとし、縫製代の残額と相殺、裁縫道具は即返却、借料は前金の金貨一枚、で話をつけた。お店のもうけは銀貨五十枚、しかし、裁縫道具の買い替えがあるので、今のところ完璧に赤字。


「アルちゃんには申し訳ないけど、つくった防具の売り上げはうちの物になるわ。と言うより、売らせて」


「いえ、皮素材はお店の買い取りなんですから」


「だって、アルちゃんのために作ったのに、別の人に売るわけで・・・」


「道具って、使われてこそ、でしょ? 将来有望な人に使ってもらえれば、自分も嬉しいです」


 あと、また服を作ってもらいたくなったら、フェンさんの店にお願いするから、とお願いしたら、またまた号泣されてしまった。


 なんとかなだめてから、完成品と返却品を受け取って、店をあとにした。


 そろそろ、お昼時だな〜、食事はどうしよう、とか考えながら宿に戻ろうとしていたら、兵士さんが自分を見つけて駆け寄ってきた。


「「賢者殿!」」


 それはもういいから!


「なにごとですか?」


「「至急、王宮にお越しいただけませんか?」」


 心当たりが、あるようなないような。


「・・・わかりました」



 王宮の小会議室たぶんに案内された。集まっていた人と昼食をとる。

 用意周到、と思ったが、元々その予定だったらしい。自分がいつ来るかわからなかったので、とにかく検討できることは早めにやってしまおう、と午前中から喧々囂々やっていたそうだ。

 ご苦労様。じゃない。やっぱり、自分が何かやらかしてたか。


 参加者は、王様、宰相さん、女官長さん、ヴァンさん、トリーロさん。

 トリーロさんは自分の名代として引っ張り込まれた。相当いやがったそうだが、「どうせ、お嬢への引き継ぎとしてあとからしこたま聞かせるんだから」と言われて泣く泣くこの場に来たとか。

 ほかに。商工会のトップスリー(売買、生産、金融)と治療院の責任者を紹介された。そして自分。


 宰相さんが司会役のようだ。


「賢者殿にはご足労いただき、かたじけない」

「その呼び方はやめてください!」

「「「「「いいじゃないですか」」」」」


 よくない!


「用件は、ノーンの報告と、ギルドからの提案です」


 両方一度に片付けるのか。


 治療院は、あの報告書でほぼ満足したが、できれば「治療薬の作り方をぜひ実演していただきたい」のだそうだ。

 また、女官長さんは、今日は王宮筆頭魔術師としての参加らしく、副産物の煮汁の利用方法を詳しく知りたいらしい。

 こちらは、あとで日程を決めるということで、一旦収まった。


 問題は。


「それで、賢者殿はローデンで「紙」を作らせて、どうしようというのかな?」


 どうするもなにも、「紙が普及すれば便利じゃん」ぐらいの感覚しかなかったからな〜。だけど、いい機会だ。[魔天]の植生異常に絡めてしまうか?


「ヴァンさん、トリーロさん、ちょっと」


 そばに呼び出す。


「お嬢、なんだ?」

「例の調査報告、どこまで進んでます?」

「三年前まではなんとか。だが、数値上はっきりと「減った」とは言い難いぞ?」

「いえ、調査が進んでいるという実績があればなんとか」

「何企んでやがる?」

「有効利用」

「「・・・」」


 地球での勤め人時代、プロジェクトマネージャーではなかったが、無茶ぶりを言ってくるクライアントへの説得材料をあれこれ提供したもんだ。

 今回は、相手が聞いてやろうという態度を示しているだけ、まだ楽だ。それに、出せるだけの資料を与えたら、決定はあちらにお任せできるし。


 まずは、ドリアード紙を作ったいきさつを説明する。[魔天]領域の素材はどんな物でも捨てるにはもったいない、と言ったら、全員が頷いた。よしよし。


 つづいて、植生異常について、「あくまでも私見ですが」と前置きした上で、調査状況と今後の推論を話す。


「植生の復元は一朝一夕にはできません。今、大繁殖しているドリアードを放置することは、それを妨げることになるでしょう。ある程度、数が減れば、他の薬草類が復活します。紙の材料はドリアードの葉の部分だけなので、根絶やしにする心配もありません。

 自分が考慮したのはここまでです。「紙」の販売方法や使い方などは、皆さんがお考えになることと思います」


 そこまで言って、席に着く。


 ややあって、数人が話を始める。

 やっぱり、詰め込みすぎたか? 具体的な分布図とか主な素材ごとの採取料の変化とかの資料がそろうまで待つべきだったか?


 王様が自分に話しかけてきた。


「賢者殿は、ローデンに来ていかほどかな?」


「半年ほど、でしょうか」


「それでも、ここまで考えてくださるのは、なぜ?」


 さて、なぜだろう? 自分でもよく判っていないんだけど。


「森が悲鳴を上げるのがほっとけないから、でしょうか?」


「「「?」」」


「時代が変われば、気候が変われば、そこに住む生き物の種類も変わります。だけど、人はそれ以上に変化を与えます。自分には、その変わり様が苦鳴をあげているように見えます。自分が猟師、だからでしょうか?

 極端な変化は自分の生活にも影響しますし」


「・・・なるほど」


 いや、判らなくてもいいんだよ? 適当な説明だから、今のは。


「「「「さすが、賢者殿」」」」


 なぜ、そうなる!


「賢者殿のご指摘、すべてもっともなことと思える。我々は、その主旨を違えることなく、いかにこの街に益をもたらすか、害を減らすかを検討すべきでしょうな」


 宰相さんの意見に、自分以外の全員が、同意する。え? いいの?


「賢者殿。これから我々で細部を調整しましょう。できましたら、後ほどそれに対するご意見をいただきたい。いかが?」


 いかがも何も、もう、自分、全部お任せしたつもりなんですが。

 何も言えず、ただ、うなずいた。


「賢者殿にも、了解をいただけた。あとは、我々の仕事だ。皆の者、よろしくたのむ!」


 王様の一言で全員が立ち上がり、それぞれに相談をはじめたり、すぐさま外に出たりする。


 女官長さんと治療院の人は、トロールさんとヴァンさんを捕まえて、なにやら話し始めている。あ、日程調整か。


 おや、自分は仲間はずれ?


 いつの間にか、メイドさんが来て、休憩室に案内してくれるという。

 やることなさそうなので、付いていった。


 そこには、王太子さまが待っていた。


「お疲れ様でした」


 先に挨拶されてしまった。やっぱり、腰が低いよな、この王子さまは。弟君とは大違いだ。


「いえ。先日はどうも」


 促されて、席に着く。すかさず、お茶が用意された。


「お手紙をいただいたあと、王城に来られると聞いたので、お待ちしておりました」


 手紙、届いたんだ。それはそうと。


「なんか、騒動の種を持ち込んじゃったみたいで」


「変化があるのは人の世の常。それをよりよい方向に導くのが、上に立つ者の責務であると心得ます」


 自分は、基本、民間人というか一般人というか。なので、雲の上の人の判断も心得なんかも知りません。


「あ〜、ま〜、よろしくお願いします?」


 殿下は、くすりと笑うと、控えていた侍従を促し、持たせていた物をテーブルの上に並べさせた。


「こちらが、先日お約束した書物です」


 丁寧な装丁を施された分厚い本が、何冊もある。


「! よろしいのですか?」


「これらは、小遣いで買い集めた私物です。賢者殿のお役に立つなら、喜ばしいことです」


「殿下まで! 「賢者」呼ばわりはやめてください〜〜〜」


 がっくりとうなだれる。どこが、どうして、そういう呼び方になるんだろう。


「誰にいわれるでもなく、自ら起ち、他者に道を指し示す。賢者と呼ばずになんと呼べと?」


「自分はただの猟師で、世間知らずなだけです」


「ただの世間知らずには、あのような発想、提案はできませんよ?」


 殿下は、やんわりと言い募る。


「本当に買いかぶり過ぎですよ、この国の人たちは」


 ああいえば、こういう。表現は穏やかでも、中身は変わらんらしい。熱血系め!


「えーと、それで、いつまでにお返しすればいいですか?」


 今日も発動、話題転換の術!


「いつでも構いませんよ。私は、既に読み終えてますから」


「・・・では、お言葉に甘えて、しばらくお借りします。あ、必要な時があったらいつでも言ってください。すぐに返却しにきますから」


「普段は森にいらっしゃるそうではないですか。どうやって、連絡すればよろしいのでしょうか?」


 がはっ。そりゃそうだけどさ!


「・・・ギルドに部屋を貰っちゃったので、そちらに伝言を寄越してください。まめに顔を出すようにしますので」


「はい、了解しました」


 あくまでもにこやかに、殿下がお返事くださる。さっきの会議よりも、疲れたかもしんない。


 殿下が退出されたあと、ギルドの二人と女官長さん、治療院の人がそろって休憩室にきた。


「お嬢、このあとの予定は?」


「明日、森に帰ります」


「一日延ばせないか?」


 薬の件か。確かに、さっさと片をつけた方がいいか。


「じゃあ、明日、調合実演しましょうか。作る時に二種類できるから、お二人ともいっしょに見てもらった方がいいと思うんですが」


「「解りました」」


「そちらの都合の良いお時間は?」


 女官長さんは、今日の会議のこともあって、午前中は手が離せないそうだ。


「では、明日の午後、・・・どこにしましょう?」


「人目のない方がよろしいのですよね?」


「使い方によっては、劇薬です。でも、作り方は難しくない」


「「「!!」」」


 ヴァンさんが、提案した。


「うちのギルドならどうだ? 最近、お嬢がいろいろやってるのは皆知っているしな。「また、何か始めたか?」ぐらいで、ごまかせる。関係者以外立ち入れない場所でもあるし、どうだ?」


「いいですね。あ、女官長さん、調合の際に、魔力避けの結界が必要なんですが、お願いできます?」


「あ、あの、賢者殿にお願いするわけには参りませんか?」


「自分が居るうちに、みなさんで調合できるかどうか確認できた方がいいでしょ?」


「「!」」


 二人とも納得したようだ。

 主人公、王宮で適当説明を連発、したつもりが、なぜか参加者全員が鵜呑みに。おかげで、すんなり説得はできたものの、「知恵の回るすばらしい人」的認識がさらに強化されてしまう。あ〜あ。

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