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街道都市のあり方

210


 そういえば、今回の宿を知らせてこなかったな。ま、いいか。


 ちょうど夕食どきだったので、宿についてすぐに食事にした。頼まれ書類の書き取りがあんなに疲れるものとは、思ってもいなかった。


 リュジュさんが給仕してくれた。


「リュジュさん、久しぶりです」


「お帰りなさい、アルさん」


「・・・リュジュさんも「お帰りなさい」なんですね」


「はい、女将さんの指導です!」


 アンゼリカさん、そこまで徹底しなくても〜。


「明日は、女将さんが付いていきますから、そのつもりで」


「!」


 喉に詰まらせてしまった。


 あわてて、背中を叩いたり水を飲ませてくれたりした。が、


「なんで、アンゼリカさんが?」


「「アルちゃんの晴れ姿をこの目で見るのよ!」とかなんとか。フェンさんへの伝言は私が行きました。「フフフ、いよいよだわ!」だそうです」


 ・・・丸一日、みといて、よかった。


 翌日、朝食後すぐにフェンさんの店に連れて行かれた。予告通り、アンゼリカさんがくっついている。


 三度目の縫製室で、まんま着せ替え人形になった。


 そして、今、フェンさんが両手を床に付き、絶望のポーズをとっている。


「この、この私の見立てが狂うなんてっ」


 今日も店を閉めているらしく、従業員のお姉さん達もそろっている。が。


「ベストまではいいわ。小手もすね当ても問題ない。なのに、なぜっ」

「いえ、使えない物もあったでしょ?!」

「自信が、誇りが、あああ〜〜〜」


 皆さんそろって、泣き伏している。


 なぜか?


「どうしてかしら? どちらの胸当ても似合わないなんて」


 アンゼリカさんが、ぼそっとつぶやく。


 そう、服はすべて問題なかった。自作のシャツやズボンとほぼ同じデザイン。なのに、着心地バグツン! 

 型紙の取り方一つ、縫い方一つでここまで変わるなんて! 自分、裁縫をなめてました。


 そこまではよかったのだが、皮で作った胸当てを装着したとたん、お姉さん達から悲鳴が上がった。さらに、小手とすね当てを追加したとたんに、さっきのような有様に。


 二種類作った胸当ては、サイズ、装着感ともにジャストフィットであった。あったのだが、自分的にすごく動きにくい。小手とすね当ても、やはり「使いやすい」とは言い難かった。


 そのあたりの感想も素直に伝えると、さらに嘆きっぷりがひどくなった。


「皮? 皮が悪いの?」

「そんな! アルちゃん持ち込みの皮は、どれも最上級品でしたよ?」

「ならば、デザインなの?」

「防具担当としては、あれはベストです! です、はず、なのにっ」

「アルちゃんが付けたとたんにあの違和感! なぜなのっ?!」


 なんか、防具だけが異様に浮いて見えるらしい。


 防具を外して、アンゼリカさんを見る。


「・・・どうしましょう?」


 アンゼリカさんも困惑気味だ。


「そうね、どうしましょう」


 相談して、まずは落ち着いてもらおう、ということになり、アンゼリカさんがお茶を用意した。自分は、脱ぎ散らかされた服をたたんでいく。


 縫製室がある程度片付いたところで、皆にお茶を配る。お代わりまで出したところで、ようやく落ち着いてくれた。


「ぐすっ。本当にごめんなさい。えぐっ。あんなに、自信たっぷりに、えっ、ひきうけたのにっ。ひぐっ」


 店主のフェンさんの落ち込みようが、一番ひどい。


「いえ、服は完璧でした。だから、もう「だめよっ」・・・」


 まだぼろぼろ泣いている。


「私はっ、服とっ、防具の、「コーディネート」を受注、してたのにっ。使えない、物をっ、〜〜〜」


 多分、持ち込み材料で作った物が使えなくなったことを、申し訳ない、と思っているのだろう。アンゼリカさんに、確認してみる。


「そうでしょうね。でも、たまには、そういうこともあるんじゃないの?」


 がばっと、顔を上げた。


「私は自分の見極める才能を信じてここまでやってきたし、事実成功してきたわっ。今までのお客様には、満足していただいた。一件の苦情もないことが、誇りなのよ? それが、それが、お渡しする前にこんなっ・・・」


 ふたたび床に突っ伏して、泣きだした。


「えと、防具担当?のお姉さん、いまから微調整を掛けるとか、それで、なんとかできるのでは?」


「無理ね!」


 断言した! なんで?


「装着時の調整ぐらいはできるけど、それ以上は防具としての機能を損なってしまうもの。なにより、このデザインはこれ以上譲れない! なのに、なぜっ・・・」


 あ、このお姉さんも号泣し始めてしまった。


 皆さん、縫製も防具もそれぞれ作業でき、また、メインの担当作業でなくてもチームで作り上げる物だという誇りがあるらしく、さっきの台詞を聞いて、そろって再び泣き出した。


 会計担当のメルメさんは、涙にぬれた目でうつろに見上げて、なにかぶつぶつと計算しているような。


 全員が、しばらくは立ち直れそうにない。


 アンゼリカさんと二人で、メルメさんを隅に引っ張っていき、


「今日は、これで失礼します。明日は別用があるので、明後日の午後にまた伺いますから。それまでに、立ち直ってくださいね?」


 えぐえぐいって頷くお姉さんをあとに、店を出た。


「・・・職人魂をここに見た! ってかんじでした」


「うちを飛び出して、それなりに名前を知られるようになるまで、ずいぶん努力していたようだもの」


 さらに、情熱系の精神が加われば、ショックを受けたときにはああなる、と。真面目すぎるその矜持は認める。認めるが、端で見ていると、疲れる。


「アンゼリカさん? お茶していきませんか?」


「そうね。たまにはいいわね」


 あの「喫茶店」に向かう。


「あら、ここは?」


「前来た時に見つけました。ここの豆茶が気に入ったので」


 今日も開店していた。ラッキー。


「いらっしゃいませ」


「こんにちは。今日もご馳走になりにきました」


「ありがとうございます。本日のご注文は何になさいますか?」


「おすすめは何でしょう?」


「今日は、よい茶葉が入っております」


「では、それを二人分」


「かしこまりました」


 テーブルに案内してもらい、席に着く。


 アンゼリカさんは、にこにこしている。


「ここが、リュジュの言っていた店なのね」


「あ、リュジュさんに勝手におごってしまいましたけど。怒らないでくださいね?」


「問題ないわ。ちゃんと報告を聞いているから」


 そのあとが問題なんですけど。でも、突っ込まない方が良さそうだ。


 お茶が運ばれてきた。


「ごゆっくり」


 相変わらず、ダンディーが板に付いた店長さんだ。


 一口いただく。ん〜、香茶もすばらしい。


 あり?


 アンゼリカさんが、惚けている。


「アンゼリカさん? 口に合いませんでした?」


 声をかけられて、はっとする。


「あ、いえ、なんでもないわ。・・・リュジュが言っていたのはこれのことなのね。たしかにこれは・・・」


 なんか、カップを見つめて、ぶつぶつ言い出す。? そんなに、変な味かな?


 思う存分、香茶を堪能して店を出る。アンゼリカさんの様子がなんか変だったけど、[森の子馬亭]に帰り着くと、一目散に厨房に駆け込んでいった。そうか、香茶の味が気に入って、自分でも再現しようとしたのだろう。


 ここにも職人気質を誇る人が一人・・・。




 翌日は、朝からギルドハウスに向かう。


 手隙のスタッフ勢揃いで待ち構えていた。


「! みなさん、お早いですね?」


 ヴァンさんまでいる。いつ仕事しているんだ?


「お嬢が、また、変わったことを見せてくれるって言うんでな。聞きつけた奴らが集まっている」


「今日の作業は、たいしたことないですよ?」



「「「姉御の「たいしたことない」は信用できない!」」」


 なんじゃそりゃ!


 道具を出しながら、簡単に手順を説明する。


「ドリアードの乾燥した葉を煮て、薄くして、乾燥させる。これだけです」


 ギルドハウスの井戸から水を汲んできて、鍋に入れ、あらかじめ干してある葉を適当に放り込み、火にかける。やはり、平地の方が湯の温度が高い。当然だけど。

 沸騰したところで、火を弱め、あとはドロドロになるまで煮る。


 周り中、鈴なりに人が集っている。後ろの人も見えるように、時々前後を入れ替わっているようだ。


 ほぼ、正体がなくなった所で、煮汁の粘り具合を確かめる。


「ここで、粘りすぎても、薄すぎても、だめです。仕上がりに影響しますから」


 ちょっと濃すぎるようだったので、別鍋に用意してもらっていた湯を加える。水を淹れると変な固まりができる。漉いた時の仕上がりが悪くなるし、なによりもったいない。

 全粥ぐらいにゆるゆるになったら、こんどは紙漉だ。


 紙漉用の桶と漉き板、乾燥させる為の板を用意する。


 適量を漉き板に掬い、前後させることで厚さを均一にする。斜めにして余分な水を落とし、乾燥用の板の上で漉き板をひっくり返し、破れないよう慎重におろす。


 乾燥用の板は、表面を徹底的に削って、つるつるにした。さらに、蜜蝋を薄ーく塗ることで、紙が張り付くのを防いでいる。


「あとは、この作業の繰り返し。誰か、やってみませんか?」


 解体担当のおじさんが、おそるおそる手を挙げたので。漉き板を持たせる。


「最初はほんの少しだけ掬ってみて。そう、それを水面ぎりぎりで前後に揺らして、もう一回掬って。全体にムラがなくなったら、ゆっくりななめにして〜、そうそう、あっちの板の上でそっとひっくり返す。と、端をめくって、力を入れないで紙が落ちるに任せるかんじで。はい、成功!」


 周りから拍手が起こった。


「この天気なら、一日あれば乾燥するはず。念のため、もう一日風にさらして十分水分を飛ばせば使えるようになる。ほら、難しくないでしょ?」


「「「道具が普通じゃない!」」」


 ・・・あれま。


 そのあと、数人が紙漉作業に挑戦した。もう一つ鍋を出して、煮溶かす作業もやってもらった。

 紙は、少し厚くなったり、薄すぎてムラができてたり。乾燥させる前に破いてしまったりもした。ま、これは練習すれば上達する。粘り具合は、自分で漉いてみてからのほうが理解できるだろう。そう、濃くても薄くてもうまく漉けないのがわかるから。


 ある程度、慣れてきた所で、自分は道具の設計図を書き起こす。大鍋は何とかなるとして、紙漉用の桶と漉き板、乾燥用の板は特注するしかない。・・・だって、「姉御の道具は怖くて使えない」って口を揃えて言うんだもん。解体用のナイフはどうなんだ?


 インクは、魔導紙用の特別品ではなくても、皮紙用で十分使える。これだけでも、かなり経費削減できる。そう、トレント紙は、皮紙用のインクを弾いてしまうので書くに書けず、これも職員の悩みの種だったそうだ。・・・すまん。


 昼までに、すべてのドリアードを紙にすることはできなかった。まあ、量が量だったし。半分も使ってない。残りは、お預けとなった。


 昼食後、ヴァンさんと、ギルドの会計担当、解体担当、調査担当の責任者と打ち合わせ。議題は、紙の作成を今後どうするか。


 ギルドで作るのはどうか、という意見が出たからだ。まあ、ギルドは本来ハンターの互助会みたいな物だしね。

 結果、「まずは、商工会のトップに相談する」ということになった。場合によっては、王宮にも話を通す必要があるそうだ。製法や原材料を秘匿するかどうかを諮るためだ。

 帝国特産、以外の紙が知られるようになれば、街道の流通にも影響が出る。その辺も検討事項になるだろう、とのこと。


 あ〜、ややこしい。話がそこまででかくなったら、専門家にお任せする。


 たかが、紙ひとつで、ずいぶんと規模が大きな話になってしまった。だが、これが、交易で繋がっている街のあり方、なのだろう。


 相談するときの資料として、紙の作成方法や道具の仕様を出せ、ということで、またも執務室にこもる羽目に。

 さらに、トリーロさんという秘書が付くことになった。自分がいない時の諸事を取りまとめて、いちいちヴァンさんを呼び出さなくても仕事の引き継ぎができるようにする為、だそうだ。


 ローデン・ギルドの深みにはまった気がする。誰か助けて!

 いろいろ手を出し過ぎた主人公の自業自得では?


 #######


 主人公に胸当てが似合わなかったのは、生地そのものが防具並みの強度を持っているから。防具の上に防具を着けたようなもの。あくまでも布地としてしか見てなかった一同は、それに気がつかなかった。


 #######


 紙漉の方法は、作者の適当手順。

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