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209
ダグやケチラの街から来た救援の人たちは、もうしばらくノーンにとどまるといっていたが、自分は先に街を出ることにした。だって、もう、自分でなきゃだめだ!という作業は残ってないから。治療師さん達も「あとは、我々の仕事です!」とか言ってたし。長居するのも迷惑になるだろう。
街門を出る時には、少なくない人が見送りにきていた。これだけの人が、現場を離れることができるようになったということで、安心する。そういうことにしておく。自分が恥ずかしかったとか、そういうことは考えない!
帰りは、採取班が通った森を経由していく。よかった、採りすぎてはいないようだ。そのまま、ダグの街には寄らずに、ローデンに入る。
街門前の街道は、やや隊商が少ないようだったが、じきに元に戻るだろう。街門から、ギルドハウスへ向かった。
先発隊は、ついさっき到着したそうだ。
「姉御! 早すぎるっス!」
そういう若者に対して、ガレンさんやヴァンさんが一言。
「アル坊だから」
「お嬢だからな」
これでも、普通に歩いてきたんだけど。ごまかしてみよう。
「わかった。ダグの街で飲み過ぎた。で、二日酔いで出発が遅れた〜」
先発隊一同が、びしっと姿勢を正した。
「「「失礼しやした!」」」
「祝杯でしょ? いいじゃないですか」
自分が到着した頃、ノーンには解熱剤も下痢止めもほとんど残っていなかった。彼らが届けた分がなければ、自分の薬を与えただけでは病人の回復はもっと遅かっただろう。落ち着いた場所でお疲れ会をするのは当然だ。
「飲み代、足りました?」
ノーン・ギルドからの報奨金は、全部自分が預かっている。つか、押し付けられたままだ。
「それが、ダグの連中が数人帰路につくっていうんで、同行したんス。で、街についたら、そのまんま宴会になりまして」
「馳走になってきた、と?」
ヴァンさんが、地獄の底から響くような声で確認してくる。
「ちゃんと、出る時に払ってきたんでしょ?」
「連中曰く、「ノーンには、うちの知り合いとか、嫁いだ姉だとかがいたんだ。俺たちでは、助けられなかった。感謝のキモチだ!」とかいって、受け取ってもらえなくって・・・」
馬鹿野郎どもが!!
ヴァンさんの怒号が炸裂した。
「言われてそのままタダ飲みしてくる奴らがいるか! ええ? 飲み屋とか宿にちゃんと払ってきたんだろうな?」
「「「・・・それも、受け取ってもらえなくて・・・」」」
ぶち切れた。
「てめえら、恥を知れ! 除籍だ! 出てけ〜〜〜」
ヴァンさん大暴れ。
ガレンさんと自分の二人掛かりで取り押さえる。
「俺が押し付けといたから! うちのギルドの恥にはなってねぇ!」
「ちょっと、早く報告済ませたいんですってば!」
ヴァンさんの執務室に引きずっていった。
「若造どもが! あいつら、上の連中のなに見て育ってやがる?!」
まだぶつぶつ言ってる。
「とにかく報告。はいこれ」
ノーンを出る前に、概要と詳細を記した物の二種類を書き上げておいた。口で説明するのがめんどくさかったから。ヴァンさんの目の前に突き出す。
ガレンさんもいっしょに覗き込んでうなり声をあげた。
「・・・すげえ」
「わかりやすいな、これ」
文字の練習が足りないから、どうかなーと心配したけど、通じるようだ。
「んじゃ、自分はこれで」
「ってまたかい! これで出てくって、どういうことだ?」
「そうだぜ、アル坊、俺たちとの宴会が待ってるんだぜ?」
「だって、これがなければ、とうに森に帰ってる所だったんですよ? 予定が狂いまくってるのは自分です」
「そうはいってもよ〜ぅ」
「泣き落とししたってだめです。十日以上ずれ込んでます。これ以上は無理です。
そうだ、ガレンさん。[魔力酔い]は知ってますよね? 詳しい説明しといてください。ヴァンさんにはこれ、飲み代の足しに。では」
言いたいことだけ言って、さらに報奨金のほとんどをヴァンさんに押し付けて執務室を出た。自分のねぐらはまーてんなの。さすがにくたびれたってーの。
ぶつぶつ文句を言いながら、まーてんに帰った。
ノーンで使った『昇華』の術式を改良したり、文字の書き取り練習したり。
トレントの根と枝で、香木作成もやってみた。いままで、どちらも染色などのたき付けにしか使ってなかったが、フェンさんの話で作成方法が予想できたのでやってみたのだ。
製法は当たりだった。しかし、香木を作れたのはいいけど、売る当てがない。また、しばらくは便利ポーチの肥やしだな。
山脈に行って、残ったドリアードの根を煮て汁を小分けにする。出がらしの根は自分には必要ないが、一応保存しておく。
もう一つ、自分の手元に大量に残ったモノがある。ドリアードの葉だ。[魔天]周縁部に生息しているくせに、その葉は魔力を含まない。家畜の飼料ぐらいにはできるだろうが、採取コストが掛かりすぎる。
ドリアードは葉を刈っただけでは死なない。葉は、いくらでも再生する。葉の再生中は、這い出して動き回ることはない。数も増やさない。根を堀りあげ、さらにまっぷたつにしたところで息の根が止まる。
ドリアードは、人の採取対象にはなってはいない。道理で、大繁殖するわけだ。
今回の採取で、だいぶ数は減らしたものの、ほっとけばまたうじゃうじゃ出てくる。
ならば、価値を見いだしてやればいい。
ドリアードの根を煮る間、別鍋で葉をぐたんぐたんに煮溶かした。一株のなかに、すすきのような葉と蔓状の葉の二種類をもっていて、それをまとめて放り込む。煮ていくうちに、それぞれが繊維とドロドロの溶液に姿を変えた。湯で薄めて、溶液の粘り具合を調節する。そして、漉いた。
そう、紙にするのだ。
あらかじめ、天日で葉を乾燥させてある。生葉では、繊維の状態も良くなかったし、何より液が「ど緑色」になった。緑色の紙・・・使い辛いよね。
煮る時の温度がやや低かったせいか、繊維のほぐれ具合がいまいちだったが、皮紙とトレント紙の中間ぐらいの品質にはなっただろう。なにより、これは「魔力をふくまない」ただの紙だ。帝国産には劣るだろうが、ローデンの街で普段使いする程度は量を確保できる。
これが普及すれば、自分が紙製ノートをどんだけ使い倒しても、目立たなくて済む!
溜め込んだドリアードの葉のうち、半分を紙に漉いた。残りは、目の前で製作手順を説明するのに使おう。
今度はどんな顔をするだろう。なんだか、人が驚くのがおもしろくなってきた。・・・ちょっと悪趣味かな?
およそひと月半後、ローデンの街に行った。
街門の門兵さんは、なんか澄ましたというよりは悟ったような顔をして迎えてくれた。なんだろう?
ギルドより先に[森の子馬亭]に行く。なんとなく、その方が自分の身の安全が確保できる気がしたから。
「アルちゃ〜ん!」
アンゼリカさんが、飛びついてきた。どんどん、キャラが変わってませんか?
「はい、こんにちは。また来ました」
がいん!
盆で殴られた。
「〜〜〜、ただいま、アンゼリカさん」
今度は、にっこり笑ってくれた。
「お帰りなさい。アルちゃん」
今回も五日の宿泊手続きをしてもらう。宿帳には自分でサインした。えっへん。
「いろいろと、伝言があるのよ?」
「はい? なぜ、ここに自分宛の伝言が来るんですか?」
疑問だが、スルーされた。
まずは、フェンさんから。「さっさと、受け取りにきてね」
なんと、殿下から。「本はどこに届ければいいかな?」
貴重品だから、滅多な所には預けられないらしい。それもそうだ。
ヴァンさんからも。「追加報告と頼みがある。来い!」
〜〜〜、優先順位は決まったな。
「アンゼリカさん、殿下宛にお手紙を出しても、問題ないでしょうか?」
「アルちゃんからなら、城兵にでもあずければ届けてもらえるんじゃないかしら?」
普通はもっとしかるべき手順が必要でしょうに。なぜに、自分なら、なのだろう?
とにかく、手紙を書く。滞在場所と日数を伝えて、殿下の都合の良い時に城に受け取りにいく旨を知らせる。
森で取った蜜蝋で封をし、身分証の模様で封緘する。
ギルドに行ったあとで、城に寄ればいいだろう。
「フェンさんには、明日行きます、と伝言返しをお願いしていいですか?」
多分、ひととおり着替えさせられるだろうから、一日は見ておかないと。
「わかったわ。今日はこれからギルド?」
「はい。夕飯はたぶん、またここで宴会になるかも、です」
「ふふふ、了解。アルちゃん、いってらっしゃい」
「いってきます」
アンゼリカさんに見送られて、出かけた。
ギルドハウスにつくなり、またもヴァンさんの執務室に引っ張り込まれた。
「今度は何事ですか?」
「お嬢。こないだ置いてった報告書、アレを書いた紙はまだ余分があるか?」
「調査室にてんこもりにおいていきましたよね?」
「あれか!」
ヴァンさん、気づいてなかったんですか。
「〜〜〜すまん! 同じ物をあと五部作ってほしい」
「いいですけど。原本は?」
ひと月以上前に書いた報告書と全く同じ物を書けといわれても、それはさすがに無理だ。
「ここにある。同じ質の紙だと解っていれば、うちのもんで複写したんだが。本人の筆跡ならば、より信憑性があがるだろう」
てことは、どっかに提出するわけだ。
「ノーン・ダグ・ケセルデ・ガーブリアの各ギルドと、ここの王宮に渡したい」
ふむ、妥当かな。ノーンは当事者ということで、当然提出した方がいい。あ、あそこで書いてたんだから、二部作って置いてくればよかった。
他の街はローデンと接した国ということで注意喚起のため。ここの王宮は自分の任命者だから、だろう。
「ケチラは?」
「ローデンとの直接のやり取りがないからな。ノーンから回してもらうよう、別紙で付け加えておく」
「ケチラに渡す分も書いておきましょ。どこか机を借りられます?」
「隣にお嬢の執務室を作っといたぞ?」
ひえぇ。
「・・・それって、もっと仕事しろってことですか?」
「ちゃうわい!
お嬢が何かやらかす度に、いろいろ増えるんだよ。いろいろ。苦情袋兼物置って所だ。ついでに、ここに来た時に、うろうろされちゃかなわんのでな。監禁場所でもある!」
「ひどい・・・」
「いいから、早いとこ頼む。王宮からは、催促までされてるんだ」
「じゃあ、王宮関連で頼まれてもらえます?」
「できることならな。なんだ?」
「手紙を届けてほしいんです」
封緘付きの手紙を渡す。
「誰宛だ?」
「王太子さま」
ヴァンさんは手紙を放り出し、後ずさった。
「・・・なんちゅー恐ろしいもんを渡すんだっ!」
「騒動の前に、偶然[森の子馬亭]で知り合いまして。さっき、伝言を聞いたのでその返事をしようと」
「そ、そうか・・・」
「城の兵士さんに頼めば、どうにかしてくれると思うんですが、どうでしょう?」
「どうでしょう、って言われてもな。そんなお偉いさんへの「つて」なんぞもってないぞ?」
「女官長さんは?」
「俺から連絡をつけるのは難しい」
「お兄さんは最近こないんですか?」
「お兄さん?」
「迷子の」
「ああ、あの兄ちゃんは、下の殿下の留学に付いていったらしいぞ?」
出世と言えば出世か? 子守りを押し付けられた、とも言えそうだが。まあ、頑張れ。
「お嬢は、とにかく書類を頼む。俺の顔が通じるかどうか解らんが、城に持っていってくる。だが、すぐに見てもらえるとは思うなよ?」
「お手数掛けますね?」
「〜〜〜お互いさまだ」
自分の執務室とやらに案内されたあと、報告書の複製を作った。
複写が終わる前に、ヴァンさんが帰ってきた。しかし、ギルドマスターを顎で使う自分て、いいんだろうか? 訊いてみた。
「・・・お嬢だからな」
だからね? そこで、その台詞ってあんまりだと思うんですよ、ワタクシは!
「もう一つ、相談したいこともあったのに〜」
やや、顔をこわばらせるヴァンさん。
「な、今度は何だ?」
「これで〜す」
ドリアード製の紙を見せる。
「だからそんなもんをだすなっ、って。あれ?」
調査室の人も呼んできた。
「おい、これは」
「前のおっかない紙と違いますね」
「紙質がちょっと荒い?」
「魔力も感じませんし」
「・・・お嬢、こんどこそ、帝国まで行って盗ってきたか?」
本当に、人をなんだと思ってるんだ、ここの人たちわ!
「帝国製の紙の材料は知りませんが?
これはドリアードの葉から作りました。例の薬の副産物と言うか、余り物というか。ただ、大量にあってもったいないから何か作れないかなーと思って、作ったら作れちゃいました♪」
「「「作れちゃいましたって・・・」」」
「これもあとで報告書にしますけど。ローデンの街に近い[魔天]領域で採取できるし、加工も難しくないし。使えると思いません?」
その場にいた全員が、手に手に取って質感などを確かめる。
「皮紙よりは確かに、いいよな」
「帝国製の本より少し質が落ちるってかんじ?」
「ああ、それは、この辺で加工すればもう少しいい物ができるはずなんですが」
「「「!」」」
報告書は、もう少しで出来上がる。
「お嬢」
「はい?」
「調査室にあるアレは持って帰って、代わりにこっちをくれ」
「? なんで? 向こうの方が書きやすいでしょ?」
「皆、おっかなびっくりで使っているから、はかどらないんだよ!!」
うわお、そういうもん?
「そこまでいうなら。
そうだ! まだ、未加工の葉があった! 明後日か明々後日にギルドハウスの裏手で作成実演しましょ。自分達で作った物ならもっと使いやすいですよね?」
「「「姉御・・・」」」
はい、書類作成終わり、っと。ん?
「・・・お嬢だからな」
「ヴァンさん、はい、報告書の複製、終わりましたよ?
明日は、フェンさんの防具店でカンズメの予定なので、用があるなら明後日以降にしてください。あ、王宮からの返事次第では、こっちに来れないかも。んじゃ、今日の所はほかに用はないですよね?」
その、くたびれたというか、あきれ果てたような顔はもう見飽きた。とっとと、宿に戻ることにする。
帰りがけの駄賃にトレント紙を回収し、ドリアード紙をあるだけ盛ってから、ギルドハウスをあとにした。
またも、いろいろ作成タイム。
「カンヅメ」はこの世界にありません。なので、意味も通じません。




