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 ダグやケチラの街から来た救援の人たちは、もうしばらくノーンにとどまるといっていたが、自分は先に街を出ることにした。だって、もう、自分でなきゃだめだ!という作業は残ってないから。治療師さん達も「あとは、我々の仕事です!」とか言ってたし。長居するのも迷惑になるだろう。


 街門を出る時には、少なくない人が見送りにきていた。これだけの人が、現場を離れることができるようになったということで、安心する。そういうことにしておく。自分が恥ずかしかったとか、そういうことは考えない!


 帰りは、採取班が通った森を経由していく。よかった、採りすぎてはいないようだ。そのまま、ダグの街には寄らずに、ローデンに入る。


 街門前の街道は、やや隊商が少ないようだったが、じきに元に戻るだろう。街門から、ギルドハウスへ向かった。


 先発隊は、ついさっき到着したそうだ。


「姉御! 早すぎるっス!」


 そういう若者に対して、ガレンさんやヴァンさんが一言。


「アル坊だから」

「お嬢だからな」


 これでも、普通に歩いてきたんだけど。ごまかしてみよう。


「わかった。ダグの街で飲み過ぎた。で、二日酔いで出発が遅れた〜」


 先発隊一同が、びしっと姿勢を正した。


「「「失礼しやした!」」」


「祝杯でしょ? いいじゃないですか」


 自分が到着した頃、ノーンには解熱剤も下痢止めもほとんど残っていなかった。彼らが届けた分がなければ、自分の薬を与えただけでは病人の回復はもっと遅かっただろう。落ち着いた場所でお疲れ会をするのは当然だ。


「飲み代、足りました?」


 ノーン・ギルドからの報奨金は、全部自分が預かっている。つか、押し付けられたままだ。


「それが、ダグの連中が数人帰路につくっていうんで、同行したんス。で、街についたら、そのまんま宴会になりまして」


「馳走になってきた、と?」


 ヴァンさんが、地獄の底から響くような声で確認してくる。


「ちゃんと、出る時に払ってきたんでしょ?」


「連中曰く、「ノーンには、うちの知り合いとか、嫁いだ姉だとかがいたんだ。俺たちでは、助けられなかった。感謝のキモチだ!」とかいって、受け取ってもらえなくって・・・」


 馬鹿野郎どもが!!


 ヴァンさんの怒号が炸裂した。


「言われてそのままタダ飲みしてくる奴らがいるか! ええ? 飲み屋とか宿にちゃんと払ってきたんだろうな?」


「「「・・・それも、受け取ってもらえなくて・・・」」」


 ぶち切れた。


「てめえら、恥を知れ! 除籍だ! 出てけ〜〜〜」


 ヴァンさん大暴れ。


 ガレンさんと自分の二人掛かりで取り押さえる。


「俺が押し付けといたから! うちのギルドの恥にはなってねぇ!」

「ちょっと、早く報告済ませたいんですってば!」


 ヴァンさんの執務室に引きずっていった。


「若造どもが! あいつら、上の連中のなに見て育ってやがる?!」


 まだぶつぶつ言ってる。


「とにかく報告。はいこれ」


 ノーンを出る前に、概要と詳細を記した物の二種類を書き上げておいた。口で説明するのがめんどくさかったから。ヴァンさんの目の前に突き出す。


 ガレンさんもいっしょに覗き込んでうなり声をあげた。


「・・・すげえ」

「わかりやすいな、これ」


 文字の練習が足りないから、どうかなーと心配したけど、通じるようだ。


「んじゃ、自分はこれで」


「ってまたかい! これで出てくって、どういうことだ?」

「そうだぜ、アル坊、俺たちとの宴会が待ってるんだぜ?」


「だって、これがなければ、とうに森に帰ってる所だったんですよ? 予定が狂いまくってるのは自分です」


「そうはいってもよ〜ぅ」


「泣き落とししたってだめです。十日以上ずれ込んでます。これ以上は無理です。

 そうだ、ガレンさん。[魔力酔い]は知ってますよね? 詳しい説明しといてください。ヴァンさんにはこれ、飲み代の足しに。では」


 言いたいことだけ言って、さらに報奨金のほとんどをヴァンさんに押し付けて執務室を出た。自分のねぐらはまーてんなの。さすがにくたびれたってーの。


 ぶつぶつ文句を言いながら、まーてんに帰った。


 ノーンで使った『昇華』の術式を改良したり、文字の書き取り練習したり。


 トレントの根と枝で、香木作成もやってみた。いままで、どちらも染色などのたき付けにしか使ってなかったが、フェンさんの話で作成方法が予想できたのでやってみたのだ。

 製法は当たりだった。しかし、香木を作れたのはいいけど、売る当てがない。また、しばらくは便利ポーチの肥やしだな。


 山脈に行って、残ったドリアードの根を煮て汁を小分けにする。出がらしの根は自分には必要ないが、一応保存しておく。


 もう一つ、自分の手元に大量に残ったモノがある。ドリアードの葉だ。[魔天]周縁部に生息しているくせに、その葉は魔力を含まない。家畜の飼料ぐらいにはできるだろうが、採取コストが掛かりすぎる。


 ドリアードは葉を刈っただけでは死なない。葉は、いくらでも再生する。葉の再生中は、這い出して動き回ることはない。数も増やさない。根を堀りあげ、さらにまっぷたつにしたところで息の根が止まる。

 ドリアードは、人の採取対象にはなってはいない。道理で、大繁殖するわけだ。


 今回の採取で、だいぶ数は減らしたものの、ほっとけばまたうじゃうじゃ出てくる。


 ならば、価値を見いだしてやればいい。


 ドリアードの根を煮る間、別鍋で葉をぐたんぐたんに煮溶かした。一株のなかに、すすきのような葉と蔓状の葉の二種類をもっていて、それをまとめて放り込む。煮ていくうちに、それぞれが繊維とドロドロの溶液に姿を変えた。湯で薄めて、溶液の粘り具合を調節する。そして、漉いた。


 そう、紙にするのだ。


 あらかじめ、天日で葉を乾燥させてある。生葉では、繊維の状態も良くなかったし、何より液が「ど緑色」になった。緑色の紙・・・使い辛いよね。


 煮る時の温度がやや低かったせいか、繊維のほぐれ具合がいまいちだったが、皮紙とトレント紙の中間ぐらいの品質にはなっただろう。なにより、これは「魔力をふくまない」ただの紙だ。帝国産には劣るだろうが、ローデンの街で普段使いする程度は量を確保できる。


 これが普及すれば、自分が紙製ノートをどんだけ使い倒しても、目立たなくて済む!


 溜め込んだドリアードの葉のうち、半分を紙に漉いた。残りは、目の前で製作手順を説明するのに使おう。


 今度はどんな顔をするだろう。なんだか、人が驚くのがおもしろくなってきた。・・・ちょっと悪趣味かな?



 およそひと月半後、ローデンの街に行った。


 街門の門兵さんは、なんか澄ましたというよりは悟ったような顔をして迎えてくれた。なんだろう?


 ギルドより先に[森の子馬亭]に行く。なんとなく、その方が自分の身の安全が確保できる気がしたから。


「アルちゃ〜ん!」


 アンゼリカさんが、飛びついてきた。どんどん、キャラが変わってませんか?


「はい、こんにちは。また来ました」


 がいん!


 盆で殴られた。


「〜〜〜、ただいま、アンゼリカさん」


 今度は、にっこり笑ってくれた。


「お帰りなさい。アルちゃん」


 今回も五日の宿泊手続きをしてもらう。宿帳には自分でサインした。えっへん。


「いろいろと、伝言があるのよ?」


「はい? なぜ、ここに自分宛の伝言が来るんですか?」


 疑問だが、スルーされた。


 まずは、フェンさんから。「さっさと、受け取りにきてね」


 なんと、殿下から。「本はどこに届ければいいかな?」

貴重品だから、滅多な所には預けられないらしい。それもそうだ。


 ヴァンさんからも。「追加報告と頼みがある。来い!」


 〜〜〜、優先順位は決まったな。


「アンゼリカさん、殿下宛にお手紙を出しても、問題ないでしょうか?」


「アルちゃんからなら、城兵にでもあずければ届けてもらえるんじゃないかしら?」


 普通はもっとしかるべき手順が必要でしょうに。なぜに、自分なら、なのだろう?


 とにかく、手紙を書く。滞在場所と日数を伝えて、殿下の都合の良い時に城に受け取りにいく旨を知らせる。


 森で取った蜜蝋で封をし、身分証の模様で封緘する。


 ギルドに行ったあとで、城に寄ればいいだろう。


「フェンさんには、明日行きます、と伝言返しをお願いしていいですか?」


 多分、ひととおり着替えさせられるだろうから、一日は見ておかないと。


「わかったわ。今日はこれからギルド?」


「はい。夕飯はたぶん、またここで宴会になるかも、です」


「ふふふ、了解。アルちゃん、いってらっしゃい」


「いってきます」


 アンゼリカさんに見送られて、出かけた。


 ギルドハウスにつくなり、またもヴァンさんの執務室に引っ張り込まれた。


「今度は何事ですか?」


「お嬢。こないだ置いてった報告書、アレを書いた紙はまだ余分があるか?」


「調査室にてんこもりにおいていきましたよね?」


「あれか!」


 ヴァンさん、気づいてなかったんですか。


「〜〜〜すまん! 同じ物をあと五部作ってほしい」


「いいですけど。原本は?」


 ひと月以上前に書いた報告書と全く同じ物を書けといわれても、それはさすがに無理だ。


「ここにある。同じ質の紙だと解っていれば、うちのもんで複写したんだが。本人の筆跡ならば、より信憑性があがるだろう」


 てことは、どっかに提出するわけだ。


「ノーン・ダグ・ケセルデ・ガーブリアの各ギルドと、ここの王宮に渡したい」


 ふむ、妥当かな。ノーンは当事者ということで、当然提出した方がいい。あ、あそこで書いてたんだから、二部作って置いてくればよかった。

 他の街はローデンと接した国ということで注意喚起のため。ここの王宮は自分の任命者だから、だろう。


「ケチラは?」


「ローデンとの直接のやり取りがないからな。ノーンから回してもらうよう、別紙で付け加えておく」


「ケチラに渡す分も書いておきましょ。どこか机を借りられます?」


「隣にお嬢の執務室を作っといたぞ?」


 ひえぇ。


「・・・それって、もっと仕事しろってことですか?」


「ちゃうわい!

 お嬢が何かやらかす度に、いろいろ増えるんだよ。いろいろ。苦情袋兼物置って所だ。ついでに、ここに来た時に、うろうろされちゃかなわんのでな。監禁場所でもある!」


「ひどい・・・」


「いいから、早いとこ頼む。王宮からは、催促までされてるんだ」


「じゃあ、王宮関連で頼まれてもらえます?」


「できることならな。なんだ?」


「手紙を届けてほしいんです」


 封緘付きの手紙を渡す。


「誰宛だ?」


「王太子さま」


 ヴァンさんは手紙を放り出し、後ずさった。


「・・・なんちゅー恐ろしいもんを渡すんだっ!」


「騒動の前に、偶然[森の子馬亭]で知り合いまして。さっき、伝言を聞いたのでその返事をしようと」


「そ、そうか・・・」


「城の兵士さんに頼めば、どうにかしてくれると思うんですが、どうでしょう?」


「どうでしょう、って言われてもな。そんなお偉いさんへの「つて」なんぞもってないぞ?」


「女官長さんは?」


「俺から連絡をつけるのは難しい」


「お兄さんは最近こないんですか?」


「お兄さん?」


「迷子の」


「ああ、あの兄ちゃんは、下の殿下の留学に付いていったらしいぞ?」


 出世と言えば出世か? 子守りを押し付けられた、とも言えそうだが。まあ、頑張れ。


「お嬢は、とにかく書類を頼む。俺の顔が通じるかどうか解らんが、城に持っていってくる。だが、すぐに見てもらえるとは思うなよ?」


「お手数掛けますね?」


「〜〜〜お互いさまだ」


 自分の執務室とやらに案内されたあと、報告書の複製を作った。


 複写が終わる前に、ヴァンさんが帰ってきた。しかし、ギルドマスターを顎で使う自分て、いいんだろうか? 訊いてみた。


「・・・お嬢だからな」


 だからね? そこで、その台詞ってあんまりだと思うんですよ、ワタクシは!


「もう一つ、相談したいこともあったのに〜」


 やや、顔をこわばらせるヴァンさん。


「な、今度は何だ?」


「これで〜す」


 ドリアード製の紙を見せる。


「だからそんなもんをだすなっ、って。あれ?」


 調査室の人も呼んできた。


「おい、これは」

「前のおっかない紙と違いますね」

「紙質がちょっと荒い?」

「魔力も感じませんし」

「・・・お嬢、こんどこそ、帝国まで行って盗ってきたか?」


 本当に、人をなんだと思ってるんだ、ここの人たちわ!


「帝国製の紙の材料は知りませんが?

 これはドリアードの葉から作りました。例の薬の副産物と言うか、余り物というか。ただ、大量にあってもったいないから何か作れないかなーと思って、作ったら作れちゃいました♪」


「「「作れちゃいましたって・・・」」」


「これもあとで報告書にしますけど。ローデンの街に近い[魔天]領域で採取できるし、加工も難しくないし。使えると思いません?」


 その場にいた全員が、手に手に取って質感などを確かめる。


「皮紙よりは確かに、いいよな」

「帝国製の本より少し質が落ちるってかんじ?」


「ああ、それは、この辺で加工すればもう少しいい物ができるはずなんですが」


「「「!」」」


 報告書は、もう少しで出来上がる。


「お嬢」


「はい?」


「調査室にあるアレは持って帰って、代わりにこっちをくれ」


「? なんで? 向こうの方が書きやすいでしょ?」


「皆、おっかなびっくりで使っているから、はかどらないんだよ!!」


 うわお、そういうもん?


「そこまでいうなら。

 そうだ! まだ、未加工の葉があった! 明後日か明々後日にギルドハウスの裏手で作成実演しましょ。自分達で作った物ならもっと使いやすいですよね?」


「「「姉御・・・」」」


 はい、書類作成終わり、っと。ん?


「・・・お嬢だからな」


「ヴァンさん、はい、報告書の複製、終わりましたよ?

 明日は、フェンさんの防具店でカンズメの予定なので、用があるなら明後日以降にしてください。あ、王宮からの返事次第では、こっちに来れないかも。んじゃ、今日の所はほかに用はないですよね?」


 その、くたびれたというか、あきれ果てたような顔はもう見飽きた。とっとと、宿に戻ることにする。


 帰りがけの駄賃にトレント紙を回収し、ドリアード紙をあるだけ盛ってから、ギルドハウスをあとにした。

 またも、いろいろ作成タイム。

 「カンヅメ」はこの世界にありません。なので、意味も通じません。

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