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解決

208


 住人のほとんどにこんな症状をもたらすような異状魔力が突然街中に現れるとしたら、それは何が原因か?

 原因を取り除かなければ、完治できないどころか再発する。

 最悪、本当に街を丸ごと移設する必要があるかもしれない。


 地上では、それらしき異常は見つからなかった。治療の合間に、ノーンのギルドマスターのバジルさんと相談して、地下道を探索することにした。街の下水を外に送り出す為の施設だ。ローデンから来たハンターとノーンのギルドメンバーが参加した。治療のめどがついたところで、自分も加わる。


 暗い地下道では、なかなか探索も進まない。

 数日後、ようやく、下水の中から見たことのない生き物を発見した、との報告が入った。濁った色をした不定形軟体動物だ。うっかり触ってしまったハンターは、手を負傷した。喰われかけたのだ。


 慎重に捕獲した一体を、ギルドハウス裏手の解体場に運ぶ。


 [魔天]の清水に生息しているはずの、スライム。本来は透明な体が、濃淡のついた暗褐色に染まっている。


「アル坊、こいつが原因か?」


「おそらく」


 この場で見ていても、魔力の吐き出しと吸収を狂ったように繰り返している。事実、苦しんでいるのだ。あるべきでない環境に放り出されて、それでも生きようとして・・・。

 それにしても、すごい量の魔力を吐き出している。[魔力酔い]が起こるのも無理はない。数人の見物人が、口を押さえてよろよろと離れていく。


「地下道のあちこちに分布していると思います」


「・・・どうしたらいいでしょう?」


 バジルさんが訊ねてくる。暗い地下道で、濁った下水の中にいるスライムを一体ずつ捕獲するのは難しいし、できたとしても時間がかかる。


「地下道出口の一カ所だけ魔獣避けを解除し、外に誘導しましょう」


 地下道の街からの出口には、魔獣・動物避けが仕掛けてある。街の外から入り込むのを阻止するためだが、今は、それがスライムの脱出を妨げている。


「どうやって?」


「これをつかいます」


 そう、[魔力酔い]治療薬を作る時にできた煮汁だ。これは、純粋な魔力を大量に含んでいる。スライムは、魔力を食い、魔力に惹かれて集まる。


「集まった所で、処分します」


 あれだけ濁ってしまえば、素材には使えない。正常な状態にも戻れないだろう。できるのは、早く楽にしてやることだけだ。


 地下道の一本をえらび、街の外側で一時的にせき止める。水が漏れないように『桶』をつくり、煮汁を溜めていく。

 次に、地下道の、出口に遠い所から、[魔力酔い]治療薬を散布する。スライムは薬を嫌って、移動しはじめる。誘い込みと追い出しの二面作戦で、スライムを集めていく。


 地下道の出口に、最後の治療薬が撒かれた。街中には、もうスライムはいない。


 『桶』の中は、煮汁の紫色とスライムの暗褐色が入り交じり、何とも言えない有様だ。その周囲に術弾を配置する。


 『昇華』、発動。


 自分が巨大ヘビに放った魔力弾の改変版だ。結界内にある物を[魔力]に還元する魔術。


 見る間に、姿を失っていく。煮汁も、スライムも。


 結界内部の魔力を、少しずつ外部に放出する。一度に解放すれば、見学している人たちが[魔力酔い]に罹ってしまう。

 すべてが消え去ってから、術を解除する。


 街中に充満している魔力も、じきに霧散するだろう。

 これで解決、かな?


「あとは、病人の皆さんが回復するだけですね」


 そういうと、


 その場にいた全員から、歓声が上がった。



 ナッツさんには、スライムがいなくなったので、[魔力酔い]治療薬の投与を止めるよう指示した。そうしなければ、今度は体内の魔力不足に陥り、また体調を崩すことになるからだ。体外から襲ってきていた異常な魔力がなくなった今、強制的に体内から魔力を排除する必要はない。


 結構な量の根が残った。自分、どれだけ採取してきてたんだろう。

 それをどうするか、ナッツさんや治療師さんたちに相談したら、「持って帰ってくれ」と言われた。

 理由を聞いたら、調合する為の器具がないから、と言われた。あの石臼のことだろう。そう思って、道具一式を寄付しようとしたら拒絶された。安全に保管できる自信がない、とも言われた。珍しい、見たことのない道具というのは、それだけでも価値がある、のだそうだ。


 泥棒招き、とまで言われてしまったので、強制寄付は諦めた。


 いっそ、この場ですべて治療薬に調合するかと考えたが、「煮汁」の保管方法でも頭を抱えてしまったらしく、やっぱり「やめてくれ」と懇願された。


 保存容器がありますよ、と言ってガラスの小瓶を並べたら、涙目になってブルブル震え出した。普通のガラスとは質が違うので、これも「泥棒招き」なんだそうだ。一斗缶は言うに及ばず。

 めずらしいからと逆に飛びつくかと思ったのに、謙虚というか控えめな人たちだ。


 すべての道具をしまい込み、彼らに見送られた次は、ギルドハウスに招かれた。


 バジルさんから、お礼を言われた。


「アルファさんには、今回の事件の解決に当たって本当にお世話になりました」


「巡りがよかったんですよ」


 オルトさんとカナバルさんが知り合いで、運良くローデンで会うことができた。ローデンのギルドマスターやハンター達にも協力してもらえた。必要量の薬草が採取できた。

 たくさんの人の、縁と協力があったからこそ、解決できた。そういうことだと思う。


「ローデンのメンバーには、必要経費をお支払いします」


「こういう時の援助協定では、支払う必要はなかったのでは?」


「隣り合っている国の間ではそうなりますが、ローデンはそれに当てはまりませんから」


 フェンさん仕込みの交渉術を使って拒否しようとしたが、人件費はともかく、薬草代、調合の手数料、さらにスライム退治の報奨金は出させてほしい、と言われてしまった。

 話を持ち込んだのがここのメンバーだったので、「筋を通す」ためだそうだ。


 ローデンのメンバーに相談したら、「受け取っとけ」と言われた。みんなで受け取るべきだと言ったら、アイデアも指示も最後の締めも全部自分がやったから、と。


 なんだかんだと押し切られて、結局、いくらかを受け取ることになった。


「さすが、「森の賢者殿」と皆が呼び習わす方です。見事なお手並みを拝見できて光栄でした。今度は、ぜひ遊びにきてください」


「どこの誰ですか? そんな呼ばれ方している恥ずかしい人は!」


 バジルさんの顔の皮は、それなりに厚いらしい。変な挨拶をされたあと、にこやかに見送られた。


 と思ったら、今度はノーンの王宮に呼ばれた。


 街の苦境を救ってくれたお礼がしたい、だそうだ。

 ローデンのギルドメンバーも引っ張っていこうとしたら、逃げられていた。自分がバジルさんとやり合っている間に、街を出てしまったらしい。ひきょーものーっ!


 ローデンの時より控えめな表彰式のあと、お茶に招かれた。


 お互いが挨拶を交わした後、王様が頭を下げた。


「貴殿の活躍に、心から感する。

 ギルドマスターからも謝礼はあったようだが、こちらも受け取ってほしい」


「謝礼が欲しくて来たみたいじゃないですか。自分は、知り合いに「助けて」と言われて助けにきた。それだけです」


 自分の物言いに、苦笑されてしまった。


「そう言われるが、これも一つの様式美、のようなものでな」


 遠国からの援助に対して、王宮が知らんぷりするのは立場上まずいのだろう。それは解るが。


「治療院やギルドからの報告書を読ませてもらった。貴殿の的確な指示のおかげで早期解決が図れた、と皆が口を揃えて絶賛しておった。

 魔術院からは、最後に見た結界術は自分たちの力量では再現できない、と賛美半分、屈辱半分の報告書が届いてな。それについて、少し話をしてもらえれば、もう少し上乗せしますぞ?」


 お茶目な口調で、そういってくる。けどねぇ。


「どちらかと言えば、あれは「力技」、ですね」


 魔力に魔力をぶつけてぶつけてぶつけまくって、ぶっ壊す。そういう術だ。尋常ではない魔力量を持つ自分だからできるのであって、一般的な魔術師さんには無理、だと思う。


「そのようにお伝え願えますか?」


 解る人には解る、はず。


「それより、これを」


 ギルドから貰った袋を出す。


「これは?」


「お見舞金です」


 あれだけの人数が病にかかり、病の治療にかかり切りになり、原因が分からない間は街門も閉鎖した。お金はいくらあっても足りないはずだ。

 そういって、渡そうとする。


 王様は立ち上がり、再び頭を下げた。


「お心遣い、かたじけなく存ずる。しかし、これらは金の形はしているが、関係者一同からの感謝の心が込められた物ゆえ、そのまま受け取っていただきたい」


「・・・こちらこそ、失礼を申し上げました。そういうことでしたら、ありがたくお受け致します」


 自分も立ち上がり、一礼を返す。


「一つだけ、よろしいでしょうか?」


「なにか?」


「今回の騒動の原因です。


 最初に、スライムを取り込んでいた魔獣が、街に持ち込まれた。スライムは、持ち込まれた先で増殖し続けた。魔獣を喰らい尽くしたあと、水を求めて地下に迷い込み、しかし、本来の生息環境ではなかった為に変異し、結果、あのような状況をもたらした、と推測しました。


 仮定の話ではありますが、気に留めていただければ、万が一、同様の症状が報告された時の参考なるでしょう」


「最初はただの流行り風邪と診断されてしまい、やがては治療師も半分は倒れてしまった。

 ・・・お言葉通りに、関係各所に今回の件の詳細を知らせましょうぞ。どこか一部署が機能しなくなっても、情報が途絶えることを避けられますからな。ご指摘、改めて感謝しますぞ」


「あ、いえ、あくまでも推測ですから。では、ノーンの一日も早い復興をお祈り致します」


 そして、王宮をあとにした。


 実は、少なくない死者が出ている。すべて、自分が来る前の話だったが。もう少し早く来ていれば、[魔力酔い]のことが知られていたら、と考えてしまう。


 しかし、アンゼリカさんには、きっと「何様のつもりですか!」と怒られそうだ。


 自分のできる限りのことはやったはずだ。だからこそ、ナッツさんも、バジルさんも、王様も、皆「感謝する」と言ってくれたんだ、と思う。


 あと自分にできるのは、死者の冥福と街の回復を祈ることだ。

 森の知識も、たまには街中で役に立つようです。


 #######


 スライム

 でっかい透明なプラナリア。[魔天]の澄んだ淡水に生息。水を飲みにきた動物に張り付く、または、口から体内に侵入し、溶解して食べる。

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