援助
207
ローデンを出て四日後、ノーンの街に到着した。
街門は閉鎖中だった。街門の外で、門兵さんたちが訪れた商人さん達に状況を説明している。自分は、門兵さんに身分証のペンダントを見せて、来た理由を説明する。すぐさま、街の治療院に案内してくれた。そこが、現在の総司令部らしい。
王宮はすでに病人でいっぱいで、何と、大広間まで使っているそうだ。
「初めまして。猟師のアルファです。何か、お役に立てるかと思い、参りました」
「治療師のナッツです。現在、治療の総指揮をまかされています。我々の知識にあるだけの治療を施してきたつもりですが、力及ばず・・・。こちらこそ、よろしくお願い致します」
五十ぐらいの中肉中背の男性だ。この人も、やつれがひどい。
「いくつか、確認したいことがあるのですが」
「なんなりと」
「魔術師や深淵部に入れるようなハンターで、この症状の出た人はいますか?」
「! いえ、今の所はいません」
「魔力耐性がある、と言われている人はどうでしょうか?」
「多分、いなかったと思います」
「罹患している人を見せてもらっても構いませんか?」
「ここの治療院は、重傷者ばかりです。こちらに」
誰もが、昏睡状態に陥っている。そのうちの一人に近寄って、慎重に魔力の状態を探る。普通の人は、全身に一様に纏っているが、この人は厚かったり薄かったりで、かなり乱れている。もう一人も同じ状態だった。
ローデンでオルトさんに聞いた症状を引き起こす毒草があるが、それだとこのような魔力の異常は起こらない。
治療師さんが、症状を診て打てる手はすべて打ったとなれば、今回は彼らの知識にない病。
「多分、ですが、これ、急性の[魔力酔い]です」
「?」
専門家というわけではないが、知る限りのことを教える。
[魔天]領域には魔力が満ちている。[深淵]に向かうほどに、魔力は濃くなる。魔力耐性を持っていても、人によって侵入できる限界がある。
たまに、獲物を追って魔力の濃い地点にいきなり踏み込んだりすると、急に体調を悪くしてしまう。徐々に魔力が濃くなっていくところでは、体調不良の症状も徐々に現れてくる。
これらは、外部の魔力に自分の体内の魔力が乱される為と考えられ、自分は、[魔力酔い]と呼んでいる。正式名称は、知らん。
常に[魔天]に出入りする人でも、知る人は少ないだろう。
そして、今のノーンの街に入って気がついた。多少の濃度差はあれど、おそらく全域が異状魔力に覆われている。
人も魔獣も、生き物のもつ魔力は互いに感知できても、大地に溢れる魔力は感知しにくいらしい。自分は「ぽかぽか感」として認識できるけど。そして、いまのノーンの街中は「ちくちく」する。さすがに、これは説明できないが、とにかく、おかしいことだけは伝える。
その辺りを解説した上で、治療方法を伝える。
「体に入り込んだ余分な魔力を取り除けば、少しは回復すると思います」
そこまで言って、判断を待つ。
その場にいた数人の治療師さんの間で、検討される。いきなり、聞いたこともない病名と原因を突きつけられても、困惑するのは当たり前だ。
なにより、自分は「猟師」と名乗っている。正規の治療師ではないのだ。
ややあって、ナッツさんが質問してきた。
「病名をあげるのでしたら、治療薬もお持ちですよね?」
「はい、これです」
便利ポーチから取り出したのは、以前に作り置きしてあった薬だ。
数人のハンターに使って、回復効果は確認済み。人体実験じゃないよ? あの時は、本当に危なかったんだから。
「治療院にいる人でしたら、この粉、体重の二万分の一量を水に溶かして飲ませます。おそらく、一日もあれば、症状は軽くなると思います。ただし、衰弱の激しい人、下痢している人は、さらに四分の一量にまで減らす必要があります。同時に下痢止めと滋養効果のある物を与えれば、症状の悪化は止められるはずです」
投与量は、自分が測定した病人の余剰魔力の量と、薬の効能から計算した。下痢止めが必要なのは、この薬は、一定時間、体内に留まっていなければ効果が現れないからだ。
さらに、付け加える。
「未処理の薬草を採取してきています。これの調合に魔術師さんの協力をお願いします。あと、事前に連絡が来ていたと思いますが、解熱、下痢止めの薬草を採取したハンターももうじき到着します。それらの調合にも、人手が必要となります」
熱を下げるのは、発熱による体力の消耗を押さえるため。
ナッツさんが頷いた。
「まずは、お預かりした薬を与えてみます。症状が軽くなったと判断できたら、残りの病人に与えていきます。それで、よろしいですか?」
「症状の軽い人に与える前に、一度会わせてください。投与量は余剰魔力や体力によって、調整する必要があるので」
「わかりました。早速、治療に掛かりましょう」
本当は、病人を街の外に出せればいいのだが、人数が多すぎる。せめて、これ以上悪化させないよう、手を尽くすことになった。
採取してきた薬草を処理する為に、街の外に出る。
魔力濃度の狂った街中では、調合がむずかしいと判断した。これは、ナッツさんや魔術師さん達にも納得してもらい了解を得た。
薬草を取り出す。
歩く草、ドリアードの根だ。[魔天]南部では、今、ドリアードが大繁殖している。程よい密度になるよう、採り漁って来た。
大鍋に水と根を放り込み、加熱する。熱湯に放り込むと薬効がなくなる。
沸騰してからは、湯の色が濃い紫色になるまで煮る。途中、蒸発した分の湯を注ぎ足す。
煮上がった根は、ここから先の作業で魔力に触れさせてはいけない。その為、魔力避けの結界を魔術師さんに展開してもらう。
根を適度に切り分け、から煎りして乾燥させる。乾燥後、魔力を使わずに粉末にする。
すりつぶすために、水晶製の石臼を数個取り出す。水晶は魔力を全く伝えないので、この手の薬草の調合にはもってこいだ。残念ながら、ノーンの治療院には、このような機能を持つ石臼がなかった。臼の下に敷く粉末受けのトレイも取り出す。
粉末は、魔力を吸収する性質を持つ。これを水に溶かして薬として投与する。体内の魔力を吸収したあと、体外に排出される。
煮出したあとの汁は、魔力たっぷりで、飲めば魔力補充薬になる。煮詰めすぎると、魔力密度が増え、ちょっと飲むだけで今回の病を自分で体験する羽目になる。でも、捨てるなんて、もったいない。かといって、適当に捨てられるものでもない。
魔術師さんたちを薄めた煮汁でドーピングし、結界の維持に頑張ってもらう。
薬は一株から数人分しかとれない。
煮て、乾燥し、次を煮て乾燥し、を繰り返す。
煮汁は、大量の一斗缶(ロックアント製)に片っ端から移していく。
見慣れない材質の道具をみて、びくびくしていた治療師さんや調合師さんたちも、次から次へと出てくる根の量にそれどころではなくなった。煮上がった根を小さく切ったり、から煎りしたり、臼ですりつぶしたり。出来上がった粉は、魔力に触れさせないよう、慎重に小分けして街の診療所に運び込む。
夕方、採取班が到着した。[魔力酔い]治療薬の調合場所に合流し、休む間もなく、解熱剤や下痢止めの調合に加わる。
オルトさんが、少しだけ採れた、といって、滋養効果のある薬草を出してきた。早速、ナッツさんに渡す。
「衰弱の激しい人に与えてください」
「子供ではないのですか?」
「逆効果になりかねないです」
ドリアードの根は特殊だ。体の小さな子供では、効き目の強すぎる薬は毒にもなる。
「子供には、栄養価のある流動食の方がいいです。あ、はちみつはさけてくださいね」
あれは、下手をすると、さらに下痢をひどくする。
「わかりました」
「そうだ、投与後の経過はどうなりました?」
「わずかですが、改善しています。ええ、効果が出ているんです!」
深い昏睡状態だった人が、時々、声を上げたり、指を動かしたりするようになったそうだ。
「症状の度合いによって、投与する量を決めます。かれらに会わせてもらえますか」
「案内しましょう!」
王宮の救護室を回って、投与する量を指示していく。他人の魔力を量れる治療師さんたちが同行したので、病人の魔力の乱れ具合と投与量の兼ね合いを教える。
その間、街中に漂う歪んだ魔力も探る。やはり、ほぼ全域が異状魔力に覆われているようだ。
治療方針が決まり、無事な住人と近隣から救援に来た人たちは、薬の調合に専念する。
回復の兆しが見え始めた、と言う情報が広まるにつれて人々の表情も明るくなっていく。
しかし、根本的な解決にはなっていない。あくまでも対処療法なんだから、これは。
勘が当たって、よかったです。
なお、文中の治療方法は創作ですのでお間違いなく。
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実は、魔獣達でも耐性レベルが違う為に、まれに[魔力酔い]を起こしている。それを知ってるのは主人公ぐらい。
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ドリアード
トレントが少ない所で、大発生することがある。基本臆病で、動かなければただの雑草と見分けがつきにくい。根に、大量の魔力を蓄える性質がある。
生の根は太く、乾燥させると細く固くなる。




