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災報

206


 昨日は驚いた。いきなりプロポーズされるとか、それが人に化けてたドラゴンだったとか、王太子殿下に会ったとか。


 ジルシャール殿は、最後までもっと何か言いたそうだったけど。里に行くことがあったら、そのときに話をする、かも知れない。

 殿下に、今、読み書きの練習をしていると言ったら、殿下が小さい頃に使っていたものを貸してくださると約束してもらえた。いい人だ。


 ギルドから借りた教本は、それぞれ最低一冊は写しを作れた。後はそれを手本にして十冊分練習する。それは、森でも出来るし。


「アンゼリカさん、今日はこれで帰ります」


 チェックアウトした。


「まだ、ここにいて欲しかったのに〜」


「これっきりじゃないですって」


「すぐに、出てしまうの?」


「いえ、ギルドハウスに寄ってからにします」


「そう、本当にちゃんと帰ってくるのよ?」


 どこまでもお母さんだ〜。仕方ない。


「はい。行ってきます」


 「お母さん」呼びだけは、回避した。



 ギルドハウスの受付にいって、借りていた教本を返却した。


「一冊借りていっても、返すのは半年後とか一年後とかいう人もいるんですが」

「さすが、賢者様はすごいです」


「賢者って誰?」


「「アルファ様です」


「・・・賢者も、様付けもやめて」


「「嫌です」」


 なんてやり取りをした後、調査室に向かう。室内は、バッサバサと皮紙が飛び回っている。そうだ、いいものがあったっけ。


 一段落ついた人を見つけて、部屋の端に呼ぶ。


「姉御! いつ来たんです?」


「姉御呼ばわりもやめて欲しい。それはともかく、これ、使ってください」


 トレント紙を山のように積み上げる。たまたま目にした職員共々、目が丸くなった。


「自分が持ち込んだ調査みたいなものだし。必要経費の替わりに物で支給ってことで」


「「「姉御ぉぉぉ!」」」

「おやじは? おやじはどこだ?!」


 いきなり、阿鼻叫喚の有様となった。騒ぎを聞きつけて、呼ばれる間もなくヴァンさんが飛び込んでくる。


「何事だ! って、お嬢!」


「今日は、森に帰るんで。その前に調査の為の消耗品を現物支給しとこうと」


 紙束の山を見たヴァンさんが唸りをあげる。


「・・・お嬢。とんでもない物を、サラッと出しやがったな」


「自分の分は確保済みなので、問題な〜い」


「大有りだ!」


 自分が取り出したのは、魔導紙とよばれる高級品そのものらしい。北方の帝国の専売品で、製法は不明。商売の契約や証書、保管用の帳簿等、さらに魔法陣を書く時の必需品、ということで、お値段も半端ない価格。

 普通に出回っているのは皮紙で、形も厚さも質もバラバラ。ないよりはまし、ではあるが使い勝手は悪い。


 教本に使われている紙とほぼ同じ品質だから、大丈夫だと思ったのに。


「〜〜〜まさかとは思うが、盗んで来たとか言わねえよな?」


「アル印の自作品で〜す」


 フェンさんたちにも見られている。堂々とぶちまけた。

 やがて、全員が肩を落とした。


「お嬢だからな」

「「「「姉御のすることだから」」」」


「ただじゃないですよ?」


「「「「!」」」」


 全員が一斉に顔を上げた。ヴァンさんが顔から汗をダラダラ流している。


「い、いくらだ?」


「死ぬ気で働け♪」


 職員全員が白目を剥いて卒倒した。・・・冗談がきつすぎたか。


 あわてて、受付のお姉さんを呼びに行き、気付の酒を飲ませた。ここで倒れられても困るんだ〜。


 ヴァンさんも含めて息を吹き返したところで、あらためて、これから森に帰る旨を伝え、後を頼んだ。もちろん、さっきの一言は冗談だったと言っておく。


 それでも、ショックがきつすぎたのか、来たときよりも気合いの入った目付きになっている。


「「「任せてください、姉御!」」」


 だ〜か〜ら〜、姉御って呼ばないでよ。自分の方が(見た目は)若いんだから!


 昼時までは、ギルドにある植物図鑑を見せてもらった。

 細かな絵と名前、主な分布域、用途、採取時の注意など、ちょっとした百科事典だ。

 聞いたら、ギルドに代々伝わる本で、書かれた年代は不明、なので、今の分布域とは異なっているところもあるそうだ。貴重だ。借り受けるわけにはいかないな。


 ギルドハウスを出て、露店で昼食を買い、門を出た。


 さして急ぐでもなく、街道を歩いていく。街が見えなくなったら森に入ろう。


 そろそろ森に向かおうかと考えた時、後方、ローデンの方角から馬が爆走して来た。周りには魔獣がいるでもないし、隣街への急使だろう、と思ったが、自分の前で急停止する。


「姉御?! おやじから緊急連絡だ!「至急戻られたし!」」


 紙の話は終わったはずだけど?


「理由は?」


「姉御の協力が欲しいと!」


「それだけ?」


「別の街でなにかヤバいことが起こったらしい。詳しくは聞いていないが、使者が血相変えてたのは見た!」


「わっかりました、戻りま〜す」


 踵を変えて、走り出す。馬諸共置いてきぼりにした。後方から「姉御ぉ〜〜〜、待ってくれぇ〜〜」とか聞こえたが、急ぎだし。


 門兵さんが、街から出てすぐに戻って来た自分に驚いていた。門兵さんを驚かせてばっかりだな。身分証を見せて、さくっと通してもらう。


 ギルドハウスに戻ると、そこにいたハンター達も沈鬱な表情をしている。


 ヴァンさんが、自分の顔を見るなり執務室に引っ張り込む。あまりおおっぴらにしたくないようだ。


「ノーンの街で、病気が蔓延しているそうだ」


「南北にケチラとダグの街があるでしょ? そちらに援助を求めたんじゃないんですか?」


 ノーンは[魔天]の真西にある[密林街道]の一角を為す都市だ。隣接しているのは、北にケチラ、南にダグ。ダグの先にローデンがある。

 一都市で対処できない事態が起きた時、近隣の都市や砦は援助を求められたらそれに答える義務がある。ただし、たいてい隣り合っている都市間にしか救援は求めないはずだ。


「オルトとカナバルが駆け込んで来た」


 二人とも、森で知り合ったノーン・ギルドのハンターだ。ヴァンさんとも知己だったとは知らなかった。


「噂で、お嬢がローデンに出入りするようになったことを知ったらしい。 大抵の病気なら、ノーンほどの街ならすぐに沈静化できるはずなのに、もう二ヶ月にもなるってんで、ケチラとダグの治療師もお手上げだそうだ。そこで、お嬢が薬草に詳しいことを思い出して、なんとか連絡を取れないか訊きにきたところだ」


「二人は?」


「呼んでくる」


 すぐに部屋に入ってきた。オルトさんは双剣使いのおじさん、カナバルさんは弓を使う女性だ。すっかりやつれている。


「アルちゃん!」

「すまない、助けてくれ!」


「落ち着いて。どんな症状なのか、わかるだけでも教えてください」


 薬学や治療学は専門外だ。だが、対処療法で症状を軽くするだけでも助けになるはずだ。それくらいなら、自分の持つ薬草の知識でも役に立つだろう。


 最初は、子供だった。微熱が続き、しばらくして立てなくなる。やがて、昏睡状態になり、何人か死んだ者も出ている。寝込む子供が目立つ頃、年寄りや体の弱い者もバタバタと倒れ始めた。やがて、働き盛りの大人達までが倒れた。病人に身分は関係ないらしい。貴族でも何人も床についてしまっているので、支援体制を維持するのも難しくなっている。他の街から救助に来た者でも、幾人か倒れてしまったそうだ。


 話を聞いて、しばらく考える。


「薬草の備蓄は?」


「そこは聞いてこなかった。しかし、それほど猶予はないと思う」


「別の街の治療師の診断は?」


「水の汚染だ。だが、街の井戸を閉鎖して川からの給水に切り替えた後でも発症した人は多い」


「病気を媒介する動物や虫の発生は?」


「むしろ、少ないくらいだ」


「妹の娘が倒れてしまったの。私にはどうすることも出来なくて、見守ることしか出来なくてっ」


 カナバルさんが、泣き始めた。


「自分には、対処療法しか思いつきませんが、薬草の補充ならお手伝いできます。ただ、ヴァンさん?」


 そう、今の自分にはギルド顧問の身分が付いて回る。王宮のお墨付きがあるとはいえ、よその街に出向いての無茶ぶりは出来ない。


 オルトさんとカナバルが頭を下げてくる。


「お嬢。やってくれ。ここのギルドでも出来るところは手助けする。何が必要だ?」


「まず、使者を。先行して、自分達が薬草を持っていくことを連絡してください。薬草を大量に調合する為の準備をしてもらいます。

 次に、薬草を採取しながらノーンに向かうハンターを十数人出してください。採取担当と護衛役の最低二人一組で、ダグではなく[魔天]周縁部を経由してもらいます。

 自分はさらにその奥を経由して、より、薬効の高い物を採取してから向かいます。

 どうでしょう?」


「アルちゃん一人で、[深淵部]に入るというの?!」


「カナバル、アル坊なら大丈夫だ!」


 オルトさんが、宥めてくれた。


「お嬢。薬草は何を取ってくればいいんだ?」


「解熱、下痢止めです。できれば、滋養を付ける物も欲しいですが、今回は時間優先にしましょう。それと、採り過ぎ注意です」


「わかった。いま手の空いているやつをかき集めている。そいつらを採取に向かわせよう。注意事項も伝えておく」


「使者は、カナバルさんにお願いします」


「私には、手伝わせてもらえないの?」


「カナバルさんは弓がメインでしょ? 採取時の護衛役は今回は無理です。自分と一緒に[深淵部]に行くのはもっと無理。

 ヴァンさん、使者にはここからも一人付けてください。カナバルさんの伝言の信憑性が増します」


「そうだな」


「オルトさんは、薬草の採取に加わってください。薬草を届けるのがローデンの押しつけじゃないと説明する人が必要です」


「わかった」


「では、準備ができた班から、すぐに出発してください。自分も出ます。後の指示は、ヴァンさんに任せます。いいですか?」


「よし! お嬢はすぐに出発してくれ。集まったハンターのリストを出せ! 班を組ませるぞ! うちの使者役は〜〜〜」


 ヴァンさんが、使者に持たせる文書を書きながら、指示を出し始める。慌ただしい声が飛び交う中、自分は、単身、ギルドを飛び出した。


 自分は、ある植物、いや魔獣を採取していく予定だ。症状を聞いて、もしかしたら、と思いついたからだ。

 狙いが当たっていれば、相当の人数が回復できるはず。・・・だが、まだ原因は分からない。

 違った時は、また別の薬草を探しにいかなくては。


 使者は、馬を乗り換えていけば、三日以内に到着するはずだ。採取班は、さらに、二日ぐらい遅れるだろう。


 とにかく、急ごう。

 主人公は、まず、行動する人。作者は、寝る人。

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