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ここにも王子さまが

205


 改めて、借料だの買取額だのを細かく取り決めることにした。


 話し合うのは、フェンさんと会計担当のメルメさんと自分の三人。金額が〜納期が〜などと喧々囂々やっている後ろでは、お姉さんたちが、形相を変えて裁縫に取りかかっている。


「見た目と違って軽いし、何より、この切れ味!」

「ふふふ、いくわよ。どんどんいくわよ」

「この針に懸けて! 最高の縫い上がりにしてみせるっ!」


 そんな声を背景に、お互いが納得するまで話し合う。

 それよりもですね? まだ、何を作るか決まってないはずなんですが、なんでさっさと取りかかってるんでしょうか? ねえ!


 幸い、簡単な単語と数字の読み書きは出来るようになっていたので、トレント樹皮で作ったメモ用紙を取り出し、口頭でしゃべっていたことなどを書き込んでいたら、これまた、いろいろと突っ込まれた。

 もう、しょうがないので、トレントの採取時期によって糸の品質が変わるとか、各部位の自分なりの使用方法とかを教えた。


 ローデンでは香木の原料として採取していて、主力輸出品になっているんだとか。加工方法は王宮の部外秘だそうだ。どーりで、森の南部でトレントを滅多に見ないはずだ。それも教えたら、貴重な素材が〜と言って、嘆いていた。


 昼時になっても、話はまとまらなかった。誰かが買い込んで来た昼食を貰って、午後の戦いを再開する。


 時々、話が脱線したものの、夕方には合意にこぎつけた。

 服の縫製料も、一枚いくら、から決め直した。ただ、枚数については妥協してもらえなかった。というよりも増えた・・・。

 結果、縫製料は、前金、金貨一枚半はそのまま、完成後、金貨1枚を支払うこととなった。道具の借料は、使い勝手のレポート料と差し引きで、一年後に半金貨一枚。


「アルちゃんも、強情よね」

「アンゼリカさんやフェンさんをみならいましたから」

「経験値的には美味しい話なんですが、ですが、もうけが、売り上げが〜」

「なに言ってるの! 最上の品質を、最適価格で販売! これぞ商売!」


 三人は話し合いでくたくた、作業していたお姉さんたちも「根を詰めすぎては良い仕事はできない!」ということで、今日はおしまい。


 全員で[森の子馬亭]に向かい、仕事のめどがついたお祝いということで乾杯した。ハンター顔負けの食べっぷりに驚いたが、「職人は体が資本!」ということで問題ないらしい。あの量であの体型を維持しているとは、お姉さんたち、さすがです。


 アンゼリカさんから聞いたらしく、「竪琴を聞かせて〜」とおねだりされたので、まだ練習途中の曲を披露した。神様の世界に迷い込んだ女の子が一生懸命仕事をする映画。フェンさんたちにも他のお客さんにも好評だった。


 部屋に戻って、少しだけ書き取り練習をしてから休んだ。



 さて、五日目だ。


 どうする?


 教本の書き取りはまだ終わっていない。辞書を借りる算段もついていない。今の語学の習熟状態では、ギルドに行っても調査の邪魔になるだけだ。


 一旦、森で頭を冷やしてくるべきか?


 朝食を食べながら考えを巡らせていると、頭をはたかれた。


「また、一人でなにをしようとしているのかしら?」


 アンゼリカさんだった。


「予定の五日がたったので、この先どうしようかな〜と、考えてました」


「考えるほどのこと?」


「全部中途半端な状態ですが、焦ってあれもこれもやっても、うまくいきそうにないので、どれを優先させたらいいかな、なんて」


 盆でたたかれた。正直に言ったのに〜


「違うでしょ? 嘘はいけないわ」


「〜〜〜」


「焦っているのはわかるけど。本当はどうなの?」


「予定が狂ったので、計画変更を悪巧み中」


「まあ!」


 今度は納得顔をされた。自分て、どんな性格だと認識されているんだろう。でも、口にしたことで、方針が決まった。


「アンゼリカさん、宿泊をあと二日延長してもいいですか?」


 そう、フェンさんの店にいくことで使えなかった分、滞在を延長する。その間は文字の習熟につとめる。最終日の取得レベルによって、一度森に戻るか、ギルドの調査に加わるかを決める。これでいこう。


「もちろんよ。手続きしておくわ」


「お願いします」


「やる気になったのはいいけど、無理はしすぎないでね。でないとお仕置きよ?」


「! はい!」


 うん、夜はちゃんと休もう。


 午前中は、部屋に籠った。滞在中に「書き取り十冊」は無理そうなので、残りの教本は、まず一冊を書き移すことにする。


 昼食後、ギルドハウスに行って、滞在を延長したことを伝えた。通常業務以外の調査をしているせいか、どこか慌ただしい雰囲気になっている。これ以上騒がせるのも心苦しいので、すぐさま離れた。


 何となくコーヒーが飲みたくなり、あの喫茶店に向かう。


 よかった。開店している。


「いらっしゃいませ。本日は、お一人さまですか?」


「はい。豆茶をお願いします」


「かしこまりました。こちらのお席へ」


 本当に、地球の喫茶店ばりの接客だ。勘違いしてしまいそう。


「どうぞ」


 淹れたてのコーヒーが運ばれてきた。ん〜、いい香り。


『いただきます』


 ん? 背中がざわざわする。むしろ全身の鱗が逆なでられているような感じだ。


 もう一口、コーヒーを飲む。


 敵意、ではなさそう。でも、何か?誰かを探っているような気配。気持ちいいとは言えない。


 かといって、慌てればまた騒ぎが大きくなる、かも知れないし。自分が目標ではない、かも知れないし。


 森で魔獣達と「自分以外は全員鬼」ごっこしたときに、自分の気配を思いっきり薄くして逃げまくった。一本の木を挟んで直視は出来なくても、すぐ近くにいた自分に全く気がつかなかった。街中でも通用するかな?


 徐々に自分の気配を薄めていく。ゆっくりゆっくり、人々の雑踏の中にとけ込むように。そうか、さっきまでのような尖った気配だったら、いくら鈍い人の目にもついてしまうよねぇ。気をつけなくちゃ。


 そんなことを考えながら、コーヒーを飲む。


 ちょうど飲み終わる頃には、ほとんど気配を感じられない状態になっていた。はずだ。

 探索者に慌てた様子がうかがえる。


 喫茶店の周りも、なぜかがちゃがちゃと騒がしい。このへんの商人さん達はおっちょこちょいが多いのかな?


 のんびりと、[森の子馬亭]に戻った。


 

 翌朝、アンゼリカさんが困惑していた。


「アルちゃんにお客様よ」


「誰でしょう?」


 ここにいるのを知っているのは、今回、ギルド関係者とフェンさんたちぐらいだ。アンゼリカさんも知っている人ならば、名前を言ってくるはず。


「よくわからないのよね。いきなり乱暴するようには見えないけれど。見かけないデザインのフード付きコートで全身隠した人で、アルちゃんよりも少し背が低いかしら? もう一人の男性は、貴族階級の人だけど、付き添いだそうよ」


 ほう、客はアンゼリカさんの眼力でも見抜けませんか。


 こっそりと『覗いて』見たら、客だと言って来た人は、昨日の探索者だった。あれだけ気配を薄めておいたのに、どうやってたどり着いたんだろう。


「わかりました。食堂ですか?」


「ええ」


 アンゼリカさんと一緒に、食堂に入る。


 フード少年は、いきなり目の前に来て、自分の手を取るなり叫んだ。


「素晴らしい! ぼくと結婚してください!」


 アンゼリカさんの盆が炸裂した。彼は衝撃で手を放し、ひっくり返る。


 自分は、なんというか、茫然自失? 確かに乱暴者ではないが、いくらなんでも唐突すぎる。

 付き添いの男性も、言葉が出ないようだ。


 ようやく、起き上がって来たフード少年に対して、床を指差すアンゼリカさん。


「お座りなさい」


「・・・」


「お座りなさい」


 なぜか、付き添いの人まで、床に座った。


 それから、アンゼリカさんの「求婚作法について」のお説教が始まった。


 自分は、リュジュさんにお茶を貰って、一息入れる。あ〜、おいしい。


 床の上で、どんどん小さくなっていく二人。アンゼリカさんは、初対面の女性への挨拶に始まって、いわゆる「おつきあい」のお願いの仕方、なぜか、「アルちゃんがどんなにかわいいか!」などなど、どうでもよさそうなことまで大演説をぶちかましている。このお茶、本当においしいなぁ。


 昼食の準備時間になるまで、延々と続けられた。

 ようやく解放されたとき、客二人は、脚はしびれるわ、精神的ダメージは食らうわで、ぐったりしていた。

 ・・・合掌。


「で? なんで、いきなりプロポーズなんかしたんですか」


「自己紹介より先にそれですか?」


 付き添いの青年が訊く。


「マナーのなってない人に、名乗る理由はありません」


「それもそうですが・・・」


 苦笑している。


「だって、本当にすばらしいです」


「どこがどう「だって」に繋がるのか、説明して差し上げないと・・・」


「魔力は宝玉に勝るとも劣らない輝きをまとい、魔術は、大胆にして繊細。竜の里にも、こんなに美しい方は見たことがありません!」


「竜の里?」


 むっかーし、師匠に聞いた、あの「竜の里」?


 青年が紹介してくれた。


「この方は、竜の里よりいらっしゃいました。お名前は、ジルシャール殿とおっしゃいます。ヘリオゾエア大陸を探索している最中なのだそうです。

 私は、ローゼン国の王太子を勤めております、フェライオスと申します。賢者殿には、お初にお目にかかります」


「殿下?」


「母や、騎士団長たちから、お話は伺っております。先だっては、砦の視察に出向いており、不在にしておりました。改めてご挨拶申し上げます」


「・・・ご丁寧に、ありがとうございます。って、自分のことをご存知で?」


「はい。こちらに来る前にギルドハウスに立ち寄りました。そのときに、[森の子馬亭]に滞在中であるとお聞きしました。ただ、ジルシャール殿が、お会いしたいと言っておられたのが、貴女であることは存じませんでしたが」


「存じるも何も、初対面ですよ?」


「〜〜〜是非、私とも話をしてください〜」


 無礼者は無視。


「殿下とは知らず、失礼致しました。森の猟師、アルファです。よろしくお願いします」


「ありがとうございます」


 一般人に対してこの物腰。う〜ん、本当にこの国の王子なのかな?


「それで? 彼は何か探しているとのことですが、結婚相手ですか?」


「違いますが、そうとも言えます」


 どっちなの? フード少年がフードを下ろした。頭に、人にはない物が付いている。二本の角。


「僕は、竜です」


 あわてて、『隠鬼』を発動。外からは、見えない聞こえない、の結界だ。いくら店内だからって、この時間、他に客もいるんだぞ?!


 目をキラキラさせて喜んだ。


「本当に、うつくしい」


「それはいいから!」


 なんで、こんなところに本物のドラゴンがいるんだ?


「殿下は、ご存知で?」


「はい。主立った都市の王族にのみ情報がまわされています。祖先の恥でもあるので」


「僕が生まれた少し後、里からいくつかの卵が盗まれました。取り返せたもの、殺されたもの、ほとんどの行方は突き止めましたが、一人だけ失われてしまいました」


「亡くなられたんですか?」


「いえ、行方不明です。死んだのか、生きているのか、全くわかりません。ですが、僕は生きていると信じているんです」


「妹さん?」


「婚約者です」


 ぶふっ。


「卵のとき、親同士で決めるのだそうです。


 卵の窃盗は、人間の仕業でした。当時は、一部の者達の間で竜の卵は不老不死の薬になると信じられていました。また、竜を使役することで自分の威厳の箔付けに利用しようとする者もいました。

 薬の話は全くの作り話で、使役しようにも、徹底的に抵抗するので、結局、皆、殺されてしまったそうです。


 各王家は、親竜達の復讐を恐れました。自国の者らの愚挙をとどめることが出来なかったことを猛省し、不届者達を粛正しました。卵達を探し出す手助けもしたそうです。竜の里は、彼らの誠意を一応認めて、報復は行いませんでしたが、以来、竜の里に人が訪れることは認められていません」


「でも、僕はどうしても探し出したい。会いたいんです。人化の術を使えるようになってから、各地の王家の方に協力をお願いして、旅を続けています」


「頑張ってください」


 そうとしか、言いようがない。


「生きていれば、彼女は三百六十一歳です」


「失礼ですが、ジルシャール殿は?」


「三百六十二歳です」


 彼の方が、幼く見える。いや、自分、関係ないし。歳が違うもん。


「それはともかく、何故、いきなり求婚?」


「先ほども申し上げました。貴女の魔術、魔力はとても美しい。えーと、一目惚れ、です!」


「婚約者に謝りなさい!」


「ジルシャール殿? アルファ殿にも好みというものがありますし、先ほど女将さんにも諭されたばかりじゃないですか」


 女将さん、ときかされて、真っ青になった。物忘れが激しいな。歳か?


「ですが、これっきりなんて、もう会えないなんて、僕は、〜〜〜」


「自分は、猟師です。ほとんどは森の中にいます。街にいたのは、たまたまです。

 縁があれば、いつか、どこかで、また会えます」


 そういって、引き下がらせた。


 竜の少年は、これから密林街道を東に向かい、竜の里に戻るという。[魔天]の魔力とはそりが合わないので、迂回するのだそうだ。


 結界を解除し、食堂の外まで見送りに出た。


「あなたの旅に幸いのあらんことを」


 自分が少年にそう言うと、彼は微笑んで一礼し、去っていった。


 殿下は、門の外まで付き添うという。たしかに、竜の一族がその辺をホイホイあるいていることが知られれば、歴史を知らない馬鹿どもが再び愚行を起こしかねないしな。護衛というか、保護というか、そういうものなのだろう。

 王太子殿下、登場です。


 #######


 主人公は、ジルシャールでもドラゴン臭をかぎわけられないほど、とても体臭が薄い。彼は、本当に魔力の美しさに見惚れて、思わず求婚してしまったお調子者。主人公の宿泊先がわかったのかは、愛の力?

 空のてっぺんから放り出された記憶のある主人公は、形はドラゴンでも自分をジルシャールの同族とは思っていない。なので、竜の里に「帰る」とも思わない。

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