おしゃれと甘味
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シャツについて、生地の入手先を聞かれたので、自分で織ったと言ったら、「全部出して!」と脅迫された。なんで猟師が機織りするんだ?とは質問されなかった。そういうもんなの?
生成りと染色したもの単色、縦の二色ストライプ柄複数パターン、厚手、薄手、など、一通りを取り出した。皮素材も一式並べた。
いつの間にか、従業員のお姉さんたちまで集まって来ていた。生地を手に取り、あれこれ言っている。店番は大丈夫か?
「今日はもう、店は閉めてきたから」
! 読心術でも持ってるんですか? びっくりした。
「これだけ布があるってことは、予備のシャツもあるわよね?」
怖い。もう言われた通りに、ぽいぽい出す。
「縫製は、ん〜、努力は認めるけど、この辺が〜」
「デザインは悪くない。この方向で型紙を・・・」
「すごいわね、刺繍でない柄付きの布なんて・・・」
「この皮なら、防具にも十分使えるわね!」
「・・・出来るだけ、目立たず地味な物にしてくださいね〜」
「「「「似合わないものは造らない!」」」」
「材料持ち込みだから、デザイン料と縫製代だけですむわ。前払いは、半金で金貨一枚半。どう?」
どう、と言われても標準価格帯がわからない。でも、服一枚を作るにしても金貨三枚は高すぎるような。
「作る物は?」
「衣類は、シャツ各柄二枚、ズボン厚手の濃色デザイン違いで各二本、ベスト厚手色違いデザイン三〜四種各一枚、ベスト革製デザイン三〜四種、下着たくさん。
防具が、皮の小手とすね当て各二式、皮の胸当てが二、ベルト付きナイフホルダーが二。こんなところかしら?」
フェンさんが読み上げている横で、三人が書き移している。最後に突き合せて内容に齟齬がないことを確認する。
しかし、
「なんで、そんなにたくさん作る必要があるんですか!」
「「「「そこに材料があるから!」」」」
間髪入れずに返事が返ってくる。
「それに、アルちゃんはマジックバッグ持ってるじゃない?」
「そんなに入るわけないでしょう?」
そう、ぽっと出のハンターが持てるようなマジックバッグでは、狩った獲物を保管するのが精一杯のはず。予備防具まで入れてるとか、おじさん連中でもいなかったぞ?
「「「「さっき、あれだけ出しといて、今更何を言ってるんだか」」」」
・・・あ、しまった!
「母さんから、棒を使った近接戦をするって聞いてるし、それにあわせた装備よ?」
とか、話しながら、いつの間にか採寸が始まっている。シャツもズボンも脱がされた。・・・布の服を作っておいてよかった〜。
じゃなくて! まだ、いいも悪いも返事してないんですが!
「本当は靴まで作りたいところだけど、かなりいいものみたいだし。今回は諦めるわ。
出来上がりまで、一ヶ月半ちょうだい。ふふっ、みんな、やるわよ!」
「「「「はいっ!」」」」
・・・こりゃだめだ。止められない。
「あの、リュジュさんには作らないんですか?」
「私には、オーダーメードの依頼なんか出来ませんよぅ。でも、裁縫はぶきっちょで自分でも作れないし〜。給料は、お菓子に消えちゃいますし〜。・・・っうえぇ〜〜〜ん」
泣き上戸だったか。
フェンさんを見る。苦笑された。
「お金が絡むからね。そう気軽に引き受けるわけにはいかないわ。あと、安易にあげちゃうのもダメだからね。際限なくたかられるようになるし、真面目に商売している人を馬鹿にする行為だから。例え友達でも、節度を忘れないで」
うう、釘さされた。でも、反論できない。
「それはそれとして、でもやっぱり多いですよ」
「「「「なにか、いいました?」」」」
・・・もう、何も言えなかった。べそをかいているリュジュさんを連れて、退散した。
宿屋に戻る途中、ものすごくいいにおいがした。思わずそちらに歩き出す。
「宿は、そちらじゃないですよ?」
と、リュジュさんが手を引っ張るが、あえて突き進む。
その先にあったのは、「喫茶店」、のように見えた。
通りから少し奥まったところに、植え込みで区切られた一角があり、中央に小さな木が生えている。その周りにテーブルといすがある。周囲が普通の商店なので、通りからは、やや浮いた感じに見える。
ふらふらとテーブルに近づいていくと、声をかけられた。
「いらっしゃいませ。お二人でよろしいでしょうか?」
テーブルの一つに案内された。勧められるがままに、席に着く。
「こちらは、どのようなお店なんですか?」
「菓子と飲み物を楽しんでいただく店です」
ダンディ、としか形容できない男性が店主のようだ。
「今日のおすすめを二人分、お願いします」
「豆茶と香茶のどちらになさいますか?」
「自分は豆茶で、リュジュさんは?」
やっと、正気に返ったらしい。
「わ、私は香茶で」
「おいくらですか?」
「お一人さま、銅貨二十六枚です」
自分が二人分を支払う。
「では、しばらくお待ちください」
一礼して、下がっていった。
「・・・リュジュさん、こんなお店があったんですね」
「いえ、今まで聞いたことがないです。しかもお値段も高いですよ。あっ、私っ、払います!」
「ま、ま、今日の案内料ってことで、おごります。一日、お仕事しなかったから。お給料、出ないでしょ?」
「〜〜〜すみませんっ。お客様にごちそうになるなんて〜っ」
「いやいや、服のことでイロイロ見せつけちゃうことになったお詫びでもあるので、ね?」
「お待たせ致しました」
店主さんが、お盆二つを持ってきた。
黒っぽい飲み物には、真っ黒なケーキが一切れ。淡い色の飲み物には、きつね色に焼き上げられたパンケーキ。
「ごゆっくりお楽しみください」
店主さんが、テーブルから離れる。
『いただきます』
そう言って、飲み物を口にする。やっぱり、コーヒーだ。通りの先にまで漂っていた、でも、自分にしかわからないほどのかすかな匂い。ここまで来てみてよかった。香りだけかもしれないと思っていたが、まさか、本当にコーヒーが飲めるなんて。何年ぶりだろう。
添えられていたフォークで、ケーキを一口大に割って、こちらも口にする。何と、チョコレートケーキだ。感激!
まわりから、なにか物のぶつかる音、壊れる音、人が倒れる音、がしているようだが、意識できない。
今、自分はこのケーキの虜だ。
一口、一口を、ゆっくり大事に味わい、コーヒーとともに食べていく。
最後の一口を食べ終わった。大満足。
「ん〜〜〜、ごちそうさまでした!」
あれ?
「リュジュさん? まだ、食べてなかったんですか?」
口を半開きにして、ぼーっとしている。何かあった?
そういえば、周りが騒々しかったような、と思って見回すと。聞こえていたまんまの状況になっていた。あちこちに物が散乱し、尻餅をついたり倒れたりしている人がここかしこにいる。誰もが、そろって、リュジュさんのようなぼーっとした表情をしている。
「リュジュさん、さっき何かありました?」
顔の前で、手を振ってみる。ようやく、気がついたようだ。
「え? あ。あっ! なんでも、なんでもないです。ないです〜っ」
なんか、顔が少し赤くなっている気がする。気温でも下がったかな?
目の前のケーキを慌てて食べ始めた。
「ゆっくり食べてくださいな。ここのケーキ、本当に美味しかったから。じっくり味あわないともったいない」
「うえっ、はっ、はいっ。そうですよね」
な〜んかまだ焦った感じではあるが、喉に詰まらせるでもないし、大丈夫か。
リュジュさんが食べ終わったところで、席を離れた。
宿に戻ると、リュジュさんは女将さんに報告するから、といって引っ込んでしまった。何を報告するんだろう?
あの喫茶店で満たされてしまったので、その日は、夕食後の書き写しすることなく、素直に休んだ。
翌朝、また、フェンさんが食堂で待ち構えていた。
「アルちゃん、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
ん?
「足りない材料でもありましたか?」
食堂の隅に引っ張られ、そこで小声で訊かれた。
「店の裁ち切りはさみが、全滅したわ。あの布はなに?」
へえ、森杉布もそれなりに丈夫だったんだ〜。じゃなくて!
「・・・全滅、ですか?」
「そう。さらに言えば、糸切り用の小ばさみなんかもダメになった」
あちゃあ。
「朝ご飯の後で、お店にいきます」
「うん、来て。一緒に行こう」
急いで食べ終わらせ、フェンさんの店に行く。
お姐さん達が、複雑な顔をして待っていた。
「この布ね、防具を加工するナイフでやっと切れたの。裁ち口はがたがただけど。縫い糸もそう、切ることができなかったわ。縫い針は、布に刺さらないし・・・」
「えーと、材料の説明をしますとー」
全員が、身を乗り出してくる。
「トレントの芯から採った糸で織りました〜」
絶句!
自分も驚いていた。普通のはさみの刃が立たないって、どういう代物なんだ。
そう、自分が森杉と呼んでいたのは、歩く樹木、植物型魔獣のトレントのこと。ここでも、勝手命名は通用しない。ちなみに、てん杉はトレントの上位種、エルダートレントという。あっちの布を出さないでおいてよかった、と心の底から思う。いや、素材をごまかしちゃえばいいのかもしれないが、この手の偽装はいずれどこかでばれるものだし。
その場に、自分の裁縫道具一式を取り出す。
「それで、自分で縫う時に使った道具類は、自作したものです」
またまた、絶句。
それはそうだろう。どこのお針子が、裁ちバサミを自分でトンテンカンテン作るというのだ。だけど、自分のすみかは森の中。はさみ屋さんなどあるわけない。
使える布が織れるようになってから、ようやく「裁縫道具がない」と気がついた。織り糸の処理は、抜殻ナイフで事足りていたから。
最初のうちは、形は「はさみ」だけど、まともに切れなかった。刃の部分はもとより、両刃をつなぎとめるねじの部分が固すぎたり緩すぎたりで。縫い針も、やっと細く長くまっすぐに形が作れたと思えば、すぐに曲がるし。
あれこれ改良しているうち、いつの間にか、はさみや縫い針が山のように出来上がっていた。
裁縫道具は、すべて黒一色。
ロックアント製だ。それも、削り出しで作ったものじゃない。ギューと固めて、えいやっと成型した。性質的には「変なナイフ」と一緒。なるほど、布の材質おかまいなしに、ざくざく切れてたはずだ。
しかし、お店の道具一式が壊れたとなると・・・。
恐る恐る、フェンさんに声をかける。
「あのぅ、一つ、提案があるんですが」
「・・・なに、かな?」
「裁縫道具一式を、差し上げます」
全員が、一斉に自分を見る。ひえっ。
「その、自作の?」
「それで、皆さんから使い勝手とか教えてもらって、それを参考にして、自分用をまた作る、と」
ごにょごにょと、密談もとい相談を始める店員一同。
その前に並べられていたのは、裁ち切りばさみ五本、糸切り用小ばさみ十五本、縫い針長短あわせて五十本以上、待ち針たくさん、その他、千枚通し、細錐などなど。一通りはそろっているはず。
自分が使いやすかった物を複数残しておいたのだが、この場では役に立ちそうだ。
「その、いいの?」
「?」
「これだけの性能の物を、また、一から作り直すのは大変じゃないの?」
「え〜と、それも修行の一つ、ということで」
改良できるのなら、それに越したことはない。
「皆さんは、すぐに仕事が続けられる。自分は、もっと良い道具が作れるようになる。いいことづくめでしょ?」
「技術力があるのは職人として当たり前。その上で、良い道具を使えば、より良い物が作れる。良い物は高く売ることが出来る。まして、私たちは、良い素材、良い道具に触れて、さらにが勉強できる!
職人冥利に尽きるわ。私たちに取っては、利益がありすぎる!
・・・なんだけど、納期が〜っ」
壊れた道具というのも見せてもらった。金属製の大小のはさみは、刃がぼろぼろに欠けていた。縫い針は、途中で曲がってしまっている。手を怪我してないのが不思議なくらいだ。
店にあるったけの道具を使い潰してしまったとしたら、この店で求める品質の道具を買い揃えるのは相当な出費になるだろう。自分以外からも受注していたようだから、約束していた納期から遅れればそれもまた赤字につながる上、店の評判にも関わってくる。
フェンさんは、なにか覚悟を決めたようだ。
「一年間借用させてもらう! これら一式を買い取れるほどの持ち合わせがないから。
アルちゃんの服の縫製代と道具の使用報告料を、一年間の借料から差し引くこと。なお、道具類が壊れた場合は、買取して何年かかってでも返済する。これで、どう?」
「どう、と言われても。そうだ、壊しちゃった道具代が引かれてませんよ?」
「材料の見極めが出来なかった私たちの自業自得だもの」
一同、大きくうなずいている。
いや、最初から、何から作った物か教えておけばこんな騒動にはならなかったでしょうに。
そう言うと、
「もし、聞いていたら、引き受けられなかったわよ? そして、自分たちが触ったことのない布で作った服を着たアルちゃんを見て、地団駄踏みまくっていた、と思うわ」
これまた、一同、納得の表情。そういうものですか?
あ、この街の人はみな熱血でしたね。納得。
[魔天]産に「普通」はないってことですね。
それはそうと、コーヒー、数年どころか数百年ぶりです。作者は、マンデリンのストレートが好きです。
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フェンが、主人公が布を自作した件を追求しなかったのは、「妹」は嘘をつかないと信じているから。いいお姉ちゃんです。
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トレント
これが進化するとエルダートレント。
吸収した魔力が充実してくると、地面から根を抜き出して、より魔力の濃い場所に移動する。




