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おかあさん

202


 あれから三ヶ月、ローデンには近寄らなかった。別の街にいくことすら考えなかった。森でハンターの気配を感じた時は、一目散に逃げ出した。

 

 弱虫だなぁ、とは思うけど。思うんだけど! どんな顔をしていたらいいのか、解らなかったのだ。

 ただでさえ、三百四十年間引きこもっていたのが、いきなり衆人環視の中で笑い話のネタを提供してしまったのだ。羞恥プレイも極まれり、だ。

 うっかり思い返しては、じたばたする。


 とうとう、運の悪い森杉に八つ当たりしてしまった。


 目の前をうろうろしていた森杉を、腕一閃で切り倒す。

 凄まじい勢いで糸を採り終えると、抜殻となった樹皮が残る。それを、まーてんに運び込み、指弾の的にし、魔術の的にし、棒術の的にして、最後は特製ハンマーで完膚なきまでに叩き潰す。

 形がなくなるまで、多分、一日と掛かっていなかったと思う。

 その日、凄まじい打撃音に、まーてん周辺では朝夕の動物達の挨拶は全くしなかった。


 そのあと、紙漉を延々と続けることで、少しは落ち着いた。


 てん杉糸でのレース編みも始めた。精神集中によい、と聞いた覚えがあったから。レースリボンで埋まりかけた頃、ようやく手を止めた。絡まないように巻き取っていくのが大変だった。


 森杉糸の染色を行う場所を探して、[魔天]領域内の山脈の探索もした。なぜか、魔力の濃い所では染まらなかったので、以前は森の周辺部で人払いの結界を張って作業した。しかし、人払いの結界もばれる時にはばれるので、人の訪れない場所を探したのだ。

 ワイバーンの飛行限界高度より上に、良さそうな洞窟を見つけた。山脈の高所は、[魔天]領域内なのに魔力がほとんど感知されない。染色液が沸騰しないのも都合が良かった。

 ひたすら糸を煮込み続ける。その間に、爪弾や種弾に「術式」を彫り込んでいく。あるいは、竪琴の練習をする。

 染色の終わった糸で、今回は縦ストライプ柄の布を数パターン作った。


 革の鞣し作業もここでやった。森よりも乾燥しているので、含有水分の調整が難しかった。


 森の探索は、夜にした。だって、夜目が利くんだもん。

 薬草やその他の繁殖分布を記録していく。やっぱり、[魔天]南部ほど種類も本数も少ない。あの熱血都市の連中が、「つい夢中になって」採取しまくっている所為だろう。そのうちに、他の都市からの輸入に頼らざるを得なくなるのかもしれない。それは、自業自得というものだ。


 しかし、植物の分布に異常が起これば、そこに住む動物層も変化する。杞憂ならいいんだけど。

 この予想は、地球の知識に基づいたものだ。この世界でも当てはまるとは限らない。かといって、知らなかった振りもできない。


 なぜだろう?



 三回目のローデンの街だ。


 変におどおどするから目を引くのであって、「なんでもないです〜」という顔をしてればいいんだ! と開き直った。


 門兵さんの、びっくりした顔も表面上スルー。まずは、[森の子馬亭]にいく。


 女将さんは、相変わらずお綺麗だった。


「いらっしゃいませ。お久しぶりでございます」


「こんにちは。一泊しかしていないのに、よく覚えてましたね」


 にっこり笑って、


「あら、お客様のような方は、忘れられるものではありませんわ」


 そんなに、変な顔をしているんだろうか? 自分の手で顔をまさぐってしまう。


 ころころ笑われてしまった。


「何泊なさいますか?」


「五日を予定してます。場合によっては、延長させてください」


「あらあら」


 それでも、何も訊かずに宿泊手続きをしてくれる。いい人だ。

 みんな、女将さんぐらいに控えめでいてくれればいいのに。


 思わず付いたため息を聞かれてしまった。


「お疲れですのね」


 疲れるのはこれから。思い出したら、さらに疲労感が増してきた。


「・・・やっぱり、言いだした人が責任を取るべきですよね」


 しまった! 口に出てしまった。


 女将さんは、まだ開いていない酒場のテーブルに案内して、お茶を出してくれた。


「私が存じ上げている限り、お越しになられたのは二回目ですよね? それで、長くはなれていたことと関係がおありで?」


「違いますよ。前回のこととは全く関係ない話なんです」


「それでも、「自分に責任がある」と感じているのですか?」


 説明するのが難しい。


「・・・例えば、隊商が進む先に川が流れていて、それを越えなければ次の街にいけない所があるとします。普段は、歩いてわたれるほど浅い川です。そこに、川の上流で雨が降ったことを知っている人が来ます。隊商のなかに知り合いがいるので、こう知らせます。「川が増水して、渡っている時に流されるかもしれない」。上流の雨がどれくらい降ったかまでは、知りません。渡る時にちょうど増水するとも限りません。


 ここからです。


 知人は、隊商の責任者に話をしないかも知れない。話をしても、責任者は信用せずに渡ってしまうかもしれない。

 何もなければいいんです。それは、話をした人が「嘘つきだった」と軽蔑されるだけで済みますから。

 しかし、もし、どちらの場合でも隊商が運悪く流されてしまったら。隊の人や商品、馬車などが流されて、損失を出してしまったら。

 物は時間をかければ取り返せることもあります。


 だけど、命は、命だけは。失われたら、そこで終わりです」



 カップに残ったお茶の波紋を見ながら、これだけを言った。


 女将さんは、しばらく黙っていた。


 やがて、大きく息を吐くと、なぜか自分の頭をはたいた。


「!」


「あなた、自分が全能だとか思い上がってるの?」


「違います! ただ、可能性に気がついたら、なんか黙ってちゃいけない気がして・・・」


「まだ、何も起きていないんでしょうに。しかも、街に住んでいるわけでもないのに、責任だなんて!」


「起きていないわけでもないし。だからこそ気づいたというか、何というか・・・」


「だまらっしゃい! 人が、ひとりでできることなんて、たいしたことはないんです! それを、一人で世界を背負った気になったんでしょう。何のために、たくさんの人がいると思ってるの? 協力するためでしょう! もう、本当に、お人好しなのか、頭が良すぎるのか。いえ、悪いのかも、どうしましょう」


 あれぇ? 一人でぶつぶつ言い出してしまった。やばい。変な話するんじゃなかった。


「う、あの、女将さん? さっきのはあくまでも「例えば〜」の話で・・・」


 ひゃっ。ジト目で睨みつけられた。


「こんなの野放しにしていたら自分からどんどん厄介ごとに首を突っ込んで身動き採れなくなるのが目に見えています。ええ!放っておけませんとも!誰かがきちんと見張っておかなくては!!」


 あ〜、女将さん? 貴女もこの街の住人でしたのね〜。熱血系の・・・。


「アルファさん!」


「! はいっ?」


「決めました!」


 両手を固く握りしめて、なにか断言しちゃってますけど。


「・・・何お、で、しょうか?」


「あなたは、私の娘です! 娘にします。いいですね!」


「いきなりなんなんですか、その理屈わ?!」


「街に来たばかりで、慣れてないようですから。ええ、保護者が必要です。もう、ばっちり面倒見てあげます!」


「いえ、森に帰っちゃえば、全部終わりにできるし〜」


「バカ言っちゃいけません! 人は生きていれば、どうしたって一人にはなりきれないんです! ましてや、自分から逃げ出すなんてもってのほか! お母さんは、そんなこと許しません!」


 あ、もう、娘扱い? 冗談でしょ?


「え〜と、女将さん? 急用を思い出しました〜。ではまた今度!」


 逃げ出そうとした。が、地の利は女将さんにあった!


「ふふふ、逃がしません!」


 いすの上に連れ戻されて、食堂の仕込みが始まる時間まで、ずーっと説教を聞かされる羽目になった。身勝手だとか、独りよがりだとか、頭悪いだとか。


 更には、家に住めだとか、養子にするとか、嫁に出すとか。


 こっちも、流されっぱなしになるわけにはいかないので、必死に抵抗した。


 すったもんだのあげく、ローデンの街に来た時は必ず[森の子馬亭]に来ることと、心配事でも相談事でも全部女将さんに話すことを約束させられた。


 「お母さん」呼び、その他諸々はなんとか回避した。



「おかみさ〜ん」


「名前で呼ぶように、いったでしょ?」


「〜〜〜アンゼリカさん〜」


「なあに?」


「一つ、相談が〜」


「あら早速。嬉しいわ。なにかしら?」


「文字を覚えたいんです。本とか、辞書とか、どこで読めますか?」


「辞書だなんて。よく、そういう物があることを知っているわね?」


「知り合いのハンターから聞きました」


 嘘だけど。小学校の国語辞典は結構おもしろかったよ?


「そうねぇ。[学園]か[王宮]ぐらいにしかないと思うわ。本は、高級品だもの」


 やっぱりそうか。[学園]は文字通り勉強するところだし、王宮ならば「高級品」がごろごろしててもおかしくはない。


「ありがとうございます。では、まずは、ギルドに聞いてみます」


「なぜ、ギルド?」


「つてとか、情報とか」


「なるほど」


 こういうときこそ、無駄身分を活かすべきだろう。


「そろそろ、店の準備をしなくちゃ。夕飯にはまだ時間があるけど、どうする? ギルドに行ってくる?」


 女将さんの口調は、すっかり身内向けになってしまった。自分も、その方がうれしい。


「思い立ったが吉日、とも言いますもんね。行ってきます」


「はい、いってらっしゃい」


 [森の子馬亭]を出た。

 女将さんは、主人公のどこが気に入ったんでしょう。

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