おはなし、しましょ?
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翌朝、いつも通りに目を覚ます。
街を散歩してみようとおりていくと、女将さんがいた。早い! いつ、寝ているんだろう?
マグロどもは、うなっているもの、ぴくりとも動かないもの、半々か?
「おはようございます、女将さん」
「お客様こそ、お早いですね」
「習慣で。街に散歩に行って来てもいいですか?」
「あと、一刻ほどで朝食の準備が終わります。それまでにお戻りください」
「わかりました。そうそう、例の物は・・・」
「もうしばらくお酒の味を堪能していただきましょう」
・・・ここにも、鬼がいた。
「・・・いってきます」
「いってらっしゃいませ」
にこやかに、送り出された。
[森の子馬亭]は、大通りから入ったところにあり、左右は同じような酒場兼宿屋が並んでいる。向かいの並びは、騎獣も預かる宿屋のようで、従者か宿の使用人らしき人が、世話をしているのが見える。
露店も出ていた。軽食を並べて呼び込みしている。早くに出発する人や勤め人のためだろう。朝限定のメニューもありそうだが、女将さんが朝食を用意してくれている。我慢、我慢。
宿に戻ると、マグロはあらかた片付いていた。ヴァンさんは、いなかった。代わりに、数人の女性が食事している。
「ただ今戻りました〜」
「お帰りなさいまし。すぐに、朝食をお持ちしますね」
「お願いします」
厨房に戻ろうとする女将さんに、女性たちから声がかかる。
「もしかして、彼女が?」
「そうですわ」
うわ、全員がこっちを見た!
「本当に、かわいい!」
「今度ばかりは、旦那の勝ちか〜」
「きれいな髪〜」
・・・見せ物、再び、か。
「おはようございます。皆さん。はじめまして〜」
「「「「〜〜〜今日ばかりは、宿六の深酒も許す!」」」」
そろって、握りこぶしをかまえて、断言する。
「皆さんは、もしかして、こちらの方達の奥方様たちで?」
キャハハハハハッ!
「奥方なんてエラそうなもんじゃないよ。つぶれた夫を捕まえに来ただけだから」
「いやぁ、アイツの話は、誇張されたもんばっかりでなかなか信用できないんだけどさ」
「そうそう、でもさ、森で助けてもらった話なんか、本当なら自分の恥だー、とか言って黙っていそうなものなのにさ」
「目ぇきらきらさせて、あーだったこーだったって。こんなに若くて美人だったなんて。普通は、逆に自分が助けたんだ、ってほら吹きそうなもんでしょうに」
「あれの言ってたことが本当なら、お礼を言わなくちゃね。うちらの旦那を助けてくれて、ありがとうって」
「本当に決まってるさ!」
無駄に話がでかくなってないか?
「たいしたことはしてないはずなんですけどね?」
またも、
きゃ〜〜〜〜〜〜っ
奥さんたちが、大騒ぎする。
「そこで、謙遜しちゃうんだ〜」
「奥ゆかしい!」
「旦那にはもったいない!」
「うちらでもらっちゃおう!」
自分、売りもんじゃありませんて。
「ね、ね? 森での旦那のこと、話してもらえない? 代わりに、街のことを教えてあげるからさ」
「あ、情報も交換だって、聞いてたわね」
「アタシが、聞いたのはこんな話だったんだけど」
・・・食事が終わっても、しばらく放してもらえなかった。マグロは放置されたまま、ぴくりとも動かない。どんだけ、飲んだんだ?
一通り、話をしたところで、宿を出た。これから、ギルドにいく、といったら、奥さんたちも諦めてくれた。
「女性のハンターもいないことはないけどねぇ」
「うん、無理はするんじゃないよ?」
「なにかあったら、すぐに言うんだよ。いいね?」
「お気遣い、ありがとうございます。何かあった時はよろしくお願いします」
またまた、
きゃ〜〜〜〜〜〜っ
今度は、なに?
「かしこまっちゃって〜」
「ほんとうにかわいいわぁ」
「またきてね? また会ってね? 絶対よ?」
手まで握られてしまった。
「あ〜、それじゃ、これからギルドにいってきます。また今度」
「「「「また今度ね!」」」」
マグロどもの襟首をつかんで、引きずりながら立ち去っていく奥さんたち。この街の女性は、皆、鬼か?
宿のチェックアウトも済ませて、ようやく、ギルドに着いた。迷ったわけじゃないよ。奥さんパワーに疲れただけ。
「おう、遅かったじゃないか!」
ヴァンさんが待ち構えていた。
「おはようございます。って、なんでヴァンさんが、受付にいるんですか?」
受付は、むくつけきおじさまよりも、きれいなお姉さんの方がいい。
「お嬢が来るのが楽しみでな! 待ちきれなかった!」
あ〜、はいはい。
「先に、報償の金と品だ」
カウンターの上に、大小の革袋と爪二本がおかれた。
中身を確かめもせず、便利ポーチに放り込む。
「んじゃこれで「って、登録がまだだろうが!」」
ちっ、忘れてると思ったのに。
「そっちは、引き受けるとは言ってません!」
「言ってなくても、登録してもらう! いいから、身分証を見せろ!」
強引にペンダントトップを握らせて、紋章を確認する。
「「!」」
?
「・・・あんの、雌ギツネめ〜」
ヴァンさんがうなっている。どゆこと?
隣から覗き込んでいた受付のお姉さんが、真っ青な顔して教えてくれた。
「身分の欄が「ギルド顧問」になっているんです」
なんじゃそりゃ。
「ハンターとは違う。
王宮はギルドの人事に関しては、干渉しないことになっているんだが、顧問は別だ。ギルドの中でも特別扱いだ。普通は、退位した王族などにやらせる名誉職で、ギルドが王宮の保護を受けていることのアピールに使うことが多い。
それだけに、権限も大きい。ギルマスも含めたスタッフへの命令権はない。かわりに、独自判断でギルドの名前を使って動くことが許されている」
「つまり?」
「「偉い人」」
んがぁ! そんな空恐ろしいもんまで、引き受けた覚えはない!
「なんで、女官長さんがそんなことをするんです?」
「顧問指定は宰相の采配だが、雌ギツネが入れ知恵したに違いない!」
「私が何か?」
!!
女官長さんが、そこにいた! お兄さんが、脇に控えている。
「てんめえ、勝手なことを!」
「こちらの方の実力、人格を鑑みれば、当然のことですわ」
「自分も、要りませんって!」
ヴァンさんと自分が女官長さんに食って掛かる。が、聞いちゃいない。
「アルファ殿? 実は、報奨金はお渡ししましたが、アレらの案内依頼の報酬を忘れておりましたの。ご足労ですが、今一度、王宮までお越しいただけます?」
「アレの中に含まれてたんじゃ!」
「昨日のは「報奨金」と申し上げましたでしょう?」
「俺の給与では払いきれなくてな。団長と女官長殿に相談したら、怒られた」
お兄さん、よく見れば顔が痣だらけだ。
「え〜と、この場から逃げ出した場合・・・」
「ええ、お仕置きが増えますね」
どこまで鬼なんだ!
「違ぇって! 顧問た、どういうつもりだ!」
「先ほど、ご説明した通りですよ?」
女官長さんが、じーっとヴァンさんを見る。
あ、なんか顔がこわばって来た。こめかみから汗も吹き出ている。
「〜〜〜わかった」
「納得いただけたようで、何よりです。それでは、アルファ殿?」
・・・ドナドナ〜。
各方面の女性に、色々な意味で大人気のようです。
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女官長とギルドマスター
ローデンの学園(教育施設)での同期生。女官長は、その頃からいろいろと武勇伝をかましていた。
ギルドマスターに反論を許さなかったのは「これ以上何か言うことがあるなら、実力でこい!」と目で挑発していたから。王宮筆頭魔術師の実力も知られているので、暴力で脅迫しているのと同じ行為。




