晴れて
115
気絶した二人の男は、不法侵入および、牢屋崩壊の現行犯として、捕縛されることになった。
まあ、勝手な理屈で、人を殺そうとしたんだ。やり返されても、文句は言えまい。
あのあと、本当の「実行犯」は城内に連行された。牢屋にではなく、浴室を隣に備えた立派な客室に、だけど。
控えていたメイドさんたちに、むかれそうになった。しかし、着ているものからして普通じゃないので、滅多な人には触れさせたくない。第一、着替えもない。前の抜殻服は、小さいままなんだもん。
服のまま浴室に逃げ込み、丸洗いする。頭からざぶざぶ水をかぶるだけ。脱皮服もろとも『熱』を掛ければ、あっという間に乾燥終了。ポニーテールにしている長い髪も、ぶるんと振って一丁上がり。
浴室に入ってすぐに出てきたのを見たメイドさんたちが、驚いていた。世話のし甲斐がない客ですみません。
それでも、髪の毛をすいてくれたり、丸洗いできなかった毛皮のベストにブラシをかけてくれたりした。おいしいお茶もいただいた。
これで十分もてなされた、と思ったのは、しかし、自分だけだった。
しばらくしてから、大きな部屋に案内された。ちょっとした会合や接見を行うための部屋らしい。
中に、いかにも、な男性と、なるほど、な女性と、団長さん、女官長さん、そして、お兄さんとメイドさんがいた。
先に挨拶もとい謝罪するべきだよね。
「このたびは大変ご迷惑を「いや、こちらこそお手数をおかけした」・・・」
ちゃんと謝らせてくださいよ。
「でも、一棟丸ごとやっちゃいましたし」
全員が、ニコニコと笑っている。かえって、不気味だ。この後、お仕置きが待っているのか?
「騎士団長から、問題はないと聞いている」
いかにもな人が、鷹揚に頷きながら、おっしゃった。
「息子が大変お世話になりました」
おぼっちゃまのお母様であらせられましたか。
「いえ、なんかいろいろ無礼を働いてしまったようで・・・」
「あの子には、あれでもまだまだぬるいくらいですわ」
・・・小脇に抱えて運ぶのは、デフォルトだったんだ。
「・・・自己紹介がまだでした。自分はアルファと言います。森で猟師をしています」
気を取り直して、ご挨拶。名乗って、一礼する。
「私が、ローデンの国王をつとめている。隣が王妃だ。ほんとうに、いろいろとすまなかった」
確定。皆様、やんごとなきご身分の方でした。
「・・・それで、どんなお仕置きをするつもりなんでしょうか」
「「「「おしおき?」」」」
だってね、もう少し、穏便に収まるはずだったんじゃないか、と思うんですよ。それを、最後に「どんがらがっしゃん!」してしまったわけだから。
「公式の場でのお披露目の前に、ぜひ、話をしたかっただけなのだが?」
「でも、いくら何でも、最後のアレは無視しちゃいけないと・・・」
「いや、アレのおかげで、ことのほか速く済んだんだ。そして、解体費用も抑えられたということで、一石二鳥。大助かりだよ」
団長さん? そこまで赤裸々にばらさなくてもいいんですって。
「・・・では、今回のあれやこれやは一段落したということですか?」
「「そういうことだ」ですわ」
「お咎めなし、なら、もう帰ってもいいですか?」
「? さっきお披露目をすると申し上げたはずですが?」
女官長さん、あえてスルーしてたことを蒸し返さないで! とことん鬼だよね。
「ただの猟師にお披露目って・・・」
だれかたすけて〜っ! っていっても、この部屋に味方はいない! 窓から脱出? 門でとっ捕まる。変身して飛んで逃げる? 正体ばれたら、増々追いかけられる。だめだ!
解決したって言うんだから、裏の話のあれやこれやは聞きたくないし、知りたくもない。
「う〜〜〜」
「なんでしょう?」
女官長さんが、にこやかに聞いてくる。
「なにのお披露目、でしょうか?」
「サイクロプス討伐の英雄ですわ」
! 誰が英雄?
「自分一人じゃないですよ? ハンターの皆さんとか、騎士団の魔術師の方達の協力があったから、うまくいったんであって・・・」
「そのハンターギルドから、「そちらに向かったはずの人がなかなかギルドハウスに現れない。なにかあったのか?」と、しつこい問い合わせがありまして。
このたびの事件に巻き込んでしまったと、正直に答えるわけにもいかず、「功労者として表彰したいから、その準備に時間をちょうだい」と」
ぐわぁ。
「言ってしまったからには、当然、実行しなければ! またギルドから追求されてしまいますの」
「そういう言い訳に使わないでください。要りません! 迷惑です!」
「毒を喰らわば皿まで」
お兄さん!
「諦めて、付合ってくれないか?」
王様まで〜〜〜。
「お披露目が終わったら、是非とも一勝負お願いしたい!」
すんごく、うきうきしながら言いますね、団長さん?
「あら、私とのお約束も忘れないでいただけます? 結界の話、していただけるんですよね?」
女官長さま、閻魔様と呼んでもいいですか?
「わ、私も、もっとお姉様とお話ししたいです!」
メイドさん、貴女の方が、見た目、年長なんですよ?
「あらあら、私もお話ししたいですわ。特に、息子のことで」
王妃様、他人と話す前に、自分の息子と話をしましょうよ。
「自分の体は一つしかありません! あれもこれもと付合えるはずないでしょう?!」
「七日間、飲まず食わずでもけろっとしている人が、何を今更」
「・・・お兄さん、なにか恨みでもあるんですか?」
「いや? 感謝ならたくさんあるぞ。そうだ、報酬の話もあったな」
「報酬なんかもうどうでもいいです。いいから、森にかえらせて・・・」
「「「「だめです」」」」
おーのうぅ
晩餐に招かれた。
前世も含めて、こんな豪華な食事に招かれたのは初めてだ。「テーブルマナーが」と、言って逃げようとしたが、見逃してくれなかった。
見よう見まねで、食事をした。
食事の間は、料理の話をした。食材の産地とか特徴とか、調理方法とか、森で採れないものも多く、それはとても参考になった。
食後には、王妃様と女官長さんとメイドさんに拉致された。
お披露目のときに着るものをあつらえよう、ということらしい。
今更ドレスなど着たくはなかったので、てん杉布で作った長衣を見せた。アオザイやチャイナドレスを参考にした形で、膝裏までの着丈があり、左右にスリットがある。袖はない。
特徴は、刺繍だ。薫製してやっとこさ薄黄色にできた糸をつかって、背中から左胸に掛けて龍の図案をつけた。乳白色の生地の上に黄色の龍が踊っているように見える。はず。
本当は、誰にも見せるつもりはなかった。これは、何ていうか、ヒーローマントみたいなイメージで作っちゃったものだから、恥ずかしいのだ。でも、ドレスよりはまし。
というより、採寸とかで人の手が触れてくるのを躊躇してしまう。自分は、まともなのは見た目だけで、何もかもが人の範疇を超えている。どんなところで暴かれるかと思うと・・・。やはり、怖いものは怖い。
王妃様と女官長さんには、見たこともない素材の生地であることがわかったらしい。目つきが変わっている。必死に言い逃れてごまかした。でも、出来はお眼鏡にかなったようだ。一安心。
メイドさんは、髪を梳きながら、天気のこととか、好きなお菓子のこととか、話しかけてくる。倒壊事件のせいなのか、妙なスイッチが入ってしまった気がする。早く、正気にかえってくれ。
夜もだいぶ遅くなってから、ようやく解放してもらえた。また客室まで案内がついた。おやすみなさい、を言って、メイドさんたちが部屋から退出する。
ふっかふかのベッドがあった。師匠にあう直前のことを思い出して、笑ってしまった。ブーツと手甲、脚甲、毛皮のベストを脱いで、横になる。
人の作った布団で眠れるなんて、幸せだな。
翌朝、いつも通り、日の出前に目が覚める。身支度を整えて、軽く体を動かす。
メイドさんが朝食の準備ができたからと呼びにきた。素直についていったら、また、ぼっちゃまをのぞく王家の皆様といただくことになっていた。ぼっちゃまはどうした?と思ったら、お仕置きで軟禁中だとか。・・・ちゃんと反省しているのかなぁ。
思ったよりもシンプルなメニューで、聞いてみたら、昨日のような晩餐はめったに作らないそうだ。王族とはいえ、締めるところは締めることで、商業都市の頭領として尊厳を表しているのだとか。まあ、無駄遣いはしないよ、という方針なのだろう。
その後、お披露目もとい表彰式の説明があった。手順は難しくない。
主立った貴族への顔見せという意味合いらしい。また、怪しげなことを画策しているものたちへの牽制も兼ねているとか。こういう考え方は団長さんだな? それとも女官長さんかな? ・・・どちらもありうる。
控え室で、毛皮のベストから、長衣に着替える。手甲、脚甲もカバーなしのものに換えた。
大広間の扉が開かれた。
中央を進み出る。
「大型魔獣、サイクロプス討伐の功により、ここに表彰する」
事前に紹介された宰相さんが、口上を読み上げていく。
「猟師、アルファ。前へ」
王様の座る玉座の前へ進み出る。口上は続く。
「この者をローデンの功労者として、王宮より身分証を与える」
ざわり。茶番を見ていた人たちがちょっと騒がしい。なんだ?
「汝の旅路に幸いのあらんことを」
そういって、何やら首に掛ける。こんな順番なかったような。
「謹んで、お受けいたします」
とりあえず、決められた文言を言って、あとは一礼して下がれば終わりだ。
大広間から下がった。
「おめでとう。これでいつでも街に入れるな!」
お兄さんが、待ち構えていた。
もらったネックレスを指でつまんで、
「こんな物をもらう予定は聞いていなかったんですけど」
「王宮から発行された身分証を持つ者は、貴族以外では滅多にいない。
街ではなく、王宮がその身分を保証しているからな。ギルドの身分証などめじゃないぞ」
にっこにこしながら説明してくれた。・・・なんて恐ろしい物を寄越すんだ!
「・・・要らない、要らないから、こんな怖い物!」
「でも、受けるって言ったんだろう?」
〜〜〜そうだった! 自分がしゃべるようにと言われた一言がそうだった。謀られた!
「そうそう、それは、王宮の門も通れるぞ」
ポーチの底に沈めてやる!
控え室で、お兄さんと「要らない」「持っとけ」の応酬をしている間に、宰相さんが来た。今一度、ネックレスを出すようにというので「お返しします!」と言って、突き返した。
「申し訳ありませんが、髪を一本いただけますか?」
人の話も聞かずに、要求してくる。まあ、一本ぐらいなら、問題ないだろう。ただ、抜くのは嫌だったから、ナイフで端を切り落とした。
ネックレスのペンダントトップに髪を差し込むと、吸い込まれた。ネックレスを返してくる。
「握ってみてください」
筒型のペンダントトップを指でつまむ、と薄ぼんやりと光がともる。よく見ると、光が映ったた机に、文様が浮かび上がる。
「他の誰が握っても、この文様は映りません」
へえ、こんな魔道具もあるんだ。返すことも忘れて、文様を出したり引っ込めたりした。
「これで、個人が登録されました」
なに?!
「おう、ここでしたか。良かった!」
団長さんも来た。
お兄さんは、立ち上がって団長さんに一礼する。
「これで、いつでも立ち会えますな!」
なんですと?!
「都合が付いたら、騎士団の練兵場に来てください。楽しみですな!」
「い、今からちゃっちゃとやって、すぐにおいとまし「そう固いこと言わずに! 私と賢者殿の間じゃないですか!」・・・」
また、変な呼び名が増えた、気がする。
「表彰式が終わりましたからな。ギルドの催促がうるさいんですよ。そちらが一段落したら、お越しください。いつでも歓迎しますぞ」
言いたいことだけ言い置いて、控え室を出て行ってしまった。
「・・・誰が「賢者」?」
「アル殿だろ?」
「どのへんがけんじゃ?」
「さぁてな。次ぎに来た時に団長に聞いてみればいい」
また来い、どんと来い、と、そういうわけですね・・・。
「お兄さん・・・」
「なんだ?」
「あの人、団長さんを止めてください!」
「俺の腕じゃ無理だな。止めたいんなら、自分で止めてくれ。もっとも、アル殿なら軽くあしらってしまいそうだが」
宰相さんがくすくす笑う。
「ウォーゼンがそのように評価する方ですか。楽しみですな」
・・・どのへんが楽しみ?
牢屋から出てからの方が疲労困憊してしまった。が、ようやく、お城から抜け出せそうだ。
主人公にとって、恐怖の一夜、でした。
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王宮発行の身分証
魔導具の一種。
長さ五センチほどの筒状 上端は、ネックレスの取り付け部、下部から髪の毛を読み込ませた。
筒の胴部には、精緻な模様が彫り込まれている。登録者が胴部を握ると、下部から光が発せられる。光は円形で、胴部の模様に似た柄が周囲を取り囲み、中央部に所有者の名前と身分証を発行した街の名前、そして、身分が映し出される。
女官長の入れ知恵で、身分も書いてある。どんな身分かは、以降明らかになる、予定。
城内の公共スペースはフリーパス。




