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納得? 誰得?

113


 怒濤の午前中が、終わった。

 でも、まだ午後がある。


 そして、お兄さんは帰らない。


「お兄さん、お仕事は?」


「さっきも言った。ここの見回りだ」


 って、ずーっと、牢屋の前に立ってるだけよ?


「ロージーがな、昨日の夕食前にうまく会えたんで、ちょっと話をしたときに、「またアル殿に会いたい」と言っていたんだ」


「ちゃんと許可取ってくるんでしょ?」


「・・・女官長から、騎士団の許可がいることは教えないよう、口止めされている」


 あの人! やっぱり、鬼だ!


「じゃ、じゃあ、メイドさん、規則違反で・・・」


「俺は騎士団員だからな。現場の判断で許可を出しても良い、と団長から指示をもらっている」


 だから、お兄さんは居残り、と。


「ついでに、ロージーにちょっかいを出しそうなやつのあぶり出しもかねている、んだそうだ」


 使えるものは、とことん使い倒す、って。メイドさん、気の毒すぎる。


「なんていうか、厳しいんですね」


「その分、期待している、ということなのだろう」


 ! そうか、そういうことか。

 とはいえ、その鬼畜仕様な教育方針は、諸刃の刃的な気がする。途中で折れちゃったらどうするんだろう。


「それは、そいつがその程度だった、という話だ」


 あ〜、脳筋的指導方法。ここの上司の人たちって、みんな、暑苦しい系統なのかなぁ。なんか、やだなぁ。

 この話はやめ! はぐらかそう。


「お兄さん、お昼時ですよ?」


 にやり、と笑った。


「大の大人が、一食抜いたくらいで、どうこうなるものでもあるまい」


 がぁっ! 森での台詞を返された!


「それはっ、あの妄想男の話であって、今のお兄さんが食べなくてもいい、ということではないでしょ」


「そういう、アル殿は、何食抜いているんだ?」


 ぐはっ!


 自分は、食事からと魔力のどちらからでも体調を維持することができる。そして、魔力量は、限界まで使い尽くしたことがないからわからないくらいには大盛り、だと思う。つまり、その気になればそのまま仙人生活に突入できる体質、な訳だ。

 それを、正直に言うことはできない。

 あまりにも[人外]すぎる。


 ど、どうやって、説明もとい誤摩化しすればいいんだ?


「ほ、ほら、非常食があるし。全然抜いてないよ? ないってば」


 干し肉をだして、ホーラ、ちゃんと食べてるよー、とアピール。


「だが、水がない」


 なんで、こういうことだけ気がつくんだ!


「みず! みずじゃないけど、飲む物はあるから。飲んでるから!」


 マッシュさんにもらった酒袋を出す。


「酒だぞ?」


「まったくないわけじゃないから。問題ないから」


 これ以上、つっこまないで〜〜〜。


 なんて話をしていたら。


「あのぅ、お邪魔でしたでしょうか・・・」


 いつの間にか、ロージーさんが来ていた。


「「!」」


 本気で、びっくりした!


 黒棒を杖代わりにしてはいるが、昨日よりはしっかりとした足取りだ。熱を出したというのも、たいしたことはなかったようだ。よかった。


「いえぜんぜん。邪魔ではありませんよ〜」


「少しばかりではありますが、お食事をお持ちしました」


 そういって、下げていた袋から、パンと水の入った袋を出していく。


「ウォーゼン殿も、ご一緒に」


 確かに、一人分にしては多いような。檻の隙間から毛皮を渡して、二人に座ってもらう。


『いただきます』


「はじめて聞く言葉だな。どこの言葉だ?」


「さあ? 師匠に教わりました。食事時の挨拶、だそうですよ」


 これも、嘘。日本の食卓でのマナー。生き物と調理人に感謝を♪


 メイドさんは、今日はシンプルなドレスを着ている。普段着なのだろう。飾り気のない紺色のドレスは、淡い水色の髪によく似合っている。

 袋から、さらに小瓶を取り出した。


「お口に合いますかどうか」


 ふたを開けると、中にはジャムが入っていた。スプーンを添えて、差し出される。

 千切ったパンに、ひとすくい乗せる。


 甘酸っぱい。


「おいしいですね、これ」


 お兄さんも、遠慮がちにジャムをもらって食べる。顔が笑み崩れた。そうだよね。おいしい物を食べれば、笑顔になるよね。


 三人して、黙って夢中になって食べてしまった。


 いつのまにか、パンもジャムもキレイになくなってしまった。

 そのとき、はっと気づいたようにお兄さんが顔を上げる。


「しまった! アル殿は牢に入ってから、ろくに食べていなかったのに!」


 いやもう、みんな食べちゃった後だから。今更だから。

 黙って、肩を叩く。うなだれてしまった。


「お二人は、ずいぶん親しくなられたようで。・・・うらやましいです」


 ?


「なんで、そんなことを?」


「私は、平民出です。縁があって、お城勤めがかなうことになりました。侍女として恥ずかしくないよう、たくさん勉強し、護衛もできるよう剣の腕も磨きました。つい先日、殿下の部屋付きになれたときは、これで認められた、と思いました。

 しかし、森で助けていただいた一件では、私はなんのお役にも立てませんでした。全くの無力だったのです。

 ・・・そう、今までの私の努力は、間違っていたのでしょうか」


 だ・か・ら! 人生相談員には向いていないんですって! って、お兄さん! 何で、そこで、頷いているの?


「俺も、アル殿の実力をみて、自信を失った。だが、アル殿は、まだこれからがある、努力を続けるもあきらめるも自分次第だ、と教えてくれた。

 ロージーも、そう考えてみないか?」


 きゃーっ、やめてーっ! 背中がっ、背中がかゆいっ! こんな、青い春のワンシーンに自分をまきこまないでーっ!


 って、メイドさん、見ないで、こっち向かないで!


「あの、私のことを、どう思われますか?」


 それ、男女の間でかわされたら、愛の告白じゃないですか・・・。


「お兄さん、自分、そんなエラそうなこと言ってませんよ?」


 責任転嫁だ!


「俺が、そう受け止めたんだ」


 ピッチャー返し!


「人に訓戒垂れるような歳じゃありませんてば」


「歳や性別は関係ない、と思う。肝心なのは中身だ、と。違うか?」


「・・・これが、自分に向けられた言葉じゃなければ、素直に納得できますけどね〜」


 あ、メイドさんはまだ自分を見ている。


「この程度の人に、なにを聞きたいんですか?」


「女官長様から、たくさん、お叱りを受けました。どれも、身につまされる言葉ばかりで・・・。でも、だからこそ、これからどうしたら良いのか、わからなくて・・・」


 うわぁ、泣き出した。だから、女官長さん、相手を見て叱り方を変えましょうよ。


「・・・さっき、お兄さんが言ったでしょ? 努力も放棄も自分次第って。


 恥ずかしながら、持論を言わせてもらうと、どう評価されているか、より、自分がどんな人になりたいか、だと思う。

 どうでもいい人からちやほやされても、自分はちっとも嬉しくない。自分が知る人、好きな人を助けられる人になりたい。自分はそういう人になりたい。そのためなら、今までの努力が間違っていた、と言われたら、すぐになおせると思う。


 ねぇ。あなたは、どんな人になりたい?」


「!」


 考えたこともなかったんだろうな。

 たぶん、メイドさん仲間での競争だけで、いままでやってきて、それは、城の中では「成功」だったのだろう。だが、森では、それまで培ってきた「実力」は全く通用しなかった。それを指摘されたことにショックを受けて、思考が硬直してしまっている。


 世界は、もっと広い、と思う。ものの見方も、価値観も、何一つ、「正解」はない。それを理解できるかどうかは、本人次第。理解して、選んで、自分が「価値」を決める。決めた上で、世界とどう付合うか試行錯誤していく。


 転生前後のほんのちょっぴりの経験を持って、自分はそうする、そうしたい、と決めたんだけど。

 ・・・傲慢すぎるかな? 自分の生き方は。

 「人」の社会の確執は、そう簡単に割り切れるものじゃないし。


 それはともかく。


 あ〜、女官長さん? たしかに、あのお叱りタイムの時、眼力で「飴役」をお願いされたけどさ。追加報酬、要求してもいいよねぇ?

 

 なんて、遠い目をしている間も、メイドさんはうつむいて泣いている。こんなに、叩かれ弱かったのかな?


 まずいな。


 次のお客人が来てしまった。

 主人公はエラそうなことを言ってますが、作者はまったく違います。自分に甘々です!


 そういえば、この世界で始めてのパンだったのに、主人公、全然気がついてませんでしたね。

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