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これも、愛?

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 残っていた尾行者がいなくなったのを確認してから、また女中さんが来るかもしれないから、といって、お兄さんを追い返した。


 予想通り、夕方、食事を乗せた盆を持って女中さんが来た。昼に見たときよりも、こめかみがぴくぴくしている。血管切れそう。

 一応、この食器ももらいたいと言っておいた。


 棒読みで慇懃な口上を残し、立ち去った。


 これまた、証拠品として保管する。


 夕食には、ワインも付いていた。普通の人なら、一口で胃がただれる。自分も進んで飲みたくはない。

 あー、もったいない! 食べ物を粗末にすると罰が当たるんだぞ。いや、自分が当ててやる!


 とにかく、毒盛り女中さんは、妄想男の関係者であることがわかった。ようやく、誰に似た匂いだったか思い出したのだ。なんで、ここまで嫌がらせをするのかはわからないが。


 もしかして? 乱暴に連れ帰ったことを怒っているのか、具合が悪くなったのは自分の所為だと思われているのか。


 小門の脇の守衛室で、連れ出すときには、顔色が真っ青になって、瞳孔も開き気味、締まりのない口からはよだれが出ていた。正真正銘、ザ・薬物中毒!の見本みたいな状態だった。


 自分と会ってからは、時々水を口に含ませたくらいで、何も食べさせてはいない。しかし、絶食であんな症状にはならない。出会う前、もしかするとここから出かける前から、何か服用していた。その効果が切れて、現在、副作用に襲われている、と考えると、しっくりくる。


 推論でしかないけど、本当にそんな理由で、というのだったら、筋違いもいいところだ。


 それとも、他にも理由があるのかなぁ。


 ピロピロ、竪琴を鳴らしながら、一晩考え続けた。が、なにも思い浮かばなかった。・・・やっぱり、昼ドラの脚本家にはなれないようだ。



 七日目。


 朝早くから、お兄さんとその同僚さんたちが、こっそりと忍んできた。追跡者はいない。


「いきなりですまないが、姿隠しの魔術は使えるだろうか?」


 本当に、いきなりですねぇ。


「自分の姿だけ相手から見えなくする。自分は外の様子を見ることも聞くこともできる。そういう術でいいですか?」


「そうだ。アル殿の言っていた女中とその一派が、なにかやらかすかもしれないので現場を押さえてこい、と。騎士団長と女官長、いや宮廷魔術師団団長からの合同命令だ。協力を頼みたい」


 うわお。おおごとだ。


「何人が参加するんですか?」


「俺以外に、二十人だ」


「みなさんは、魔術師ではないんですよね?」


「・・・そうだ」


「出来れば、一人ずつ別個の結界がいいんですよね?」


「・・・できるか?」


 そういう魔術も普通にあるのかな?


「皆さんに、声、聞こえてます?」


「〜〜〜、大丈夫だ」


「では、説明します。この術は、「外から見えない聞こえない、中からは外は丸見え、音も聞こえる」状態にします。

 術具を使って、複数の結界を張ります。術具が、球状の結界の中心になります。また、発動も解除も全員同時です。術具を持った状態で移動することはできますが、気配を悟ることに長けた人には、空気の流れなどで察知されるので、慎重に動いてください。質問は?」


「各員が配置に付いたら、発動してくれ。解除のタイミングも任せる」


 お兄さんがそう言った。


「・・・いいんですか?」


 同僚さんの一人が、


「分けもわからずに、このような事態に巻き込まれ、それでも何も聞かずに協力していただいているのだ。なにより、この魔術に一番詳しいのは貴女だ。貴女の判断を信じる」


 全員が、頷いた。


 うわぁ、なんか背中がかゆくなりそう。


「今日は『遮音』結界の方は、どうします?」


「外から、建物内部の音すべてを聞こえなくすることはできるか?」


「ん〜、結界の性質上、円になってしまうので、建物からはみ出るか余るかのどちらかになりますね」


「では建物全体を結界内におさめるか?」


「できますけど、関係者以外に結界の存在を知られないようにした方がいいと思うんです。

 ・・・そうだ、建物内に女中さん一派が入ってきたところで、彼らを取り込むぎりぎりの結界にするのはどうでしょう」


 何人かが相談している。


「外で待機している者がいたら?」

「すぐに拘束すればいい」

「偽執事の仲間だった場合も?」

「今、「この建物には関係者以外近づいてはならない」という通達が出ている。仲間に連絡される前に、「通達違反」で確保しよう」


 などなど。建物の外で、近寄る者を拘束するための人手を振り分けた。

 自分は、建物のどこに何人配置されるかを聞く。それくらいの距離なら、ちゃんと発動できる、はず。

 少々結界領域が重なっても反発はしない。それも説明して、種弾を一人に一つずつ渡した。


「術具は、術を解除するときには消滅しますから」


「あとは、たのむ。配置に付いてくれ」


 同僚さん達が、それぞれ移動していく。


 ん?


「お兄さんは?」


「俺は、ここで待機だ」


「見られてもいいんですか?」


「かまわない。あいつを追いかけていった手前、無関係ではいられないからな」


 やっぱり、妄想男の関係者で確定か。


「皆さん、配置に付いたようですね」


「・・・わかるのか?」


「足音で」


「・・・さすがだな」


「猟師ですから♪」


「失礼した」


 苦笑している。


 『隠鬼』発動。

 あ、同僚さん達の呼吸音も聞こえなくなった。自分の結界って結構すごい、かも? いや、びっくり。


 さほど待つことなく、女中さんその他もろもろがやってきた。


「関係者以外立ち入り禁止」を破っているので、これだけで拘束する名目になる。


 装飾過剰な服を着た、ひょろりとした中年男性が牢の前に立つ。ほかには女中さんと護衛らしき男四人。建物の入り口に、見張り役が二人。

 竪琴を鳴らしながら、見張りをのぞく六人をふくめた領域に『遮音』を発動。


「〜〜〜こんな、ふざけた小娘がっ!」


 いきなり、剣で檻を殴りつける。そうか、牢の鍵を持っているのはこの人じゃなかったな。


「はじめまして。ですよね? なかなか、凝ったご馳走をいただき、ありがとうございました〜」


「倅に、何をした!!」


「魔獣を呼び寄せたばかりか、救護者に対して攻撃しそうな気配だったので、拘束させてもらっただけですが〜」


「それだけではあるまい!」


「それだけですよ?」


 顔も見ずに、ベッドの上で竪琴を奏でる。


 中年男は、やっと、牢の脇に立っていたお兄さんに向き直る。


「貴様か! 貴様がやったのか?!」


「俺は、ヒスピダを運んだだけだ。俺が、殿下たちに追いついたときは、すでに正気とは思えない様子だった」


 いきなり、お兄さんの腹を蹴り付ける。予想はしていたようだが、膝をついてしまっている。苦しそう。


「平民出が! 口の聞き方に気をつけろ! 何様のつもりだ?!」


「そちらこそ、何様だ? 俺は、団長の勅命で、ここの見回りを、まかされている。あんたは、「誰」の許可を得ている?」


「わしは、アサウリ・ドストレ、ドストレ家の当主だぞ? 誰の許可がいるというのだ」


「この建物自体が、騎士団の管理下にある。当然、立ち入るためには騎士団による許可が必要だ。それを無視すると?」


「当たり前だ。ドストレ家が騎士団員とはいえ平民の命令を聞く必要などあるわけがない」


「平民出でも、騎士は騎士〜♪ 秩序を乱せば、お仕置きよ〜ぅ♪」


 調子良く、歌ってあげた。

 それを合図に、一人に対して団員三人が襲いかかる。あっという間に縛り上げている。拘束されまいと暴れながら、女中さんが憎々しげに金切り声をあげる。


「私がお育てしたヒスピダ様が、あのようなお姿になるはずがありません! この女、この女が毒を飲ませたのに違いないのです! 罰するはこの女の方! あなた方、何をするのです?!」


 あ〜うるさい。結局、猿ぐつわをかまされてしまった。

 六人を確保したときに、『隠鬼』は解除した。

 なお、見張り役は、『遮音』が発動するや否や、速攻で拘束され、建物の中に引きずり込まれている。状況の読める人材を配置していたらしい。さすが。


 護衛の方は、わりかし早く観念したようだが、ご当主と女中いや乳母やさんは、あくまでも抵抗しようとする。


 あんまり見苦しいので、竪琴を置いて、指弾で気絶させた。


 突然ぐったりとなった二人に同僚さん達が慌てる。水晶弾が、てんてんと床に落ちる。


 お兄さんが、弾を拾い、腹を押さえながら立ち上がった。


「アル殿、ちょっとやりすぎでは・・・」


 というと、静かになった。というか、そこにいた全員が自分を見る。


「食べ物を粗末にする人には、バチが当たるんです!」


 ふん。当然の報いでしょーが! ついでにお兄さんの分の報復も増量しておいた。当分は胃の痛みに苦しんでもらおう。


「さて、この八人、どうやって連れ出すんですか? 似非執事のお仲間さんに感づかれたりしませんか?」


「「「「!」」」」


 あれ? 考えてなかったのか?


「あ〜、アル殿の術具なら・・・」


「自分から離れすぎると効果ないですし」


 というより、発動も解除もできない、できなくなるだろう、たぶん。


「自分はまだここから出ない方がいいんでしょうから、ねぇ。どうしましょうか?」


 入り口の方に声をかける。


 ふっ、と人影が現れた。


 メイドさんだ。ただし、ロージーさんじゃない。


「お気づきになられましたか。流石でございます」


「いえいえ。気がついちゃいました」


 そう、彼女は【隠蔽】を纏って、ここまで入ってきていた。騎士団の同僚さん達は、一様に驚いている。


「女官長さんの指示で?」


「はい、お手伝いに参りました」


「では、あとの引率をお願いします〜」


「お願いされました♪」


 二人で、にっこり笑顔を交わした。


 置いてけぼりなのが、お兄さんたち。


「おい・・・」


 自分が説明してあげよう。


「このお姉さんが、捕まった人も、捕まえた人も、まとめて【隠蔽】でここから連れ出してくれるそうです」


「でも、音は消せないんですよ」


 ならば


 びしばしびしっ


 護衛と見張りは、こちらに腹を向けて拘束されていたのでちょうどよかった。指弾で沈黙させる。またも床に落ちる水晶弾。


「さらにぐるぐる巻きにしておけば、どうでしょう?」


「すばらしいです!」


 このお姉さん、いいなぁ。気が合いそう。


 足りないロープとか猿ぐつわ用の布を出して渡す。


「ちゃっちゃと括って、さっさと撤収しましょう! これで終わりじゃないんですよね?」


 騎士団の全員が、はっとなった。


 素早く担ぎ上げ、合図を待つ。


「行ってくださ〜い」


 あれ、なんで自分が合図を出すんだ?

 出された食事は全部食べましょう。ただし、アレルギーの人は、食べたくても食べちゃダメ。作者は、ソバがアウトです。


 #######


 妄想男ヒスピダ・ドストレ

 ドストレ家の総領息子。実力で、殿下の側付き役を得たが、親の過剰な期待にさらに応えようと、魔力を増幅させる薬に手を出した。あとは、主人公の推測通り。当主や乳母は、息子がああなった原因が自分たちにあるとは知らない。


 #######


 『隠鬼』かくしおに

 姿隠しと防音の二重結界。術者の主人公でも聞き取れなかった優れもの。もっとも、「何もない」が故に「何かある」と見破られる、かもしれない。


 #######


 【隠蔽】

 姿を消す魔術。


 #######


 竪琴の『遮音』

 女中らに指弾を撃つ時、自力での『遮音』結界に切り替えた。ただし、結界範囲が建物を丸ごと覆うほどに大きい。

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