タヌキさん、キツネさん
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女官長さん、あの、叱るだけじゃなくて、ではどうしたらいいのかを示唆してあげないと、メイドさん、立ち直れなくなるんじゃぁ・・・。
とはいえ、さっきお兄さんに「自分で考えろ」的なことを言ったばかりなので、これ以上つっこめない。
斯くなる上は。
「その、さっき、女中さんらしき人が来ましてですね!」
秘技、(強引な)話題転換!
「そ、そう、アル殿の見立てでは、毒物が盛られているらしい」
お兄さん、その調子!
女官長も乗ってくれた。
「侍女にそのような振る舞いをした者はおりませんが?」
「いえ、女官長さんの所の人ではないと思います。女中さんというよりは乳母やさん、な雰囲気の人が、今朝と昼時に一人で持ってきました」
「なぜ、私の配下ではないと?」
「匂いで」
「・・・」
「女官長さんとメイドさんには通じる匂いがあります。団長さんとお兄さんもです。でも女中さんにはそれがなかった」
「・・・素晴らしい。もしかして、毒物も?」
「匂いで」
「毒味役を置かずにすむ。合言葉などを決める必要もない。素晴らしい! 貴女、城勤めしてみませんか!?」
今度は勧誘か?!
「自分は猟師! 猟師が似合ってます! メイドさん仕事は無理無理無理!」
「アル殿は素晴らしい腕の猟師だ! 本人の希望もあることですし、無理強いはどうかと!」
お兄さん、ありがとう!
「素晴らしい腕とは、もしや、先日のサイクロプスの件ですか?」
「そればかりか、ロックアント十匹を瞬く間に沈黙させています」
言うんじゃない!
女官長さんは、ますます目をキラキラさせている。
「護衛としての腕も上々! 増々うちで働いてもらいたいですわ!」
・・・女官長さん、あなたも熱血系の人だったんですか。
「あ〜、あまり長居するのはまずいんじゃ・・・」
「あ」
正気に返ってくれたか。
「今までの話は、全部外に漏れてしまいましたか・・・。【防音】結界では目立つかと思って用意していませんでしたし」
尾行にも気づいていたか。
「アル殿の術で、それはだいじょうぶだと・・・。アル殿?」
ええ、お兄さんが叫ぶ直前から、ずーっと鳴らしっぱなしにしてるし。
「え? 結界術? どうやって!?」
別の意味で興奮してしまったようだ。
「女官長は、筆頭魔術師も兼任されているんだ」
うわぁ、しまった〜っ!
じーっと見つめる、見つめてくる。森の中でお兄さんがしていたようにうるうると、目ですがりついてくる!
「・・・他言無用に願います。ほんとに。いいですか?」
メイドさんも含めて、三人がこくこくとうなずく。
「自分の『遮音』結界は、竪琴の音は外に響きますが、内輪話は漏れません。さっきのお兄さんの絶叫も、女官長さんの勧誘も」
「そんな・・・。このような魔術は聞いたことがありません。どこで、習われたのでしょう・・・」
そらぁ、ないだろう。噂好きのハンター、それも魔術を使う人でも初耳だと言っていた。すみませんね、規格外で。
「独学で」
「「「・・・・・・・」」」
沈黙が痛い。
「ま、ま。詳しい話は、全部、事が終ったらってことで。とにかく、離れた方がいいのでは?」
「そ、そうですね」
「えーと、毒盛り女中さんは、今後どうしましょう?」
おう、冷静になった。
「そのまま、泳がせてください。背後を突き止めます。ただ、証拠となる毒物がなければ、追求は難しいです」
「アル殿は、証拠をお持ちだ。さっき、マジックバッグに保存する所を見た、見せてもらいました」
またも、女官長さん絶句!
「・・・マジックバッグまでお持ちだったとは!」
「その辺も、後日。今、持っていきます?」
「・・・いえ、外の者に見られてしまいます。今しばらく、預かってください」
「は〜い」
なんでしょう? また、じーっとみている。
「ほかに何か」
「いえ。此度の件、貴女にご協力いただけたこと、深く感謝いたします」
「いえいえ、どういたしまして、って言うのも、全部「無難に」決着がついてから、に、しましょうね?」
もう一度、見つめてきた後、深く一礼してメイドさんと一緒に去っていった。
おや、尾行の一部が残っているようだ。でも、お兄さんもそろそろ引き上げ時でしょ?
「ほら、お兄さんも」
「いや、一緒に出た方が、変な勘ぐりをされかねない、と思う」
おおう、お兄さんが進化した。
「どうして、そう思います?」
「先の伝言からすると、少なくとも四つの組織?が、アル殿に注目している。うち、二つは女官長の一派と団長だろう。それを、残りの組織には知られない方がいい。と思った。
俺とロージーは、迷子の件でアル殿に会いたがっていることが知られているから、ここに来てもあまり怪しまれない。しかし、女官長と団長が結託していると思われると、連中が油断してくれなくなるかもしれない。だから、団員である俺と女官長が一緒に行動しているところも見られない方がいい。
どうだろう?」
「♪〜」
竪琴でファンファーレもどきを鳴らした。
「自分の読みと同じです。お兄さん、やれば出来るじゃないですか♪」
あ、ほめられたと思ったのか、お兄さん、うれしそう。
単に、同じ意見だね、と言っただけなのに。
「それでは、お兄さん。あ、お兄さんは、こんなところまで自由に出歩いてて大丈夫なんですか?」
「あ、で、ぐふん。迷子探しの褒美でしばらく休暇がもらえた。だから、問題ない」
おぼっちゃまの正体は、あくまでもごまかす気でいるらしい。
それはそうと、団長さん、なに考えてるんだ? うまく解決すればいいけど、へたすれば、お兄さん出世できないよ?
多分、お兄さんは騎士団の中でも注目株の人だと思う。そんな人が、いきなり休暇を与えられて、人気のない牢屋に頻繁に出入りする。そこにいるのは正体不明の若い女が一人。・・・どんな、噂が立てられることやら。
お兄さんは、己の置かれた状況までは読めてないようだ。やっぱり、まだまだだね。なんちゃって。
・・・それとも、覚悟の上、なのかな?
それはともかく。
「えとですね。メイドさんのことなんですが」
「ロージーがどうかしたか?」
「女官長さんに叱られたあと、なんか、思い詰めたような顔をしていたのが気になって」
「・・・あれだけ言われてしまえば、無理もないと思う」
「それだけじゃなくて。そういうときは、妙な人につけ込まれやすいんですよ」
「!」
「様子見ておいてもらえます?」
「わかった!」
・・・お兄さん、二股疑惑を掛けられても、知らないよ?
他人の状況はあるていど読めても、自分がどう見られているかはよくわかっていない主人公です。
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【防音】
内部の音を、外に漏らさない。結界があることは外部からわかるので、「内緒話をしていますよ」と、堂々と言っているようなもの。
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女官長は、「結界の存在に気づかなかった」ことと、「主人公が魔術を行使していることに気づかなかった」ことに二重で驚いた。
魔術師は、普段からある程度魔力を放出している。また、他の魔術師の魔力や発動中の魔術を感知できる。
魔力が少ない、あるいは持たない人は、魔術は使えない。
主人公は、この世界に落ちて早々に、「魔力を体の外に出さない」習慣を身につけている(011話)ため、魔術を使ってみるまで魔術師とは気づかれない。




