約束
032
翌朝、また、朝食を頂いた。
「さて、ゆくかの」
師匠が言う。
「付いていきます!」
「無理じゃろ?」
「だめですか?」
「おんしは、まだこの森で学ぶことがあろうに」
「じゃあ、師匠がここにいて、もっといろいろ教えてください」
「わしはわしで、まだまだ修行が足りんのでな。更なる強者がわしを待っておるのじゃ!」
・・・こんの、武闘派老人が!
「なにより、わしがおんしとこの森で遭うたのは偶然じゃ。さもなくば、おんしはまだ外を知らず、ただ、この森で暮らしておったろう。つまり、まだ、その時ではないのじゃよ。違うかの?」
言っていることは判る。自分が付いていきたいというのが、わがままだということも。
「それでも、このままお別れするのは嫌です!」
多分、また、泣きそうな顔をしていたのだろう。
師匠は、ふわりと笑った。
「なぁに、いずれ天上にてまみえようぞ。おんしがくるまでは、のんびり待たせてもらえばよかろう。そのときには、いかな修行を積んだか、嘘偽りなく語ってもらうからの! さぼるでないぞ?
そうそう、さっさと天上にあがってくるのも認めんからの。もし、そんな心得違いをしておったら、蹴り落としてやるわ!」
そういって、呵呵と笑った。
キャンプをたたみ終えて、歩き出そうとしたその時。
「そうじゃ」
くるりと振り向いた。
「なんでしょう、師匠?」
既に、半べそをかいているわたしに、師匠はお願いをした。
「おんし、昨夜「人ではない」と言うていたであろ? よければ、わしにみせてくれんかの?」
そりゃ、躊躇する。だってね。ほんとうにアレな外見だからね。
じーっと見つめる師匠。なんか、見せてくれなきゃ出発しないぞ、みたいな・・・。
仕方ない。師匠には、いろいろお世話になった恩がある。恩人に「お願い」されたからには応えなくちゃ、自分の恥だ。
本当は、どこか別のところで姿を変えた方がよかったのかもしれない。ただ、師匠には。今の「自分」を知っていて欲しかった。
目の前で、竜体に変身する。
所々に銀色をはじく漆黒の鱗、太い鉤爪を備えた四肢、長く延びた尾、風をはらみ翻るつばさ、額に角を備えた頭。
恐る恐る、師匠を見つめる。
「なんじゃ、やっぱり子供であったか?」
「! 師匠! この格好見て、感想がそれですか? それなんですか? どうなんですか!」
きょとんとして、師匠が返す。
「いやまぁ、見事な黒銀竜だとは思うが。小さいしの」
が〜ん!
まだ大きくなるんだ!
うなだれるわたしに、師匠は声をかける。
「ふむ、自分を知ることも、修行の一つじゃ。よかったの。ますます、励めよ」
「・・・師匠。竜ってほかにもいるんですか?」
「見たことはないがの。何処の山中に彼らの里があると、噂では聞く。なに、おんしのことじゃ、噂が真であれば、いずれまみえようぞ。ではな、わしは、これで、行こうかの」
小さな背中の老婆が歩き出す。
「・・・師匠! ありがとうございました!」
振り向くこともなく、森の中へ去ってゆく。
その姿が見えなくなるまで、ただ、黙って見送った。
・・・そういえば、師匠の名前、訊かなかったな。
お互いを尊重できるからこそ。




