最終話 〜世はすべて事も無し〜
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これ、いつまで、寝ておる気じゃ?
起きろと言うておるに。
・・・起きんか馬鹿者!
げふっ!
今のは、みぞおちにバッチリ食い込んだ。痛いし苦しいし。
「・・・えほっ、?」
霧の中、にしては、明るいし、暖かいし。
「夢だな〜」
とんでも薬の所為か、ぜんぜん寝足りない。もう一眠りしよう。
ばくっ!
「・・・痛い」
頭を殴られた。夢の中でも、痛いものは痛いらしい。新発見だ。
「いい加減に、こちらを向かんかい!」
「あれー?」
この声は、師匠?
声はすれども、姿は、ぼんやりとした光の塊にしか見えない。霧と相まって、ステルス状態。どこにいるのやら。
「寝ぼけておるのか? ならば、目を覚まさせてやろうぞっ」
おぐっ。首に腕を掛けて、そのまま締め上げてくる。ぐ、死にます。そのままだと、死んじゃいます〜。この容赦なさは、間違いなく師匠だ。
って、ちょっと待て。今度こそ、ちゃんときっちりと完璧に死んだはず、だよね?
「ここ、どこですか? わたし、死んでますよね? 本当に、師匠なんですか?」
師匠の手っぽいのも、わたしの足っぽいのも、乳白色のぼんやりとした塊にしか見えない。・・・お化けになっちゃった? 首締められてても、しゃべれるんだから、・・・ゾンビ?
「このたわけ! おんしこそ、[魔天]の洟垂れ小娘であろう。さっさと死におるとはこの軟弱者め!」
げ、海老固め? 腰が、背中がみしみし言ってます。今度こそ、死んじゃいます〜!
いろいろな絞め技を掛けられて、ようやく解放してもらえた。あー、死んでなかったら、死んでるって。
それにしても、実体はない(はず!)なのに技を掛けてくるとは、さすが師匠。
「ふん。そんなものは気合いを込めれば、いくらでも効くぞい?」
「だからですねぇ。なんで、ばきばき骨が鳴る音がするんですか。変でしょう? 骨もないのに」
「じゃから、気合いと言うておる!」
「・・・何でも有り、なんですか? ここ」
「さての。おんしが来るまでの暇つぶしに修行はしておったがの」
死んでも武闘派。
「それにしても、おんし、少々早すぎであろう?」
「何が、でしょう」
「たわけ! 寿命じゃ! 竜であれば二千年から五千年はあろうが」
「竜の平均寿命なんか、知りませんよ? 前の世界からの落とし前に決着がつきまして。その際に、相打ちになったと言いますか」
「なんじゃ? それは」
約束でもあったので、師匠と別れてから死ぬまでの事を話した。
所々で、物理的な鋭い突っ込みが入った。すんごく痛かった。師匠ってば、すぐ手が出るんだもん。本当に、死んでなかったら、頭が割れてたと思う。
最後には、四の字固めよ? 足が壊れるって。
「・・・師匠。ひどいです。ちゃんとお話ししたのに」
「かーっ! たわけっ! おんし、温すぎるにもほどがある!」
「えーと、ドラゴンやってた時は、ぶっ飛び筋力を持ってたわけですから。弱い者いじめはやだなーと」
「ばかもん!」
踵落しが決まった。カウント、ワン、ツー、スリー!
「・・・勝者、師匠。だからもう、勘弁してください」
「ならん! 修行じゃ!」
「死んでても修行?! もういいです、いっぱいいっぱいです。十分です!」
「わしが足りとらん!」
ぎょえ〜っ!
どちらを向いても白いもや、どこまで行っても白いもや。
逃げられずに、散々相手をさせられた。手を抜けば、百倍になって返ってくる。一方のわたしも、もうドラゴンではないのに、うっかりすると師匠が吹っ飛ぶ威力。どうなっているのか、さっぱり判らない
二人して、息切れするまで、暴れまくった。だから、死んでも息切れって、ないでしょ。
・・・ここ、本当に死後の世界なんだろうか。
「し、ししょー」
「なんじゃ」
「近所迷惑ってー、知ってますー?」
「当然であろう?」
「さっきまでー、力一杯、迷惑かけまくってましたよねー」
「なんの! わしやおんしの様に、自我を持ち、話の出来る者は他に見ておらんからの。問題ないわい」
「・・・威張るところじゃないです」
大体、死後の世界で技を身に付けても、記憶はまっさらになるんだから意味ないと思う。
「そうでもないぞえ?」
「はい?」
「ごくたまにの? 形のはっきりしておる者を見かけた時に、そやつらは、身に付けておった癖だとか武術の残滓を纏っておった。ならば、ここで磨きをかけ、修行を積めば、次の生で更に腕をあげられようぞ!」
とことん武闘派。
「わたしはもういいです。今度こそ、のんびり生きるんです」
「ならん! わしを師匠と呼ぶなら、真面目に修行せい!」
「いえいえいえ! 師匠には誠にお世話になりました! 故郷に帰りますのでこれで失礼します!」
多分、あっち! 走る! ぐえ。
・・・襟首を掴まれた。だから、ここって、どういうルールになってるの。
「故郷じゃと?」
「ほら。もともと、この世界の出身ではないので、生まれたところに帰りたいなーと」
「こちらにいた時間の方が、長かろう?」
「所詮は、余所者ですから」
不測の事態でイレギュラーに紛れ込んだ外来種は、製造元に返しましょう。だから離してください師匠。
「・・・師匠?」
子猫のようにぶら下げられた状態で、声をかける。
「ぶ」
「ぶ?」
「ぶあっっっかもーーーーーんっ!」
あまりの怒号に、周囲のもやが吹き飛んだ。なんと、わたしは、コンスカンタで死ぬ直前の格好をしている。むー、謎だ。
「おんし! そのような心根で修行しておったのかあっ!」
「それもどれも、最初っから。死ぬまでお気楽のんびり生活、異世界お邪魔虫編。のつもりでしたが。ですから、客人らしく、控えめテイストで対応して・・・」
師匠の怒気に、ますます小さくなってしまう。
「ほ、ほら。迷子のくせに、妙に力を持ってたわけで、大人しーく過ごすのがこの世界への礼儀ではないかなーと・・・、師匠?」
お、お、おおおっ。首持って振り回さないでーっ。
「どこの世界から来ようが、もっと真面目に生きんかい! やり直しじゃ! 修行し直してこい! こんのアホたれ弟子が!」
「ちょ、師匠! それはない!」
もー、おうち帰るのーっ!
「わしの目の黒いうちは、中途半端な態度は許さん!」
黒も白も、師匠はぽやぽやにしか見えないですーっ。
さらに、勢いを付けてグルグルぐるぐる、・・・おえええ。
勝手君への無体の報いか?
「ほーれ、行ってこーい!」
「ししょ、ししょーっ!」
たかいたかい、たかーーーいっ!
「主任〜、おかわり!」
「もうないよ! 人数多過ぎ! 全部売り切れました」
「「「「えーーーーーーっ!」」」」
「食べたければ、外に出るっ! ほら、食べ終わってるなら、片付けするんだから、出た出た」
「「「「ごっつぁんでしたーっ」」」」
なんで、毎回おさんどんまかされるんだろう。料理番まで一緒になって食べる方に回ってるし。主任、って呼んでる割には、扱いが酷くないか?
慰労会で使われた食器を集め、食器洗浄用の魔道具に放り込みながら、ぐだぐだ考える。
わたしは、今、特殊機織り工房「翠明」の工房長をやっている。さっきまで、ただ飯を食べていたのは、今年の繭を採取して来たハンター達だ。うち、数人は、ここで機織りのアルバイトもしている。
「翠明」は、[魔天]の昆虫型魔獣の繭を素材にした布専門の工房だ。ハンター、騎士団、貴族、はては王族からも引っ張りだこである。
素織りでは、光沢も美しい翡翠色をしている。上流階級の女性に大人気なのだ。長年の研究で、染色技術も向上している。
一番の売りは、そこそこの防刃機能があり、弱いながらも魔術攻撃に耐えられることだ。そのため、鎧の内着やハンターの仕事着にも使われている。
ただ、加工できる職人が少ない、というより、諸事情により、うちの工房でしか取り扱っていない。そのため、生産数も少なく、希少価値も相まって、かなりの高値で取引されている。
師匠に、投げ飛ばされてから、早、百五十年。
もとい、ま・だ、百五十年。
だってね? また、また! ドラゴンになってるんだよ?!
落っことされた無人島で、やむなく、二度目のドラゴンライフと相成った。
今度こそ、ぐーたらのんびり野生生活を決め込むつもりが、噴火が起こり、島を追い出されてしまう。あちこち流れたあげく、新生わずか十年にして、[魔天]に戻った。
そこで、新種の魔獣に手を焼かされた。ロックアント並みの大喰らいで、個体数も多い。目の前で、トレントの大木があっという間に丸ハゲにされた時は目を剥いた。
五年、頑張って、とうとう音を上げた。
採取はそう難しくない。特に、繭から糸が取れる。人手確保もとい採取を促すため、サンプルをローデンに持ち込んだ。
ところが、問題山積み。
まず、糸を紡ぐところからして、魔力耐性のある人でないと扱えないという事実が判明。さらに、糸巻き、糸切りハサミに始まって織り機までもが、通常の木材や鉄ではすぐに壊れてしまう事も判った。
糸取り器具、織り機、裁縫道具、染色材。それらの素材集めや試作に、とことん付合わされた。
やがて、道具のテストや試し織りを行っていた場所は、いつのまにか立派な工房になり。名目だけの責任者のはずが、自前の工房になっていたり。
製品化したところで、工房その他諸々、他人にお任せするはずだったのに。おかしい。
そうそう。ローデンに出入りするようになってすぐに、一部の人達には秘密がばれた。これには参った。
今の見た目は、十五歳ぐらいの女の子。わずかに水色がかったふわふわの白髪に小麦色の肌。ガーネットとアクアマリンを思わせる色違いの瞳。
背が低くて慎ましやかな体型なのは、・・・ぐぬぬ。
体臭も魔力も変わってしまったはずなのに、街中で相棒達に見つかり、押し倒され、全身を舐め回され。
それでも、居合わせたヴァンさんがフォローしてくれたので、その場は大騒ぎにはならずに済んだ。
一方で、極秘に関係者を集めていて、わたしの目の前で、「お嬢が帰って来た!」と、暴露してくれた。なんで、相棒達のデレ具合だけで断言したのか。後で質問したけど、ヴァンさんは頑として教えてくれなかった。けち。
ともかく、最初はしらばっくれたものの、言質を拾われ、誤摩化しきれなくなり・・・。
ドラゴンである事はなんとか隠し通せた。
これだけ見た目が変わっているのに、おかしいとは思わないのか、と聞いたら「お嬢だから」と答えられた。それで納得されるのも、納得いかないんだけど。
それはおいといて。
いやもう、大変だった。ヴァンさんが、秘密を公表もといすっぱ抜いたとたんに、全員から、掴み掛かられ、殴られ、抱きつかれて。最後には、そろって泣き出した。もう、みんないい大人なのに、と言ったら、薄情者! となじられた。
少し落ち着いてから、自分が消えた直後の話を聞いた。どの国の混乱も凄まじいものだったらしい。
特に、コンスカンタ、ユアラ、ローデン。
この三国、一時期は、行政機能が完全に麻痺したとか。かろうじて、というか、盗賊討伐系の活動のみが、鬱憤を晴らすかのように行われた。
民間人一人行方不明になっただけで大げさな、と言ったら、ものすごく怒られた。
その後、内部刷新だとか技術革新だとか、無駄に張り切ったおかげで、以前にもまして、街道都市全体の経済活動が活発になった。十五年という期間で、よくそこまで出来たものだ。
そして。
モリィさんやスーさん達の落ち込み様は半端なかったそうだ。ローデンへの帰路で合流したアンゼリカさん一行も、同様で。それを慰めていたのが、相棒達だという。本当に、みんな、いい子達だ。
スーさんことフェライオス殿下は、エルバステラさんと結婚していた。彼女は、賢者失踪の報を聞いてローデンに駆けつけて来て。でも、結婚に至った経緯は、・・・知らないったら知らない。
ミハエル殿下は、騎士団に入っていた。
ウォーゼンさんは、騎士団長に就任する直前だった。そして、ロージーさんと結婚していた。経緯は知らないってば。
ヴァンさんは、ギルドマスターを引退し、顧問職を拝命していた。わたしの置き土産を処分するのに、未だに四苦八苦している、と文句も言われた。
アンゼリカさんとフェンさんには、会合が終わってから、三日三晩のお説教を受けた。あうう。
他の国の知人達も、大なり小なりショックを受けたとか。
師匠が聞いたら、「愛されているのう」とか言いそうだ。
バラディ殿下は、継承権を放棄していた。替わって妹殿下が女王として即位した。
数年後、ガーブリアに行った時は、ノルジさんも含めたハンター達に飲み会に誘われ、一晩中、付き合った。殿下、もといディさんは、今の立場の方が気楽でいい、と笑っていた。
レモリアーナさんは、フェンさんのお店で偶然一緒になった時、ご丁寧にも、フェンさんが明かしてくれた。その場にいればすぐに助けに行けたのに!と、嘆かれ、その後一ヶ月ほどは、わたしから離れようとしなかった。
ちょうど裁縫を勉強しているというので、わたしの服を作ることで、手打ちにしてもらった。それ以来、二人の着せ替え人形にされている。フリフリは、もういいですって。
竜の里には、レモリアーナさんからではなく、ジルシャールさんのうっかりからばれてしまった。もちろん、きっちり、お仕置きしましたとも。
そんなこんなで、いつの間にか、百五十年も経っていた。
喧嘩したり、仲直りしたり、事件に巻き込まれたり。助けたり、助けられたり。
今も生き残っているのは、長命種だったローデンの宰相さん、フェンさん、喫茶店のマスターぐらいだ。竜の里の友人達も健在だけど、他の人達は、天に還ってしまった。
わたしも、世間には、長命種だと認識されている。なにせ、百年以上経っても容姿が変わっていない。記録では、八百歳後半の人も居たらしい。わたしは、そうなる前に隠居したいのだが、どうなることやら。
「主任〜。ロナさまー。明日からの作業予定表ですー、って、何ため息ついているんですか? あっ! いいもの食べてる! くださいくださーい!」
調理場の片付けが終わって、やっと一息入れていたところだというのに。ミカちゃんは、古参の職人の一人なんだけど、いつも賑やか、もとい騒々しい。
「もうちょっと落ち着きなさいって。予定表は、執務室に置いてきて。こっちのは、採取の時に持っていった非常食。いつも、見てるでしょ、って手を出すな!」
「ん〜。美味しい〜。主任の料理は絶品です! 一生、ついていきます! じゃ、執務室に置いてきまーす」
「こら! 食い逃げ!」
「ごちそうさま〜」
今は、七白と名乗っている。「色白は七難隠す」から採った。髪の色にも引っ掛けてある。だけど、揃って「ナーナシロナ」と聞き間違えてくれる。身分証にもそう記載されてしまった。通称は、「ロナ」だ。
ハンターからは、「首切り」という物騒な二つ名も献上されている。他にも、王室関係者からは、「織姫」とも呼ばれている。
まあ、いろいろあったということ。
あの「魔天の王」とかいう呼び名は、いろいろ諦めた。そう呼ぶのが東西南北の天王だけだからだ。人に知られたら、騒動になるだろうけど。ばれなきゃいいのよ。
どうも、天王というのは、各領のボスというか、守番みたいなものらしい。特典は、ずば抜けた魔力を得るとか知能向上だとかめっちゃ長寿とか。
でも、その土地での闘争を勝ち抜いて来た四天王とは違って、わたしはなーんにもしてない。偶然、まーてんに居着いていただけ。にもかかわらず、「王」と呼ばれる理由が判らない。・・・機会があれば、判る時も来る。かもしれない。
それまでは、ロックアントを片付けたり、多すぎる個体を間引いたり、減ってる種類を増やしてみたり、今まで通りに過ごしていればいいだろう。どこからも文句は出てないんだから。
さっちゃん達と、もう一度会うことを諦めてはいない。
姿形は変わろうとも、どれだけ時間がかかっても、必ず、帰る。崖から放り出された時、泣き顔で叫ぶさっちゃんに向かって、心の中で約束した。
そして、早世した母と約束した通り、自ら、死を選ぶ事はしない。
そもそも、真面目に生きようとしなければ、また師匠に振り出しに戻されてしまう。もう一度やり直し、なんて、金輪際御免だ。
とは言え、師匠の話が正しければ、竜として天寿を全うするまで、まだ二千年以上ある。「魔天の王」の称号効果も被されば、もっと先は長くなるだろう。
・・・ため息も漏れるというものだ。
天上、日本で言うところの「あの世」で、狙ったように師匠が待ち構えていて、この世界に突き返す、なんて、誰が想像しただろう。
タイミングが悪かったとか、偶然が重なったとか、言いようはあるんだろうけど。
でも、この世界に神が居るのならば、一言もの申したい。いや。何度でも言わせてもらおう。
とっとと、家に帰らせてよ!
「主任! 繭の集計も終わりました! それで、夕飯まだですか?」
・・・食べたばっかりでしょーっ!
これにて終幕です。お付き合いいただき、ありがとうございました。
この後は、師匠に放り出されてからの話を外伝にする予定です。更新頻度は、不定期になります。
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自分で楽しむための小説を書こう。そんなコンセプトで始めた連載でした。読み辛い部分もあったと思います。それでも、PVカウントが増えていくのを見て、元気が出ました。
読んでくださった皆様。本当に、ありがとうございました。




