想い、寄せては帰し
612
さっちゃんは、しばらく泣き続けた。
とはいえ、時間の余裕はあまりない。
「さっちゃん。義姉さん達は、大丈夫だったの?」
〈う、うん。あたし達が先に登ってて、それで、バスはすぐに崖に飛び降りちゃった、から。でも、でもね! お父さんも、勇哉さんも、すぐに崖下に探しに行こうとしたの! 他にも見ていた人達が、パトカーとか救急車とか呼んで、ヘリコプターも飛んで来て、みんなでゆきねえちゃんを探したの。でも、ものすごい量の血痕しか見つからなくて。それで、・・・警察の人も、生きてないだろうって、見つかってないのに死亡届けを書けって!〉
「あ〜、見つかる訳ないわ。さっちゃん、足元見てご覧?」
見せたくはなかったが、隠せる物でもないし。
〈え? あ、あ、あ!〉
「落ち着いて〜。それ、もう死んでる。慌ててもしょうがない」
〈それ、じゃないでしょ! それに、おねえちゃん! いっつも自分のことを後回しにするのはやめてっていってるのに!〉
うっ。久々に本気で怒られた。
「後でちゃんと説明するから。先に話を聞かせてくれる? その、死亡届出したら、あ〜、お葬式?」
〈そう! うちの家族だけでするつもりだったのに、そのバスをレンタルしていた旅行会社とかバス会社とかから変な人達が勝手に仕切っちゃって。なんか、週刊誌みたいなところの取材も来たんだよ? でも、それはお父さんとゆきねえちゃんの会社の人が追い払ってくれた〉
「あらぁ。ミステリーネタって事かなぁ」
死体無き殺人事件とかなんとか。・・・ホラーだ。やめよう。
〈お葬式の後も、家のまわりに変な人達がうろついててね。あたしの通学に、お父さんと勇哉さんが交代で付いててくれたの。ゆきねえちゃんの監視装置? それで、証拠を固めて、みーんな警察に訴えちゃった、ってお父さんが言ってた〉
「妙なところで役に立っちゃったねぇ。あれって、さっちゃんガードのためだったんだけど」
赤外線センサーとかウェブカメラを組み合わせた録画装置、所により録音機能付き。家の周囲に死角無し! スタンドアロンのサーバシステムだから、外部からのクラッキングは無理。ハードディスクはたんまり積み込んで、停電時にもバッテリー給電に自動切り替え。取説読めば、義父さんにも扱える親切設計。万が一の時には、同僚にサポートを頼んである。ふふふ。小遣い注ぎ込んで組み立てた甲斐があった。
〈・・・あれって、そういう理由で作ったんだ?〉
「他にある?」
さっちゃん、可愛いから、変な人につきまとわれたら大変だし。
〈もう、過保護すぎるよ〉
「家族愛と言ってちょうだい!」
他の誰のために、あんなシステムを組んだりするものか。
「とにかく、続き」
〈あ、うん。それで、あんまり言いたくないけど、補償金とか保険金とか賠償金とか、お父さんの仕事先で紹介してもらった弁護士さんが引き受けてくれたって。たか姉が、民事?裁判に訴えたし。その事故起こしたバスの会社、ニュースで見たら、なんか酷いところだったって〉
「あ〜、うん。ほどほどにするように伝えてくれる? 怒りっぱなしじゃ、お腹の赤ちゃんにもよくないでしょ」
〈誰のせいだと思ってるの!〉
「・・・反省してます」
怒らせた事は。でも、さっちゃんを守った事は後悔してない!
〈まだ、裁判は始まってないよ。えーと、明日、四十九日の法要をするんだ。って、ゆきねえちゃん、今、どこにいるの?〉
「・・・は? 四十九日? 一年も経ってないの?」
〈うん? そうだよ。そういえば、ずいぶんと若作りしてない?〉
答えられなかった。時間軸がずれているとは思っていたけど、ここまでとは。
〈ゆきねえちゃん?〉
「あ、アハハハ。あのねぇ。ここ、地球じゃなくて、別の世界なんだ。でもって、ただいま三百五十、三歳?」
〈・・・冗談、でしょう?〉
「でもないんだなぁ。最初、気が付いた時はわたしも冗談であって欲しかったけど」
それから、まーてんに落ちてから今までの事を話した。物騒な話は、当然スルーしたりごまかしたり。
〈それじゃあ。普段は、本当に、猟師やってて、動物とか狩りしてるの?〉
「そうだよ。今着ている物も、全部、自分で作った」
胸を張って、くるりと回ってみせる。ふふん。どうよ。
〈・・・信じられない。家庭科で1評価しか貰った事がないのに〉
「なんで知ってるの!」
〈ゆきねえちゃんの遺品、を整理している時に、ちょろっと〉
「いやあああっ!」
床に転がり悶えてしまう。うう、姉の威厳が、メッキ張りだとばれてしまったーっ!
〈ふ、ふふっ〉
笑われたぁ〜。
〈ゆきねえちゃんのそんな格好初めて見たかも! かわい〜い!〉
「が〜ん!」
〈でもさ? 本当に自分で作ったの?〉
「森から出られなくって、人もはいってこないところだし。あとは自作するしかないでしょ? ・・・時間はかかったけど!」
〈ねえ? 本当にそんな年寄りになっちゃってるの?〉
「年寄りじゃないもん!」
〈もん! だって〜っ!〉
けたけたと笑い続ける。そこまで言うなら!
「ちゃ〜んと見ておきなさい!」
毛皮の長衣だけ脱いで、どーんと、変・身。
ここ、狭い!
さっちゃんが乗っている岩を取り囲むように体を丸めて、なんとか収まった。
〈ほ、ほえ〜〉
口をぽかんと開けて、体を一回りさせた。さっちゃんは、岩の上からは移動できないようだ。
翼をのばしてやると、手を伸ばして触ろうとする。でも、さっちゃんの手は、すかすかと通り過ぎるだけ。残念。わたしの皮膜は、ビロードみたいで手触り抜群なのに。
「ふふん。どう? かっこいいでしょ」
〈生ドラゴン、初めて見た〜〉
「そりゃそうでしょ。地球にいるのはコモドドラゴンぐらいだし?」
〈ゆきねえちゃん、それ違うって!〉
たわいない会話も懐かしい。
〈そういえば、包帯してたよね。左目はどうしたの?〉
あ、変身したら包帯も取れちゃった。
「このあいだ、ちょっと怪我しちゃって」
〈・・・大丈夫なの?〉
「このとおり! ぴんぴんしてます」
しっぽの先をぶんぶん振ってみた。洞窟内の淡い光を反射して、キラキラと光る。なかなか、綺麗じゃないの。
〈ねえ、帰ってくる?〉
「そうしたいのは山々だけど。すぐには無理でしょうねぇ。
だって、ほら、人間の方の体は死んでるし。ドラゴンのままだと、運良くそっちに帰れても、下手すれば、秘密の研究所で人体実験ならぬドラゴン体実験の餌食になっちゃうかもしれないし。
それに、お母さんと約束したもの。自分から死んだりしないって。
だから、寿命がくるまで、この世界で、精一杯楽しく生きて。大往生してから、かなぁ?」
〈・・・ゆきねえちゃん〉
「泣かない、泣かない。どうやら、地球とこの世界の時間の流れ方、全然違うみたいだし。わたしは諦めてないんだから。さっちゃんと義姉さんと、お義父さんと、生まれて来る赤ちゃんと、しょうがないから勇哉さんとも。もう一度、ちゃんと会うんだから」
〈しょうがないからって。勇哉さんが聞いたら怒るよ?〉
「その前に、大泣きすると思う」
義姉さんの旦那さん、勇哉さんは、強面な外見にも関わらず、子供好き、家族好きで涙脆いから。
ぶはっ。二人して笑ってしまった。
「ほらほら。四十九日って言っても忙しいんでしょ? 寝ておかないと、きついよ?」
〈夢じゃないんだよね? ゆきねえちゃんとあって、話もしたよね?〉
「こらこらこら。勝手に殺さない! 生まれ変わって生きてるって。さっちゃんこそ、お化けじゃないよね?」
〈そこまでいうなら、化けて出てやるぅ〜〉
「本気でやめて! ごめん。許して」
さっちゃんのお化けは、もういっぱいいっぱいです。
「よし。話をした証拠なら、義姉さんに確認してもらえばいいよ」
〈どういうこと?〉
「お母さんが再婚する前の苗字。これなら、知っている人は限られてるし」
〈お父さんとお母さんが結婚する前の、ゆきねえちゃんの名前?〉
「そう。畠 雪香。綺麗な名前だよね〜」
〈ねえ。あたしの名前は?〉
「義父さんとお母さんと義姉さんとわたしで、いっしょうけんめい考えたんだから。御幸って。たくさん、尊い幸せがありますようにって」
〈っく。ゆきねえちゃん・・・〉
「だから、泣きなさんなって。なんの因果か、記憶を持ったまま別の世界に来ちゃって、どうなる事かと思ったけど。ほら、さっちゃんと会えたし。それよか、もう寝なさい」
〈また、会える?〉
「さて? この場所には偶然来たけど、なんかいつも会えるわけじゃ無さそうよ?
でも、一度でも会えたんだから、なんとかなるって」
〈うん〉
「義父さん達に、元気でやってるって、伝えるように」
〈偉そうに!〉
「違うの、かっこいいの」
〈もう!〉
「またね」
〈・・・うん。またね!〉
泣き笑いの顔をして、空気に溶けるように消えていく。
御幸、わたしの妹。貴女の未来に、幸いが満ちあふれますように。
さっちゃんがいなくなった洞窟は、すっかり暗くなっていた。ずいぶんと話し込んでいたようだ。
ゆっくりと頭を下ろす。体を起こすどころか、変身する元気もない。やれやれ。
元は自分の体であっても、容赦なく今の自分から体力を奪っていく。さらに、変身したあとは、棺に触れている部分から、分解している。さっちゃんには、気付かれずに済んだけど。
こら、どっちも自分だってのに。自分(旧)が自分(新)を攻撃してどうするの。
なりは小さくても、貪欲に魔力を分解している。何もしなければ、ドラゴンの自分だけが、消えておしまいになりそう。
物騒な忘れ物は、復元不可能なまでにすりつぶして粉微塵にしてポイするに限る。
予定通り、術具無しの『昇華』を実行。なにせ、ドラゴンの体で取り巻いている。極悪改造された自分(旧)でも、逃げられまい。
ものすごい勢いで、体内の魔力が減っていく。抵抗するかのように、光を放つ自分(旧)。
うん。よく頑張ってきたよ。でも、もう休んでいいんだ。あの世界は、切り離された次元の彼方。何も、気にする事はない。
と、言った傍から、『昇華』も掻き消された。なんてこった。
しょうがない、ガチンコ勝負!
ちくしょーっ。腕とか翼とか消し飛ばされた。一方、棺は三分の二ぐらいしか減ってない。それなら、なんちゃって魔導炉、でっかいバージョンでどうだ!
目に見える早さで棺が小さくなり始めた。でも、初めて使うでっかいバージョンは効率も悪いようだ。しっぽの先から、魔導炉の燃料に食われていく。
前の世界での尻拭いをしろって? そりゃそうなんだろうけど、なんか理不尽。なんで、事故に巻き込まれた被害者が、後始末まで押し付けられなきゃならないんだろう。
・・・まあ、元々街からは離れるつもりだったし。生きていればいつかは死ぬものだし。人生なんて、ままならないものだ。
うん。家に帰ろう。
犬とか、猫でもいいな。
でもって、のほほ〜んとのんびりと。今度こそ、のんびりと暮らすんだ。
ああ、ムラクモ達にお別れも言えなかった。それだけは、残念。もう一度、あのもふもふを堪能したかったなぁ。
や、でも。幸せも不幸せも腹八分目がちょうど良い。と思う。
ドラゴンなどという、トンデモ生物になっていた時は驚いた。でも、変わった能力を確かめたり、今まで出来なかった事が出来たりしたのは楽しかった。前世では義姉さんにわがままを言え!と散々聞かされたから、うんとわがままに過ごしてみた。その帳尻合わせだというのなら、そうなのだろう。
眠いなぁ。
薬で無理矢理寝かされるのとは違う、自然な眠気。やっぱり、こうでなくっちゃ。
目を閉じる寸前、棺はほとんど消えていた。よし。忘れ物もないようだ。
さあ、還ろうか。
主人公は、ただの、訂正、重度のシスコンでした。




