糾弾
610
街道脇の草地に寝転ぶ。
今は、谷底の激流の音も心地よい。周囲から聞こえる荒い呼吸は無視する。断固、無視する。
盗賊達とほぼ同じ人数を相手にして、大怪我させずに無力化するのは、さすがに神経を使った。でも、力加減の案配はつかめたから、これはこれでよし。
一息ついたところで、もう一仕事。
ロ「・・・何をなさっているのでしょうか」
ばらまいた黒棒を地面に突き立てている。半円に出来たところに、ランガさんを押し込む。残りをぐるりと刺して完成。
隙間なく突き立ててあるので、掴んで引き抜く事が出来ない。更に、人一人がようやく立っていられるほど狭いので、腕を持ち上げる事も出来ない。外からの手助け無しでは出られないのだ。
「元気な人が体の自由を失われる事の辛さを実体験してもらおうと思いまして!」
「「「・・・」」」
体力を回復した元捕獲人もとい敗北者達が、三々五々集まってくる。ノーマルジュースのボトルを並べて、提供した。メイドさん達が、おいしそうに飲んでくれる。よかった。
デ「だからって、いくらなんでも」
のどの渇きを癒したところで、突き立てられた黒棒の固まりに非難の目を向ける。ディさんも、異議を唱えてきた。
「薬で昏倒させているわけでもないし、縄で厳重に縛り付けられてもいないんです。勝手君みたいに、高い高いをした方がよかったですか?」
隊長さんとその部下の兵士さん達が、ぶるぶると首を横に振る。あの時、練兵場の出入り口を警護していて、一部始終を見ていたようだ。
ミ「盗賊程度では、アルファ様の相手にはならない訳です」
兵「サイクロプスを一蹴りで討伐したって、本当だったんですか?」
ミ「僕、いえ、私も直接見ていません。ただ、絶命したサイクロプスを観察する機会があって。私が見た範囲で剣撃の痕はありませんでした」
ノ「・・・私たち、よく無事だったよね」
「「「・・・」」」
人を猛獣扱いしないで欲しい。
「だから、言ってるじゃないですか。自分は猟師だって」
「「「・・・」」」
何が言いたいのよ。
治「え? これなに? ここはどこだ!」
ランガさんの目が覚めたらしい。さぁて、お説教タイムだ。
「なんちゃって独房です。今までお骨折りいただいた事への感謝の気持ちを込めて! 居心地はいかがですか? なんといっても、全部、ロックアント素材ですよ。贅沢ですよねぇ」
治「って、動けないし!」
身動き取れないようにしたんだから。そうでないと困る。
「さて。自分に、あんな訳の分からない薬を盛りまくった理由をお聞きしましょうか?」
治「だから! 治療だって言ったよ?」
「常人が五日も寝たきりにされたら、まともに動けなくなります」
治「だって、最初ので効かなかったし!」
「ちゃんと寝たじゃないですか」
治「三日を半日で起きてくるのは普通じゃない!」
「理由になりませんねぇ」
内側から体当たりしているようだが、勢いが付けられず、黒棒はびくともしていない。
治「それにっ。フェライオス殿からの指示もあったし!」
「他人に責任を押し付けないように」
治「ローデンの人が、そこの王族の命令に従うのは当然だろ!」
「誰が、ローデンの人だと?」
治「あんたに決まってる!」
それまで自分の周りに集まっていた人達が、距離を採った。街道脇の林から聞こえていた鳥達の声も、ぴたりと止まる。
デ「治療師殿! それ以上言ったら・・・」
「バラディ殿下は黙っててください」
デ「・・・はい」
なんちゃって牢屋に向き直る。
「貴方の言い分は、「自分はローデン王宮の配下にある者だから、その王族の許可があれば何をしてもいい」と言う事ですか?」
治「そもそも、あんたは重病人だったんだぞ? 治療に手を尽くす、のは、・・・」
ギャラリーは更に自分から遠ざかる。ロージーさんだけは、座り込んだままだ。腰が抜けたらしい。変だねぇ。
兄「アル殿。ここは、ローデンじゃない。そろそろ、」
「ウォーゼンさんも黙って」
顔を向けずに言い切れば、大人しくなった。
ノ「ここ、街道。街道のすぐそばだし」
「だから?」
「・・・」
職人さん達が心血注いで整備している街道を、自分が壊す訳ないでしょ。おはなしですよ、OHANASHI。
「百歩譲って、治療のために貴重な薬草を使った事は、認めましょう。その効果が強力すぎて、下手をすれば廃人一歩手前にまでなるような、危険な薬草だったとしても、理解はしますよ?」
見物人もとい証人一同が息をのむ。ランガさんも黙り込む。
「そもそも、薬も毒も紙一重で、使い方次第ですからね。ええ。わたしだって、それくらいは知ってます」
治「そ、そうなんだよ。コンスカンタの英雄の治療には、」
「誰が英雄ですか?
わたしが知りたいのは、投薬するごとに増量してましたよね? 最初の一服は、まだ許せます。しかしですね。そういう危険な薬品を使うにあたって、一言も説明がないのはおかしくないですか? それも、投薬する患者だけでなく、許可出した殿下方にも何も言ってないでしょ」
デ「あの、アルさん? あの薬、そんなにまずいものだった、の?」
「単品で服用してたら、禁薬どころじゃないですね。その場で正気を失って、天に昇ってしまってもおかしくないでしょう」
治「何故わかる!」
語るに落ちた。
「白状しちゃいましたねぇ。
もう一つ、誰がローデン王宮の配下ですか? コンスカンタでは、王様の命令があれば、王族の許可さえあれば、誰彼構わず人体実験やりたい放題なんですか?」
隊「そんなことはない!」
「でも、目の前に実行犯がいますし。そうそう。勝手君に、鎧と称した拷問具を着せかけたのも、該当しますよね。黙認してれば、同じ事です」
「「「「・・・」」」」
「まあ、国それぞれの事情ですから、これ以上は言いませんよ?
最後に、わたしがローデンの身分証を持っているのは、たまたまです。王宮の命令系統には属していません。なので、命令に従う義理も義務もありません。わかります? 貴方は、フェライオス殿下の依頼を拡大解釈しまくって、とことんやりたい放題していた訳ですよ」
ミ「そんな、危険な事を・・・!」
ほーら、怒られた。
「王宮内で追求してもよかったんですけどね? 他国の方のご意見も聞けるいい機会だったので。
さて。改めて、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
返事はない。ちぇ。
隊「・・・あの、アルファ殿。この事は」
「ああ。皆さんで隠蔽するも、王樣方にぶっちゃけるのもお好きにどうぞ。他所の人に知られたら、まずいでしょうからね。わたしは、誰にも言うつもりはありません」
デ「アルさん。すまなかった」
「ディさんが謝る事でもないです。皆さんは、心配して気を回してくださっただけですから。たまたま、この変人が余計な事をしくさってくれただけで」
ノ「だけど!」
コンスカンタの関係者は、皆、小さくなっている。王宮の筆頭治療師が他国人に危険な薬品を盛った、ということが公表されたら、信頼も信用も地に落ちることが判っているからだろう。
幸い、まだ、ケチラからの隊商はやってきていない。コンスカンタから出発しようにも、物資の補充が出来ないようで、こちらも姿がない。
「本当は、王宮から出られた時点で、なかった事にするつもりでしたけど。この場で、ロージーさんを利用してまで薬を盛ろうとしたんです。さすがに、堪忍袋の緒が切れました。
わたしの意思を無視するというのなら、わたしも相手の意思を無視するだけ。わたしを玩具にするような人に、遠慮する気もありません。
おや。何も言わないとか言いながら、ぶちまけちゃってますねぇ」
四日分の鬱憤は、これで晴らした。本当に、実験対象が自分だったから、まだ無事でいられたんだから。でも、ロージーさんまで巻き添えにするとは、本気で許せない。つい、文句が出てしまう。
「あ、あの! 兄上に代わって、お詫び申し上げます!」
うわ、おぼっちゃま殿下が頭を下げてきた。周囲の人達も、一斉に土下座する。
「ええと。ミハエル殿下は、何も知らなかったんです。謝罪の必要はありません」
ミ「そう言う訳には!」
ありゃ、泣き虫なところも変わってないんだ。
デ「黙認していたというなら、私たちも同じだよ? 謝っても許される事じゃない」
「だから、危険性を教えられていなかったんですから。どちらかといえば被害者でしょ」
ノ「なんでそうなる!」
えー。
隊「至急、王宮に連絡を。宰相様と団長には一部始終をすべて報告するように」
数人の兵士さんが、全速力で街門に走っていく。でも、指示を出した隊長さんは土下座したままだ。
「あのー、もう頭を上げてもらえませんか?」
隊「できません! ここに居る者達の最高位にある以上、私が王宮の代表をつとめているのです。せめて、せめて、宰相様からのご指示があるまでは、謝罪を続けさせてください!」
言い分は判る。でも、
「自分こそ、皆さんの前でなんていうか、変態の実態を暴露するような真似をした上、皆さんを共犯者にしてしまった訳ですし。やっぱり、頭を上げてもらえませんか?」
「「「できません!」」」
メイドさん達に至っては、ぼろぼろと泣き伏している。うわぁ。締め上げる場所を間違えたか。でも、犬のしつけと一緒で、現行犯でないと叱っても効果がないのが変態だし。
「やっぱり、これが諸悪の根源ですよねぇ」
身分証を引っ張りだして、手の上で転がす。
デ「あ、あの。アルさん? 諸悪の根源って、って、何?」
「あちらこちらで、変な呼び名を付けられたり、誤解されまくったり。揚げ句の果ては、ローデンまでも不名誉な状況になりそうじゃないですか」
ミ「そんなことは!」
「少なくとも、ディさんは最後まで見聞きしてましたから。内聞で済ませられるかどうかは、交渉次第でしょうけど。身分に関する誤解でとばっちり食うなんて、避けたいでしょ?」
デ「でもでもでも! アルさんはローデン王宮が後ろ盾なんだし」
「だから、それがそもそもの間違いですって。ただの猟師に、おかしいでしょ」
ミ「おかしくなんかありません!」
「と、言う事で」
「「「「あ」」」」
ただのペンダントトップなら、綺麗なまま大事に使われただろうに。
くしゃりと握り潰す。
残ったのは、ぐちゃぐちゃに固められたいびつな小さな団子。でもって、川に投げ捨てる。
あー、すっきりした。
ノ「な、なんてことを!」
「これで、自分とローデン王宮とは無関係! 証拠隠滅。完璧♪」
デ「「完璧♪」、じゃない!」
ロ「お姉様! ・・・そんなに、そんなにもわたしたちのことがお嫌いになられたのですか」
「え? 自分の身分証がなくなれば、コンスカンタもローデンも追求のしどころがなくなるし。国同士で争う原因がなくなったんだから、平和万歳。でしょ?」
「「「「「違うっ!」」」」」
隊「あ、あ、あんたの所為で!」
隊長さんが、何を思ったか、なんちゃって監獄をガンガン殴り始めた。
侍女B「身分証、を、抹消するのは、罪人の、なかでも、討伐指名された者、だけなんです! それを、ご自分で」
デ「何考えてるの! そんな事したって、ローデンがアルさんに身分証を出した事に変わりはないんだよ?! 前にも言ったよね?!」
ミ「父上が知ったら、・・・ああ、なんて言い訳したらいいんだ!」
「んー。街に出入りしなければ、必要ないでしょ? 身分証」
もともと、その予定だったんだし。
「「「「「ちがうーーーーっ!」」」」」
隊「どうしてくれる! コンスカンタの恩人が、二度と、どの街も訪問しないなどと、とんでもない事を言い出したんだぞ! あんたの所為だ! このやろう!」
うわわ。他の兵士さん達まで、形相を変えて、黒棒の囲いをぼかすか殴り始めちゃった。ローデンの護衛一同も混ざってる。中には、剣まで持ち出してる人も。危ないって!
「ちょ、ちょっと、落ち着いて」
隊「落ち着いていられますかこれが!」
あらら、蹴りまで入りはじめた。
ノ「アルファさんの考えなし! それこそ、三国またがっての騒動になるよこれ!」
「やー。それなら、ここに居る皆さんに黙っていてもらえればいいでしょ?」
「「「「いいわけあるかぁ!!」」」」
ぶん殴り隊から、すかさず非難のお言葉が返ってくる。
「んーと。自分への謝罪の代わりに、ってことでどうでしょう?」
デ「何がどうしたらそう言う話になるのーーっ!?」
ディさんの台詞は、悲鳴のようだ。
「頭冷やしましょうよ、ね?」
「「「「できるかっ!」」」」
しょうがないなあ。
『水招』
「どわぁぁああぁっ!」
黒棒に取り囲まれたランガさんを除いた人達が、膨大な水量に流されていく。林に到達したところで、手に手を伸ばし、木々にしがみついた。
って、まだ溢れてくる!
術者である自分まで、押し流された。崖に向かって。
最後の最後で、魔術が暴発しました。




